とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十五話







――まだ俺が、何も知らなかった頃。

身近な人の存在価値、家族の絆、他者への依存――全てを鼻で笑っていた、弱いガキの時期。

仕事にも学校にも行かず、旅にも出なかった中途半端な日々。

修練だけの灰色の日々に、小さな癒しを与えてくれたのはフィアッセだった。


気紛れで一度幼い頃聞いた曲――後の、アリサとの思い出の曲――のタイトルを聞いて以来、彼女と話すようになった。


俺の名誉に誓って言っておくが、別に親しい関係になったのではない。

友人と言うならば、フィリスやリスティが相応しい。

恋愛感情は、傍目から見ても明らかに恭也に向けられている。

高町一家に馴染んでいない以上、家族同然の桃子や美由紀、なのは、晶やレンには未来永劫近付けない。

フィアッセも一人前の大人だ、普段は喫茶店で働いて顔も合わせない。



――温かな夕餉の後の束の間の一時。



食後の団欒を抜けて、一人中庭で剣を振る俺を覗きに来る。

話す時間は短い。

誰かが呼びに来ればそちらを優先し、俺も集中している時は気にも留めない。

日常的な会話をする時もあれば、知人友人の話を聞く時もある。

今日起きた出来事を話せば彼女は笑い、彼女ののどかな悩みを俺が適当に答えたりもする。

所詮上っ面の会話。

明日になれば互いの心にも残らず、忙しない日常に埋もれていく。

あの時間、あの場所はきっと――誰のものでもない。



だから、俺は剣を振る。

だから、彼女は歌を歌う。



俺は練習で、フィアッセは気分転換で、自由な時間を満喫する。

剣は優しい音色を奏で、歌は剣閃に導かれて夜空を舞う。

何も知らないあの頃――これから知る絶望へ向けて。

曲名のない歌姫の聖歌に、俺はとても心落ち着く時間を過ごせていた。















――握り返された手の感触に、俺は左耳からイヤホンを外す。

静かに流れる音楽に耳を澄ませていて、ウトウトしていたようだ。

軽く舟を漕ぐ程度だが、不思議と熟睡するより気分は良かった。

優しい歌に包まれた夢を見ていたからかも知れない。

世界の命運を賭けた事件の最中にあるまじき気の緩みだが、人間休息も必要だ。

――特に、この娘には。


「お、目が覚めたか。気分はどうだ?」

「……此処は」

「医務室。アイツは今、お前の代わりにクロノやリンディと話してる」


 包帯に繋がれた手、イヤホンで結ばれた耳。

ベットで静かに寝かせていた金髪の御姫様が、重い瞼を開いていく。

寝起きに霞んだ瞳が、純粋に俺を映し出している。


「――そうだ! 私、は――っ」

「馬鹿、寝とけ。泣き叫んでぶっ倒れたんだぞ、お前。
アルフは泣き叫ぶわ、エイミィは俺を責めるわ、医者は怒り狂うわで散々だった。

連日の戦闘で魔力は枯渇、寝不足で体力不足。精神疲労に重度の過労――

絶対安静だとよ。ベットに括り付けとけって言われた」


 ――そして、その面倒を俺に押し付けるあいつらを殺したいっす。

突っ走るフェイトを止めるという当初の目的を果たしたのはいいが、泣いて失神したこの娘をどうしろと言うのか。

我が身を預けているのは異界空間を漂う宇宙船、案内人の獣は先程俺が追い出した。

仕方ないので勘を頼りに走り回りつつ、俺様自慢の肺活量で助けを呼ぶ。

幸運にも近くに居たクロノに医務室へ案内させ、ついでにホームズばりの名推理を聞かせてやったのがまずかった。


プレシアの目的死者の蘇生と、願いを叶える石ジュエルシード――


"アルハザード"との関連性を含めて説明すると、クロノの顔色が変わった。

何故もっと早く言わないのかと怒鳴られ、フェイトの代わりにアルフを事情聴取に引っ張っていった。

緊急会議を開くらしく、リンディやエイミィは当然としてなのは達まで呼び出される。

犯人の正体や動機を話すのは名探偵の役割なのに、揃いも揃ってフェイトの面倒を頼む始末。

結果、重傷患者二名が残されたという訳だ。

――傷を負ったのが、身体か心の違いはあるけど。


「私は……どれくらい眠っていたんですか……?」

「半日は眠ってたぞ。
張り詰めてた糸が切れたのか、爆睡してた。
鼻つまんでも起きなかったな、あっはっは」

「……つまんだんですね」

「――うぐっ」


 余計な事まで言っちまった自分に反省。

切れ長の瞳のクールな視線に耐え切れず、俺は目を逸らした。

フェイトは力なく嘆息し――突然上半身を起こして、目を落とす。

可愛らしい耳からイヤホンが外れたが、気付きもしない。

驚愕の眼差しで、自分の手元を見やった。

俺と結ばれたままの手を――


「まさか……ずっと私の傍に――」

「離さないと言っただろ」


 医者に怒られた一番の原因である。

検査の邪魔だと再三注意されたが、俺が頑として譲らなかった。

アルフにも凄い眼で睨まれたが、様子を見に来たリンディが俺を優しい目で見つめて、騒がしい連中を説得してくれた。

医務室には俺達以外誰も居ない。

医者もタイミングが良いのか悪いのか、席を外していた。

フェイトは包帯で結ばれた手を見つめ、震える唇を噛む。


「……離して下さい」

「やだ」

「無理はしませんから、離して下さい」

「じゃあ、出撃するなよ」

「……」


 ほら、やっぱりな。

俺が目を離した途端、蚊蜻蛉のように無目的に飛んでいくに違いない。

後で文句を言っても、「無理はしませんでした」とか何とか言い訳して誤魔化すに決まってる。

このまま徹底抗戦しても埒が明かない。

フェイトが意地でも出撃するつもりだし、俺は頑なに拒否する態勢。

今少女の心にあるのは母親だけ、俺の心にはフェイトだけ。

そしてプレシアが俺を求めているのだとすれば、三角関係成立で嫌過ぎる。


――友達を作るのって難しいっすよ、フィリス先生……


フェイトが熟睡している間、第二回目の定時連絡でエンジェルドクターに相談してみた。















『――という事で泣かれてしまったのですが、私の行動に問題がありましたでしょうか?』

『良介さんも、少しは私の気持ちが分かってくれたようですね』


 案ずる人達の制止を聞かずに戦いに出向く――うわっ、本当だ。

意地悪な言い方でしたね、と目を細めるフィリスがちょっと可愛い。


『身体も心も同じです。傷を負ったのなら、治療が必要です。
心は身体と違って傷の具合を確認出来ませんが、優しく触れる事は出来ます』

『心に触れる……? どうやって?』

『言葉です。
相手の事を考え、思い遣り、自分の気持ちを届ける――友達への第一歩ですよ、良介さん』

『いらねえつーの。
でも、言葉で相手を傷付ける事だってあるだろ』

『ですから、相手の事を考えるんです。一方的ではいけません。
フェイトさんが何に傷付けられて、何を今求めているのか――

何が正しくて間違えているか、選別するのは確かに大切ですが……人の心はそれほど明確ではありません。
まして、自分ではなかなか気付けないものですから』

『人の心の分だけ真実がある、だっけ?』

『価値観も人それぞれです。悲しいですが、人は平等ではありません。
私もまだ未熟者ですが、沢山の患者さんと接して来ました。ですが、同じ患者さんなんて一人もいません。

自分の心を強く持つ事も大切ですが、まず相手の気持ちになって考えてみてはいかがでしょうか?』















 ――当たり前、でも大切な前提。

新しい関係を築く為に、欠かせてはいけない事柄。

相手の心を掴むのも、利用するのも、突き詰めてみれば同じだ。

相手の心理を読まなければ、ただ徒に悪化させてしまうだけ。

ハッキリとした答えが無いので難しいが、挑む価値はあると思う。

好きになってしまったのだ、歩み寄りたいと考えるのは自然な気持ちだ。

事件の首謀者であるプレシアを止める為にも、俺は人の心を見つめていかなければいけない。

戦う上でも、必要不可欠なスキルだ。

俺は我武者羅に剣を振り回すだけで、その程度の事さえ出来なかった。


「フェイトが回収を急ぐ理由は、ジュエルシードが危険だからか?」

「はい。暴走すれば近隣一帯を飲み込み、被害は拡大します。

それに――母さんがまた必要とするかもしれません」


 ……そこだよな、フェイトの焦燥は。

力付くでこのまま引き止める事は容易い。

魔力が無ければコヤツはただの無力な少女、それこそベットに縛り付ければオッケー。

捜査に参加出来ているのは、フェイトの希望というより戦力と経験を当てにされている為だ。

俺が何もしなくても、時空管理局が加害者的な立場に居る少女の暴走を絶対に許さない。

そうなると、不和はますます深刻になる。


……くっそー、アルフなら檻の中に放り込んでやるのに。


このままでは止めろ、止めないの繰り返しだ。

ここは一つフィリス先生を見習って、切り口を変えてみよう。

怒ってばかりだと、俺だって気分がよろしくない。

何度も言っているが、俺はこの娘を気に入っているのだ。

好きな子を罵倒して気分が良いなんて、ガキか変態だけだ。


「ジュエルシード回収も、母親との対面も、俺は別に反対していない。
むしろ、お前にとって必要な事だと思ってる。
ただ、今は少し……ほんの少しだけでも、休んで欲しいんだ。

お前、さっき俺に泣いて謝ったじゃないか。

あれって、死にかけた俺を心配してくれたってことだろ?」

「それは……」

「俺もここ最近嫌というほど経験したけどよ……

……身体や心が疲れている時って、人間ロクな事考えないだろ。

何もかもだるくなって、何していいのか分からなくて、ただ気分だけが滅入ってよ……
起き上がる事も億劫になっちまう。

今はどうよ。今結構マシな気分じゃねえか? グッスリ寝てたぜ、お前」

「……そうですね……久しぶりに、眠った気がします」


 疲労も少しは取れて気分が良いのか、フェイトは俺に小さく微笑んだ。

あどけない笑顔に、俺も少しだけ心が弾む。

俺はイヤホンを指に引っ掛けて、フェイトの前にぶら下げる。


「寝ている間、お前ずっと魘されててな――

入院中に差し入れてくれた知り合いの選曲を、寝ているお前に聞かせてみた。
知り合いに歌が上手い奴がいてな、そいつに進められて俺も最近聞き始めてるんだ。

異世界にこういう文化があるのかどうか分からんが、音楽は人の心を癒す効果があるらしいぜ」


 ――若干嘘、アースラへ持ち込んだのはリンディだ。

関わらないと約束したとはいえ、一日や二日で終わる事件ではない。

俺はプレシア家族で頭が一杯だったが、その辺は俺の主治医――入院中の着替え一式をリンディに預けてくれたのだ。

その中に、たまたまこいつが紛れていたのだ。

アルフに宜しく頼まれても俺は医者じゃないんだ、悪夢を治す方法など知らない。


一般庶民が難病に困った時、頼るのは民間療法――


傍で見守るだけの俺も暇だったので、二人でイヤホンを付けて聞いてみたのだが……これがまた、抜群の効果を生んだ。

フェイトの寝息は静まり、俺も悩みに悩んで疲れた頭がリラックス。

クラシック音楽なんぞ眠いだけだと思って――あ、だからフェイトが眠れたのかも。

俺も音楽を聴きながら、ゆっくりと自分の考えや悩みを整理出来た。

ちと眠気に襲われたが、フワフワした感覚も気持ち良かった。

そして、何より――


――この曲を聴いて、俺は必殺技のヒント・・・・・・を掴んだ。


フィアッセに連絡を取る必要があるが、上手く形に出来れば自分の戦い方が少しは分かると思う。

俺の言葉を聴いてフェイトは初めて気付いたのか、枕元に落ちていたイヤホンの片方を手に取る。

水を掬い上げるように、優しい手つきで――

何も知らない赤子のような仕草に、ついつい和んでしまう。


「フェイトは音楽とかって聞いたりするのか?」

「……私は、特には。

でも……昔母さんやリニスが聞かせてくれた歌は、好きでした。

――私に・・聞かせてくれたのではありませんが……」


 イヤホンに目を落としたまま、フェイトの横顔に沈痛な影が差す。

足場も無い彼女にとって、自分の過去すら当てにならない。

実の母親から否定されたのだ。

フェイトが知りたいと言ってくれた「リニス」も、今では触れることさえ怖がっている。

幼少時代の思い出なんて、砂漠の蜃気楼でしかない。


見つめれば姿形は見えるが、触れようとすれば消えてしまう――幻。


地雷を踏んだと焦る場面だが、不思議と俺に戸惑いや動揺はなかった。

フィリスの忠告に従って、フェイトを見つめ続けたからかもしれない。


俺はようやく――フェイトの心の傷に触れられた気がした。


「フェイト、頼みがある。この頼みを聞いてくれたら、大人しく手を離すよ」

「……? 頼み事、ですか」


 幼い肢体を覆う黒装束は解除、今は簡素なパジャマ姿のフェイトがきょとんとした顔を見せる。

……フェイトは俺と違って頭が良い、多分覚えてくれている筈。

お節介焼きの妖精はいないけれど、不思議とどうにかなる気はした。


「俺と一緒に、歌を歌ってほしい」


 目を見開く魔導師に魔法使いが笑い、深呼吸をする。

俺の拙い気持ちを全てこめて――フェイトの願いが叶うように、祈る。

全身全霊で、生命の歌を歌おう――

この手に託された、あの娘の想いを届ける為に。





「あふれる陽だまりのなかで 

            口げんか繰り返す」





 フェイトの手を握り締めたまま、俺は静かに歌い始める。

俺に根付く不安や恐怖は、嘘のように消えていく――

歌に籠められた想いが、俺自身に勇気を与えてくれるようだった。

噛み締めるように、次の小節へ結び付けていく。





「肩をいからせた二人を

          たんぽぽの綿毛が笑ってた」





 ――出逢った時から敵同士だった、俺達。

何処かで分かり合う機会があったかもしれないのに、自分の気持ちを優先に見過ごしてしまった。

お互いズタズタで、嫌というほど苦しんで――誰かに騙されて、捨てられて。


きっと、この世界も笑っている――





「――遠い記憶は――」





 俺の声では――ない。

俯いていた少女が顔を上げて、俺を見つめてくれていた――





「記憶は……今でも……



……っ……うっ……うう……」





 ――頑張れ……頑張れ、フェイト。

俺は口には出さず、必死で訴え続ける。



この歌は決して――生命を罵倒したりしない。





「……胸の……奥で……光ってる……」





 ――遠い記憶は今でも、胸の奥で光ってる――


たとえ、母の思いが偽りだとしても。

過ごした時間に意味など無くても。


フェイトが大切に想い続ければ、どれほど辛くても――尊い思い出なのだ。


頬を伝う涙をそっと拭いて、俺はフェイトの為に歌った。





「崩れ落ちた廃墟だとしても

            南風はきっと吹くはず」





 ――この世へ舞い戻ったアリサのように。

どれほど昔が悲劇に彩られようと、自分の先は誰にも分からない。

暗い過去を背負っている人間に、明るい未来などないとどうして言える?


今は冷たい風に凍えても――いずれきっと、暖かい風が吹くはずだ。


――信じている。

一緒に頑張ろう、フェイト。

フェイトは泣きながら、悲しみに震えながら……俺を見て、微笑んだ。





「「あの日にかえれる翼を広げて

             この大空を飛びたい――」」





 Long Way Home――こんな俺達にも帰る家は、きっと何処かにある。

少なくとも、待ってくれる人達がいる。

俺もフェイトも、そんな人達の思いに励まされて今こうして此処にいられる。

今はまだ地面に突っ伏して泣いているけど、広い空を見上げる勇気はきっと生まれる。

一人では無理でも――二人で、支えあっていけば。

歌い終えて室内に静寂が戻った後、俺は自分の掌を見る。


――仄かに光る、一枚の頁。


金色・・の粒子が舞い踊る美しい紙を、俺はフェイトに渡した。

フェイトは恐る恐る受け取り、自分の手の中でそっと広げる――


「――っ!! あ、あ……」

「それが――夢で出逢ったアリシアの……彼女の、本当の気持ちだよ。

お前は愛されていたんだ、フェイト」

「ぅあ……アリシア……リ、ニス……う、う……


うあああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!」


 フェイトは俺の胸に崩れ落ち,号泣する。

悲しみも何もかもを洗い流すように、溜めていた苦しみの全てを吐き出した。

俺はただ静かに、彼女の髪を撫でてやった。





――明るい笑顔の少女と、遠慮がちに微笑む女の子。

そして帽子を乗せた、薄茶の髪の女性が――二人の頭を優しく撫でている。



優しい思い出が、頁の中に映し出されていた――









































































<第六十六話へ続く>







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