とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十三話







日本庭園を彩った純和風の部屋での話し合いは終わった。

エイミィやクロノから怪我以外の心配を何故かされたが、俺は力瘤を作って元気である事を主張する。

――考えすぎて重い頭はクリアー、全身に圧し掛かっていた疲労もスッキリ。

日本の御茶・・・・・の効果は素晴らしいものだ。

魔法や宇宙船が当然のように存在する意味不明な世界だからこそ、自分の生まれた日本が懐かしく感じられるかもしれない。

俺には故郷なんて無いけど、自分の国は好きだった。

日本特有の伝統的な文化や食、風流な自然の風景――

何より親にゴミ捨て場に廃棄された俺を救ってくれたのは、この平和な国の法律や施設だ。

他の国ならば、赤ん坊のまま死んでいたかもしれない。

学歴だの就職だの偏った価値観が蔓延する時代へ流れつつあるが、捻くれ者の俺でも生きていける国を愛している。

自分の視野を狭める事に意味は無いが、異世界への渡来を決意したからこそ自分の持つ価値観は大事にしたいと思う。

そして、自分の決断も。


「――休憩を入れましょう。クロノも良介君も、頭を冷やす時間は必要だわ」


 リンディ提督は穏やかにそう言って、エイミィの御茶を美味しそうに飲んだ。

俺の断固とした主張に渋い顔をしていたクロノも、大きく息を吐く。

冷静になろうと湯飲みを手にしたが、中に溢れるお茶に顔を引き攣らせて畳に置いている。

――日本の茶を否定するか、貴様!?

固そうな職務を想像出来る執務官のクロノにはコーヒーとか似合いそうなのは認めるが、拒否されるとむかつく。


「君や鳳蓮飛が、プレシア・テスタロッサを庇い立てする気持ちは分かる。
君達被害者が誘拐の罪を否定するのであれば、僕達も強硬は出来ない。

だけど、分かって欲しい――彼女には世界を破滅へ導く危険な力を手にしているのだという事を。

匙加減一つ間違えれば、君達の世界も消滅してしまうかもしれないんだ。
君達の大切な人達も、全て飲み込んでしまう」

「……分かってる」


 譲れないものはある、俺もクロノもそれは同じだろう。

いや――きっとクロノの方がその意味を理解している。

世界の破滅なんて言われて深刻に受け止められるのは、実際に悲劇を肌で感じた者だけだ。

想像しか出来ない俺には、世界の重みなんて言葉でしか心に響かない。

プレシアの逮捕を優先すれば、きっと誰も傷付かずに済むとは思う。

ずっと遠回りして来た俺だからこそ、遅い決断や行動が人を傷付ける事を知っている。


苦痛も後悔も味わい続けて来た――だからこそ、終わらせる。


世界なんて重苦しい物を背負う器は、今の俺には無い。

どうでも良いと思っているのなら、別の事に集中しよう。

俺が頷くと、クロノも少しだけ表情を和らげた。


「ジュエルシードを使って彼女が何をしようとしているのか、判明していない。
君の今までの話を聞く限り、彼女は君には同じ悲しみを持つ者として、少なりとも心を開いていた筈だ。

彼女の行動や言動、あの宮殿の研究施設を目にして、何か少しでも思い当たる点があれば教えてくれ」

「ああ。俺も気になってるし、もう一度思い出してみる」

「では、少し間を空けましょうか。私達はプレシア・テスタロッサについての調査を続行するわ。
過去に渡って、出来る限りの資料を揃えてみる。

貴方は彼女の事や、これまで起きた事件――そして今後のことを考えてみて」


 明らかに虚言を行った証言者に対しても、リンディ達は優しかった。

無論時空管理局側にも思惑はあるのだろうし、彼女達は組織の人間だ。

個人の意思よりも組織の論理を優先しなければならない時が来る。

最低でも、彼女達を納得させる材料が必要だ。


個人の感情だけでは解決出来ない――


他人に関わる難しさに顔を顰めるが、今更後には引くつもりはまるでなかった。

那美やはやて、アリサが導いてくれて、俺は生き直す事が出来たのだ。

ここで逃げればまた死ぬだけ――戦う道以外に残されてはいない。
















 フェイトやリンディ達の住む世界は、俺達の観点で見れば未来に当たる世界になるのだろう。

宇宙や別世界を航海する船に、何も無い空間に物理現象を起こす魔法。

奇跡も何もあったものではないが、進んだ科学技術に驚かされたのは事実だ。

俺もその恩恵に与り、この『空間モニター』なるものを利用させて貰っている。


「――それで、俺の義母に今まで起きた事件を説明してたんだ」

『危ない事は何もありませんか? 
リンディさんから話は伺いましたが、決して貴方から関わってはいけませんよ』

「この元気溢れる顔を見ろよ。重苦しい事件に関わろうなんぞ、微塵も見えないだろ?」

『元気だからこそ、貴方は関わろうとするんじゃないですか!? 絶対に駄目ですからね!』


 母親顔負けの過保護な発言を述べる御医者様、フィリス・矢沢先生。

時空の彼方から海鳴大学病院へ繋ぐ回線上で、俺達二人は向かい合っている。

空間モニターとは便利なもので、空中に描いた魔法陣に映像を映す事で通話するシステムらしい。

俺の外出許可と引き換えに、俺の現状をリアルモニタで把握出来るシステムをフィリスに提供したようだ。

最初こそお互いに話し辛かったのだが、今では最新のテレビ電話感覚で取り扱っている。

お陰様で誤魔化しは全く通じないのだが、俺の顔を見れてフィリスは逆に安心しているようだ。

自分の診察室でカルテを片手に、俺の容態と今の様子を質問している。


『怪我は大丈夫ですか? 痛む所とかあれば教えてください』

「大丈夫、不便は無いよ。こっちの御医者さんにも診て貰ったからな、さっき」


 これは本当で、話し合いの後に医務室へ連れて行かれた。

巨人兵で死に瀕する重傷を負った俺を手当てしてくれた医療スタッフで、万事抜かりは無かった。

丁寧な診察を行った上で、包帯の取替えや怪我の手当てを行ってくれた。

ユーノ大先生からも、後で回復魔法の予約がある。

事件に巻き込んだ責任でも感じているのか、医療スタッフに言伝を頼んでいた。

直接俺に言わないのがアイツらしいが、アリサの件では世話になったので文句を言うつもりは無かった。

魔法や時空管理局、ジュエルシードに関してもあいつ自身の意見を聞きたかったので丁度良い。

スタッフから聞いた怪我の状態と自分自身の状況を報告して、フィリスもようやく安堵したようだ。

今回の事件で一番苦労をかけたのは、この御人好しな美人女医かもしれない。

綺麗な銀髪なので白髪にはならないだろうけど、皺を増やさないように入院中は大人しくしておこう。


『では、また夜に必ず連絡して下さいね。約束を破れば、すぐに病院へ戻ってもらいます』

「無視すれば追っかけて来そうだから怖いよ、お前は。必ず連絡するから」


 万が一どちらかが留守の場合の連絡手段も決めて、モニターを切った。

使用方法さえ分かれば、誰でも気軽に使える便利な機能――

今は魔力の増減や資質で使える範囲が個人で異なるが、技術が進化すれば誰でも魔法が使える時代が来るかもしれない。

どの道、剣士を目指す俺には関係ないけど。


「あのお寝坊妖精も一応味方だしな」


 今回の事件で何かと頑張ってくれたミヤさんは、今頃病院でグロッキーである。

はやてとの強制融合や俺の蘇生で力を使い果たし、那美と一緒にベットで熟睡している。

プレシアとの決戦前に合流する必要はあるが、事情聴取中の今は寝かせておいて問題ない。

クロノ達時空管理局に紹介する前に、ユーノと事前に話しておく必要もある。

第一世界なんぞ無視なんて意見を聞けば、良い子ちゃんのあいつはまた激怒するだろう。

時空管理局とアイツを納得させる説得材料が必要だ。

妖精一匹に振り回されている自分が情けないが、もう今更である。

この事件が解決して病院から退院すれば、みっちり修行しよう。


さてフィリスへの連絡も済んだ所で、俺は次にやるべき事を探す。


リンディ達が必要としているのは、話から察するに彼女を逮捕する証拠と動機の判明だ。

叩けば埃が山ほど出て来そうな魔女だが、今現状で逮捕する決め手が無いらしい。

ジュエルシードを俺達の世界の麻薬や拳銃、核爆弾と仮定すれば、所持しているだけで余裕で逮捕される。

ロストロギアを所有している時点で犯罪者確定だと思っていたが、クロノ達の反応は対処に悩んでいるように見える。

ロストロギアを回収したユーノも微妙な立場だ。

撒いた原因は不慮の事故によるものだが、自分の判断で異世界で回収作業を行ったのだから逮捕はないが文句の一つは言われるだろう。

強行に逮捕に出ればジュエルシードが使われて危険――とでも考えているのならば、納得は出来る。


その辺に付け入る隙はありそうな気がする。


異世界の法律はよく分からんので、俺の国の法律や常識で考えてみる事にする。

プレシアはフェイトを使って、ジュエルシードの回収を行った――ここまではそれほど重い罪にはならない気がする。

ユーノだって動機は違えど同じ事をなのはとやったのだ、言い訳すれば何とかなるとは思う。

回収時俺達の世界の住民に危害を加えれば話は別だが、その辺は祈るしかない。

誘拐の罪は俺達被害者が必死で否定する。


――問題は、ロストロギアを使った場合だ。


完全に制御すれば次元震が発動し、世界は破滅に向かう。

核爆弾発射のスイッチを自分の意思で押した人間を無罪と言い切る自信は、自分勝手な俺でも無理。

容赦なく死刑だろう、何としても食い止めなければならない。


この方法は簡単だ――俺が協力する姿勢を見せればいい。


ジュエルシードなんて危ない力を使わなくても、法術があれば生き返る――そう思わせれば、わざわざ使う必要はない。

次元世界に混乱を起こす力でどうやって生き返らせるのか知らんが、綱渡りなのは確かだ。

ユーノの話ではジュエルシードは全部で二十一個あり、その幾つかはなのは達が回収したのだ。

フェイトが回収した物もあるだろうけど、全数揃ってなければ完全ではない。

今は多分、まだ実証された俺の能力に天秤が傾いている。


となれば、最低限やらなければいけないのは――プレシアと連絡を取る事。


ジュエルシードを使わせない為にも、一刻も早くあの女とコンタクトを取る必要がある。

アリシアに関しては俺に考えがあるし、彼女から預かった品もある。

効果的に発揮すれば、この事件は穏便に解決するだろう。

時空管理局に目を付けられた以上、逃げ回るのは無理だと思う。

俺が説得すれば、誘拐の罪を庇った事も大目に見て貰えるかもしれない。

フェイトやアルフの今後を考えれば、プレシアが管理局に自首するのが一番だ。

……何か常識的なのが気に入らないが、これは物語ではないのだ。

英雄がしゃしゃり出て全員救われるなんて御伽話は、俺が居る時点で消え失せている。

プレシアは罪を犯した、それは事実だ。

フェイトを虐待して手駒の様に扱ったのは、許されない。

クローンがどうとか言って、フェイトをゴミ屑か何かのように――




クローン……?





『まさか……私の可愛い娘を化け物にするつもりはないわ。
――うふふ、命の恩人の貴方に紹介するわ。

私の可愛い娘――『アリシア』よ』

『……死体を……保存していたのか……』

『死体だなんて、無粋な呼び方は止めて貰いたいわね。

この娘は今、眠っているだけ――

保存液で満たしたポッドの中で、眠りから覚めるのを待っているの。
記憶や体細胞の幾つかを別に保管しているけど、貴方が居る限りもう必要ないわね。
アリサと呼んだ貴方の大切な少女も、蘇生した直後記憶を保持していたもの……

素晴らしいわ、貴方の力は。

きっと私に、優しかったあの頃のアリシアを見せてくれる』





 あの時アリシアの遺体に驚いてそれどころじゃなかったが、何か重要な事を話していた気がする。

真剣に聞けば気が狂いそうだったので、適当に聞き流したのが恨めしい。

アリサなら全部覚えているだろうけど、記憶力なんぞ全く無い俺は思い出せない。

いつもならばとっとと諦めていたが、俺は頭を抱えて座り込む。


苦手な事、嫌な事は無理だと諦めて逃げた――それが今までの俺の最大の過ち。


フェイトやアリシアには恩がある、絶対に返す。

自分の剣の道を探すのだと誓った、自分のやりたい事をやるのならば逃げるなんて絶対に出来ない。

雑巾を絞るように脳味噌を締め付けて、俺は貧相な記憶を無理やり搾り出す。

何か言っていた筈だ、何か――





『アリシアの……体細胞を使って、フェイトを……』

『そうよ。

『フェイト』とは、人造生命研究の職に就いていた頃に名づけられたプロジェクト名。
アリシアを人造的に復活させる為の鍵だったわ。

――フフフ、今では別の意味で鍵になってくれたので大助かりよ』





 ――プロジェクト名……人造生命研究の職に、就いていた・・・・・頃?

そうだ、確かにそう言っていたぞ。


もしかしてあの女――昔、かなりやばい事に首突っ込んでいたんじゃありませんか……?


マジかぁぁぁぁ、畜生!?

ええい、人が折角罪を軽くしてやろうと思っていた矢先に――その努力を完全に無駄にしくさりやがって!

人殺しをやった人間に、万引きの罪だけ庇っても全く意味が無い。

やな事を思い出したが……クロノ達に黙っていても、過去の調査でばれる。

早いところ報告した方が、事件解決の糸口が掴める。

くっそ、他にもヤバイ事やってないだろうな……

人造生命研究のプロジェクト『フェイト』と、ジュエルシードが結局結び付かない。

プレシアの研究材料もポットに浮かんでいるのは見たが、「キモイ」の一言しか思いつかない。

生きた人間が居なかったのは間違いないが、人体実験も余裕でやっていそうだから怖すぎる。

俺は専門家ではないのだ、口でどうやって説明すればいいのかも分からない。


何か……何か、他にも言ってなかったっけ……?





『――御高説、ありがたく拝聴させて貰った。
魔法の事なんぞサッパリ分からんが、俺の魔法が普通とは違うって事だけは理解出来た。

まさか……他人の願いを叶える力とはな。

法術ってのはそういうもんなのか?』

『法術とは本来、己の願いを叶える力。
こうありたい、こうしたい――強く願う事で、その力は発揮されるの。

――とはいえ、私も詳しくは分からないわ。

私の知り得る知識は――』





 そういえば、あの時何か言っていたような気が……





『――アルハザード・・・・調査の副産物よ。

フフフ……、まさか実在する力だとは思わなかったわ。

アルハザードの存在もこれでますます確信が持てた。
貴方が居る限り、今更でしかないけれど』





 ――『アルハザード』――

人造生命研究の一環として、アリシアを蘇らせる為に行っていた調査。

記憶がハッキリしないけど、「アルハザード」と言っていた気がする。

それがどういう意味を持つのか分からないが、その存在こそ彼女が行おうとしていた計画の根幹にあるんじゃないか……?

そのアルハザードの調査を行っていて、歴史に消えた謎の力「法術」が明るみに出たのだ。

法術が今の魔法とは違う過去の力だとすれば、アルハザードも法術と同じ歴史に存在した何かという事になる。

俺が持つ能力……過去の遺産。

自力で発動出来ない無意味な能力だが、アリサに再び会わせてくれたのは事実だ。


あ――そうか、こういう考えがあるぞ!


俺がアリサに呼びかける為に法術を発動させた時、ミヤと皆の存在が不可欠だった。

皆の協力とアリサを想う祈りで、彼女は再び現世へ戻る事が出来た。


――「アルハザード」も同じなんじゃないか……?


アルハザードとは、法術に似た何かの奇跡を起こす能力名・・・

その能力を起動させるには法術と同じく大きな力・・・・が必要だとする。


その力を――ジュエルシードで補おうとした。


世界全体を揺らす破壊力を秘めた石だ、その威力はまさに絶大。

プレシア一人では不可能でも、ジュエルシードの力を使えば「アルハザード」は発動する。

ただあくまでも調査で得た知識であって、過去の産物だ。

明確な実績が無いので、プレシアもまさに神頼みだった。


そこへ同系列の力「法術」を使用出来る男が現れれば――


――すげえ、俺。どうした、俺。

この答え、完璧なんじゃありませんか……?

そう考えれば、危険なロストロギアを使おうとした理由も頷ける。

制御を完璧に出来れば世界を破滅に導くのではなく、法術と同じ奇跡を起こせるんだ。

「アルハザード」は法術と同じ魔法の能力名で、効果は奇跡を――いや、もっとストレートに「死者蘇生の魔法」かもしれない。

過去の遺産とかって、そういうのがありがちじゃないか。


くっくっく……見たか、アリサ。お前の主人の天才ぶりを!


IQ200で調子に乗ってもらっては困るぜ。

アルハザードの単語一つから導き出した完璧な答えに、俺は大満足して立ち上がる。

プレシアの目的がハッキリした以上、早急に行動を移そう。

まずフェイトに連絡を取って可能性の論議を行った後で、リンディ達に伝えて――

今後の予定を立てながら行動に移そうとした俺の前に、突如空間モニターが展開する。


『ちょっと、リョウスケって奴此処に居る!?』

「うわ!? な、何だよ急に! ――って、お前か』


 モニターの向こうで血相を変えている獣女、アルフ。

この船に滞在しているのは知っていたが、何にせよナイスなタミングだった。


「丁度良かった、お前らに話したい事があったんだ」

『アタシもだよ! すぐにこっちへ来て、フェイトを止めて!!


あの娘が――あの娘が!?』


 圧倒的な力を持つ戦士が、子供のように泣きそうな顔で俺に迫る。

どうやらまだ……単純に事が進められないようだ。



母に捨てられた少女に思いを馳せて、俺は小さく溜息を吐いた。








 
































































<第六十四話へ続く>







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