とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十二話







 はやての本に関しては、とりあえず保留する事にした。

時空管理局の連中には何一つ知らせず、俺の脳内でメモリー管理。

世の中には危険な代物かも知れないが、俺個人は何度も助けられた大事な品だ。

余計な真似をして、これ以上の弊害を招くのは心底御免だった。


プレシア・テスタロッサ――彼女に集中する。


現状見逃す事の出来ないロストロギアはあの本ではない、ジュエルシードだ。

ユーノに聞いた話を手掛かりに、俺は危険物取り扱いのプロに聞いてみる。


「過去に滅んだ超高度文明から流出した技術や魔法の総称――それがロストロギア。
君の想像通り、ジュエルシードもその一つだ。

あの宝石に関して、君はどの程度知っている?」

「――人々の願いが叶える力を秘めた宝石。
純然たる想いが強ければ強いほど効果を発揮する。
願いを叶える効果範囲に従って、ジュエルシードは術者に代償を求める。

俺が拾った石も……結局暴走した」


 はやての心の闇を投影した黒い霧――


心の重みを示すかのように重苦しく、他者を拒んで侵入した俺を切り裂いた。

価値ある宝石だとはやてに渡してしまった俺だが、ミヤに出逢えたのは不幸中の幸いとも言うべきか。

話を聞いたクロノは腕を組んだまま、重い息を吐いた。


「知らなかったとはいえ、不用意な真似をしたな。
大事には至らなかったから良かったものの……下手をすれば大惨事になるところだ」

「――いや俺、結構手酷い怪我を負わされたぞ」


 大事には至らなかったとは、また楽観的な物言いである。

執務官とやらがどの程度の地位と力量を持っているのか知らないが、一般人には大被害である。

宝石だって見事に暴走したんだ、笑って済ませる話ではない。

はやてが無事だった事が、俺には本当に救いだった。

俺の不満を察したのか、リンディが厳しい眼差しを向ける。


「ジュエルシードが真の効果を発揮すれば、人身事故程度では済まないわ」


 真の効果……?

ジュエルシードは願いを叶えた瞬間、使用者に凶悪な牙を向ける。

その効果は願いによって変化するが、大いなる代償を求める事には違いない。

もしかして、暴走する以上に何かあるってのか……?


「……次元干渉に関わる事件だ。本来は、民間人に介入して貰うレベルの話じゃない。
だがミヤモト、君は既に無関係とは言えない。
この事件の犯人は明確に君個人を狙っていて、君も捜査協力を申し出た。

公言しないと誓えるならば――」

「誰に話すんだ、こんな悪趣味な話。
お前のところでは一般常識でも、俺の世界では子供だって信じないぞ」

「魔法に関して、君は自分の仲間にあれこれ説明しているだろ」

「うぐ……」


 だ、だって俺に関わろうとする連中が多すぎるだもん。

一度は逃げようとしたんだけど、結局離れられず帰ってしまった。

独り立ちするには、自分はまだまだ弱いのだと思い知らされた。


「大事に想ってくれる人がいるのは幸せよ。恥じ入る事ではないわ。
フィリス先生も、貴方の事を心から心配して下さっていたもの」


 柔らかな笑顔を浮かべた白衣の天使を思い出す。

連絡を忘れないように念押しされた過保護な医者に、苦笑い。

孤独な俺に友達の輪を作ろうと頑張る姿勢に、次第に感化されている気がした。


「……分かった、分かりました。今から聞く話は誰にも言いません」

「随分投げやりに聞こえるが……まあいい。
絶対に誰にも漏らさないと誓えるならば、説明しよう。


ジュエルシードの正体は――次元干渉型エネルギー結晶体だ」


「……すいませんが、日本語でお願いします」

「? 君の国の言葉で話しているだろう」

「一般人に分かるように話せと言ってるんだ!」


 続々と飛び出す謎ワードに、脳髄が捩れて悲鳴を上げている。

ジゲンカンショウ云々なんぞ言われても、漢字すら満足に思い浮かばんわ!

露骨に舌打ちこそしなかったが、額に手を当てて悩む小僧が腹立つ。

息子の困った様子に、美人ママさんが唇に手を当てて微笑ましく見つめていた。


「……分かった、君に理解出来るように噛み砕いて説明しよう。

僕達管理局は、先程説明した次元世界そのものに関わるような事件や災害を阻止する事にある。
次元世界レベルでの災害や次元断層が起きれば、世界を支える根幹が崩れ落ちてしまう。
かつて旧暦時代に発生したと言う次元災害は、幾つかの世界をまとめて滅ぼしてしまった……


――ここまでは分かるか?」


 理解が追いつく様に確認してくれるのだと分かっているが、逐一聞かれると馬鹿にされているような気がするのはどうしてだろうか。

反抗しても無意味なので、渋々頷いた。

難しい年頃なのである。


「規模こそ圧倒的に違うけど、俺の世界でも似たような話はあるからな」


 火山の噴火や地震、津波や暴風一つ起きても人々の生活は簡単に吹き飛ぶ。

天災を予知する研究は今でも続けられているが、まだまだ発展途上――

災害が起きれば、建物や人間の命運は文字通り自然任せ。

そんな災害が宇宙規模で起きれば――地球なんて容易く砕け散るだろう。

太陽や月の位置が少しでも変われば、今の健全な状態すら保てないのだ。

俺の世界は、危ういバランスで成り立っているだけに過ぎない。


「次元干渉型エネルギー結晶体――つまりジュエルシードは、人為的に次元震を発生させるエネルギーを持っている。
たった1個でも、全威力の何万分の1の発動で小規模次元震を発生させられる危険な代物だ」

「……ポケットに入れてたんですけど、俺」


 失笑を買った、畜生。

世界を爆発させるニトログリセリン以上の爆薬を、軽はずみに扱っていた俺に笑えてくる。

そんな危険物を俺の世界にばら撒いたのか、あの魔法教授は!?

責任を感じて回収だぁ……? 当然じゃ、ボケ。


「ロストロギアの発動は、時としてこの次元災害を引き起こしてしまうの。
だからこそ、私達時空管理局は特にロストロギアに対しては慎重に取り扱っているわ。

ジュエルシードも早急に回収し、厳重に封印しなければならないわ」

「壊した方がいいんじゃねえか、そんな物騒な物」

「失われた技術の産物だ。取り扱いを間違えれば暴走する恐れがある。
後々を思えば懸念が無い訳ではないが、管理局に保管しておけばひとまず安心だ」


 警察でも犯人から没収した麻薬や拳銃を保管しているからな、理屈は分からんでもない。

ジュエルシードの正体が分かった以上、俺だって今更欲しくも無い。

持ち歩くのも危険な物なら尚のことだ。


……ん?


「願いを叶えるって話はどこへ消えたんだ?」


 歪んだ形ではあるが、ジュエルシードは確かにはやての願いを叶えていた。

あの時発生した強大な闇がジュエルシードの力だとして、次元震の発生と願い事の成就が結びつかない。

クロノは少し考え込んだ後に、自分の推測を口にした。


「次元世界を歪める程の力を持っている石だ。願いを叶える効果は、あくまで副次的な作用だろう。
力の発動を促すキーの一つに過ぎない」


 実際、願いを叶える度に暴走しているのだ。

クロノの解釈で多分間違いないのだろう。

願いを叶える能力が表立って認識されていたのは、人間の欲望により際立って映し出されていただけ。

努力もせずに願い事が実現するともなれば、たまらなく魅力的だ。

不可能な願いを抱える者であれば、特に。


「なるほどね……話は大体分かった、けど……」

「何か気になる事でもあるの……?」


 考え込む俺に、リンディが顔を覗き込むように話しかけてくる。

妙齢な女性に見つめられて、ちょっとだけドキリとさせられる男の本能。

これほどの若さと美貌で一時の母なのだから、次元世界は侮れない。

煩悩を頭の片隅に蹴飛ばしながら、俺は自分の中に生まれた違和感を話した。


「プレシアはどうしてそんな危険な力を求めたのか、俺には今ひとつ分からないんだ。
公にされていない情報だとすると、もしかして知らなかったとか?」

「――プレシア・テスタロッサに限って、それはありえないだろう。
彼女ほどの魔導師ならば、ジュエルシードに関して徹底的に研究した筈だ。

フェイトからの証言も取れている」


 彼女に関しても調べ上げているのか、クロノは確信を持って言い切った。

この事件の首謀者だ、調査して当然か。

考えるのは死ぬほど苦手だが、これまでの疑問点を改善していこう。


プレシア・テスタロッサの最終目的――自分の愛娘アリシアを蘇らせる事。


その為に手駒としてフェイトとアルフを俺の世界へ送り込み、ジュエルシードの回収を命じた。

当初はジュエルシードの力を利用して願いを叶える算段だったが、俺の法術に目をつけて軌道変更――

奇跡を再び起こすべく、俺を取り入れようと誘拐事件を起こした。

ここまでの話の流れは分かる。

結果が未確定の力に縋るより、実証された奇跡に頼るのは当然だ。


――ならばどうして、最初はジュエルシードを使おうとしたのだろうか……?


ジュエルシードが次元干渉型エネルギー結晶体だと、彼女は知っていたのだ。

願い事を叶える力は次元を破壊する力の副産物――世界の破滅を前提にした能力なのだと。

愛娘を喪い悲しみに狂ったとはいえ、彼女は破滅を望んでいなかった。

むしろ逆――愛しい我が娘を取り戻し、幸ある人生を願っていた筈だ。

現世で叶わぬ奇跡を起こす為であっても、ジュエルシードを不用意に用いたりしないだろう。

それこそ身の破滅だ、救いなど何処にもありはしない。

ユーノの話やはやて家で起きた暴走を通じて、俺はずっと引っ掛かっていた。


暴走する可能性の高いジュエルシードを、彼女はどうやって取り扱うのだろうか――と。


制御する手段を見つけたのかとも思ったのだが、クロノから聞いた説明でその可能性は消えた。

ジュエルシードの真価は次元震の人為的な発生であるならば、完全制御は無意味だ。

万が一本当の力を発揮しても世界崩壊、不完全に発動すれば暴走付きの嘆願成就――

どう転んでも、彼女の理想には程遠い気がする。

大事な人間を喪って躍起になっている? ――遺体を完璧に保存する理性がある人間には当て嵌まらない。


……分からん……


知恵熱が出そうだった。

次元震の発生とアリシアの蘇生がどう繋がると言うんだ、あのオバハンは。


「……実に感情豊かな男だな、君は」

「うふふ、畳がそれほど気持ち良いのかしら」


 クロノの呆れた眼差しと、リンディの緩んだ視線が突き刺さる。

思い悩むあまり……頭を抱えて畳の上を転げ回っていたようだ。

机の上で考え事は性分ではないのだ、俺は。

――そういう事にしておいてくれ。


「とにかく、君には色々と話を聞きたい。
ジュエルシード収集の理由、プレシア・テスタロッサの目的――
彼女と実際に対面し、胸の内を聞いた君の口から。

出来れば、この事件に関わった経緯に至るまで聞かせて欲しい」


 黒衣を纏う執務官の目が鋭く細められる。

なるほど――俺の法術も見逃すつもりは無いようだ。

話を向けるタイミングの良さに舌打ちする。

ここまで機密情報を聞かされた以上、今更拒否すれば協力体制は崩れ落ちる。

彼らの協力が無ければ、この事件は穏便に終わらせる事が出来ない。

俺はまだ時空管理局を心から信じていないのだ。

クロノやリンディ、むかつくけどエイミィ――俺の事情に親身になってくれた彼女達だからこそ、俺は一緒に戦える。

そんな俺の希望を考慮して、話さざるを得ない状況を作り出した。

食えない小僧である、半端な誤魔化しは通じないだろう。


「……分かった。長い話になるし、所々曖昧だけどいいか?」

「かまわない。何か気になれば、こちらからも質問する」


 四月の末から五月の連休――たかが一ヶ月未満の間で起きた事件。

悩み苦しんで、泣いて笑って、気が付けば後戻り出来なくなっていた。

平穏だった俺を完璧に狂わしたこの事件の末に、俺は何を思うだろうか……?

これまで歩いた自分の泥だらけの軌跡を振り返りながら――俺は全てを、二人に話した。



――訳ではなかった。



話はアリサ復活後、レンが居なくなったあの裏切りの日――



「プレシア・テスタロッサは君の法術を利用する為に、フェイトを使って鳳蓮飛を誘拐した――これで間違いは無いか?」

「そうそう! あの女、心臓病のガキを――」


  誘拐しやがったんだ――喉元まで出掛かった言葉が、何故か萎んでいく。


……誘拐って、俺の国の刑法だと重罪だったよな……?


時空管理局が定める法律までは知らないけれど、重病に侵された少女を自分の目的の為に誘拐したんだ。

愛する我が子を喪った凶行と同情の余地はあるかもしれないが、フェイトを手駒として扱い無関係な人間を巻き込んだ犯行は身勝手だ。

逮捕されて、軽い罪で終わるなんて事は絶対にないだろう。

異世界に関する事件ならば、余計に罪が重いかも知れない。

俺の所でも外国で犯罪を犯せば、ニュースだの何だの結構な騒ぎになるからな。

母親の言いなりとはいえ、レンを連れ去ったフェイトも当然罪になる訳で――


……。


……おいおい、何を考えているんだ俺様。

アリシアやフェイトには恩も借りもある、力になりたいとも思った。

プレシアの悲しみは、同じ痛みを味わった俺には痛いほど共感出来る。

不幸の連鎖が続くこの事件を終わらせる為、俺は傷んだ心と身体を引き摺って今此処に居る。

だからといって――事件解決後の処遇まで知った事じゃねえだろ?

どういう理由があったにしても、あの女がレンを攫って卑怯な脅迫かましたのは事実じゃねえか。


――散々苦しめられただろうが、俺達は。


母親に拒絶されて、牢獄の中で横たわる少女。

使い捨てられた人形は持ち主に愛される事なく、散々身勝手に利用されて捨てられた。

泣き喚く使い魔の女性、壊れた少女、心臓病に苦しむ知人――全てに裏切られた自分。

温もりなんて無かった。

冷たく暗い牢獄の中で、朽ち果てるその時を俺達はぼんやりと待つだけだった。


全ての掌握の根源プレシア・テスタロッサ――断じて許せない。


重い病に苦しむ少女を、生死を分かつ手術を前に震える病人を、無慈悲に利用した。

自分の目的の為に、平然と他人を使い捨てた。

フェイトに裏切られたと誤解して、悔し泣きしたあの痛みは生涯忘れられない。

許し難き女だ、万死に値する。

アリシアの事は何とかしてやるから、てめえは冷たい地下牢で反省しやがれ。


……けっ。



「し、心臓病で苦しむ女の子を……た、助ける為に、病院から連れ出したみたいなんだ」

「は……? 君は何を言っている!?」



 本当だよ、何言ってるんだ!?

驚愕するクロノを前に、馬鹿な発言をした当人がよりビックリする。

慌てて口を塞ごうとするが、御主人様の意思を無視してお口ちゃんは勝手な台詞を吐きまくる。


「プレシアは、お……俺を利用する気なんてなかったんだよ。
レンを連れ出したのも、あいつの状態がやばいから――俺の世界の医療技術は、お前らの世界に比べて遥かに遅れてるだろ?

俺のダチを助ける代わりに、じ、自分の娘を助けてくれって――」

「ふざけるな! そんな理屈が通ると思っているのか!」


   うっせえな、分かってるわそんな事!?

即興で考えてるんだから仕方ねえだろ!


――うわ、考えてるって言っちまったよ俺……


飛び出した本音に、畳に突っ伏してしまいそうになる。

ほ、本当にむかついてるんだぞ!

容赦なくブタ箱に放り込んで下さいってなもんだ。


「う、疑うならレンに聞けばいいじゃねえか。あいつも同じ事言うぞ」


 心臓病の手術間際に押し入る非道さをお持ちならばな、正義の執務官殿。

手術後に訪ねても多分事件は解決済み、口裏合わせれば問題なしさ。

フェイトの為と言えば、あいつだって分かってくれる。


「……鳳蓮飛も、君と似たような証言をしている……」


 ナ、ナァァァァァァイス! レン、ナァァァァァイス!

流石は、俺が認めた友。

僕達、心が繋がってるんだね!


「彼女の言い分では――

心臓病の手術が怖くなり、雨の中逃げ出したところをフェイトに保護されたそうだ。
事情を聞いたプレシアは、君の知人だからと優しく世話してくれたと言っている。

お陰で手術を受ける決心がついたそうだ」

「良い話じゃないか、うんうん」

「そうだな――本当に良く出来た・・・・・話だ」


 全く心を揺らさない、無感動な局員さん。

何でレンをフルネームで呼ぶのかも、意味不明。

くっそ……なんで被害者が加害者を庇わなければならないんだ。

プレシアがな……あの女が――フェイトとアリシアの母親じゃなければ――


アリサに出逢わなかったら、見捨てる事だって出来たのに。


「君が魔導兵に殺されかけた事実に関してどう説明する?
僕達が救助に向かわなければ、君は死んでいた」

「あー、あれ? 階段から落ちたんだ。
螺旋階段が急に壊れてよ……安普請だよな、あの宮殿」

「……フェイト本人が既に自供しているんだぞ」

「あの娘は優しいからな。
些細な不手際でも、大袈裟に気にしてしまうんだ」

「よくも平然とそんな戯言が吐けるな、君は!」


 俺がクロノの立場だったら殴り飛ばすだろうな、確かに。

事件の目撃者が居ない事をいいことに、無茶苦茶言ってるからな。

現場の状況に加えて、俺の負傷にレンの病状――フェイトの供述と、事件の経緯。

これだけの状況証拠が並びまくっているのに、俺は必死でお馬鹿な頭を回しながら大嘘を繰り返す。

――プレシアの為じゃない。

フェイトを傷付けたお詫びと、アリシアに助けられた借りだ。

何度も何度も、心を説き伏せながら。


「管理局員を暴行した上に、虚偽の証言までするつもりか!」

「誤解した事に関しては謝っただろ、ちゃんと!」

「エイミィには謝っていないだろう、まだ!」

「何であいつにまで謝らなければならないんだよ!」

「婦女暴行だぞ!」

「椅子を怪我人目掛けてブン投げる人間を女扱い出来るか!」

「彼女の顔を傷付けておいて、何だその言い草は!」


「やめなさい、二人とも! どうして取っ組み合いに発展しているの!?」


 畳の上で派手に縺れ合う俺達に、鋭い制止の声がかかる。

首根っこ掴んでいた手を渋々退けると、胸倉を掴んでいたクロノも離れる。

興奮して互いに息を荒げながら、睨み合う。

温厚な提督も困った様子で息を吐いた。


「貴方らしくないわよ、クロノ。エイミィやアースラで起きた事は、既に解決した筈よ。
後は、当人同士の問題だわ」

「……申し訳ありません、艦長」


 気持ちは分かるけど――と軽く微笑んで、リンディはクロノを諌めた。

話し合っても未来永劫分かり合えそうにないが、蒸し返すのはやめておく。

次は俺の番だろうから。


「リョウスケ君も――クロノが怒る理由は分かるわね?」

「……まあ、な」


 例えばクロノがアリサの顔を殴れば、俺は多分キレる。

エイミィとクロノの間柄は分からないが、部下と上司以上の親しい関係である事は二人を見れば分かる。

直接的な暴力に出ないだけでなく、私憤を収めたクロノは立派な人格者だ。

彼が話し合いの場を作ってくれたのに、俺はいけしゃあしゃあとバレバレの嘘をついて犯人を庇っているのだ。

冷静な執務官殿でも怒り狂うのは無理もなかった。

リンディは姿勢を正して、俺と向かい合う。


「巨大な次元震を人為的に発生させ、複数の次元世界を巻き込む事件を、私達は次元犯罪として扱っているの。
その昔――隣接する次元世界が幾つも崩壊した、恐ろしい事件があったわ。


歴史に残る悲劇……私達は決して繰り返しちゃいけない――」


 凛とした彼女の美しい正座に、我知らず息を飲む。

俺のように日々何も考えず呑気に生きてきた人間とは違う、秘められた決意―― 

多くの部下の人生と命を預かる艦長としての威厳が、ひしひしと伝わってくる。


「……プレシア・テスタロッサが今後、君を頼みにする保証は無い。
フェイトの話では、ジュエルシードが幾つか彼女の手に渡ってしまっている。

彼女が君を諦め、本来の方針に戻せば――未曾有の危機を迎えてしまうかもしれない。

それでも――君は彼女を庇うのか?」


 思い掛けない指摘に絶句する。

考えもしなかった……プレシアが俺を諦めるなんて。

ジュエルシードとは違って、俺の法術はアリサという実績がある。

不確かな力に頼るより、実証された奇跡を望むと高を括っていた。


だが仮に――ジュエルシードに、確かな何かがあるとすれば?


次元震の人為的発生が死者蘇生にどう結び付くか、彼女本人は分析出来ているのかもしれない。

細い糸の希望ではなく、研究実績に基づいた具体的な計画ならば彼女は鞍替えするだろう。

状況を省みても危うい。

人質のレンは救出され、フェイトは離反、俺は脅迫に屈しなかった。

その上彼女にとって多分最も厄介な時空管理局が、今回の事件に気付いた――

彼らが本格的に捜査に乗り出せば、プレシアは終わりだ。

追い詰められた彼女が手元にある奇跡の石より、遠く離れてしまった俺にいつまでも執着するだろうか?

――しない、絶対にしない。

一度アリサを喪い、追い詰められた俺だからこそ分かる。

俺が心配する第三者を無視して復讐に走ったのと同様に――プレシアはジュエルシードを使った儀式を必ず実行する。

世界が滅ぼうと、知ったことではない。


大事なモノ――アリシアアリサ――を取り返せればそれでいい。


昔の俺と折り重なる思考が、彼女の今の心を映し出す。


「話してくれ、ミヤモト。
君の証言さえあれば、彼女を逮捕出来る。彼女を、止められるんだ!」

「――っ」


 クロノの必死の叫びが、俺に根づく迷いに再度揺さぶりをかける。

真っ白な夢に消えたアリサ、闇の孤独に潰れたはやて、魂を失った那美――俺の犠牲者達。

俺の我侭が原因で、無関係な人間を傷付けてしまった。

今回は人じゃない、世界だ。


山も、海も、町も、国も、人も――全てを巻き込んでしまう。


出逢った人々を残らず飲み込んで……俺の夢の残骸として消えてしまう。

胸を焦がす後悔はまだ消えない。

はやても、那美も、アリサにも――俺はまだ、責任を取れていないのだ。

覚悟を幾度決めても、失敗した過去が責め立てて俺を迷わせる。

今度失敗すれば、世界が吹き飛ぶ――

クロノやリンディは何も言わず、静かに俺の答えを待っている。

返答に迷う事自体嘘をついていたと白状したようなものなのに、あくまで俺の口から答えを言わせたいようだ。

なんて厳しくて……甘い連中なんだ……


世界を犠牲にしてまで――俺は彼女を……



「お話中失礼しま〜す。お茶、入りました」



 お盆に湯飲みと砂糖入れ(?)を載せて、エイミィが入室する。

リンディはともかく、クロノは明らかに渋い顔。

場の空気を読まない野獣に、俺は八つ当たり気味の怒りを覚えた。

人様が真剣に悩んでいるのに、能天気にお茶を入れるこいつが死ぬほどむかつく。

頬にガーゼを張ったエイミィが気持ち悪いほどにこやかに、俺の前に湯気の立った湯飲みを置いた。





「――アンタが、世界を救う柄か」





 耳元に響く、小さな――確かな、非難の声。

エイミィは俺を鋭く一瞥して、そのまま俺に背を向けて座った。

入れられたお茶に何故か顔を顰めるクロノをからかうエイミィを見ながら――俺は呆然と座り込んでいた。

陰鬱に閉ざされた視界が、地平線の彼方まで広がるこの感覚――


明日、明後日、一ヶ月、一年――十年後・・・にだって届きそうな、俺自身の真実。


そうだ……世界なんぞ知った事か!

世界とフェイトの家族、どっちが大切か――考えなくても分かるだろ、そんなもん。

ミヤや彼女の意思が籠められたあの本を隠すと決めた時点で、俺のやり方は既に決定付けられていたんだ。

たとえ世界を滅ぼす結果になっても、大事なものを全部掴んでやる。

もう二度と、失わない!!


俺は湯飲みを掴んで、決意を新たにお茶を一気飲みする。


舌で日本茶を味わう間もなく・・・・・・・、乾いた喉へダイレクトに流し込む。

ゴクゴクと喉を流れる感覚だけが心地良い。

飲み干して空っぽになった湯飲みを叩き付けて、俺は言い放った。


「プレシアは何もやっていない! 断言してやる!

――どうした、お前ら?」


 まるで怪物にでも遭遇したような顔を向ける、クロノとエイミィ。

翡翠の髪が美しい提督殿は胸元で祈るように手を組んで、魂の理解者でも得たような眼差しで俺を見つめている。





俺の選択以前に――この先に大いに不安を残して、第一回和風会議が微妙な感じで閉会した。











 




――アレ? 疲労が取れたような気がするぞ……








 
































































<第六十三話へ続く>







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