とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十話







『貴方と一緒に熟睡されていたので、はやてちゃんと別室で休ませていますから』


 唖然呆然、意味不明である。

一瞬聞き違えたかと思ったが、母親のように俺を戒めるフィリスの表情から間違いではないと悟った。



――神咲那美は生きている。



事実が脳に届いた瞬間、俺はフィリスを問い質した。


「那美は――那美は生きているのか!?」

「……? 生きているも何も、眠ってらっしゃるだけですよ」

「だってお前、さっき那美の死を無駄にするなって――あっ!?」


 きょとんとするフィリスに、俺は勘違いしていた事に気付いた。

フィリスは那美の"気持ち"を無駄にするなと言ったんだ、死んだとは一言も言っていない。

俺も俺で直接フィリスに死を伝えた訳ではない、悲しくて彼女の死をうまく伝えられなかったのだ。

会話が成立していたのは、共に那美を真剣に思い遣っていたからだ。

双方の生死の認識こそズレていたが、彼女の優しい心に報いる気持ちは同じだった。

フィリスは俺をぬか喜びさせるような偽善者ではない。

ゆっくり寝ている暇はなく、俺はベットから降りた。

突然の俺の行動に、フィリスが慌てて手を差し伸べる。


「駄目ですよ、良介さん! 
貴方の一度っきりの外出は黙認しますが、今はまだ休んでいて下さい」

「別に今すぐ行動するつもりはねえよ。
フィリス、あんたの言われた通り那美に挨拶するだけだ。

こんな俺を……心から心配してくれたんだ。

お礼を言わせてくれ」


 本当の気持ちを、フィリスに伝える。

――ありがとうと、言いたかった。

大切な言葉が彼女に無事に届くこの現実を、今は心から祝福したい。

正直まだ気持ちの整理はつかないが、無事な顔を一目見たかった。

逡巡するフィリスに、俺は安心させるように説明する。


「折角厳しい先生に許可を貰ったんだ、今更踏み躙る真似はしない。
丁度今、照れ屋なお母様が入らして下さっているんだ。
俺は少し席を外すから、その間事情を聞いておいてくれよ。

最悪眠ったままでも、出て行く前にあいつの顔は見ておきたい」


 入院患者が席を外すとは妙な言い草だが、幸いにも何とか行動出来る程度に回復はしている。

フィリスにリンディから詳しく説明して貰う間、俺が余計な口を挟んでも仕方ない。

リンディはまだしも、俺が態度や言葉でボロを出す可能性があるのだ。

あの美人提督の見事な話術や交渉術は、先日この目で見ている。

押し付けてしまう形になるが、俺がいない方が彼女も都合は良いだろう。

フィリスは少しの間考え込んでいたが、渋々頷いた。


「……分かりました。その代わり、絶対に病院から出ないで下さいね?
中庭も駄目ですよ」

「病院の中庭は個人的にしばらく立ち寄りたくねえ」


 ジュエルシードの発見に、はやてとの壮絶な喧嘩――レンの誘拐の契機になった中庭。

絶対あの場所、悪霊か死神が憑いているに違いない。

事件が終わり退院するまで、俺は絶対に足を運んだりしない。

これ以上悩んだり苦しんだりするのは、ウンザリである。

フィリスから那美が休んでいる病室の番号を聞いて、俺は重い身体を引き摺って歩く。



――病室から出た時に、申し訳なさそうに手を合わせる艦長さんに苦笑いして。










 




 静かな夕陽の穏やかな輝きが、静かな病室を包み込んでいる。

開いた窓から優しいそよ風、心地良い静寂に満たされた空間。


白いシーツと柔らかな布団に寝かされている少女を見て――俺は安堵に腰が抜けてしまった。



「……なんだよぉ……生きてるじゃねえか……」



 床に座り込んだまま、熱く潤む目頭をグッと抑え込む。

感涙に咽び泣くなんて、俺らしくない。

分かっていても、地獄のような心境に照らされた一筋の光明に目が熱くなるのは勘弁して欲しい。


八神はやてと、神咲那美――


一時期二度と取り戻せないと半ば覚悟していただけに、少女達の安らかな寝顔に心がどうしようもなく満たされる。

孤独を求めていた俺にあるまじき失態だが――嬉しかった。

生きていて良かったと、子供のように素直に喜べた。


少女達の傍には、優しい友人達が彼女達を見守っている――


病室に訪れた瞬間床にへたり込んだ俺に、彼女達は気遣うように駆け寄って来た。


「リョウスケ、大丈夫ですか!?」

「ぁう……りょう、すけ……」


 主に一途な妖精ミヤと、主に従順な久遠――

御互い此処が自分のポジションだと言わんばかりに、俺の肩や胸に飛び込んで心配げに見つめる。

その優しさに照らし出された温かさに、俺はこれが現実である事をようやく実感出来た。

深々と大きく息を吐いて、俺は無機質な床を見下ろして脱力する。


「はやてや那美は……無事か……?」

「はいです。
消耗した魔力や霊力を回復させる為に、今は深い眠りについてらっしゃいます。
恐らく――明日までは目を覚まされないでしょう……

でもでも、御二人は無事ですので安心して下さい!」


 何の邪気もない微笑みに、俺は今度こそ安心して――


――強烈な怒りが胸を焦がすほど熱くした。


人間心に余裕が出来れば、多少なりとも視野が広がっていく。

事の前後関係や今までの経緯を思い出して、俺は歯を鳴らした。


「あいつら……俺を騙しやがったな!
性質の悪い嘘を並べやがって、あの女!?

俺が嫌いだからって、悪質だろこんなもん!!」


 冷然とした笑みを浮かべる美貌の死神を思い浮かべて、俺は拳を握り締める。

信頼を取り戻せたとはいえ、はやてを死なせかけたのは事実だ。

あいつを悲しませ、暴走させたのも俺の責任――それはよく分かっている。


だからといって……こんな嫌がらせはあんまりではないか。


無口だったが、筋の通った佳い女だと思っていた。

はやてを想う気持ちは本物で、理由はどうあれ助けてくれた事には感謝していた。

彼女の言葉一つ一つが肺腑を抉ったが、心に痛く染み入った。

鋭い厳しさの中に正当な心意気を感じて、俺は内心認めていたのに――正直失望させられた。

憤りに唇を噛む俺を――ミヤは厳しい顔で見下ろしている。


「……那美さんが貴方の為に死のうとしたのは、本当なんですよ?」

「え――」


   茜色に染まるミヤの表情は儚く……悲しみに満ちている。

絶句する俺に、小さな妖精は眠る那美の顔を優しく見下ろして話を続けた。


死なずに済んだ・・・・・・・だけです。
お姉様やアリシアさん、ミヤも――そして何より、久遠さんが頑張ってくれたんです。

皆さん一生懸命力を注いで……何とか那美さんも助けられました」


 ここまで言われて、俺はようやく気付いた。

――少女の変貌。

久遠と名付けられた子狐が、主と同じ巫女服を纏う女の子に変化している。

無垢で可憐な容貌に純粋な瞳、アルフのような獣の耳と尻尾――

可愛らしく尻尾を振って、俺を見上げて純粋な笑顔を向けてくれている。


フェイトに襲われたあの時――俺を助けてくれた、巫女服の少女。


首につけられた金色の鈴こそ、この美少女が小さな狐である証だった。

ミヤは説明する。


「那美さんの力について、お姉様が説明した内容を覚えていますか?」

「――ああ、治癒の能力だろ」


 魂の力で起こす物理現象――癒しの力。

対象の魂に直接触れて活性化させる事で、肉体の傷を癒す術。

精神は、肉体に作用する。

魂が「治った」と強く感じれば、肉体は治癒された魂の形に呼応して傷の存在を忘れる。

恐らく死に逝く俺を治癒して磨耗した那美を、久遠達が助けたのだろう。

どのような経緯があったのか、分からない――

ただ、ミヤの深刻な表情が気になった。

「久遠さんの魂はとても強力で、お姉様も目を見張っていました。
常に那美さんと共に居た久遠さんです、魂の波長もある程度同調していたのでしょう。
アリシアさんや御姉様の助力もあって、何とか蘇生しました。
今は昏睡していますが、自然治癒でいずれ目覚めるでしょう。


――ですが、今後どうなるか分かりませんです」

「分からないって……どういう事だよ!」

「……貴方を助ける為に、那美さんが自分の魂を貴方に捧げました。
血に穢れた貴方の魂を清める為に――比喩の一種ですが、貴方と同化・・したんです。

魂とは己を証明する生命の源――

魂と魂が完全に結びついてしまうと、自我が保てなくなります」


 安心していた心が、一瞬にして凍てつく。

哀しげに響くミヤの語りが、安堵した俺を厳しく鞭打った。


「今はまだ、リョウスケと那美さんの魂は個々に存在しています。
一度繋がった魂もあの世界から離反して切り離され、こうしてお二人が無事に帰って来れています。
それは御二人がまだ、密接に繋がっていない為です。
こんな言い方したくないですけど……リョウスケと那美さんは、まだ他人です。

もしもこの先、この現世でお二人の心がもう一度深く繋がってしまうと――


――今度は切り離せなくなります。


ミヤや御姉様との融合ほど顕著ではなく、徐々に繋がっていきます。
最初は感覚。

喜びや悲しみ、怒りや憎しみ、そして――痛みや快感。

傷が痛めば共に苦しみ、快楽を覚えれば二人とも恍惚に染まります。
感覚の共有が始まれば第一段階。


いずれは……肉体にさえ影響を及ぼすでしょう。


那美さんが風邪を患えば、リョウスケも風邪に苦しみます。

リョウスケが傷付けば、那美さんも傷付き――リョウスケが死ねば、那美さんも死にます。

距離なんて関係ありません。
世界さえ隔てても、お二人の繋がりは決して離れる事はありません』

「そんな……」


 個人を望む俺にとっては、絶望的な事実。

そして――平凡な幸せを望む十代の少女には、残酷な現実だった。

たとえば万が一那美に好きな人が出来て、そいつと添い遂げたとしよう。


男と女が一つになる初夜の瞬間――女は別の男と、性交の感覚を共有しているのだ。


本人がどれほど拒んでも、俺と言う男の存在を何処かで感じてしまう。

精神的なレイプと何ら変わらない。

今の俺は――


――アリサを陵辱して殺した犯人と、同じなのだ……



『神咲那美を殺したのは貴様だ、宮本良介』 



 あの言葉は決して――偽りではなかった。

俺を騙したのは事実だが、彼女が真に伝えたかった事は決して虚偽ではなかったのだ。

  彼女の人生を――健やかな"生"を、俺は殺したのだ。

自分の、身勝手な願いの結果で――


「リョウスケ……今の話は、あくまで那美さんと繋がった場合です。
今の内に距離を取れば、二人の心は繋がる事はないと思います。

那美さんの事を良介が想うのならば、あの……」

『……もう……やめよう……?』


 常に皆の心を思い遣る妖精と、俺を心から案じてくれた天使の表情が重なる。

あの娘はきっと、全てを知っていたのだろう。

那美が生きていた事実を持っても、この絶望は決して覆らない。

俺は那美を殺した事には変わりはないのだ。


リンディは周りの人達を大事に想うなら、もう戦うべきではないと諭してくれた。
アリシアは誰かを傷つけて苦しむ俺に、もう休むべきだと引き止めてくれた。


ミヤの言いたい事もよく分かる。

今の内に那美と距離を取れば心は完全に切り離されて、関係は消滅する。

魂との結び付きも、何時になるか分からないがいずれ消えるだろう――


心優しい少女の最後の制止を、俺は拒んだ。


「ミヤの言う事は分かるし嬉しいけど、俺は――このまま無かった事には出来ない。
アリシアにも言ったけど、出逢った事の意味はあると俺は信じる。

いや――俺が作ってやる。

俺に出逢って良かったと、心から思わせてみせる」


 今こそ俺を厳しく促してくれた彼女や、背中を押してくれたアリシアに感謝する。

クヨクヨする時間はもう通り過ぎた。

絶望に立ち止まっている暇はない。

これ以上邪魔をするなら、運命の女神だって切り伏せてやる。

俺の胸の中で不安そうに見上げる少女に、


「大丈夫、
正直まだお前や那美の事、俺達の間に起きている問題をどう解決すべきか分からないけど――

お前や那美には、何度も助けられた。その借りは絶対に返す。

事件を丸ごと解決して、那美やお前も絶対に助けてみせる。
ちと長い付き合いになるかもしれないけど……宜しく頼むな、久遠」

「……うん……うん!」

「あはは、泣く事はねえだろうに」


 たどたどしく言葉を重ねて、久遠はポロポロ泣き出してしまった。

俺を慕ってくれるがゆえに、御別れになりそうな空気に怯えてしまったのだろう。

俺は涙を拭いてやりながら、もう一人の相棒に力強く訴えかけた。


「お前も何を辛気臭い顔してるんだ。
いつもみたいに、しっかりしろの一言くらい言ってくれよ。

那美を見捨てると言わせたいのか、俺に」

「じょっ――冗談じゃないです! 貴方が巻き込んだんじゃないですか!!
絶対の絶対に那美さんを助けないと、許さないですよ!

フェイトさんも、アリシアさんも、プレシアさんも――あんなに良い人なのに、苦しみ続けてます。

もう――哀しいのは沢山です、見たくないです……
リョウスケ、絶対に皆を助けるんですよ!

し、仕方ないですけど……ミヤも力を貸しますから、頑張りましょうです!」


 両手で可愛らしく握り拳を作ってガッツポーズするミヤに、俺は苦笑い。

やっぱこいつは、無意味に熱血してくれないと面白くない。

俺は久遠とミヤの二人の手を取って立ち上がり、はやてと那美の寝顔を覗き込む――


「……心構えは、もう出来た?」


 俺が落ち着くのを待っていたのか、背後から柔らかな女性の声――

誰であるか、確認するのは野暮ってもんだ。

俺は二人の安らかな寝顔に微笑みかけて――しっかりと頷いた。


「この事件を、終わらせる。力を貸してもらえるか……?」

「悲しみを終わらせたいと願う気持ちは、私達も同じよ。

こちらこそ協力を御願いしたいわ、リョウスケ君」


 新しい世界へ導く、優しくて白い手のひら――

今までの自分に、孤独に満たされた狭い世界から飛び出す異世界の扉。


俺は今度こそ自分の手で扉を開く為に――その手を、しっかりと握った。


さあ、終わらせにいこう――フェイト達と新しい世界へ向かう為に。









 
































































<第六十一話へ続く>







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