とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五十九話







 夢の中での悲しい出来事は、現実に伝染する――

眠りから覚めて、自分が泣いていた事に気がついた。

悪い夢から目覚めたのに、夢であってほしいと痛切に願う自分。



――神咲那美が死んだ。



前へ進むと覚悟したところで、割り切れるものではなかった。


「……お体は大丈夫ですか、良介さん」


 悲しみに濡れた瞳を暖かく照らし出す、夕陽の光――


心地良い感触に包まれて、俺は病院のベットに寝かされていた。

茜色の空が見える病室の窓を背景に、優しい微笑を浮かべてフィリスが座っていた。

付き添ってくれたのか、目覚めた俺の顔を見て安堵の色を浮かべる。


「フィリス……俺は」

「貴方が病院の庭で熟睡していると、アリサちゃんが教えてくれたんです。
様子を見に行けば、大の字で寝ていてびっくりしました」


 その時の光景を思い出したのか、珍しく楽しげだった。

面白がっているというより、微笑ましかったのだろう。

恥ずかしい所を見せてしまった気がする。


「アリサが俺を……? あいつは何処行ったんだ」

「良介さんのお母様がお見えになられて、談話室へ行かれましたよ。
貴方がよく眠っていたので、起こすのも悪いからと」


 ――今の内に決めておきなさい、アリサのメッセージ。


時空管理局の女提督殿がお見えになられたのだ、もう一刻の猶予も無い。

真面目少年やメスゴリラを筆頭に部下が大勢居る立場の彼女が、直々に俺の意思を確認に来てくれたのだ。

迷いを見せず、きちんと俺の口から答えなければならない。

目覚めたばかりで混乱している俺に時間をくれた、アリサの為にも――


――念の為髪の毛に触れて見ると、案の定真っ黒。


那美が癒してくれた身体に、彼女の支えは必要なくなったのだろう。

彼女が俺を手助けしてくれたのは、主のはやてが悲しむからだ。

俺個人への思い遣りは微塵も無い。

心配無用と分かれば融合解除されて当然だった。

再び闇の中へ消えた彼女――名前さえ聞けなかったのは残念に思う。


「はやてちゃん達とお話されていたんですか?
皆気持ち良さそうに眠っていて、アリサちゃんが困っていましたよ」

「……」


 何気なく話してくれるフィリスの気遣いが痛かった。

アリサが連れて来たのなら、彼女は見た筈だ。

暖かくも悲しい夢を見る俺とはやて。

そして――


――永遠の眠りについた彼女を。


拳をギュッと握る。

甘えるな、宮本良介。

お前にはもうそんな資格は無い。

不甲斐ない自分に嘆くのも、情けない自分に自虐するのも許されない。

何度も立ち止まっては間違えて、多くの人達の心を傷つけた。


挙句の果てに、また――気高い信念を持った女性が一人、死んだ。


束の間アリサが与えてくれた時間は決して無駄に出来ない。

最後の休憩、出発前の儀式――

誰かの優しさに、これ以上は縋れない。


「フィリス、話がある」

「……聞かせて下さい」


 軋む身体を半ば無理に起こして、俺はフィリスに眼差しを向ける。

柔和な美貌は真剣そのもので、これからの話を真面目に聞く姿勢だった。


――辛かった。


自分でも整理出来ていないこの気持ちを、彼女に伝えなければいけない。

逃げ出せるものなら、逃げ出したかった。

俺には関係ないと昔のように開き直れれば、どれほど楽だろうか。

胸が詰まる重荷を抱えたまま、俺は重い口を必死で開く。


悲しみから逃げ出すような奴に――プレシアは絶対に、救えない。


「那美がああなったのは……俺の責任なんだ」

「良介さんが……?」


   静かに頷いた。

病院の窓から見える夕陽が目に焼きついて離れない。

俯きたくなる衝動を必至で堪えて、俺はフィリスを正面から見つめて言った。


  「重傷を負った俺の為に……彼女は……」


 フィリスの顔が歪み、目頭が熱くなる。

……泣くな、死に追いやったのはお前だろうが!


でも……それでも、それでも思ってしまう。


何故、彼女が死ななければならなかったんだ?

彼女は事件には無関係だった、はやての事情なんて関わりすらなかった。

那美は……入院した俺を見舞いに来てくれただけ。

友達ですらなかったこんな俺を心配して……それなのに……何でだよ、畜生……!

こみ上げる激情を必至で耐えて、漏れそうになる嗚咽を唇を噛み締めて抑える。


「――っ、フィリス……」


 白い小さな手の平で俺の頭を、そっと撫でるフィリス――

向けられた表情に怒りは微塵も無く、労りの心で満たされていた。

彼女は、天使だった――


「駄目ですよ、良介さん。そんな顔をしては」

「え……?」

「御辛い気持ちは分かりますが、クヨクヨしてはいけません。
那美さんは、良介さんを心から心配して来て下さったんです。

自分を案じてくれた彼女を想うならば、早く元気になって安心させてあげて下さい。

それがきっと、那美さんへの何よりの誠意になります」


 元気な顔を、か……出来るかな、今の俺に。

――いや、やらなければならないんだ絶対に!

暗い顔をして俯いて、弱音を吐いてばかりでは何も出来ない。

強がりでもいい、胸を張って歩いて行こう。


プレシアに――フェイトやアリシアに、もう一度会いに。


俺と同じく立ち止まり続けている彼女達と向き合い、この悲しみを終わらせよう。

大きく深呼吸して、乗せられた彼女の手を握り締める。


「フィリス、頼みがある!」

「ど、どうしたんですか急に!?」


 林檎のように顔を真っ赤にする彼女に、少し癒される。

患者を心から大切にするフィリスの献身さは、この純真な心から生まれるのだろう。

そんな彼女にこんなお願いをするのは気が引けるが、逡巡している暇は無い。


「俺に外――」

「駄目です」

「ま、まだ何も言ってないだろ!?」


 白衣の天使が、教育ママに変わる。

可憐な彼女の表情が引き締まり、透き通った瞳が厳しくつり上がる。 

何処にそんな力があるのか、握り返す彼女の手が痛い。


「良介さんは最低でも一ヶ月は入院してもらいます。
病院の外へは断じて出しませんから、そのつもりでお願いします」

「そ、それがですね、また大事な用事がありまして――」

「自分の御身体と相談してから、もう一度言ってくださいね……?」


 ニッコリ笑うフィリスさんが、ひたすら怖い。

イエッサーと無条件で敬礼してしまいそうな自分は、無能四等兵。

こんな小柄な美人さんに、既に骨の髄から調教されていた。


「た、頼むよ! 今回が最後、絶対に最後!」

「貴方の御身体も最後になるので駄目です」

「危ない事なんて何も無いから!」

「会う度に怪我が酷くなる人なんて、信用出来ません」


 ぷいっと冷たく顔を逸らすフィリス。

ちょっと拗ねた感じが悶えるほど可愛いが、聞き分けの無さが困り者だった。

隙を見て逃げ出すことも不可能ではないが……それはやりたくない。

これ以上自分が原因で、誰かが悩んだり傷ついたりするのは見たくなかった。


俺は拝み倒すしか出来ない。


「頼む、フィリス! 

一人の女の子の人生を――家族を助けてやりたいんだ!」

「……っ、良介さんの身体はもう本当に危ないんです!
安静にしてないと死んでしまうかもしれないんですよ!?

確かに――少しは回復しているようですけど、無理が出来る状態ではないんです!
本当に、良介さんで無ければ解決出来ないことなのですか?」

「それは……」


 違う、と思う。

少なくともリンディは事件のことは忘れて、日常へ戻るように諭してくれた。

民間人が関わる事件ではないとか御役所的な命令ではなく――俺個人を思い遣っての、忠告。

彼女の言葉がどれほど正しかったのか、はやてや那美を通じて嫌と言うほど思い知らされた。


このジュエルシード事件も――俺が関わったせいで、複雑な展開を見せている。


なのはやユーノ、リンディ達だけならばもっと単純に事が運んだだろう。

フェイトをあそこで追い込まず、なのは達を悲しませずに済んだ。

アリサやはやて、那美を巻き込んでしまったのは他でもない俺なのだから――


「――確かに俺が行かなくても、誰かがあの娘を助けてくれるとは思う」


 なのははきっと、手を差し伸べ続ける。

フェイトを救う為に。


あの娘と――本当の、友達になる為に。


「でも、あの娘を追い詰めたのは俺に責任がある。
俺が傷付けてしまったんだ。

ここで俺が行かなかったら――最低だ」


「……貴方の身を案じてくれた那美さんの気持ちはどうなるんですか?」


 肺腑を抉る言葉――どこまでも正しい指摘。

胃が力尽くで絞られるような自己欺瞞に、吐き気すら覚える。

今この命があるのは、那美が命懸けで救ってくれたお陰。

死地へ向かう行為は彼女の献身を汚い足で踏みつけるのと、変わりはしない。

ああ、そうだとも――分かっている。



「もう、誰も……死なせたくない……悲しませたくないんだ……」

「……」



俺の手を握り締めて、フィリスは俯いている。

その瞳は切なく揺れていて、暗い表情で静かに思い悩んでいた。


――不意に、先程のはやての顔と重なる……


家族なのに何故何も話してくれなかったのか、と叫ぶはやて。

一方的に利用するだけなら、信頼なんて要らないと泣き崩れた。


相手が優しいから――信用出来る人間だからきっと分かってくれる、そんな考え方は傲慢だ。


言葉にしなくても伝わるなんて、物語の中だけに通じる身勝手な気持ち。

仮に存在するとしても、余程の関係を築いた者達だけが許される奇跡だ。

自分は他人を拒絶し続けたくせに、相手には分かって貰おうなどとふざけている。


お前なんかいらない――あんな言葉をフィリスにまで言わせるのか、お前は。


特に、俺は普段から間違えてばかりいるんだ。

正しい形にして、相手に伝える努力をしよう――


「えーとな、フィリス。別に俺一人で無茶苦茶しようって話じゃないんだ。
今、俺の義母が来ているだろ?

実はあの人が俺に付き添ってくれる事になったんだ」

「それは……どういう事情なんですか?」


 よーし、話を聞く姿勢になったぞ。

少なくとも悲壮感は薄れつつある。

ようするに俺が無事に帰って来る事を教えて、フィリスを安心させればいい。

今までの俺はただ大丈夫大丈夫と確証もねえ精神論を吐きまくって来たが、はやての件で反省した。

フィリスが敵に回るなんて御免だ。


こんな天使の輪が似合うお医者さん、世界中探してもいねえよ。


「フィリスにはある程度話してるけど、今俺は怪我人が出てる事件に巻き込まれている。
俺も見ての通り大怪我して、その上魔法だの何だの訳の分からんものまで登場する始末だ。

実は俺の義母はそういう関連の専門家でな――何て言えばいいんだろう……
拳銃とか麻薬とか取り締まるのは、この国では警察の仕事だろ?
あの人は……つーか、あの人が所属する組織は魔法関連の事件を取り締まってるんだ。

常識外れな話でピンと来ないかもしれないけど――」

「――いえ、良介さんの仰りたい事は何となくですが理解出来ます。
リスティや私の知人も似たような……というのも変ですが、そういうお仕事をしていますから」


 そういえばあの煙草警官、正式な警察官じゃないんだったな。

政治的要因や外交問題が孕む事件に、その手のエージェントが存在するって話は世間の噂レベルで耳にしている。

位置付けはいまいち分からんが、警察が抱える難事件の捜査でもしているのかもしれない。

フィリスはアリサの儀式にも参列してくれているので、話が早くて助かる。


「事件の規模も拡大して俺も大怪我したから、本格的にその組織が介入する事になったんだ。
俺は犯人逮捕のちょっとした協力と――事件の被害者を助ける役目。

その被害者ってのは、さっき話した女の子なんだ……

たとえ事件が解決しても、被害者が負った傷は簡単に癒えないだろ?
柄じゃねえけど……何か力になりたいって――」

「恥ずかしがる事はないです。良介さんは立派です。
少なくとも、私は絶対に笑ったりしませんよ」


 俺を見上げるフィリスの表情に既に陰りは無い。

心配に曇っていた瞳は光を取り戻し、白い頬に赤みが差している。


凄いもんだな、話し合いの効果は……


なのはの強さの一端が見えた気がして、改めて感心させられた。


「向こうの組織に医者もいて、この病院から離れている間の俺の怪我の面倒も見てくれる。
今後危ない事は全部引き受けてくれるだろうから、本当に何の問題も無いんだ。

何だったら、今見舞いに来ている義母と話してくれてもいい」


 ……他人任せのオンパレードだが、この事件既に俺一人で解決は不可能。

これ以上意地張っても、最後は誰かに迷惑をかけてしまうのだ。

だったら、皆で協力して事件解決に望んだ方がいい。

何故もっと早くそうしなかったんだと、クロノ辺りが怒りそうな気がする。


プレシアは俺が相手をする――これは譲れない。


ただ悔しい限りだが、彼女の城を守る巨人兵の相手は今の俺ではこれ以上無理だ。

弱点が分かっていても、簡単に倒せる相手じゃない。

万全な状態でさえ大苦戦するのに、骨折・火傷・打撲のオンパレードな身体では満足に動けない。

人外魔境や魔法関連は、専門家に相談しよう。


「――この事件に関わるのを、組織側が拒否する可能性だって高いんだ。
俺はこの通り怪我人で……本当は、関わるべきじゃないって忠告されてる。
フィリスと一緒で、俺の事を真剣に心配して止めるべきだって言われてるんだ。


事件の事は全部忘れて日常へ戻りなさい――彼女の言葉だ」


 脳裏に蘇るのは、忌々しい記憶の連続。

四月の終わりから五月の初めにかけて訪れた、災厄の日々。

この病院の庭で拾った青い石から始まった、俺の人生の転機――

思い出すだけで、苦々しさばかりを感じさせる。

良い思い出なんか一つもなかった。

出逢ってすぐに分かれ、迷い虚ろって、生死の境を惑う毎日。

血と汗と泥が身体中を重く縛り付け、俺の心を粉々に破壊した。

頼まれたって、二度と戻りたくはない。



けれど。



「――忘れる事なんて、出来るもんか……」



 重く苦しい日々の狭間で、強く気高いモノは確かに在った。

血だらけになって越えてきた苦難や、吐き出し続けた己の気持ちは。

これまで歩み続けた道程は―――汚れていても、己が自身が刻んだ足跡だ。

少女達の切なる祈り、悲しみに満ちた願いは空虚な俺の心に一条の光を差し込んでくれた。

旅の果てに待っていたのは、弱いだけの脆き剣――

惨めな自分に価値はないのか?


――そんな筈はない。


アリサが好きだと言ってくれた――那美が命懸けで救ってくれた我が身。

俺自身が見限った生命に価値を与えてくれた数多くの人達を、絶対に忘れられない。


親に置き去りにされたフェイト。
娘に置き去りにされたプレシア。

世界に置き去りにされた、アリシア――


今度は俺が――彼女達に生命の価値を伝えに行く。




「俺を行かせてくれ、フィリス。――リンディ」



 目を見張って病室の外を見るフィリス、動揺する気配。


……夕陽ってのは影がなが〜く伸びるんだぜ、艦長さんよ。


独白している途中で気づいたのだが、俺は敢えて聞いて貰っていた。

物陰から伸びる長身の女性の影が、人差し指をつんつんさせているのが見える。


あ、あのね、聞くつもりはなかったの……本当よ?


彼女のシルエットから、明確なメッセージが聞こえた気がした。

やばい、真剣に語った後だけに笑い出しそうになる。

フィリスは呆れたように溜息を吐いて、


「……きちんと一日三回連絡して下さいね、良介さん。
一度でも忘れたら、即刻病院に連れ戻しますから!」

「フィリス!? それじゃあ――!」

「勿論、後でお母様にも説明を聞かせて頂きますよ!」


 バレバレなのに、物陰に隠れたまま慌てて頷くリンディお母様がプリティ。

キレ者だが、案外お茶目な人なのかもしれない。

俺は感激して、寛大な許可をくれた先生様に感謝の抱擁――


「ありがとう、フィリス! 俺、頑張るからな!」

「りょ、良介さん!? 恥ずかしいのでやめて下さい!」

「お前って本当に良い奴だな……う〜、スリスリ」

「きゃっ、く、くすぐったいです……もう、手のかかる子供ですね」


 それでも満更でもないのか、耳元でクスクス笑うフィリスの声が聞こえる。

彼女の許可さえ貰えれば、勇気百倍だ。

心配だったリンディも、あの様子だったら協力許可を貰えるだろう。


安堵に胸を撫で下ろす俺に、フィリスが釘を刺すように言った。


「仕方ないので許可は出しますけど、今回ご迷惑をかけた皆さんにきちんと声をかけて下さいね?」

「ああ、分かっている」


 どの道なのはと今度行動する以上、桃子との話は必要だ。

恭也や美由希にも今回の反省点をふまえて、頼みたい事がある。

月村達やはやてにも声をかけておかないと、また後で文句を言いそうだ。



決戦前の最後の挨拶は、俺自身の決意を固める事にも繋がる。



  「分かっていると思いますが――





――那美さんや久遠にも、ですよ?





貴方と一緒に熟睡されていたので、はやてちゃんと別室で休ませていますから」










 




……へ……?










 
































































<第六十話へ続く>







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