とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五十八話







 力尽きるまで戦い、死んだように眠ってまた戦う。

眠れば悲しい夢、起きれば厳しい現実。

繰り返される死闘は俺の血肉を削り、魂を疲弊させる。

休まる事のない事件の嵐に翻弄されながら、俺は終わらせる決意をした。

無関係者な他者を巻き込むのだと知りながら。

関係ある者達を傷付けると分かっていても、俺は歩き続ける。

誰にも理解されず、理解を求めない自分勝手な生き方であっても。

歯を食い縛り、重い身体に鞭打って、生命を削りながら――

俺は一人、最果てへと向かう。

生きる目標を見失い、強くなる術を知らず、悪夢の中をただ真っ直ぐに。



――女の子の泣き声が、聞こえる。



純粋にただ悲しみに涙する、少女の声。

耳障りに響く女の子の甲高い泣き声に、苦々しくも足を止めている自分がいる。

向かうべき先がある。

望みを叶える為に他者を巻き込むと決めても、ガキの涙程度で立ち止まってしまう。

苦笑い。

情が沸く人間ではない、優しさが芽生える心も持っていない。

寄り道ばかりしているから望みは遠のくと分かっていて、俺は足を止めてしまった。

甘くなったのか、弱くなったのか――多分、後者だろう。

戦いに溺れていて身体の痛みを忘れ、人を拒絶して心の痛みを忘れた。

その証拠に、立ち止まった瞬間思い出したように人間らしい痛みが走る。

振り返る――歩んできた道に、血の足跡がこびり付いている。

他人を巻き込む覚悟を決めて、死ぬ気で頑張って、無茶を繰り返し……少女の泣き声で目が覚めてこのザマか。

休憩がてら寄り道するか、そう考える自分にもう笑うしかない。

泣き声を向かって脇道に逸れた瞬間――燐光が生まれた。


暗く冷たい道を優しく照らし出し、傷付いた身体を包み込む優しい光。


ぬるま湯に浸かっている様な感覚だが、煩わしさは微塵もない。

気のせいか、傍で誰かが見守ってくれている感じがした。

燐光に導かれて、泣いている女の子の元へゆっくりと向かう。

痛みはもう感じなかった――










 




「うえぇぇぇ〜ん……お兄ちゃん、死んじゃやだぁ〜!」


 悲しみに曇った少女の声と、頬を濡らす熱い感触。

悲痛な泣き声に呼び戻されて、俺は重い瞼をこじ開けた。


ぼんやりとした視界に映るのは――金髪の美少女。


俺を見下ろす幼い眼差しは心配に満ちており、御人形のような美貌を涙に濡らしている。

目覚めた俺を見て綺麗な瞳を見開いて、少女は俺の首筋に飛び込んだ。


「お兄ちゃん、良かった! 死んじゃったかと思ったよ、ふえ〜ん……!」

「……お嬢……」


 アリシア・テスタロッサ、夢の世界の御嬢様。


穢れのない瞳と清らかな容貌を持った、純粋無垢な女の子。

喜怒哀楽の豊かな少女で、どういう因果か夢の中でこうして俺と関係を持った。

アリシアと呼ぶと余計に懐きそうなので、お嬢と愛称をつけている。

少女の体温を感じながら、俺はゆっくり上半身を起こした。


「……っ、何だ? いつの間にか寝ちまっていたのか」

『まだ身体を休めておけ。
回復したとはいえ、これ以上の負担は命取りだ』


 手厳しい命令が頭脳に響き、俺は渋々身を横たえる。

起きたり寝たり忙しいが、いい加減限界なのは自覚している。

美人の死神の忠告だ、素直に受け止めておこう。


――って。


「何だ、こいつ……? 俺の隣にちゃっかりと」

「そうだよね! 王子様の隣に眠るのは、お姫様の役目なのに〜!」


 メルヘンな御嬢様は無視して、俺は疲れ切った顔を隣に向ける。

――俺の腕を大切に抱きしめて眠る、もう一人のお姫様。

夜の世界の王女が瞳を閉じて、静かに寝息を立てている。


『倒れたお前を随分気にされていたが、休んで頂いている。
特に強力な魔法を無理に酷使した後だからな』

「灰色に染まった髪を見ると……俺と同じか」

『本当は私が主の回復に努めたかったのだが、融合を解けば貴様が死ぬ。
仕方なくミヤに頼み、リンカーコアと魔力の洗浄を行っている』

「りんかーこあ?」

『アリサ殿と違い、貴様に説明する義理はない』

「アリサ、殿……?」

『小さな狐と一緒に、先に戻られた。事情を説明する為に
――大した女傑だ、あの方は。現状を良く見据え、最善の手を打つ』


 な、何があったんだ、あんたとアリサの間に!?

彼女の心酔に驚愕しつつ、我が家のメイドさんに戦慄。

とりあえず目元が腫れた家族の寝顔を見て、俺はそっと頬を撫でてやった。


『貴様を殺そうとした主を責めるか』

「俺の責任だって言っただろ、怪我なんぞ日常茶飯事だ」

『……その言葉を主に伝えてやってくれ。深く責任を感じていた』


 手足に脇腹まで貫かれたのだ、普通なら容赦なく怒るが今回は責められない。

非がある相手に怪我をさせて落ち込むはやてに、むしろ俺は安堵する。

強力な魔導書に選ばれた事実さえ、はやての優しさを変えられなかった。

これから先持って生まれた力をどのように生かすか知らないが、せめてこいつが変わらないように見守ってやろう。

家族として受け入れたのだ、その程度はやってやらねえとな。


『……、貴様は……』

「ん……?」

『いや、何でもない。愚かな男だと再認識しただけだ』

「何だそりゃあ!?」


 身も蓋もない言い方に憤然とする。

はやての暴走を食い止めても、一ミクロンの信頼すら得られなかったようだ。

変貌した理由は豪快に俺にあるのだが、やれやれである。

プレシアに会う前に大怪我まで負ったってのに、これでは骨折り損――あれ?


はやてが抱きしめて離さない腕――つい先日、血管を引き裂いた。


手当てこそ受けたが重傷で、拳を弱々しく握り締める位しか出来なかった。

なのにはやての温もりさえ感じられるほど、感覚が戻っている――


――身体の状態を確かめる。


酷く気だるいが、身体の各処に活力が戻っている。

全身の火傷が緩和、変色していた打撲傷の数々も消えている。

頬の鋭い裂傷や鼻・胸の骨折は治っていないが、動作に支障はない。

眼帯を外しても、傷跡に多少視界は遮られているが、雄大な草原の景色は見えた。

特に、フィリスの激怒が容易に想像出来る新たな怪我――貫通した脇腹や手足は、血の跡を残して完治している。


「すっげえ、あれだけの怪我が治ってる!? 流石だな、アンタも。
何だかんだ言いながら、きっちり俺の面倒見てくれたんだな。

何だよ、優しいところあるじゃねえか」

『貴様に向ける優しさは持ち合わせていない。

――約束を果たした貴様だ、確かに死なせるつもりはなかったが……私が治したのではない』

「へ……? なら、ミヤが治してくれたのか?
あの野郎、回復魔法は使えないとか何とか言ってたくせに――」

『あの娘は貴様と違って嘘をつく娘ではない』

「えーと……」


 困った俺は、視線を下げる。

ようやく目覚めた俺に甘えるように抱きついていた少女は、フルフル首を振る。


「痛いの痛いのとんでいけーって一生懸命やったけど、駄目だったの。
ぐす……ごめんなさい」

「いやいや、治せなくて当然だから!?」


 こんな小さな子に何を求めているんだ、俺は。

幻想の少女がプレゼントしてくれた奇跡を、二度も期待してどうする。

あの白銀の篭手が無力な俺を、俺を助けようとしたミヤを救ってくれたのだ。

小さな婚約者候補を慰めながら、俺は肝心な疑問に首を傾げる。

一体俺を助けてくれたのは――



『死に瀕した貴様を救ったのは、神咲那美だ』



 神咲……? そういえば、姿が見えない。

目まぐるしい状況の変化に疲弊していた頭が動き出す。

俺の中の彼女が、静かに語り出す。


『貴様は既に聞き及んでいるかもしれないが、彼女は退魔師だ。
霊的な存在との交流、穢れを祓う力を持った一族に身を置いている』


 詳しくではないが、神咲やリスティからその辺の話は聞いていた。

成仏したアリサの魂に語りかけてくれたのも、彼女だ。

神咲が居なければ、アリサの今世はありえなかった。


『彼女は"浄"に長けていたらしい。
負の念に囚われた魂を清めて救う――癒しの力だ』


 断定口調ではないのは、本人から聞いたのだろう。

はやてが質問して説明をこっそり聞いていたのか、逸れは定かではないが――


人を癒す力――人柄の良い神咲にピッタリの能力に思える。


昔のように眉唾だと疑う気にはなれない。

その癒しの力でアリサも、俺も救われたのだから。


『彼女の施す癒しの力とは、肉体に直接干渉する魔法とは違う。
対象の魂に直接触れて活性化させる事で、肉体の傷を癒す術だそうだ。


魂の力で起こす物理現象――


精神は、肉体に作用する。
魂が「治った」と強く感じれば、肉体は治癒された魂の形に呼応して傷の存在を忘れる。

この世界は正と死の狭間に位置する世界、今のお前達は魂に近い存在だ。

彼女はお前の魂に本当に直接触れて、傷を癒した。
現世で術を行使するよりも魂に密接出来る為、効果は高い』


 彼女の説明に納得する。

何せ、目の前に死んだ少女が無邪気に存在しているのだ。

生死の境を何度も彷徨った経験と、異世界に身を置いた出来事が真実である事を告げてくれた。

ただ、気になるのは――


『……だが、お前の怪我は治癒の限界を超えていた』


 ――何故、傷を癒してくれた神咲の姿が見えないのだろうか?

傷を癒してくれた言いたいのだが、広大な草原の何処にも見当たらない。

説明を続ける彼女の声に、深刻な色が見え始める。


『普通に治癒を行っても、到底助からない。
私も全力でサポートしたが、止血と痛み止めで精一杯。
彼女も懸命だったが、助かる見込みはなかった。


その為――彼女は、決断した』


 どのような決断をしたのか、問い返す事が出来なかった。

身体がガクガクと震え、汗ばんだ手が眠るはやての手の平を強く握り締めている。

――脳裏に浮かぶのは、アリサの微笑み。

満面の笑顔に悔いはなく、俺の生命を救えた事に喜んで……少女は、安らかな眠りについた。



『自分の生命を――魂をお前に捧げる事を』

「う、嘘だ!」



 アリサと神咲は違う!

死んだアリサは亡霊となり、薄暗い廃墟で一人ぼっちだった。

俺と出会い、悲しみを共有して、痛みを分かち合えて、俺達は関係を結んだ。

神咲の事なんて――俺は何一つ、知らない!

久遠の飼い主でたまたま出逢って、少し話しただけの仲だ。

子狐の正体や退魔師である事なんて最近知り、協力して貰った――むしろ俺の方が恩がある。

彼女が俺に命を捧げる理由なんてない!


『あの少女を現世に回帰させたお前なら理解出来る筈だ。
生命を蘇らせるには、生命が必要――
人の霊魂は弱いようで強い。
たとえ身体が瀕死でも、魂さえ戻す事が出来れば生命を繋げる事は出来る。

彼女は全身全霊で祈願し、血に穢れたお前の魂を清めた。
結果元通りにこそならなかったが、死に直結する肉体の傷は修復された』

「俺の事はどうだっていい! 神咲はどうなった!?」


 薄々結末に気付いていながら、俺は怒鳴り返す。

アリシアの悲痛な表情、泣き疲れて眠るはやて、死を免れた俺、事情の説明・・・・・に戻ったアリサ――この場に居ない巫女の少女。

状況が嫌と言うほど語り掛けているのに、俺は問わずにはいられない。


彼女は静かに、告げた。



「魂の力を使い果たして――消滅した」

「嘘だああああぁぁぁぁぁぁぁぁっーーーー!」



 何で、何で……何で、どいつも、こいつも!!

地面に拳を叩き付け、大空に向かって吼えた。

喉を引き裂かんばかりに叫んでも、消えてしまった少女からの返答はない。


「俺を……俺を、助ける理由がねえだろ!
俺――お前の事、何にも知らない……

俺達は何の関係もなかっただろ……なのに、なんで……!」

『救いようのない愚か者だな、お前は』


 嗚咽を漏らす俺に、死神は辛辣に言い放った。


『助ける事、守る事、戦う事――救う事。
全てにもったいぶった理由が必要な貴様如きと、彼女を一緒にするな。

傷付いた人に手を差し伸べる、彷徨う哀れなる魂を癒す――

神咲那美は自分の信念に従って、お前を助けた。純然たる想いに邪念などない。
そんな彼女だからこそ……魂を癒す力が備わったのかもしれない』


 過去の思い出の様に呟く彼女の声に、強烈な怒りを覚えた。

主以外への敬意を見せているのだと心の何処かで理解しながらも、理不尽に狂わずにいられない。

ありったけの思いを、俺は吐き出した。


「でも……その力が、あの娘を殺した!」

『神咲那美を殺したのは貴様だ、宮本良介』

「――!?」


 消え逝くアリサの微笑みと、神咲の柔らかな微笑が重なる。

純粋に誰かを想い、慈しむ彼女達は輝いていた。

俺にはない優しい光に、眩さと羨望さえ覚えていた。


そんな彼女達の笑顔を……俺が、奪ってしまった……


地面を叩き付ける手が、ゆっくりと下がっていく。

頬を濡らす熱い感触を感じながら、俺は声を震わせる。


「何が……何が、天下を取るだ……何が、強くなるだ……


……俺はまた……同じ過ちを犯した……


……犠牲を、出してしまった……



俺は、また……一人、生き残っちまった……





うおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!」





 ――思いを馳せるほど、彼女と作った思い出は多くはない。

近い存在ではなく――されど、彼女は常に手助けしてくれた。

一つ一つの表情が春の日差しのように温かく、無関係だった俺に親身になってくれた。

久遠の事を心から愛しており、秘密を受け入れた俺に頭を下げていた。


……優しい少女だった。


断じて、断じて俺なんかの為に死んでいい娘ではなかった。


『――久遠が心から大好きになった人ですから。
彼女はそう言って、お前に微笑みかけていた』

「神咲……」


 ……ごめんな……そうとしか、言えなかった。


胸に深く刻まれた少女に、俺は心から頭を下げた。

己を責めるしか出来ない自分自身の情けなさに、俺はもう立ち上がる気力もなかった。

運命の女神とか、事件の余波だとか、そんなものは関係ない。


彼女は間違いなく……俺が殺したのだ……



「……もう……やめよう……?」

「――アリシア」



 俺の胸に収まった小さな天使は、泣き続ける俺の頭にそっと手を載せる。

労わる様に静かに――ゆっくりと、撫でる……

アリシアはその純粋な瞳に俺を映して、真剣に話し掛ける。


「リョウスケは、一生懸命頑張ったよ……もう充分だよ!

ね……?

もう、休んで……お願い……

これ以上――リョウスケが傷つくの、見たくないよ……」


"今回の事は全て忘れて、この世界――優しい人達のいる日常に戻りなさい。

きっと、それが一番貴方の為になる"


 ――何という、甘美な言葉だろう。


心が悲しみに満ちて、心身共に弱り切った俺に染み入ってくる。

アリシアやリンディの忠告は本当に優しくて、正しいと思う。


戦う決意をしたからこそ――神咲は死んでしまった。


他者を巻き込んでも進むと誓った俺を、これ以上ないほど間違いだと彼女の死が伝えてくれる。

俺が戦うと決めなければ、はやてを暴走させずにすんだ。


神咲は俺を見舞いに来てくれただけなのに…… 


リスティやさざなみ寮の住民、彼女の親兄弟は断じて俺を許さないだろう。



もう……いいじゃないか。



俺は弱い、それはもう事実だ。

その弱さが大勢の人間を巻き込んで、傷付けてしまっている。

アリサや神咲――那美・・を、犠牲にしてしまった。

立ち止まれば済む話だった、関わらなければ事件は穏便に片付いていた。

俺個人の身勝手な気持ちで、これ以上何をしようというんだ。

融合すれば、はやてはまた死ぬかもしれない。

プレシアに合えば、フェイトがまた傷付いてしまうかもしれない。


事件に関われば――大切な人達を、悲しませてしまう。


身の程を知れ。

これ以上、他の誰かを殺したいのか!



「――それでも」



 俺は、頭を撫でてくれたアリシアを見上げる。

多分――きっと、とても情けない顔をしている。

彼女が恋焦がれる白馬の王子とは天と地――生き方すら見えない、迷子の子供だった。


「此処で逃げたら、俺はきっと自分が許せなくなる」


 逃げてもいいんだよ――以前温かく忠告してくれた、アリシア。

俺はあの時首を振って戦いに出向き、結局間違えて。


それでもまた――同じ答えを繰り返す、愚かにも。


『貴様を慕う人間を……主同様、また巻き込むつもりか。
彼女の死を、お前は無駄にするつもりか?』


「もう、誰も死なせない!!」


   死神の冷たい言葉を、激情で叩き付ける。

もう真っ平だ、こんな事。

傷ついて、泣いて、悲しんで、後悔して――うんざりだ、沢山だ!


「悲しませない……傷付けない……死なせない!!

なのはも、はやても、フェイトも、恭也も、美由希も、レンも、晶も、フィアッセも――桃子も!!

どいつもこいつも、皆……巻き込む結果になっても――なっちまったとしても!!」


 青空の向こう側に向かって、俺は叫ぶ。

奇跡なんぞ必要ない。

魔法になんか頼らなくたって――想いはきっと、届く。


たとえ、それが……もう死んだ相手だとしても。



「もう、誰も……俺の前で死ぬんじゃねえぇぇぇーーーーー!!!!」



 今まで出逢った人達も――そして、これから出逢う人達も。

悲しみなんぞ、クソくらえだった。

自分の弱さなんぞ、知った事じゃなかった。

弱い自分を抱えたまま、俺は強くなる。

今の、この悔しさを忘れない為に。

悲しむだけの、無力な自分を……那美を死なせてしまった己が自身を、未来永劫忘れない為に。


アリサや那美が刻んだ悲しみを背負って――俺は弱く・・強い・・剣士になろう。


『……だ、そうだ。アリサ殿が仰った通りになったな』

「ちぇっ……やっぱり駄目だった……もう、お兄ちゃんの馬鹿!」


 アリシアは不機嫌そうに呟いて、俺の胸からぱっと離れる。

頬を膨らませて不満げに俺を見つめていたが、やがて根負けして小さく息を吐いた。

何が何だか分からない。


「どうした、お嬢……?」

「何でもないですよーだ! ふん……お兄ちゃんがそんな人だって、わたし分かってたもん」

「だから何なんだよ、それは!?」


 意味不明にそっぽ向くアリシアが可愛らしく、頬が緩んでしまう。

体が治っても、那美を喪った心の傷が激しく痛むが――今だけは感謝した。

プレシアが心から愛した理由が理解出来る。


この娘は本当に……天使だな……


『立ち直ったのなら、主を連れて早く行け。
時空管理局の人間がこちらに向かっている』

「はいはい、厳しい奴だな本当に」


 こっちはこっちで死神だけど――その厳しさは決して、嫌いではなかった。

傷ついて弱り果て、何とか立ち上がられたからこそ分かる。

彼女は俺を貶めるのではなく――人生の先輩として忠告してくれたのだと。


厳しい指摘は本当に辛かったが、的を射ていた。


  ミヤと正反対だが――馬鹿な俺を諭してくれる気持ちは、二人とも同じだった。

感謝したいが、やめておく。

表面だけの言葉など不要だと、きっと怒られるだろう。


何時か――そう、今ではない未来に。

彼女が本当に困って、悩み果てた時は――俺が助けよう。


世界の常識なぞねじ伏せてでも……誰を敵に回して・・・・・・・も、俺は彼女の味方になろう。

そして――


「アリシア、お前も必ず俺が助ける。

――もっと早く逢いたかった、なんて二度と言うな。

何時何処でどんな場所でも、俺達が出逢った事にはきっと意味がある」


 不謹慎な話だが――アリサが幽霊にならなければ、俺達は出逢う事はなかった。

生きていたとしても、すれ違ったまま終わっていただろう。

どれほどちっぽけな関係であっても――救いたいという気持ちさえあれば救えるのだと、那美が教えてくれた。


アリシアを助けて、フェイトと向き合い、プレシアの悲しみを終わらせる――


悲しみで疲れ果てたこの体は今、那美の生命が支えてくれる。

怖いものなんてあるものか。

アリシアは呆然とした顔をして……照れ臭そうに、頷いた。

綺麗な瞳を潤ませて、少女はそっと手を差し出す――


「――これは……」

「私からの、お願い……お母さんと、フェイトに」


 微笑みながら俺に差し出す手のひらに――少女の願いが描かれた、二枚・・の頁。

純粋な思いで彩られた絵は、俺のような無骨者さえ優しくさせる――


「いってらっしゃい、リョウスケ! お姉ちゃんに、ありがとうって伝えて!」

「……? ああ、行ってくる」


 "アリシア・テスタロッサ"ともう一人・・・・の願いを受け止めて、俺ははやてを背負う。





 希望はもう見えないけれど――絶望だけは絶対に終わらせてみせる。

助けてくれてありがとう、那美。





 晴れ晴れとした偽りの青空に仰ぎ見ながら、俺は現実へ向かって歩み出した。



泣くのを、必死で堪えて――




























































<第五十九話へ続く>







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