とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五十七話







陽光に満たされた温かな草原のベットに寝そべって、寝るなと命令されるのは拷問だと思う。


『眠るのは貴様の自由だが、二度と目が覚めないと思え』

「寝ては駄目ですよ、リョウスケ!? 絶対、絶対ですよー!
今貴方の意識が落ちれば、傷ついた身体の制御が保てなくなります!」

「分かった、分かった……そんなに騒がれたら、どうせ寝れねえよ……」


 ――はやてとの和解に成功した俺だが、遂に身体が限界を超えた。


衝撃波で切り裂かれた皮膚の火傷、骨折した身体で無理な融合化――火線で貫かれた脇腹。


ギリギリ致命傷は避けられたが、傷の深さは深刻だった。

傷の痛みや負傷による出血は融合している女性が抑えてくれているが、最早動けない。

ようやく仲直り出来て安心した瞬間、血を吐き出して闇に墜落した。

はやてが急いで助けてくれなかったら、なす術もなく飲み込まれていただろう。

身動き一つ取れない俺を、はやては泣きながら元来た場所へ運んでくれた。

飛空速度は俺とは比べ物にならない速度だったが、感心する余裕もない。

自然豊かな草原で身を休めながら、現在俺の容態を彼女達が見てくれている。


「わたしの……わたしのせいで……」


 傷ついた俺の顔を見下ろして、はやてがポロポロ悔恨の涙を零す。

少女の温もりの残る雫が、血に濡れた俺の頬を伝って流れ落ちる。

俺はゆっくりと手を伸ばして――涙を拭ってやった。


「気にするなって、言っただろ……」

「でも――でも、私が……!」

「ばーか……俺がこの程度で、死ぬ訳ないだろ……
どの道入院しないといけなかったんだ、事件が解決したらゆっくり寝るさ。

折角仲直り出来たんだ、泣かれると困る」

「……うん、でもごめんな……」


 伸ばした俺の手を握って、はやては瞳を閉じる。

幸いとも言うべきか、はやては比較的軽傷だった。

暴走しかけた魔法は町を軽く吹き飛ばす力があったそうだが、発動前に止められたのではやてへの負担は最小限に抑えられたらしい。

衝撃波で切り裂かれたバリアジャケットを解除して、はやては無事普通の女の子に戻った。

車椅子は置き去りにしてきたらしく、俺の隣で力なく腰を下ろしている。

無理に魔法を使った反動か、顔色も少し悪い。

――強力な魔法を酷使して、少し悪い程度で済んでいるはやてがちょっぴり羨ましい。


「時空管理局へ連絡しましょう! きっと、リョウスケを助けてくれます!」

『駄目だ、彼らに我々と我が主の存在を知られる訳にはいかない。
その理由は――お前もよく知っているはずだ』

「――っ、で、でも、このままだとリョウスケが!」

『分かっている。だが……完全起動した状態ならまだしも、書はまだ目覚めてもいない。
私とて痛手を最小限に食い止めるのが精一杯だ。

我々が存在出来ているだけでも、奇跡に近い』

「ですから、他の魔導師さんを頼りましょうと言っているんです!
命には代えられません!」

『過ちを繰り返すつもりか、ミヤ。
主を危機に陥れてまで、この男を救うとでも言うのか?』


 あ、馬鹿。

俺は心の中で大きく舌打ちする。

それほど長い付き合いではないが、心身を共にした俺には分かる。

何度も何度も――間違いを犯した俺だからこそ。


子供のように純真な妖精の、逆鱗に触れる瞬間を――



「リョウスケを心配する事がそんなに悪いんですかーーー!!」

『なっ――』



 俺の中で愕然とする彼女に、ミヤが一気に畳み掛ける。

はやてとの融合を解除した小さな女の子は、蒼銀色の髪を振り回して叫んだ。

可憐な表情を怒りに染めて、悲しみの感情と共に。


「ミヤはリョウスケも、マイスターはやても、どっちも大切なんです!
リョウスケだって、好きでマイスターはやてを危険な目に合わせたのではありません!

アリサさんを助ける為に――フェイトさんを助ける為に……皆を助ける為に、必死になって頑張ったんです!

リョウスケがどんなに苦しんで、泣いて、悩み続けたか――惨めでも、一生懸命足掻いて。
それなのに、それなのに……ふえぇぇぇ〜〜〜〜ん!」

『お、おい……何も泣く事はないだろう……』


 さ、流石はミヤ……圧倒的な存在力の彼女が、困り果てているぞ。

正直彼女が何者なのかサッパリ分からないが、あの本の中心人物である事は薄々察している。

ミヤの生まれ親――とまでは言わないにせよ、上司のような偉い人である事には違いない。

融合レベルも桁違い、俺なんぞ簡単に飲み込める存在力と魔力がある。


俺を威圧する冷たい美貌の死神が――小さな女の子一人の涙に戸惑っていた。 


強靭な大人でも、泣いている子供には勝てない。


「御姉様の馬鹿……ばかばかばか! 
リョウスケだって、ちゃんとちゃんと、マイスターはやてを想っているのにー!」

『わ、分かった、私が悪かった。
だから泣き止んでくれ……そんなに泣かれると、どうしていいのか分からない……』

「ぐしゅ、ぐしゅ……リョウスケを絶対、助けてくれますか?」

『……仕方がない、とにかく何とかしてみよう。
ただ、時空管理局の人間に頼み込むのだけは出来ない。

――私も、これ以上主を……』


 沈痛な声に潜む、大いなる絶望と悲しみの声。

俺の中に染み渡るような彼女の切なる痛みが、心を揺らす。


似ていた――アリサを喪った、俺の切り裂かれるような心の痛みに。


どれほど祈っても決して叶わない、悲しいだけの願いを彼女もまた抱えている。

同じ本から生まれたミヤも共感出来るのか、曇った涙を落とす。

一体こいつらは……あの本は何なんだろう……?

奇跡を叶える魔法の本、御伽話に出てくるような夢の結晶ではない事だけは分かる。

願いを叶える石、ジュエルシードと同じだ。

御賽銭や生贄と同様――神様はな代償を求める。

俺の認識では管理局は警察のような組織、知られては拙い事情があの本にはあるのだろう。

主以外の人間が使用すれば、主が死ぬ――管理局の手に本が渡るのを恐れているのかもしれない。

しかし、そうなると困った事になってしまう。


「事情はよく分からないけど、あの本の存在が管理局にばれると問題あるのか?」

「……はい。ごめんなさいです、リョウスケ。
ミヤは病院で嘘をついてしまいました。

本当は管理局に収容されるリョウスケを見守りたかったのですが――」

「全部が全部、嘘って訳でもないだろう。
何度も融合したんだ――はやての身に何か起きていないか、心配になって当然だ」


 ミヤは合理的な判断よりも、感情的に動く女の子だ。

本当に俺の方が危なければ、きっと自身の保身を考えずに動いてくれる。

あの時管理局で手当てを受ける俺より、知らないまま何度も命の危険に晒されたはやての方が余程危なかった。


レンの例もある――プレシアがはやてを誘拐する可能性だって0ではない。


ミヤを責めるつもりは無い。

むしろ、頭を痛めるのは今後のミヤの取り扱いだ。


「幾つか確認したいんだけど、お前等の存在もばれるとやばいんだよな?」

『私は元より、今は活動出来ない。夢の中で彷徨うだけの存在だ。
今は一部改竄されたシステム補助と――貴様との融合によって、かろうじて存在出来ている。
どの道、時空管理局に私の記録が残されている可能性もある。手助けは出来ない。

ミヤはイレギュラーで生まれた存在だ、管理局が"闇の書"と即座に結び付ける事は出来ない。
だが――出来る限り、表沙汰にはしたくない。
リスクは少ない事に越した事は無いからな』

「お姉様……そこまでミヤの事を心配して……」

『お、お姉様と呼ぶのはやめろと言っただろう!
――ともあれ、貴様が書の助力を望むなら主に頼め。主の命令ならば、私に意見する権利は無い。

だが、ミヤの存在を彼らにどのように説明する?

貴様の仲間ならともかく、曖昧な説明では彼らは見過ごさないだろう』


 ……そうなんだよな、それが一番問題だ。

俺が生まれたこの世界では、魔法は御伽話の中だけだ。

当然デバイスなんて存在せず、店で売っているような代物ではない。

メスゴリラや美人義母さんならともかく、あのクロノってガキは堅物だからな……

道で拾ったとか、地面を掘ったら出て来たとか適当に言っても、信じてもらえないだろう。


――ん? 地面を、掘る……?


あ、そうか。実にシンプルな手があるぞ。


「こう言えばいいだろ。――って」

「確かにそうです! 協力して貰えれば、きっと誤魔化せますよ!」

『……確かに彼女の例もある、深く追求される事は無いだろうが――注意は怠るな』

「任せて下さい! リョウスケはきっと、ミヤが助けますから!」

『いや、注意しろと言ったのは……ハァ、もういい……』


 一途に張り切る妹に、しっかり者の姉は苦労しているようだ。

可愛い妹と、美人の姉。

これから先も仲睦まじくいてほしいものだ。


「ほんま……肝心のわたしを置き去りにして、色々あるみたいやな」

「はわっ!? マ、マイスターはやて、失礼しました!」

「だから、土下座せんでええって」


 慌てて地面に頭を擦り付ける妖精さんに、はやては苦笑して抱き上げる。

はやての手の中に収まったミヤは、あたふたとしながら親愛なる主を見つめ返す。

穏やかに微笑んで、はやてはミヤに視線を合わせた。


「さっきは助けてくれてありがとう。ミヤ――でええのかな?
良介との家族喧嘩に、巻き込んでしもてごめんな」

「い、いえ、そ、そ、そんな!?

マイスターはやてのお力になれて、ミヤは心から嬉しく思いますです!」

「そんな堅苦しくならんでええよ。はやてって、普通に呼んで」

「で、でで、出来ません!? 主を馴れ馴れしく呼び捨てにするなんて!?」

「それは許されへんな。良介かって、普通にリョウスケって呼んでたやんか」

「リョウスケとマイスターはやてはぜんっぜん違います!
あんな役立たずで駄目駄目な大馬鹿さんと、美しく優しい御立派な主とは天と地の差です!」


 貴様、そこまで差をつけるか!?

何が美しくだ、十歳足らずのガキじゃねえか!

魔力差は先程身を持って思い知ったけど、精神レベル――もちょっと差があるけど、肉体的には勝っているぞ!

――彼女からのすっげえ視線を胸の奥に感じるので、男の主張はこの辺にしておこう。


「だーめ。わたしが主なんやろ? 主の命令を聞きなさい」

「うう、でも……申し訳ないですし……」

「リョウスケには親身に接しているのに、わたしとは仲良く出来へんのかな……?」

「そんな事はありません! はやてちゃん第一です!


――あ」


「うふふ、やっと呼んでくれたね。ほんま可愛いな〜、うりうり」

「はぅわ、く、くすぐったいです〜」


 白い首筋を撫でられて、無邪気に笑い合うミヤとはやて。

両者に遺恨など欠片も無く、主従を越えた仲の良さを見せつつある。


――良かったと、思う。


あの偶発的な事故が無ければミヤは誕生しなかったが、もしも最初からはやての傍にいればすぐに仲良くなれていただろう。

俺の我侭でミヤを付き合せた結果、遠回りな出会いとなってしまったのだ。

ミヤはいい奴だ、あの娘には誰からも好かれる生き方を送って欲しかった。

――そして、もう一人にも。


(はやてに挨拶しないのか……? 気にかけているぞ、多分)

(……いずれは。今はまだ、関わるべきではない)


 ミヤが光ならば、彼女は闇――

似たような容姿を持っていても、心の温度差は激しい。

明るい笑顔を絶やさないミヤに比べて、彼女の満面の微笑みを俺はまだ見ていない。

常に冷めていて、どこか達観した空気を持っている女性。


でも、それはきっと――表面的なものだ。


「おーい、はやて!
俺と融合してる奴も、お前に自己紹介したいらしいぞ」

(なっ――貴様、どういうつもりだ!? 
関わるべきではないと、今言ったばかりだろう!)


 はやての前で散々口出しした分際で、今更何をぬかす。

俺の声に反応したはやては、ミヤと遊ぶのをやめて俺の方へ向き直った。

本当は無理やり融合を解除して姿を見せたいが、解除した瞬間多分脇腹から盛大に血が噴き出す。

依然、彼女が支えてくれなければ死ぬ状況に変化は無いのだ。

なのに、何を和んでいるのやら……俺はつくづく、狂っている。

その狂い方も、最近はおかしな方向へ捩れ始めているのだ。



「あ、ミヤをさっき泣かせてた娘やな。わたしの声、聞こえてるー?
初めまして、八神はやてです。


良介を助けてくれて、ほんまにありがとう。仲良うしような」


(……主……)



 俺の中に向かって、自愛に満ちた声で呼びかける聡明な主。

何とか必死に隠そうとしているが――滲み出る感情は、抑え切れていない。


堪えきれない喜びに、彼女は心を震わせている。


――決して、冷え切った女ではない。

今はまだ通じ合う事はなくとも、きっとはやてと仲良く歩んでいける。

それを嬉しいと感じてしまう俺は――やっぱり狂っている。

気が狂い過ぎて、意味も無く大笑いしたくなってしまう。


「宜しく御願いします、だってよ」

「うん!」


 余計な事は言うなと怒っているが、無視。

彼女の憮然とした感情が伝わって、やっぱり嬉しく思う。

取り戻せて良かったと、心から安堵して――


――俺は優しい夢の中で、深い安息の闇に落とされる。


「リョウスケ――リョウスケっ!」

『いかん、このままでは――』


 緩慢に、馴染んだ死が近付きつつあった。










 




 ――先も見えない暗闇の中で、静かな声が耳に届いた。



『お前達に、この子を預けよう。殺したければ、殺すがええ。

お前達には――その権利がある』



 声の主は残酷で、どこか悲しみに濡れていた。



『殺すという事はひどく簡単で、哀しい事じゃ。誰にだって出来る』



 他人を心から思い遣りながらも、自分の無力に嘆いている。

限界を知る者の――俺のような、どこか冷めた一面を持っている。



『悲しい事は過去だけで充分じゃ。
憎しみを憎しみで返してしまったら、死んだあの娘に顔向けでけんわ』


 悲しげな声は最後に――仄かな優しさを、声に乗せた。

厳しく諭して、少しでも明るい未来を祈るように。



『目の前で親を殺された子供にまで、奇麗事を押し付ける気はでけん。
どうするも自由じゃ――那美』

『――はい』



 少女の声は悲壮で、辛い響きを帯びている。

理不尽に打ちのめされた者だけが感じ取れる、悲しみの色。

女の子に課せられた、重い試練――





  ――覚悟は出来ている。
 




"貴方を慕う、周りの人達にまで悲しみの輪は広がっていく。
思い知った筈よ。

貴方が事件に関わって――関係のない人を、巻き込んでしまった"


 この道を進む、他人を巻き込んででも――血反吐を吐いてでも、突っ走る。

止まり続けて、逃げまくって、何も出来ずに泣くのは御免だったから。

誰も理解されなくても、嫌われ続けたとしても、一人俺がこの道を進み続ける。


――それでも、俺はどうしようもなく弱くて。


巻き込んでしまう、否が応にも。


重傷を負った俺。
極貧な魔力。
生命力を失いつつある、身体――。


助ける手段は明白にして――因果な宿命の始まり。





この夢から目覚めた瞬間――俺と彼女は、他人ではなくなった・・・・・・・・・


























































<第五十八話へ続く>







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