とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五十六話







――ソレは見覚えのある闇だった。

孤独に包まれた、光すら飲み込まれる圧倒的な深遠。

希望ある未来の道筋が何一つ見通せない、暗き絶望の世界。


家族も友人も――他人の温もりのない、悲しい現実。


俺やはやてがかつて身の拠り所としていた暗闇が広がっていた。


「これも、はやてが生み出したのか?」

『魔導書が目覚めるのはまだ先だ。
兎集も行われていない状態ではほぼ無力なのだが、貴様の行ったシステムの改竄で一部起動している。
私やあの娘の存在が、その証拠。
今の主は不安定な状態のまま、己が魔力を解き放っている。危険だ』

「このまま放置すると、さっき言ってたように魔力が暴走する訳か。
具体的にどんな影響が出るんだ?」

『周囲を飲み込んで、闇が広がり続ける。
主ほどの魔力の持ち主ならば、この町全体など簡単に飲み込まれるな』

「ぶっ!? やばいじゃねえか!
何だよ、その絶大な力! 俺の何倍あるんだ、魔力!?」

『貴様如きと比べるな。魔力値108では話にならん。
不完全な目覚めでも、主は100万以上の魔力を誇っている』

「100万以上!? 何だ、そのスケール!?
しかも俺、あれだけの戦いをクリアーして8しか上がってないのかよ!」

『凡俗な貴様にはお似合いの数字だ』


 煩悩の塊といいたいのか、この野郎!

確実に死ぬと警告された意味が、現実味を帯びて伝わってくる。

選ばれた者と選ばれなかった者――勇者と一般人では、比較するのもおこがましい。

彼女の冷笑を心で感じながら、俺は深々と嘆息する。


――彼女との融合は、生と死を乗せたシーソーゲーム。


正確に言えば融合ではなく、俺を本体にした寄生に等しい。

ミヤとの融合は常に強烈な痛みと違和感に襲われるが、成功すれば心身共に完全に一体化する。

お互い心と身体を支え合って、喜怒哀楽を共有する。

苦しみは半分、喜びは二倍――俺達は信頼の元、成り立っていた。


彼女との間に信頼など皆無。


状態こそ不安定でも、存在力はミヤとは雲泥の差。

彼女がその気になれば、俺程度容易く心も身体も制圧出来る。

実際に融合して分かる、彼女の恐るべき魔力と存在感――

歴史を積み重ねて、悠久の時を渡り歩いた彼女の強大さに矮小な自分を容赦なく自覚させられる。

肉体の変化も、ほぼ一方的である。

俺の漆黒の髪は夜の闇を照らす月光に近い銀髪へ変化――

鏡がないので確認は出来ないが、瞳もまた彼女と同じ血に染まっている。

バリアジャケットは精製不能、孤独を舞う黒き翼のみ彼女から与えられた。

羽ばたく翼の制御も彼女、見捨てられれば俺は簡単に闇に墜落する。

俺自身を見返りに、はやての元へ向かう力を与えられているだけ。

万が一戦闘に発展しても、彼女は容赦なく俺を見捨てる――


『もう一度だけ言っておくが、私は貴様を助けるつもりなどない。
期待もしない。

主が貴様を殺そうとすれば、私はお前を差し出すぞ』


 今の彼女は、俺に殺意すら抱いていない。

人間が蚊を殺す事に何の躊躇も感慨も覚えないのと同じ――

軽く摘むだけで、簡単に死んでしまう。

魂を美しき死神に掴まれながら、俺はせせら笑った。


「勝手にしろよ。失敗すれば、どうせ何もかも終わりだ。
死んで詫びるなんて殊勝な事は言わねえが、はやてが納得するなら俺はそれでいいよ」

『……覚悟は出来ていると?』


 意外そうに聞き返す彼女に、俺は静かに首を振った。


「死ぬのは怖いよ。遣り残した事もたらふくある。

――その中に、はやても含まれているだけだ」

『……そうか』


 それ以上彼女は何も言わない、俺も言う事はなかった。

少なくとも、今だけははやての事は俺に任せてくれるようだ。

足場もない空間を飛ぶのは不安だが、彼女が制御してくれている。

自分の翼で空を飛ぶ――人類の憧れの一つだが、今の俺は空輸便の荷物と同じである。


「遣り残している事といえば、結局あんたの事は何も聞かせて貰えなかったな。
せめて名前くらい教えてくれてもいいだろ」


 昔も今も、他人と仲良くする気なんぞない。

温かい心を持った海鳴町の人間と知り合って、多少心変わりはあったがフレンドリーな人間になるつもりはなかった。

唯一助けたアリサや今後助けたいフェイトやアリシアは、純粋に好きになったからだ。

家族として選んだはやてもその一人である以上、主従関係を結ぶこいつとも長い付き合いになるだろう。


『管制人格に名前などないし、貴様と馴れ合うつもりはない』

「名前がないならつけてやろうか?」


 あんたとか、彼女とか、いちいち呼び辛いからな。

俺の生涯数少ない好意を、彼女は冷淡に拒否した。


『断る。貴様の考えている事など、お見通しだ。
貴様の苗字――ミヤは既にあの子に名付けているので、残りのモトを渡すつもりだろう。

残り物か、私は』


 い、いや、モトだけだと可哀想なので"モト子"とか――ごめんなさい。

生殺与奪の権利を握られている以上、強気に出るのは不可能だった。

御機嫌ナナメな彼女だったが、俺の頭の中で小さく息を吐いて、


『――あの娘は……貴様が名付けた名前を、いたく気に入っているようだ。

その点だけは感謝する』


 先程から思っていたが、こいつ――ミヤの話題を出すと声が温かくなる。

仲が良いのかとも考えたが、あいつは確かイレギュラーで生まれた存在と自分で語っていた。

性格は百八十度違うが、容姿は大小あれど似ている。

厳格な姉と優しい妹――ミヤが喜びそうな関係に思える。


ミヤ……少女の明るい健気な笑顔を思い出す。


生きていると信じたい。

どの道、はやてと和解しなければ全てが終わりだ。

――はやてはまだ生きている、それが今の俺の唯一の救い。

アリサのように死んでしまえば、今度こそ俺は立てなくなるだろう。

心を壊したはやては今、あの時感じた俺と同じ痛みを味わっているに違いない。

他人の痛みを共感する事は出来ないし、優しさを持たない俺に他者の痛みを癒す力はない。


恭也のような誰かを守る強さを持てず、なのはの様な誰かを癒す優しさもない卑怯者。


俺に出来る事は――


『――どうやら主がお前の存在を感知したようだ。
一直線にこちらへ向かってくる』

「探し回る必要はなくなったな。
――後は全部、俺がやる。
あんたは見ていてくれればいい」

『いいだろう。主に何かあれば覚悟しておけ』


 俺に憑いた死神は最後に嫌な念押しをして、気配を消し去った。

孤独の闇に包まれた世界の中で、俺は一つの方向を見据えながら停止する。

融合化した影響で疲労や傷の痛みは消えているが、傷そのものは残ったまま――

痛みを忘れて戦う事は出来ても、これ以上の負傷は命にかかわる。

眼帯で覆った片目に腫れた顔、鼻と胸の骨折に全身大火傷、裂傷と打撲が酷い手足――

戦闘終了後の反動だけで、あの世まで吹っ飛びそうだった。

支えているのは体力でも魔力でもなく――気力。

我ながらみっともないが、はやてへの気持ちだけで身体を支えている。


――来た。


気配どころの話ではない。

地上を吹き飛ばす巨大な台風を思わせる魔力の嵐に、身震い。

濃厚な殺意が全身の肌を突き刺し、狂気に満ちた怒りが彼方から俺を縛り付ける。

汗ばむ手が無意識の内に握られているのを感じて、俺は苦笑する。


才能があろうがなかろうが――俺の身体は、剣を求めている。


あって当然、無ければ無意識に探してしまう。

非力な赤子が親を求めるように、無力な俺にとって剣は身近な存在だった。

事件は最低の連続、間違いばかり犯して来たが――存在の価値に気付けた事だけは、僥倖だった。

俺にとってそれはなのはであり、フェイトであり、アリサであり――はやてだ。

桃子に救われて、月村に支えられ、恭也に励まされた。

神咲と久遠が死に眠る少女を呼び覚まし、フィアッセの歌が導いてくれた。

この事件がなければ、気付かなかった価値。

壁の向こう側を知らなければ、未来永劫辿り着けなかった世界の住民――


"今回の事は全て忘れて、この世界――優しい人達のいる日常に戻りなさい。
きっと、それが一番貴方の為になる"


 ――違う、絶対に違う。

海鳴町へ辿り着く前の俺ならば――フェイト達を知る前の俺ならば、確かに忘れた方が良かったのかも知れない。

あの頃の俺は自分自身しか見ず、自分だけを大事にしていた。

てめえの身体だけを考えて、ボロボロになった今を顧みて中止すればいい。

俺がそれで納得し、大人しく入院出来ただろう。


でも今は違うんだ、リンディ。


俺は知ってしまった――皆の存在を、その価値を。

自分独りで生きていく人生に今でも未練はあるが、アリサ達を手離すのはもう不可能だ。

リンディ……俺はもっと強くなりたい。

誰かを蹴散らして、自分だけ満足出来る一人ぼっちの強さじゃない。


何も喪わない、強さ――


自分の無力をただ自虐して、間違えて泣くだけなんてもうウンザリだ。

決して間違えず、誰も喪わず、自分の大事なものを掴める強さが欲しい。

今の俺は弱い、ああ認めてやるとも。

その弱さが誰かを傷つけて、何かをする度に誰かを悲しませてしまう。


犠牲にしてしまう――はやてのように、アリサのように。


リンディはその犠牲を少しでも憂う気持ちがあるならば、これ以上関わるなと言った。

正しいと思う。

強くなるためには、結局何かを踏み越えなければならない。

犠牲を出したくないと願うなら、尚の事引き返すべきなのだ。

目の前だけを見てもそうだ。

フェイトやアリシアを助ける為に、融合が必要――はやての命を危険に晒す。

これ以上傷付いた身体で出て行けば成否はどうあれ、案ずるフィリスや桃子の気持ちを踏み躙る。


でも、それでも……それでも俺は壁の向こう側へ行きたい。


俺が死ぬ可能性は大、誰も救えない可能性も大。

フェイトが俺に振り向く事はほぼない、アリシアを救うには奇跡が必要。


この選択は多分――今までの中で一番間違えている。


正しさを望むならばリンディに従うべき、分かっている。

月村が言った他人の助け、助言に身を委ねるならば、身を引く事が最善。

周りの人間を傷つけ、悲しませると分かっていて――進もうとする俺は、世界の誰よりも薄汚い罪人だ。

どれ程までに自分勝手だ。

フェイトやアリシアを救いたいと願うのだって、なのはのように優しい気持ちから生まれていない。

彼女達の笑顔を見たいから――彼女達の心を掴みたいなら。

自分勝手もいいところ、全てを手に入れようと望む俺個人のエゴが犠牲者を大量に生み出している。

最悪な形で俺は自分独りで何もかも手に入れる……自分だけが救われる強さを求めている。



独り善がりの剣――孤独の、剣士。


だからといって、諦めてたまるか!

欲しいものは手に入れる、大切なものは何一つ失ったりしない。

その結果誰かを巻き込んでも、巻き込んだ本人ごと連れて行ってやるさ。


世界の向こう側へ――新しい可能性へ。


魔法とかに自分の人生を賭けるほどの興味は無いが、世界そのものに心は惹かれる。

俺は旅人だからな、御伽話の世界でも旅が出来るならばやはり嬉しいもんだ。

海鳴町から出て行くことばかり考えていたが……少しでも足を止めたのは正解だった。

くそったれなジュエルシードだが、案外俺の願いだけは叶えてくれたのかもしれない。


新しい世界へ旅に出る、その願い事は叶えてくれたのだから。


俺を包み込む強大な闇の主が、間もなくこちらへやってくる。

心構えは出来ている――

俺は大手を振って、舞い降りた美の死神を歓迎する。


「会いに来てくれるとは嬉しいな、はやて」










 




「気安く声をかけるなって言うたやろ、馴れ馴れしい」


 闇よりも暗く……夜よりも深く、冷たい眼差しが俺を射抜いた。

穏やかな少女が一変、狂気を宿した怒りの表情に戦慄を禁じえない。


何より驚かされて――安堵したのは、その荘厳な衣装。


「……なるほど。

ついつい忘れそうになるけど、アイツはそもそもお前が主なんだよな。
お前の為の武器であり、防具であり、道具であり――大切な従者だ。


ミヤと融合したのか、はやて」


 病弱で細身だが、可憐で可愛らしい車椅子の少女が変貌を遂げていた。

綺麗に整っていた黒髪が深遠の闇を彩る灰に染まり、純粋な光を宿した瞳も深い藍色に変色している。


何より美しいのは、小さな彼女を壮健に包み込む衣装――


白い大きな帽子に剣十字の杖、白銀の甲冑に洗練された黒と白を基調とした服。

中世の騎士を髣髴させる騎士が、王の威厳を纏って俺の前に光臨した。


確証は無いが――今のはやてこそ、ミヤの本来の力が具現化した姿なのだろう。


彼女が言う通り、八神はやては選ばれた人間なのだ。

出来損ないの俺とは全く違う、可憐な妖精が騎士の甲冑を主に与えていた。

足は――動いていない、背に生えた黒い翼が補助しているだけだ。

空が飛べれば、地を歩く足は必要ない。

……くそ、俺と融合した時は何一つ生み出せなかったのに。


「安心したよ。あのチビは殺さなかったんだな」

「お前みたいな家族を裏切る悪人と一緒にするな。
わたしが許せないのは、お前一人や。この娘に罪は無い。


――アリサちゃん達は無事か?」


 ハァ……肩の力が抜ける。

良かった、心は壊れているが――はやてはまだ、他人を案ずる気持ちは残されている。

こいつの狂気は俺一人に向けられている。

その気持ちが嬉しくて、俺は笑ってしまった。

――はやての顔が、汚らわしいものを見るように歪んでいく。


「何がおかしいねん。そんなに人を巻き込んで嬉しいんか!

それとも何や……あの娘達さえ、利用するだけやったって言うんか!?」

「なら、少なくともアリサはいちいち助けないだろう。
――全員無事だよ、安全な場所にいる。


俺が進んで命を天秤にかけたのはお前だけだ、はやて」


「――っ……!

許さへん……絶対に、あんただけは許さへんからな! 

わたしを散々利用して、気持ちを弄んで!!」


 捻じ曲がった表情に、哀切の色――

怒りに顔を引き攣らせながらも、はやては悔し泣きしながら叫んでいる。

はやては持っていた杖を突きつけて、叫んだ。


「その姿……どういう理由か分からんけど、またわたしの命を犠牲にしたんやな!
卑怯者! 裏切り者!
信じてたのに……やっと、一人じゃないと思ったのに……


知り会えて嬉しかったのに――!!」


『お待ち下さい、主! 融合を強制したのは――』

「フォローは嬉しいけど、見ているだけの約束だろう!」


 責任感が強いのか、口添えをする彼女を一喝する。

話し合いに出て来てくれるのは嬉しいが、それでははやてが収まらない。

決めたのだ、新しい世界へ行くと。

間違えた道でも――正しい選択すら飲み込んで、全てを勝ち得ると。

このまま誰かに任せたら、俺はまた敗者に逆戻りする。

果てが見えない闇すら飲み込む、凶悪な魔方陣が展開する――



「――響け、終焉の笛――!!」



 正三角形の魔法陣が禍々しく火花を散らす。

漲る魔力の余波だけで、俺は吹き飛ばされる。

暴風は全身を包む包帯を軽く蹴散らして、火傷が癒えつつあった皮膚を裂いた。


闇に舞う鮮血の華――痛みが消されているのが、救いだった。


『――!? 
まさか、あの娘本体の頁に強制アクセスを――お止め下さい、主! 

今の貴方に、ラグナロクは制御出来ません』


 何だよ、その世界を吹き飛ばしそうな仰々しい名前は!?

魔風に眼帯が引き千切れ、露になった瞳の瞼を切り裂いた。


――失明したかもしれない、どうでもいい。


自分の足元と前面に展開された魔法陣の光芒は、徐々に捩れて曲がっていく。

完璧な構築を成していたユーノとは違って、はやての魔法は歪だった。

はやてが無意識に構築している為だろう。

書の力もまだ使えないと言っていたのを信用すれば、今のはやては魔力を撒き散らしているだけだ。

魔法の知識も、ミヤから無理やり引き出しているのだろう。

暴発する魔力が、ミヤの慟哭を表しているように見える。

はやての白い帽子が飛ばされて、虚空を待って消えていく――

掲げる杖の先に魔力の光が収束するに従って、バリアジャケットが引き千切れていく。

制御不能な大魔法は、はやて自身を傷つけている。


身体中を血に溢れさせながらも――はやては凄惨に笑っていた。


あれほどの――全てを切り裂く黒き魔力、俺如き簡単に消滅させられる。 

俺とはやての人生の終わりを告げる終焉の笛が鳴り響く前に、俺は今こそ伝えなければならない。

ラグナロクだかなんだか知らないが、終焉の笛如きで消されてたまるか。

日本男児の声は――魂そのものの、叫びなのだ。



「俺はお前が好きだ、はやてぇぇぇぇぇ!!!」



 ギャランホルンが鳴る前に、俺の怒号が周囲を吹き飛ばして主を貫いた。

魔法こそ消えないが、暴風の向こうではやてが目を見開くのが見える。

血に彩られた視界を恐れず、顔を血だらけにしながら俺は吼えた。


「お前が好きだ! 家族になりたいと言ったのも、嘘じゃない!
お前に何も言わなかったのは、悪かった!


本当に――すまなかった!!


俺ともう一度やり直してくれ、はやて!!」


 狂気の笑みに歪んでいたはやてに、初めて迷いが浮かぶ。

杖を掲げたまま――杖の先に町すら吹き飛ばせそうな光を収束させたまま、はやては静止している。

後一歩、ほんの少しでも杖を下ろせば俺は死ぬ――


「――今更……今更、そんな嘘に騙されへん!」

「嘘じゃない、本当だ!」

「そう言うといて、良介は何度もわたしを騙した!!」

「騙したんじゃない、話さなかったんだ!」

「同じや!
何も言われへんまま、黙って待つしかなかったわたしの気持ちが分かるか!


どれだけ……どれだけ寂しかったか、良介には分からへん!」


 俺を待つ間、はやてはいつも胸を痛めていたのだろう。

本当に帰ってくるのか、ずっと不安だったに違いない。

それでも待てたのは、俺が決して裏切らないと信じていたからだ。


その気持ちは……ミヤとの融合時、はやての命を犠牲にして破れてしまった。


「お前の命を弄んだのはすまないと思ってる!

でも、俺はどうしてもアリサやフェイトを――助けたかった!」

「その結果、わたしが死んでもいいんか!
良介にとって、結局わたしはそういう存在でしかない!


わたしなんかどうでもいいんや、良介は! うああああぁぁぁぁぁーーーー!!」


 ラグナロクが光の粒子を撒き散らし、魔力を狂おしく散らしていく。

濃密な魔力で構成された傲慢な太陽はプロミネンスを放出し、俺の身体を突き刺す。

火線が俺の頬を、手を、足を――


――脇腹を、貫いた。


痛みは感じなくても、口から苦々しい血が溢れ出るのを止められない。

俺も狂ってしまったのかもしれないが――何故か、嬉しかった。

やっと、少女の素顔が見れた気がした。


今のはやては親に裏切られた子供と同じ――そう、小さな女の子なのだ。


血反吐をものともせず、俺は気持ちをぶつける。

物理現象万歳の魔法になんぞ負けない。


俺達人間には、言葉という名の奇跡の音色があるのだから。


「どうでもいい訳あるか! 
ゴミ捨て場に捨てられた俺がな……最初で最後、望んだ家族がお前なんだ!!

血の繋がった親なんぞ求めてねえ! 他の連中なんぞ御免だ!

俺が最初で最後、望んだ人間がお前だ!」


 脇腹から流れる血の量は、半端じゃない。

腕も足も死に体――されど、声だけは出る。

耳もちゃんと聞こえる、はやての気持ちを伝えてくれる!


「そう思うんなら……なんで大切にしてくれへんのや!
わたしの命を何で犠牲にするんや……!」

「犠牲になんぞしてねえ! お前はまだ生きている!」

「結果やろ、それは! わたしは過程の話をしてるんや!」

「その過程に至る気持ちを、今伝えてるんだ!


俺も!
ミヤも!
彼女も!


お前を絶対に死なせない!」

「くっ――口だけやったら、何とでも言える! 今までみたいに!」


 今しかない――そう思った。

体中から流れる血が、全身を燃やすほど熱い。


言ってやれ、侍君――月村のエールが聞こえる。任せとけ!





「これからもし、お前を死なせたら――

俺も一緒に死んでやる!!」

「――!!」

「俺は冷たい男だけど――優しさも何も無いけれど!
俺が死んだら、アリサとか他の連中とか、悲しませるのは分かってるけど――!

俺はそれでも――何もかも、捨てられないんだよ!

もう失いたくねえんだよ!!
お前を喪って――生きていたくなんかねえんだ、俺は!」





 はやては泣いていた、俺も泣いていた。

血飛沫が噴き出ても尚、叫び続けた。


喉が枯れるまで! 声が潰れるまで! 意志が消えるまで! 

――死ぬまで。



「ごめんな、はやてぇ……俺、さ……やっぱり、フェイトも救いたいんだ……

好きになったんだよ、初めて……誰かが必要だと、こんな俺が思ったんだ!

世界なんてどうでもいいけど……赤の他人なんてしらねえけど……


弱くたっていいけど……何も出来ないのが、一番嫌なんだ……


迷惑かけるけど……また、ミヤに頼んでしまうけど……お前を危険に巻き込んでしまうけどさ――!

絶対に死なせないから……お前の友達も、必ず救うから!」



 もう、訳が分からなかった。

理論なんて成立していない。

一緒にいてくれと言いながら、はやての命をまた危険に晒すと言っている。

はやてを好きだといいながら、フェイトを助けに行くと言っている。

アリサやフェイトを助けた事だって、今でも後悔していない。


子供のように泣き喚きながら、心の中に埋まっていた本音が飛び出た。


きっと――本当に言いたかった事は、これだけだった。





「ごめんな……本当にごめんな……はやて……

俺は、本当に……お前が好きなんだ……」



「……あほ……」





 掲げていた杖が、静かに下ろされる。

光り輝いていた攻撃魔法の極限――魔法の暴君が破裂した。

はやての強大な魔力が閃光となって、闇の世界を根底から照らし出していく。


光が雪のように舞って……夜の世界に解けて、美しく輝く。


はやては俺の元へ翼を広げて飛んで、頬を濡らす俺の頬を両手で包み込む。


「……ほんまに、あほやね……良介は……
間違えてばっかりで、傷付いて、泣いて……わたしを傷つける、酷い人……

そうして何かを手に入れる為に、また何かを失って……独りぼっちになってしまう」


 そのままコツンと、自分の額を当てる。

はやての声に、もう拒絶は無い。

表情に狂気はなく、諦めたような微笑みが浮かんでいる。


「……誰かが面倒見てあげんとあかんね、こんな駄目な人。


皆に嫌われても……わたしが好きでいてあげんとね……」


 俺の頬から涙を拭って、はやては静かに語り始める。


「やっと、本当の良介に会えた気がする……


やっと……本当のわたしに会えた気がする……


わたしも本当は我侭で、誰かが傍におらんと心が死んでしまう……弱い子供や……


みっともなく泣き喚いてしもた……

女の子を泣かせて、騙して、裏切った罪は重いで」


 はやてはゆっくりと、俺を抱いて抱き締める。

はやての胸のぬくもりを感じながら、俺も涙を拭かずに抱き返した。


子供のように、打算も理屈もない抱擁だった。


「責任取って――ずっと家族でいてな。
フェイトちゃんを助けて、事件が解決して、平和が全部戻っても――

あの家でわたしと一緒に住むこと、それで許したる」

「……」

「何でそこで悩むんよ!?」


 はやてが許してくれた事、それが本当に嬉しくて――心地良くて。

俺の気持ちを知って、はやても今まで見せた事がない遠慮ない笑顔を浮かべていて――


俺達はいつしか、元の関係に戻っていった。


『良かったです……はやてちゃんも、リョウスケも、これで仲直りですね』

『そうだな。みっともないが……あの男はよくやったな』

『はい!


……はわわー!? あ、あのあの! し、失礼しました!


御逢い出来て、その――』

『……そう固くなるな。私達も、家族だろう』

『へ……? ええええええ!? 

ミヤはイレギュラーで、貴方とはとても釣り合いが……』

『主が暴走しないように、必死で制御してくれたのは知っている。
ありがとう、ミヤ。主を助けてくれて感謝している』

『は、はい! 光栄です――お姉様』

『お姉様とは何だ!?』


 光の雪が――俺達を包み込んでくれている。

新しい関係を祝福するように。


これからの関係を、優しく見送ってくれているように。


「こんなに血、出て……わたし、何てこと……」

「俺はお前を何度も危険に晒してたんだ、気にするな」


「――その身体で、そんなに傷付いても……


良介は、まだ戦うつもりなんやね?」


 今度こそ、最後の選択――

リンディと同じ問いに、俺は心から胸を張って答えた。


「ああ、俺はまだ取り戻していない。始まってもいない。
間違ってばかりだったけど――このまま逃げられない。

プレシアに会いに、もう一度向こう側へ行く。

あの女はな……ありえたかもしれない、もう一人の俺なんだ。
向き合わなければ、きっと俺は何も変えられない。


悲しみに決着をつける為に。
本当の自分をもう一度始める為に――


今度は俺が、俺自身の意思でやってみる」


 この答えはきっと、間違えている。

自分から進んで間違いを選ぶ俺は、救いようのない馬鹿たれだ。


結局、この事件で一つたりとも正しい解答が出来なかったのだから。


「……色んな連中を巻き込む。
時空管理局の連中とか、病院関係者とか、高町一家とか、月村達とか――
動くなって言われてるのに動くんだ、最低だ。
お前を……また危険な目にあわせてしまう。


迷惑をかけてしまうけど――せめて後悔はさせないさ。


俺に出会って良かったと思わせてやる、特に大喧嘩したばっかりの約一名には」

「そこで素直にわたしって言うてくれればいいのに……ふふ。


――助けてあげてな、フェイトちゃんを。わたしの友達を」


   俺は今度こそ約束を果たす為に、しっかりと頷いた。

全てが終わったら、新しい世界を一緒に見に行こう。

手を繋いで生きて行く為に――


























































<第五十七話へ続く>







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