とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五十四話







 一度、場所を移して話にする事にした。

病院内でこれ以上有名人になりたくない。

ただでさえリンディ監督演出の涙の再会を不覚にも演じてしまったところだ。

脱走騒ぎも含めて、病院関係者どころか患者にまで名前を覚えられつつある。

神咲が持参した籠の中身も清潔な病院にはやばい品だ。

俺達は自然豊かに生い茂る中庭へと移動した。

木々をそよぐ優しい風が頬を撫でて、傷の痛みや熱さを和らげてくれる。

全身の傷を覆う包帯やガーゼの窮屈さを、穏やかな外の空気に触れて少しだけ薄れた気がする。

これで晴天なら文句はないが、生憎と曇り空だった。



――思えば、この中庭で拾ったジュエルシードが全ての始まりだった。



当時は高価な宝石だと喜んだものだが、まさかあの時こんな事件が待っているとは夢にも思わなかった。

拾ってから二ヶ月も経過していない。


たった数週間で変貌した世界と元の世界――その境界線に今、自分は立っている。


迷い込んだ俺をリンディ提督が選択肢と共に、連れて来てくれた場所。

元の世界へ返るか、もう一度異世界へ踏み込むのか――最後の選択肢。

今度こそ正しい選択を行うべく、俺は正答を求めて他者に意見を求める。


人生の分岐点に立たされているのは、俺だけではない。


「ご、ご挨拶が遅れて誠に申し訳ありません! ミヤと申します!
貴方様に御会い出来て、心から光栄に思います!」

「そ、そんなに頭下げんでもええって!?」


 ――世の中、夢と希望に満ち溢れた物語が数多く存在する。

子供達に夢を見せ、大人に愛を与える御伽話――

可憐な妖精の存在は世界的にも有名で、非現実的な美しさが人の心を惹きつける。

俺も御伽話に詳しくはないが――今、世界初の神秘を目の当たりにしている。


土下座。


額を地面に擦り付けて、両手をついて妖精が這い蹲っていた。

江戸時代の農民でも、殿様にここまで平伏する事はないだろう。

逆に、頭を下げられたはやてが恐縮していた。

……初対面の、しかも幻想の存在に様付けされたら当然か。

様子を見守るアリサや神咲は、カチコチに緊張するミヤを目を丸くして見つめている。


「ミヤは……ミヤは八神はやて様に、謝らなければいけない事があります!」


 おお、いきなり白状するのか!?

……まあ気付かなかったとはいえ、公の場で二人して堂々とはやての正体をばらしてしまったからな……

チビは隠し事の苦手な、素直な良い娘である。

黙っていれば分からなくても、穢れのない心が罪を許さない。

困惑するはやてをよそに、ミヤは懺悔を口にする。


「ミヤは貴方様の所有する書――夜天の魔道書の一部であり、道具です。
貴方様だけが使用を許されており、ミヤの全ては貴方様に捧げています。


――で、ですが――


事もあろうに、ミヤは……貴方様以外の方に、自分の力を使ってしまいました!」


 がばっとミヤは地面に額を擦り付けて、何度も頭を下げる。

ガンガン地面に激突しているが、本人の贖罪への意思は消えない。

事情をよく理解出来ないはやては、目を白黒させている。


「ゆ……許して頂けるとは、思っていません!
貴方様への忠義を踏み躙る行為です、死ねといわれればすぐに死にます!



ほ……本当に……本当に……申し訳ありませんでした……」



 ミヤは頭を下げたまま、悔恨の涙で地面を濡らす。

声を震わせて、心から自分の愛する主への裏切りを謝罪している。

悪い事をしたら謝る――子供でも理解している正しさすら、俺は出来ずに何度も間違え続けた。

その度にミヤは俺を叱り、時には励ましてくれた。

相手が誰でも間違えれば指摘して、自分が間違えていると分かれば素直に頭を下げる。

社会の常識や世の中の正しさなんぞ欠片も信じないが――コイツの正しさは本物だ。


「……はやてが持っている鎖が巻かれた本。
俺もよく分かってないけど、あれがこいつの言っている魔法の本だ。
本の内容に強力な魔法の数々が綴られていて、所有するに相応しい人物を本は選ぶらしい」


 拙い知識と口下手な説明で、俺は必死にはやての理解を得る為に喋る。


――ミヤは何一つ、言い訳しなかった。


俺を助ける為とも、はやての家族を守る為とも言わない。

自分の非をただ主張して、頭を下げている。

自分の過ちを省みず、フェイトの裏切りを……ただ愚痴っただけの俺とは、器が違った。

立派だと思うからこそ、俺はミヤを何とか助けてやりたかった。


「童話に出てきそうな小人のガキだけど、コイツはあの本の頁の一枚なんだ。
儀式前に説明したはやての家で起きた事件の最中、事故で生まれた偶発的な存在だ。

本来コイツが持つ力は、お前にしか使えない。

万が一お前以外の奴が使えば……所有者であるお前がペナルティとなる。
あの本が持つ、絶対的なルールらしい。
これ以上嘘を吐きたくないから、率直に言う。


本の力をはやて以外の人間が使えば――はやてが死ぬ」

「――!?」


 車椅子のはやてが、驚愕に目を見開く。

この事実を――ミヤの口から語られるのは辛いだろう。

今更言い訳なんぞしない。

俺は他の誰でもない、自分自身の為に――本の力に、ミヤに頼ったのだ。


「そしてミヤに協力を頼んだのは――俺だ。


はやて――


俺は……お前が死ぬと分かっていて、何度も魔法を使った」

「うっ――嘘や!」


 はやては俺の腰にしがみ付く様に、車椅子に腰掛けたまま両手を伸ばす。

小さな手に懸命に力を込めて、俺を悲壮な顔で見上げた。


「そんなん……嘘に決まってる!
りょ、良介は……わたしと、家族になろうって言うてくれた。


わたしは、それが本当に嬉しくて――やっと一人じゃないって……」


目を逸らしたかった。

何もかも投げ出して、嘘だと笑って誤魔化したかった。

今のはやてならば、まだ信じてくれるだろう。


俺は唇を噛み締めて――首を振った。


嘘偽りを重ねて自分を誤魔化しても、事実は何も変えられない。

なのはは純粋に俺を信じ続け、フェイトは母への愛を貫き、アリサは俺への恋に殉じて死んだ。

そして今、ミヤは誇りも何もかもを放り出して主に頭を下げている。

それぞれの気持ちが思いを育み、強さを生んでいる――

この事件の解決に幸福はもう望めないが、せめて潔く終わらせたかった。


「……魔法を初めて使う前に、ミヤから警告を受けた。
本の力を――ミヤの力を借りる事は、はやての命の危機に繋がると。
失敗すれば、死ぬ。
事実を知って、それでも尚力を使うのか――と。


俺は、頷いた。


誰の為でもない。
俺は、俺自身の為に――お前の命を使った」


 ――自分の為。


最初に融合した時は暴走に巻き込まれたはやてを救う為であり、危険な石を渡した俺の責任でもあった。

アリサをこの世に呼び戻したのは、他の誰でもない俺が望んだ事――

プレシア宮殿の戦闘は最悪の一言、俺の過ちが引き起こした。

使う度にはやてが危険となる――心の何処かで認識していても、俺はブレーキを踏まなかった。

最初こそ不可能でも、いずれの機会にもはやてに伝える事は出来た筈だ。

ミヤがはやての前に出るのを拒んでいたのが、原因ではない。


この俺――宮本良介の、悪癖。


都合の悪い事は何もかも後回し、難しい事からは簡単に逃げ出してしまう。

何でもかんでも保留にしてしまった事が、今回全て裏目に出た。

なのはに早く謝れば、何日も待たせずに済んだ。

フェイトともっと早く向き合っていれば、彼女の心が壊れるのは防げた。

アリサとの生活を心から望んでいれば、死地に出向き命を落とす結果にもならなかった。

今回は、本当に……最低だった。

心臓病のレンは誘拐されて、プレシアは俺の奇跡を渇望し、アリシアは母と妹を案じて涙している。


――最後は、はやて。


結局遅すぎたけれど、今俺とミヤは真実を打ち明ける事が出来た。

はやては愕然と俺を見上げていたが……掴んでいた手が解かれ、力なく垂れ下がる。


「……な、んで……わたし……何か、悪い事、した……?」


 顔は蒼ざめ、唇は白く染まっている。

――何故か、薄っすら笑っている――

俺はその表情の意味に気付かないまま、沈痛に視線を落とした。


「俺はどうしても……力が必要だった……」


 俺は弱かった、弱いと気づいた事さえ遅かった。

強くもないまま飛び込んで、何もかも犠牲にしてしまった。

この少女の、平穏さえも――

はやては静かに瞳を閉じて、頬に真っ直ぐな涙を流す。


「良介は……わたしが、死んでもいいの……?


アリサちゃんや――他の人は……助けるのに……何で、わた……ヒク、ひぅ……」


 車椅子に座ったまま、頭を抱えて首を振り続けた。

しゃくりあげる声は涙に濡れて、悲しみに震わせる。

血が滲むほど唇を噛み締めたまま、嗚咽を周囲に響かせる。


――見てられなかった。


どう言い訳しようと、彼女の命と自分を天秤にかけたのは事実なのだ。

自分に傾いた――それは、彼女の命の方が軽いと考えたからに他ならない。

泣き続けるはやてに、神咲やアリサは声すらかけられない。

神咲はともかく、アリサは他人事ではない。

俺より遥かに優れた頭脳を持つアリサは既に気付いている――


アリサを助ける為に、俺が融合化した事を。


はやての命を削って、アリサを助けた事に気付いている。

自分の命が誰かの犠牲の上に成り立っていると知り、誰が喜ぶだろうか――


ミヤは地面に伏せたまま……ごめんなさい、ごめんなさい……と、繰り返して泣き続けている。


救いなんて、なかった。

誰も許しを得る事が出来ない。

明確なのは――俺が全ての元凶だという事だけだった。


はやては頭を抱えたまま狂ったように泣き続けて――やがて、泣き終わった。


スカートを濡らしたまま、顔を俯かせて雫を垂れ流すだけ。

彼女の表情は見えず、俺は静かにはやての返答を待つだけだった。



全く……俺と言う人間は、どこまでも愚からしい。



泣き終わるのを待つという事――それこそ、後回しなのだ。

少しでも糾弾を、都合の悪い事を後にしようとする俺の身勝手な願望。

何度も、何度も、何度も、何度も、間違えたくせに――


――俺はこの期に及んで、はやてから何か声をかけられるのを期待した。


期待してしまった。

ミヤは潔く、許されなくてもいい――殺されて当然だと、はっきり意思を伝えたのに。

全ては、終わった。

未然に防げた解決への道を、俺はまた自分で閉ざしたのだ。


後はもう――壊れるだけだった。



「……そうか……よう、分かった……」

「はやて。俺はな――」



 ああ、この男を見ろ。

返事があった瞬間、ようやく何かを口にしようとするブザマな奴を。

勿論――そんな声など、届きはしない。


「良介は……最初から、わたしなんてどうでもよかったんやね。

一緒に住んで、御飯作って……温かい家さえあれば。
わたしのチカラさえあったら――わたし自身なんて、おらんでも平気やったんや。

そういう事やろ?」

「ち、違う! 俺はお前を本当に、家族として一緒に――」

「家族なんて言うな、汚らしい」


 肥溜めに唾を吐くような、酷く昏い声。

吐き捨てるように叫んだ少女に、あれほど感じた優しさがない。


はやてはゆっくりと――顔を上げる。


「……は――やて……?」

「気安く、わたしの名前を呼ぶな。

血も繋がってへん、赤の他人のくせに」


 薄ら笑いを浮かべたまま、はやては嫌悪と共に俺を睨む。

――俺に向けていた好意の微笑みは、幻のように消えてしまっている。


断じて――純粋な子供が浮かべる表情ではない。


俺はただ飲まれて、後ずさった。

病院内の空気さえ、粘りつくように重く変質している。

何故だろう……


あの巨人兵よりも……この小さな少女が、怖い。


「家族ゴッコはもうおしまい。……どうせ、わたしは最初から一人やったんや。
別に、未練はない。

あんたなんかとこれ以上、少しでも繋がっていたくない」


   俺を見つめる眼差しは歪み淀んで、爛々と妖しく輝いていた。

一言一言が憎悪に狂い、捩れて曲がっている。

肺を直接握られたような圧迫感に、俺は声すら出せずに苦しみ続ける。


……孤独でも、純粋で優しかった少女は既に居ない。


俺は引き裂かれるような胸の痛みと共に、自覚した。

フェイトと違った形で――



――この少女の心もまた、壊れた。



車椅子に座った小さな狂王から突如――闇色に染まった光が噴出する。

ここ最近何度も見てきた、異世界へ招く光。

乾いた現実に奇跡を呼び起こす術式。


――魔方陣。


昏く鈍く、禍々しい感情を映し出した魔力が展開する。

それまで震えていた小さな少女が、慌てて顔を上げた。


「マイスターはやて、いけません! 
まだ夜天の書が目覚めていない段階で、魔法を使うのは――ぐっ!?」

「ミヤ!?」


 忠告するように叫んでいた少女が、糸が切れたように倒れる。

優しい光の妖精が闇の光に包まれて、ゆっくりと――魔方陣に沈んでいった。

慌てて駆け出そうとする俺を嘲笑うように、ミヤの身体は闇に埋没する。


消えた――こんなにも、呆気なく。


その声に――他ならぬ主がもたらした妖精の死に、俺は憤然と顔を上げる。

怒号は、少女の凄絶な瞳に消される。

はやてはゾッとするほど、優しい声で――俺に宣告した。





「お前なんか、いらん。

――闇に、沈め」





 切り替わる視界、暗転する意識。

ミヤを失った俺に――才能も何もない俺に、選ばれた主に逆らえる術など持たない。

急激に沈んでいく俺の身体。

死へと引きずり込まれる俺を見るはやては喜悦に満ちて――





――堪らなく、悲しげに見えた。


























































<第五十五話へ続く>







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