Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その17 退避






 他ならぬ母君に殺されようとする異国の姫君を救出――

勇者は親愛なる友人の協力を得て、列強の騎士達を退けて見事麗しき御姫様の奪還に成功。

男心を熱く燃やし、女の子の涙を誘う感動的な場面である。

御伽話と現実で差異が生じているのは――俺が選ばれた勇者ではなく、異世界に呪われた科学者である点だろう。


「キャッホー!! 凄いね、おにーちゃん。
この鉄の馬、苦しそうに煙を吐いているのにすっごく速いよ!」

「もうツッコまないからな、チクショウー! どけどけ、どいてくださいー!
王女誘拐に加えて、自動車運転致死傷罪は御免じゃーい!」


 交通整備なんて当然されていない街中を、愛用のバイクで必死に逃走。

行方不明の王女の帰還で多くの人が集っていた広場からの、脱出である。

盗賊団撃退作戦で使用した格好で葵が人の目を引き付けてくれたとはいえ、駐輪するバイクまで辿り着くのに一苦労だった。

この街の住民が騒ぎに慣れていれば、リンチにあっていたかもしれない。

人込みの中を走らせるバイクに周囲からの悲鳴や怒号が絶えないが、既に俺は明鏡止水の境地に達していた。

最初こそ戸惑っていたお姫様も二人乗りに慣れて、俺の腰にしがみ付いて歓声を上げている。


「乗り心地はどうですか、御姫様。お尻は痛くありませんか?」

「乗馬も王女の嗜みですわよ」

「皮肉で言ったんだよ、騒動娘」

「分かっておりますわ、私の騎士様。ウフフ」


 王女の貴方に任命されるのは光栄の極みだが、世間的にワタクシは王女誘拐犯で確定しているんですぜ?

コーヒー代で随分無茶なツケを払ってしまったが・・・・・・もう諦めた。

喫茶店でクヨクヨ悩んでいるよりは、幾分かはマシだろう。

せめてそう思わなければやってられない。


「一応聞くけどバイクと俺を乗せて、翼広げて飛べないか?」

「おにーちゃん一人で精一杯だよ・・・・・・お馬さん置いていっていいなら、空の旅に連れて行ってあげるよ」

「俺としてはお前より、このバイクのほうが大事」

「ひどーい、おにーちゃん! アリスとお馬さんと、どっちが大切なの!?」

「今言ったばかりだろ!? 現実を認めろ、コーヒー王女!」


 異世界へ召還される前日、ガソリン供給した俺の先読みに感謝しろよ。

ガス欠にこれほど恐怖する日が来るとは、夢にも思わなかった。

召還された早々恐竜に追われ、盗賊団に襲われ、終には民衆に包囲されている。

バイクに何度も命を救われた異邦人なんて、多分どの国の童話にも存在しないだろうな・・・・・・今も、この先も。

免許証が必要ない世界だが、免許を取る為に磨いた運転技術が今役立っているのだ。


「流石にこの人込みの中では、お前の国の人間も追って来れないようだな」

「自分達の国ではないもの、決して無茶はしないわ。
――でも騎士達は皆我が国と、国を統べる王族に絶対の忠誠を誓っている。
わたしの命を救う為に、彼らは決して逃がさない。貴方も、そして――彼も。


・・・・・・ごめんなさい」


 前に集中していて顔は見えないが、心をくすぐる柔らかな声は曇っていた。

俺達を逃がす為に、その場に居た騎士達や民衆相手に立ち回る葵――

優秀な騎士達に大勢の民間人、結果は火を見るより明らかだった。


「俺の心配なら今更だし、葵の心配なら尚の事不要だぞ」

「キョウスケの大切な友人――王女でも見ず知らずのわたしに、力強い言葉をかけてくれた男性。
強い心を持つ勇者である事は理解出来るけど・・・・・・」

「大丈夫」


 天真爛漫で自由奔放、そして心優しいアリスに俺は敢えて言い切る。

状況は確かに過酷、安易な希望など簡単に塗り潰される絶望的戦況――


それでも俺は、微塵も心配していない。


  「『皆瀬 葵』は世界の常識を覆す。お前の国程度の法律では縛れないよ」


 生き残る為にあらゆる手段を使い、因果を軽く脱線する行動力を持つ。

あいつは大丈夫だと断言した以上、絶対に大丈夫なのだ。

信じる事さえ必要ない――当然として、受け止める。


「あいつの仕事は、生かす事。俺の仕事は――勝つ事だ。アリスは生きる事だけを考えてくれ。
アリスはもう――独りじゃない。一人ぼっちで戦う必要もない。

お前が自分を諦めた瞬間、俺達も敗北する。その事を忘れるな」


 休息で眠っていた科学者は、悲しき王女様のキスで目覚めた。

目覚めのコーヒー代を請求とは些か色気はないが、女の子一人助ける程度の理由にはなるさ。

だから、もう――独りで行こうとするなよ。


・・・・・・アリスは何も言わず、ただギュッと俺にしがみつく。


震える手はバイクの振動か――小さな胸の奥が、揺れたのか。

通わせる気持ちを温かく抱き締めて、俺達は一直線にバイクを飛ばしていく。

せめて他の誰かを巻き込まないように、広い道を選んで逃走を続ける。

街の地図が出来れば欲しいが、少しでも立ち止まれば簡単に捕まってしまう。

現状、俺達の敵は国そのもの――善良な民間人の疑心にあるのだから。


「おにーちゃん、これからどうするの? このまま逃げてもいずれ捕まってしまう」

「広場からの脱出にはほぼ成功したとはいえ、往来をバイクで走り回るのは嫌でも目立つからな。
騎士達から逃れても、俺達の姿を見かけた民間人の目が厳しい。特に傭兵や冒険者達にとっては、絶好の鴨だ。
王女救出の手柄に目が眩んで、武器や魔法で襲撃されたらやばい」


 異世界に蔓延る特異な能力に屈するのは御免だが、手持ちがない以上俺に手立てがない。

科学技術を駆使すれば魔法なんぞ捻じ伏せられるのに、知識を披露する時間も余裕もなかった。

態勢を立て直す時間と場が必要だ。


認めるのは少し悔しいが――葵はやはり、俺の日常要素なのだろう。


ホテルから飛び出して犯罪者的な思考に傾きかけていたが、葵の登場で頭が一気に切り替わった。

葵や氷室さんが居る限り、俺は絶対に自分の祖国を忘れない。帰ろうとする気持ちも、決して。


「このまま一旦身を隠し、態勢を立て直す。冤罪を晴らすには、仲間との合流も不可欠だ」

「今、アリス達の事は街中に噂が広まっているのよ。隠れる場所なんてあるの?
あ、もしかして――空の上とか!?」

「残念、ハズレ。向こうだって、アリスの翼は認識している。上空も警戒範囲に含まれる。
空を飛び続ければ逃げられるかもしれないけど、俺を担いで長期間飛べないだろう?」

「・・・・・・うん、でも・・・・・・」


 このまま地上を逃げ続けても埒が明かない、それは事実だ。

騎士達だけが追っ手ではない。

広場の噂が広まれば民衆は完全に敵に回り、屈強な冒険者達も賞金や手柄を得るべく行動に出る。

街の住民は今でこそバイクに目を白黒しているが、いずれ慣れて脅威を感じなくなるだろう。

疲れ知らずの馬でも、攻撃や防御の手段がない。

走り回っているだけでは近所迷惑な暴走族、騒音の元はいずれ排除される。


今この短い時間だけが、俺達に与えられた最後の猶予――


次の選択を誤れば、今度こそ終わりだ。

俺の思考は既に犯罪者的な逃走から、勇者としての勝利の道筋を辿りつつある。

この必死のツーリングには、きちんと目的地が存在する。


「地上に逃げ場はなく、空の上も危うい。だったら、逃げる場所は一つしかないだろう」

「えっ!? 何処――どこどこどこ、おにーちゃん!?」


 期待を促す俺の問いかけに、アリスも自然と無邪気な心を取り戻す。

焦らされて期待に胸が膨らんでいるのか、声も弾んでいた。

悪戯好きには困るが、この小さなお姫様には元気で居て欲しい。

俺は指先を、俺が葵なら必ず向かう場所――葵が俺なら必ず思いつく場所に向ける。


「陸も空も駄目なら――海の上に逃げればいい」


 正確に言うなら、河の上だけどな。

長期に渡る大雨に苦しんでいた街から出港し、喜びと希望を乗せた船――

河に潜む邪悪なモンスターの牙からも逃げ延びた乗り物を目標に、俺達は針路を取った。
















































<第五章 その18に続く>






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