Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その16 天下






 物々しい装備の役人達に周囲を囲まれた俺。

その手に抱くは国家の姫君だが、彼女は味方であり敵だった。

厳しい顔で俺を睨む彼らの目的は、プリンセスの保護にある。

王女誘拐事件の犯人に仕立てられた俺に出来る事は、せいぜいこの手に繋がる女の子から離れない事だった。

御姫様を人質に扱っているのと同じだが、知った事ではない。


俺にとってアリス・ウォン・マリーネットは――コーヒー代も払わない、ケチな女の子だから。


姫君を守る警戒網に無策で飛び込む愚かさを噛み締めながら、俺は精一杯の抵抗の構えを見せる。

この場面で王女を浚って逃げれば映画並のカッコ良さだが、空想の勇者と現実の科学者の差は大きい。

身体レベルも勿論だが、完全武装の役人達と普段着の俺では話にならない。

これまでの厄介事を救ってくれた道具の数々は、全て鞄の中――今この手には存在しない。

解決策を導き出す方程式を組む頭は、周囲の敵意により恐怖に濁っている。

一般人が剣やら槍やらに囲まれて、平静でいられる筈が無い。

今回取った俺の行動は、自分自身で甘く評価しても10点だ。

赤の他人の為に行動した――ただそれだけの、評価。

科学の道を生きる人間として、大いなる結果を出す為の過程がどれほど大切であるか身に染みている。

物事には順序が大切だ。

何も考えず狼の群れに飛び込めば、羊はただ食われて終わるだけ。

そもそもこういう無意味な突進は――



「よくぞ言った! それでこそ、我が永遠の友だ!!」



 ――この馬鹿がやるべき行動だ。

敵意と疑心に満ちた広場を切り裂く、勇ましい声。

堂々たる雄叫びは恐れを知らず、自信に漲っている。

途端俺への警戒は弛緩して、役人達は慌てた様子で周囲を見渡す。

俺は咄嗟にアリスを引き寄せつつ、何人たりとも疑わず視線をある一点へ向ける。

俺の人生の青春に常に関わって来た長年の付き合いだ、誰で何処に居るか一瞬で分かった。


そう――馬鹿と煙は高い所が好きなのだ。


「そして、友が居るところ我存在せり! 安心しろ、友よ。
我らが揃えば無敵だ!」


   俺は心の底から奴を賞賛したくなった。

どういう行動力と非常識な思考を持てば、あんな高みへ到達するというのか。


――由緒ある紋章の刺繍が施された、馬車の上。


御嬢様の為に捲り上げられた幌に乗って、偉そうに腕を組んで立っている。

……サングラスに黒マントを着用して。

盗賊退治で演出した変装を用いて正体を隠しているのだろうが、怪しいの一言だった。

加えて紋章のある馬車を問答無用で踏ん付けているのだが、男の表情に罪の意識は皆無。

どうやって乗れたのか、そもそも何故俺が居ると分かったのか、考えるのは時間の無駄だろう。

俺を散々翻弄した悪戯好きの姫君も、度肝を抜かれていた。


「ねえねえ、あの人っておにーちゃんの知り合い……?」

「いや、知らないな」


 逡巡や躊躇の一切も無く、俺は言い切る。

本能に刻まれた拒否反応が、主の意思を聞かずに滑り出た。

俺の脳内で奴はウイルスより警戒レベルが高い。


  「友よ――って、おにーちゃんに向かって叫んでいるけど」

「空気に向かって叫んでるんだ。可哀想な人なんだよ」

「フフフ、安心したぞ我が友よ。
どうやら切れ味が鈍っていないようだな」


 皆瀬 葵――俺の親友を自称する男が、安堵の笑みを浮かべる。

倣岸不遜な笑いが常の葵には珍しい感情だった。


――王女誘拐犯として指名手配、街全体を包囲された俺。


敵だらけの状況で一人戦っていた自分を、あいつなりに心配してくれていたのだろうか?

葵は俺の性格をある程度知っている。

盗賊団や異常気象、キラーフィッシュ――どれも一人では戦えなかった、凶悪な敵の数々。

俺が蓄え続けた科学の知識、そして俺を支えてくれた仲間達がいてくれたからこその勝利。

異世界へ招かれたのは事故、戦う術も力も持たない民間人――

全てを失って、それでも戦う勇気を持ち続けられるか――葵は案じていたのかもしれない。


「貴様も誘拐犯の一味か!?」

「無礼者め! 引き摺り下ろして捕らえろ!」


 刹那の動揺から覚めた役人達が、血気盛んに馬車を包囲する。

状況は完全に一変、俺から葵に敵意は向いてしまった。

第一声を上げるまで彼らは葵の存在に気付けなかったのだ。

あの紋章がどれほどの意味を持つのか、彼らの険しい顔を見れば分かる。

接近はおろか土足で踏み躙る真似を許してしまう――面目丸潰れだった。

敵意が殺意に変わり、津波のように馬車へと押し寄せる。

葵は落ち着き払った様子で、懐から細長い物を取り出した。

――携帯カラオケ……?


「黙れ、この無知蒙昧共!!」


 エコー機能が搭載された携帯マイク型カラオケが、広場を大音量で埋め尽くす。

空気を震わす遠吠えに役人達のみならず、観衆全員が悲鳴を上げて耳を塞ぐ。

余計な事に金を費やす葵のレジャーグッズは、殺伐とした空気すら吹き飛ばした。

インパクトは絶大――


「無礼者とはよく言えたものだな!
清廉潔白な我が友を誘拐の罪に陥れたその愚かさ、万死に値する!」


 ――あっ……、迂闊にも奴の叫びで気付いた。

俺は慌ててアリスを抱き締めて、周囲を強く警戒する。

俺の腕の中に収まった御姫様は、突然の行為に頬を赤らめる。


「キョ、キョウスケ!? レ、レディを口説くには、それなりの作法が必要でしょう!」

「はいはい、大人しくしてなさい」

「ちぇっ」


 茶化している事を見透かされて、アリスは不満そうに頬を膨らませる。

頭の良い彼女も気付いたのだろう――


――この状況を狙う者達の殺意を。


姫君の命を狙う本当の犯人からすれば、今は好機でもある。

役人達が大挙しているが彼らの目は俺達に集中し、警戒心を集中している。

この世界にライフルの類は無くとも、遠距離からの攻撃手段は多分存在するだろう。

万が一この喧騒に紛れてアリスが暗殺されれば――役人達は疑いの余地無く俺を処罰する。

これほど殺気立った状況での姫君の死、火事場にガソリンが注がれるのと同じだ。

そして俺が死ねばそのまま罪は被せられて、悲劇で終幕。

本当の犯人は悠々と逃走、母親は高笑いだ。

魔法かそれとも別の武器か、何にせよ警戒するに越した事は無い。

葵の鋭い非難の声は多分役人達だけではなく――この場に居るかもしれない真犯人にも向けられている。


「真実は人の数だけ存在するが、事実は1つ。貴様等が犯人と断定した男は無実だ!
我輩は友を信じる。そして――友が信じた姫君を、信じている!

ゆえに、無礼を承知で言わせて頂こう」


 罵声でも囃し声でもなく、朗々たる心の叫び。

機械で拡声された声でも、葵の不屈の精神が人々の心を染め上げる。


「プリンセス、どうか天城 京介を信じて貰いたい。彼は必ずあなたを救う!」


 ――英雄魂。

観衆は息を呑み、役人達は揃って葵を茫然自失で見上げるばかり。

彼はサングラスを取り――可憐な王女に清く力強い視線を向ける。


「その男は何があろうが絶対に諦めない、誰にも屈しない!

――世界にさえ!!

そうだな、我が友よ!」


 科学者になる夢を決して笑わず、それでいて自分の夢を貫く男。

この異世界の英雄になろうと誘う手を撥ね付けた俺を――俺の意志を、あいつは今尊重した。

こんな世界なんて認めない――葵は、俺の言葉を真剣に受け止めてくれていた。


「安心しろ、友よ。お前には我輩がいる、仲間達がいる! 一人ではない!
お前一人を戦わせたりはしない!

待っていろ――必ず助ける! だからお前も、必ずプリンセスを助けろ!!」


 葵はそのままマイクを掲げて、俺の背後を鋭く指し示す。

広場から露天通りへと続く遊歩道に鎮座する、力強き存在。

この世界の誰一人正体が分からず、この場にいる誰よりも速い乗り物――バイク。

俺は葵に頷いて、アリスを抱き上げたまま走る。

一瞬抵抗する素振りを見せたが、麗しの姫君は黙って俺の胸に額をぶつける。


役人達の怒号――背後で巻き起こる喧騒の渦。


アイツは俺を信じ、俺もアイツを信じる。

必ず助けると誓い、俺達は互いに背を向けて戦場から離脱した。
















































<第五章 その17に続く>






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