Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その18 潜行






ややこしい事態に発展してしまったが、いい加減現実逃避している場合じゃない。

一刻も早く策を練らなければこの世界に存在ごと飲み込まれる――危機感が俺の脳細胞を焦燥に焼き、心を冷徹な怒りに凍てつかせる。

まだ見ぬ犯人達に舌打ちしながらも、今は御姫様を連れて闇雲に逃げる選択をする。

俺は熱い正義を胸に抱く勇者ではない、善悪蔓延る世界を冷静に分析する科学者だ。

憎き悪を勇者の剣で切り裂くのではなく、悪を気取る人間を論理的に追い込めばいい。


唾棄すべき犯人から逃げる事さえ恥とせず、俺は役人から、民間人から、町から――陸地から離脱する。


「交流を再開したばかりだけあって、夜の出港はまだ控えているか。好都合だな」

「・・・・・・アリスがこの街に来た理由の一つが、あの船だったの。
キョウスケが結晶船の主と知り合いだったなんて――ロマンティック」

「何でだよ!? トランスレーターめ、俺の頭脳にくだらない翻訳を伝えやがって」


 船舶が安全に停泊する事の出来る水陸交通の結節点、港湾施設。

悪天候に苦しめられた町『ラエリア』から港街『セージ』を隔てる巨大な河が、闇に沈んだ港からでも一望出来る。

アリス・ウォン・マリーネットを救出した俺は港へ到着後、日が沈むのを根気強く待った。

長期間凍結されていた港が復旧され、昼間の港は旅客の乗降や乗組員、警備員も配備されている。

誘拐犯を追跡する役人や首謀者の一味も馬鹿ではない、陸路のみならず船からの脱出も懸念するだろう。

国外へ繋がる海ではなく国外を流れる河、逃走先は知れているが一国の姫君を奪われた彼らに妥協はない。

幸いとも言うべきか、河川に面した港湾は貨物の荷さばきや保管を行う為の施設が整備されている。

隠れる場所に事欠かないが・・・・・・豪華なホテルの一室で安眠の一時が、今では窮屈な倉庫の片隅に座り込む事になるとは。


『――昔、御本で読んだ事があるわ』

『――予想がつくが暇だから聞いてやる。どういう内容だ?』

『うふふ、あのね――姫君に厚い信頼を寄せられる騎士が、大臣の陰謀によって国家反逆罪の罪を着せられてしまうの。
騎士は無罪を主張したんだけど、偽造された証拠で死罪に。賢明な国王さえも完璧に欺かれてしまう。
唯一人騎士の忠誠を信じる姫君が悩んだ末に、騎士を牢から解き放つの。ところが――』

『お姫様のその浅はかな考えも、大臣の手の内。先手を打たれてしまい、騎士は姫と一緒に逃げるしかなかったんだろ?』

『すごいすごい、キョウスケ! アリスと同じ気持ちだったのね! 嬉しいー!!』

『抱きつくな!? ありふれた内容じゃないか、こんなもの!』


 濡れ衣を着せられた主人公が法の手から懸命に逃れる――テレビやドラマの逃走劇を、この世界で演じる羽目になるとは。

屈辱と羞恥で雄叫びを上げたい気分だが、人目を逃れる為に忍耐で潜伏。

不遜な密航者も一時的でも見過ごされていたのだ、半日程度の潜伏は我慢すれば平気だった。

真夜中なら闇に隠れて、船に潜り込める可能性は高い――そう信じて、俺達は闇に沈んだ港へ躍り出る。


「結局、今日は朝から晩まで緊張の連続だったな・・・・・・
葵との冒険だけにして欲しいよ、こんな感覚は」


 化学実験でも似たような感覚は常に感じるが、心地良い痺れのようなものだ。

計算され尽くした実験であれ、計算通りの結果が出れば喜ばしい。

連続する未知の冒険を探究心で片付けたくはなかった。

常に先を考えて行動する事に苦痛はないが、人命がかかっている以上心に負担はある。

重い息を吐く俺の手を、小さく冷たい少女の手が包み込む。


「おにーちゃんには迷惑だったかもしれないけど・・・・・・アリスは楽しかったよ。
助けに来てくれた時すごくビックリして、危険な中飛び込んで来た事に怒って――手を差し伸べてくれて、嬉しくて。

お空の上に神様はいなかったけど――」


 真っ白な肌の美しき少女は疲労する俺を見上げて、


「――この世界には、キョウスケが居てくれたんだね」


 心から――嬉しそうに、微笑んだ。

一国の王女ではなく、年相応の少女の笑顔。

向けられた強い好意と信頼に、俺は小さな喜びと――


――大きな憤りを感じた。


俺は・・・・・・この世界の人間ではない。

無理やり連れて来られた哀れな被害者、そうでなければならない。

科学では説明出来ない要素を持った魔法――そんな力が存在する世界に、興味も意味も無い。

成すべき事など何もなく、俺はこの世界から早く立ち去りたい。


与えないでくれ、この世界に居る意味なんて。


「――あ・・・・・・」


 俺は繋がれていた少女の手を、振り解いた。

呆然とする姫君に背を向けて――それでも尚置き去りにはせず、暗く閉ざされた港湾を歩いていく。

科学者志望の学生と国を担う王の娘を繋ぐのは、古びた喫茶店で飲んだコーヒーのみ。それでいい。

運命の悪戯が生んだ一時を、テーブルを囲んでお茶しただけだ。

コーヒー代と俺の命を脅かした慰謝料、実の娘を狙ったツケを払わせる――その決意だけを胸に。

余計な感情は切り捨てて、俺は少女を連れて向かう。

拙くとも希望を乗せた、船へ――



「――お待ちしておりました、姫君」



 真夜中の港に係留された船舶――結晶船。

宝石以上の価値がある結晶石を動力源とした船の上に、無意味に存在を主張する人影。

暑苦しささえ感じさせる声なのに、不思議なほど安心させられてしまう。


「不甲斐ない男が従者で誠に失礼を。その男知恵は働くのですが、女性の扱いは不得手。
本心とは裏腹の行動を取ってしまう、愚かな男なのです」


 ――流石は、英雄気取りの大馬鹿野郎。

この機会を狙って、ただジッと延々待ち続けたに違いない。

あの場から急ぎ逃走した俺が取る次の行動先も、何時頃訪れるのかも全て読んで。

何の考えもなく、場当たり的な勘だけを働かせて――


「ですが、御安心下さい。この男と長年共に――友に・・した私が断言します。
たとえ差し伸べて下さった貴方の手を振り払っても、その心中は常に貴方を気遣っている。

不器用な男なのです、どうぞお許しを」


 ――友達がしでかした馬鹿な行為を、茶目っ気でフォローして。

俺の旅の同行者であり、同じ故郷を持つ戦友――皆瀬葵が堂々たる登場を見せた。

いつの間に船に乗り込んでいたのか、甲板から俺達に向かって器用に跪いている。

真夜中の船の上で畏まる奇妙な男に何を感じたのか、少女はクスクスと笑う。

本当に楽しそうに――心から安心したように。


「素敵な御友達をお持ちですのね、皆瀬葵様。大丈夫、私は気にしておりません。
彼は私を守って下さった、大切な騎士様ですから」


 振り払った手を、姫君は再度握り締める。強く、強く・・・・・・離さぬように。

何と言っていいのか分からずに、俺は少女を見下ろす。

せめて非難する目で見つめようとしたが――見つめ返す王女の瞳は気高く、信頼に満ちていた。

庶民の下らぬプライドなど意にかけず、自分の信じる人を選ぶ。


――叶わない、この女の子には。そして、この腐れ縁の男にも。


頑なになっていた――追い詰められて疲労していた身体が、軽くなっていく感じがした。

少女と青年の存在が不器用だと評する俺の心のメカニズムに、強い影響を及ぼしているのだろう。

夜とはいえ人の目があるかもしれないのに、俺は清々しく船に向かって叫んだ。


「言いたい放題言ってくれるじゃないか。お前も道連れにしてやるから覚悟しろよ」

「当然だ、我が友よ。我らは常に一心同体、覇道を突き進むのみ。
王女殿下御一行として諸国を渡り歩こうぞ」

「どれほどの問題をクリアーすれば、そこまで辿り着けるのか教えて欲しいもんだな」

「それを考えるのが、友の役目ではないか! 安心しろ、王女殿下の護衛は我らが引き受ける。
既に船長殿と話はついている。安心して、船に乗り込みたまえ」


 姫君の救出と護衛の為に結成された、王女殿下御一行――御伽話でしか実現不可能なチームの結成。

科学者より遥かに到達不可能な夢に、今宵葵は辿り着けたのだ。喜ばしいだろう。

本当に腹が立つ男だ、あいつは。


本来何の関係もないトラブルなのに、姫を助ける為に――俺を助ける為に、平気で飛び込んでくる。


俺個人では離すしかなかった姫君の手を、葵は力強く結んでくれた。

この世界に存在する意味を、葵が代わりに引き受けたのだ。

だったら、俺は安心して考えればいい。

元の世界へ帰る為の手段を――帰る為の道を塞ぐ首謀者達を、排除する方法を。

その結果アリスが助かり、葵は冒険者としての功を得る。

やれやれだが、仕方ないか。



「京介様〜〜〜! ふえ〜ん、本当に心配したんですよぉー!」

「――いい加減、契約破棄をするべきかもしれんな。この連中とは」

「大丈夫でしたか、天城さん」



 次々と声を投げかけてくれる、俺の仲間達――

突然の群集に目を白黒するお姫様を安心させるように、俺は握り返した。


今度は、離さなかった。
















































<第五章 その19に続く>






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