Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その4 身元






あどけない顔をして眠る少女――

世の中の悪意に染まっていない、純粋な寝顔を見せている。

――断言して言うが、俺が連れ込んでいない。

確かに老若男女問わず愛されそうな容姿を持つ女の子だが、明らかに子供である。

俺に幼女を愛でる趣味はない。

問題なのは、その誤認識されそうな状況に陥っている現状だ。


「京介様ぁー、晩御飯食べに行きましょうですぅー」


 気が弱いくせに、妙にしつこい奴である。

責めればあっさり泣くのだが、変なところで押しが強い妖精。

部屋の中で舌打ちしながら、俺は寝起きの頭で対策を練る。

無視し続けてもいいが、起こしに来る可能性がある。

鍵をかけなかったのは致命的なミスだった。

この身元不明の女の子が誰なのかは知らないが、入室経路は明らかにたった一つしかないドアだ。

最上階に近い窓からこんな小さな子が飛び込んで来たのなら、それこそお伽話である。

居留守を使おうかとも考えたが、図々しく無断で入室されたら終わりだ。

俺はそっと柔らかな布団で女の子に頭からかけて、覆い隠す。

用心深くそのままドアの前に移動し、小さな声でドアの向こうに語り掛けた。


「――キキョウか?」

「あ、京介様! おはよーございまーすぅー!!」

「声がでかい!?」


 殴り飛ばしたい衝動に駆られるが、奴は扉の向こうにいる。

実は内部の状況を知っていて嫌がらせしてるんじゃないだろうな・・・?

害虫駆除を真剣に考えながら、俺は密かな声を上げる。


「夕食は後で食べるから、先に行っててくれ」
「はぇっ? どうしてですかぁ、京介様。
一緒に食べましょうよぅー」


 ・・・今日に限っていやに積極的な気がするのは気のせいなのか、おい。

虫対策法案を検討しながら、俺は明確な反対の意思を告げる。


「お前と食べる飯はない」

「ひ、酷いですよ京介様ぁー!? 意地悪言わないで下さい」

「カスミや氷室さんが居るだろ。女同士三人で食べに行ってくれ」

「そ、そんなぁ・・・京介様を仲間外れには出来ませんよ!」


 俺本人が拒否してるんだから、別に苛めにはならないだろう!

気を使ってくれているのは分かるのだが、今はその気使いが痛い。

少女が騒がないか気を使いながら、俺はさっさと追い出す算段を練る。


「――今、起きたばかりなんだ。身支度くらい整えさせろ。
後で追いかけるから」

「ご、御免なさいですぅ・・・わたしが起こしてしまったんですねぇ。
あのあの、一階の白亜の間で御食事が用意されているそうなので――」

「分かった、着替えて行くよ。先に食べていてくれ」

「そ、そんな――待ってますからぁ!」


 ・・・こいつの義理固さは美点だが、現状では非常に困る。

善意そのものなので、心底厄介なのだ。

瞬間的に、もっともらしい理由を述べる。


「葵がまだ此処に来てないだろ。
あいつの並外れた行動力なら辿り着けるだろうから、一緒に食べるよ。
一人にするのは可哀想だ」


 普通に考えれば異郷で逸れれば大人でも迷子になるのだが、あいつは別。

氷室さんはどうかは分からないが、カスミは心配していないだろう。


「京介様――御優しいですぅ・・・」


 キキョウも葵が必ず来ると確信しているようだ。

本来はあいつなんぞ待つ必要はない。

そんなに神経の細い男ではない。

どうせ一人でも元気にモリモリ食べるだろうが、仲間思いのキキョウには効果があったようだ。

感動している気配がドア越しに伝わってくる。


「分かりましたぁ! カスミ様や巴様にもお伝えしておきますぅ!」

「ああ、頼んだ」

「はいですぅ! では、失礼しますぅー」


 ふぅ、ようやく立ち去ったか・・・

姿は見えないが声が遠ざかっていくのを確認して、俺は即鍵をかけた。

身内以外、誰が来ても居留守を使おう。

ある程度の時間はこれで稼げた。

これ以上身内に干渉される前に、あの女の子を何とか――



――赤紅。



白銀に光る髪とはアンバランスな紅の瞳が、俺を映し出している。

今の騒ぎで起きたのか、上半身を起こしてまっすぐに俺を見ていた。

重なり合う視線――

こんな小さな女の子に・・・圧倒されている?


「――フフ。おはよう、おにいちゃん」

 無邪気な声とは裏腹に、ゾクっとする程の妖艶な微笑みを浮かべる女の子。

人差し指で前髪に触れる仕草だけでも、俺は我知らず息を呑んでしまう。

少女は丁寧な物腰でベットから降りて、礼儀正しくスカートの端をつまんで頭を垂れる。


「許可無く入室した御無礼、心から御詫び致しますわ。
誠に申し訳ありません」


 先程とはまるで違う大人びた言葉遣い。

俺は返答も出来ずに、圧倒されたまま。


「アリス・ウォン・マリーネットと申します。
度重なる失礼を承知の上で、貴方の御名前を御伺いしたく思いますわ」

「う、あ、え――あ、天城 京介だけど・・・」

「アマギ キョウスケ。キョウスケ・・・うん、覚えた!

これからはキョウスケでいいよね、おにーちゃん」


 貴婦人のような礼儀の正しさが一瞬で崩れ、女の子――アリスに純真な笑顔が浮かぶ。

一瞬見惚れてしまい、頬が紅潮する。

――い、いかんいかん、翻弄されているぞ俺!

不釣合いな大人と子供の面を持つ妖精のような女の子だが、子供のような微笑みに俺の理性がやっと戻った。


「お、お前何処から入ってきた!?」

「ドアから。
他にどうやって入るのよ、もう・・・キョウスケったら、お馬鹿さん」

「そっか、あはは・・・俺ってば迂闊ーって、誰がそんな事聞いた!?
俺の部屋だぞ、此処! 勝手に入ってくるな!?」

「ノックしたよ? 
返事が無かったから、入っていいのかなって。えへ」

「お前は返事が無かったら、誰の部屋だろうと入るのか!
しかも何で、俺の隣で寝てるんだよ」

「うふふ、おにーちゃんって寝顔が可愛いね。
頬っぺた、ツンツンしちゃった」

「理由になってねぇぇぇっ!?」


 子供を相手に地団太を踏む俺。

翻弄されているのは偶然か、作為的か。

子供相手に真剣な態度を取る無意味さを思い知って、俺はドアを指差した。


「さっさと、親のところへ帰れ。
迷子なら一階に居る従業員に助けてもらえ」

「嫌」


 うわー、むかつく。

そっぽを向くアリスに、怒鳴りたい衝動を抑える。


「――おにーさんは疲れてるの、分かる? ゆっくり寝かせてくれ」

「寝てていいよ。オヤスミのキスしてあげる」

「何処で覚えたんだ、そんな台詞!?
とにかく、早く出て行ってくれ」


 子供相手にキレるな、俺。

頑張れ、俺。

追い出すように言うと、アリスは不満そうな顔をして睨む。

ふん、子供が怒っても怖くも何とも無い。

この部屋の主は俺、非は無いのだ。

子供の我侭に付き合う時間は――あるけど、俺は久しぶりの休暇を楽しみたいのだ。

形成不利なアリスは黙り込んでいたが・・・不意に表情が変わる。


「・・・じゃあお願い、一つだけ聞いてくれたら」

「お願い・・・?」

「うん、あのね――」


 アリスは両手をいっぱいに広げて――



「――私を、誘拐して欲しいの」



 ――これが、俺と無邪気な天使との劇的な出会いの始まりだった。
















































<第五章 その3に続く>






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