Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その3 火種






 死闘を演じた河の西岸に位置するホテル。

案内された部屋は暖色系の明るい雰囲気で、高級なインテリアが揃っている。

万年床のような堅いベットだった盗賊の村の宿とは違い、一室のベットはフカフカで気持ちいい。

バルコニーから見える風景は壮大で、雄大な河が圧倒的な感覚を宿して眼下に広がっていた。

カスミ・氷室さん・葵・俺に、虫一匹。

二人一部屋で宿を取り、俺達はこの高級ホテルで滞在する事となった。

王族や貴族が宿泊するホテルだけあって、見栄えも内装も豪華の一言。

カスミが太鼓判を押すだけだって、庶民にはまず縁の無い宿である。

チンピラはおろか、冒険者や傭兵でも場違いに思える高級感覚。

絨毯が敷かれた廊下は落ち着かないの一言だったが、部屋に通されて荷物を降ろすと安心した気分になる。

町長さんの家を出て、船の中。

揺れて落ち着かないのもあったが、何よりあの殺人魚のせいで精神的に窮屈だった。

戦闘終了後も警戒心は解けず、船が揺れる度に魚の幻に怯えてしまう。

航海が終わり、高価ではあるが安らぎの空間に居られるかと思うと、心から安堵出来る。

俺はバルコニーで思いっきり伸びをして、荷物を床へ捨ててベットの上で横になった。

同居人となる葵もおらず、久しぶりに一人を満喫出来る。


「馬鹿が居ないと、やっぱ落ち着くよな・・・」


 もう一人――否、もう一匹のうるさい奴は女性陣の部屋へ行っている。

負傷したカスミを医者へ連れて行く前に、キキョウが回復を施しているのだ。

召還術は最低だが、回復には定評がある。

ルーチャア村で起きた悲劇でも、あいつは大量の怪我人相手に懸命だった。

カスミの怪我にも大きく作用するだろう。

何より、このホテルでしばらく安静にしていればきっと回復も早いはずだ。

安心と安堵に満ちた心は、俺のやさぐれた精神を大いに安定させてくれる。


「――静かだな・・・」


 英雄気取りの腐れ縁も、正義気取りの寄生虫も居ない。

事件や諍いには無縁、やさしい風と静寂の時間を与えてくれる環境。

――素晴らしい。

今後の費用を考えれば泣きたくなるが、今だけはこの時間を堪能しよう。

平和とは、なんて素晴らしいのだろう・・・

祖国では当たり前過ぎて麻痺していたが、平穏の心地良さを満喫していた。

切羽詰った予定もなく、敵もいない。

これから何をしようが自由で、何もしなくても大いに問題ない。

笑みが広がっていくのを自覚するが、止められない。

いいのだ、今は何をしたって。

――少しずつ瞼が重くなってくる。

大学帰りに突如の召還、非常な現実と一縷の希望。

依頼達成の為の盗賊との戦いに、異常気象との睨み合い。

正体不明の敵との邂逅と、船上での死闘。

落ち着く暇が全く無い日々が続き、俺も疲れ果てていた。

俺は真実を追い求める、平和を愛する科学者なのだ。

冒険なんてものに振り回されるだけの毎日なんて、御免だ。

目の前の現実からは逃げられないが、今だけは足を止めてもいいだろう。


「・・・・・・眠・・・ぃ・・・」


 抵抗する意味も無い。

俺は痺れるような睡眠欲に従って、疲労から開放されるべく目を閉じた。

夢も見ない眠りに――
















 淡いオレンジ色の光に、瞼の奥が揺さぶられる。

微妙なだるさと清々しい気分――相反する身体の反応により、俺は眠りから覚めた。

部屋は一人のまま。

バルコニーから差し込む日の光は茜色を帯びており、夕方である事を教えてくれる。

俺は頭を軽く振って、上半身を起こした。

ベットの上に転がったまま熟睡してしまったが、不快感は無い。

むしろ快眠出来た事と適温の部屋が良い目覚めをもたらしてくれて、気分は本当にいい。

久しぶりにゆっくり眠れた気がした。

葵との同室は別に気遣いはしないのだが、他人が居るのと居ないのではやはり違う。

珍しくキキョウにも起こされなかったが、気でも使ってくれたのだろうか?

何にせよ、気持ち良かったのは確かだ。

町の探索や装備品の買い物、案内所や協会への訪問。

この街で行うべき事は多々あるが、今日はもうやめておこう。

まず荷物を整理して、着替えとかをせめてきちんとするか。

隣の少女を起こさないように、俺は静かにベットから降りて、床に放置したままの荷物を取――


――。


――・・・。


――少女・・



「うおわぁっ!?」


 寝てる、超寝てる!?

びっくり仰天する俺を思いっきり差し置いて、俺のベットの上で女の子が寝ていた。

明らかにまだ子供な未発達の身体を横たえて、穏やかな眠りについている。

――全く、これっぽちも、知らない少女である。

思わず、天井を見上げる。

この状況は一体なんだろう・・・?

一応外に出て部屋番号を確認するが、俺の部屋なのは間違いない。

寝ている間に移動させられた事実は無いらしい。

普通ありえないのだが、この世界にそんな常識は通じない。

盗賊だの、長雨だの、殺人魚だの、訳分からんのが跋扈する世の中だ。

寝ている科学者を別の部屋に運んだりとかする事だってあるかもしれない。

幸いというべきか、それはなかったようだが――とにかく、意味が分からない。

この娘は、誰?

俺はもう一度、少女を見る。

まだ十代前半とも言えるあどけなさ。

ベットの横の台に置かれた黒い帽子。

その黒さに対比するような白銀の短い髪が、少女の横顔に覆い被さっている。

すやすやと熟睡するその寝顔は、天使のように愛らしい。

着ている服もキュートで、黒ベルベットの袖口とウエストのギャザーが特徴的な品のある服装だった。

・・・何で俺の部屋に、しかも俺のベットで寝ているんだ?

鍵を閉めた覚えは無い。

警戒心は不足していたのは確かだ、認めよう。

だがそれはこのホテルを、この平和を信用してたからだ。

葵さえいなければ何も起こらないのだと、信じてたから!


――葵?


そうか、あの馬鹿の仕業か!

おのれー、このような意味不明な仕打ちに出やがって。

・・・やけに追いかけてくるのが早いじゃないか。

平和を長く満喫する為に港で放置したというのに、このホテルの場所をどうやって突き止めたんだ。

俺が寝ている間に、キキョウが探しにでも出かけたのだろうか?

葵の事だから、友の居る場所は百万光年先でも察知出来る! とか言いそうだが。

何にせよ、この状況をどうにかせねばならない。


「・・・どうしよう。とにかく、起こすしかないか」


 あまりに気持ち良さそうに寝ているので、逆に申し訳ない気分になるが仕方ない。

試しに揺すってみる。


「・・・」


 反応なし。

もう一度、揺すってみる。


「・・・ん・・・」


 悩ましげな息を吐いただけで、起きる気配なし。

ぐぅ、さすがは俺の腐れ縁。

葵本人が寝ていれば容赦なく蹴飛ばすのだが、女の子相手では乱暴な手段に出れない。

巧みな心理トラップに恐れを抱いた。


――本当真面目な話、この娘誰なんだ?


迷子の子供を葵が見つけて――という線もあるが、部屋へ連れ込むのはやりすぎだ。

あいつがろりぃな罪で親に訴えられてもかまわんが、俺やカスミ達が巻き込まれたらたまらん。

だが、葵じゃないとすると――


コンコンッ


 ビクゥッ!?


「京介様ぁー、夕食に行きませんかぁ!」


 最低のタイミングで来やがった!?

やっぱりあいつは俺の天敵だと認識しながら、気が狂いそうな現状にバタバタした。

無論言うまでも無いが――


――平和は、この時点で終わった。
















































<第五章 その3に続く>






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