Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その2 装備






 港町セージでの熱烈な大歓迎より逃れた俺達。

カスミの案内で港から町へと繰り出し、まず拠点となる宿を探しにいく。

盗賊に襲われていた村では借り宿、長雨の町では町長さんの家で滞在していたので、金銭が必要な宿は久しぶりだった。

向こうの世界では研究と学業の毎日で、旅行は葵に駆り出される時のみ。

こんな長期旅行をする羽目になるとは、夢にも思っていなかった。

期間が未定なのはうんざりするが、考えても欝になるだけなので止めておく。

カスミと出会った村の宿は冒険者や傭兵達が間借りしていた建物で、非常に雑だった。

回りくどく言えば家庭的、ストレートに言えばただ汚いだけだ。

とはいえ簡易的な部屋ながらも、それなりに気に入っていたのは事実ではある。

積まれた研究材料の中で育った環境としては、華やかな宿には馴染みが薄かった。

セージでの滞在期間はまだきちんと決めていないが、しばらくは腰を落ち着ける必要があった。

この旅のこれからの進路と、旅先に関わる情報収集。

いい加減出会い頭の事件の関わりは御免蒙りたいので、安全な道筋を選びたい。

葵は不満に思うだろうが、俺達一行には氷室さんが居るんだ。

モンスターや盗賊が出現するような場所には、極力立ち寄らない方がいい。

俺達は冒険者や傭兵ではない。

戦いが必要ならば、戦闘経験豊富な人材に任せればいいのだ。

俺達はあくまで平和な旅人で居るべき。

今後の旅は慎重に、きちんとした道筋を見据えて王都へ進んでいく。

そういった意味で、この規模の大きな観光町は情報集めにもってこいだった。

町から町へ行き交う人達に話を聞くことができ、新鮮な話を耳に出来る。

それに案内所と、協会。

俺達がこの町に辿り着いたら、足を運ぶと決めていた場所。

冒険者の憩いの場であり、仕事の依頼や魔物情報を大陸規模で統括している案内所。

使用が難しく、危険でもある術と術者を支援・管理する協会。

鮮度の高い情報は、ネットワークが整備されていないこの世界には貴重な糧となる。

それに流通が広いという意味で、長期旅行に必要な日常品が安く豊富に購入出来る可能性が生まれる。

何しろ俺や葵もそうだが、氷室さんは殆ど手ぶらで強引に召還された身。

長雨の町である程度は揃えたが、あの町は港が閉鎖されていてろくな買い物が出来なかった。

この大きな町でなら日常用品や着替えを買う事が出来る。

葵なんて武器屋へは必ず行くのだと張り切っている。

あの馬鹿の事だから、映画やゲームで出てくるような剣や斧を装備する自分に酔っているに違いない。

そんな危険極まりない武器を持たせる事は、何とかに刃物になってしまう。

まあ旅する上で多少の護身武器が必要なのは認めるが、十分に監視する必要がある。

カスミも装備一式を揃えると言っていたし、俺も道具は揃えたかった。

もっとも、その前にカスミの怪我の治療が必要ではある。

あの船上での激戦で、俺を庇って重傷を負ったカスミ。

何でもない顔を今はしているが、まだその痛手は残っている。

腕の良い船医さんだったので治癒効果は早いが、万全とは言い難い。

決めた宿では少しゆっくりしていてもらおう。

――大人しくしているとも思えないので、雇い主の義務として俺が説得する必要があるが。

むう・・・そう考えると、今持っているお金だけでは足りないな。

長期滞在の宿賃に怪我の治療費、旅行準備費用に装備一式の資金。

今後の旅にだって路銀が必要となる。

盗賊に長雨、船上での戦いで得た報酬では到底足りない。

第一、キラーフィッシュの討伐はボランティアに近いし。

どんな世界でも、生きていく上に必要なのは金なんだな。


「どうしましたぁ、京介様? 顔色が悪いですよぉー」

「・・・妖精になりたい」

「えええええっ!?」


 目を丸くするお気楽な虫に、初めて羨望を持った自分が居た。
















 ――ホテルだ・・・

俺達の世界にある十階・二十階が基準では勿論無く、あくまで外観を見ての印象である。

欧州風のおしゃれな感覚のある宿。

港や中央市場からやや離れているが、敷地が広くて五階建て。

リラックスを第一に考えて設計されたデザインで、粗暴な客を退かせる綺麗な建物だった。

自分でも自覚出来るほど、アホ面を晒して俺はカスミが案内した宿を見上げる。

俺の想像を斜め上に超えてくれたこのお宿様に恐怖を示すように。


「――カ、カスミ。何もこんな贅沢な宿に・・・」

「男共だけなら安い酒保で十分だが、ああいった宿は共同部屋か雑魚寝だ。
それに、客を問わない。
どのような素性の人間が泊まっているか、知れたものではないぞ」

「う――こ、個人部屋のある宿なら、多少汚くても・・・」

「巴の容姿は人目を惹く。
この町は治安は良いが、冒険者や傭兵への干渉は薄い。
娼婦に間違えられる事は無いだろうが、粗野な人間を巴では相手に出来まい」


 静かに成り行きを見守っている氷室さんを見る。

容姿端麗、スタイル抜群。

物静かな性格で、気品のある雰囲気をかもし出している。

一般人と見られることはまず無い。

酔っ払いやチンピラの類の居る宿では、目をつけられるかもしれない。

男なんていう生き物は、どいつもこいつも欲望に煮え滾っているからな。

それにしても、こいつらしいと言うか、何というか・・・

ここまで力説するところを見ると、こいつも同じような目にあったのだろう。

氷室さんとはタイプこそ違いが、カスミも美人だ。

冒険者という荒い生業に身をおいているが、内面の輝きは外側から抑えるのに限界がある。

冷静沈着で愛想は無いが、カスミの容貌はびっくりするほどに整っている。

自身の強さで身を守ってきたのだろうが、今の話に自分を考慮していないのが少し苦笑いを誘う。


「その点、この宿なら安全だ。
商人や貴族――国賓や王族も利用した実績もある。
見かけのみならず、内装にも気を配っている。
この町で一番と断言してもいい」


 ――そして、この町で一番高い宿なんだろ?

宿賃を聞こうとして――俺は気づいた。

このホテルを推薦する理由。

ぎこちなく笑っているが――


――カスミの顔色が優れない。


怪我がまだ、治っていない。

治っていないのだ――

そんな身体で万が一安宿に泊まり、氷室さんに危害を加える輩が出れば・・・?

カスミ本人がターゲットにされたら?

この身体で――対処出来るだろうか?

カスミは護衛者として・・・一人の女性として危惧している。

休息は絶対に必要だ。

だが一刻も早い回復を望むなら、安静に休める環境が必要なのだ。

表立って主張しないところに、無意識での不安があるのだろう。

俺は、唇をかみ締めた。

本当に馬鹿だ。

そういう気遣いは、何より俺がしなければならないというのに。


「――分かった、この宿で泊まろう」


 そして――

めでたくこの町で金稼ぎが必要となりましたとさ、シクシク。

















































<第五章 その3に続く>






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