Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その5 誘拐






 まず、確認をする。

扉の開閉、ベット裏並びに下、家具の内部。

窓からベランダへ、ベランダから階下を見渡して調べる。

油断は出来ない。

再度同じ場所を確認後、別室へ移動し念入りに調査する。


「・・・」


 純真無垢な少女の視線を赤裸々に感じつつ、俺は外へ出る。

通路の手前から奥、自室の左右の部屋の所在をチェック。

人の出入りは無いか、従業員の気配は無いかを調べて元の部屋へ。

ひとまずは、安心していいようだ。


――皆瀬 葵、奴は居ない。


甘く見てはいけない。

俺が少しでも油断すれば、あの男は災厄を引き連れてやってくる。

笑って、俺を不幸のどん底へ叩き落すのだ。

警戒するに越した事は無いが、奴は本当に居ない。

俺は念の為ドアを施錠して、元の位置へ戻った。

引き攣る頬を押さえて、俺は――確認する。


「・・・誘拐?」

「うん! 誘拐して欲しいの」


 ――ニコニコ笑っている女の子。

邪気の無い仕草で腰を下ろし、砂糖菓子のような甘い微笑みを浮かべている。

これほどの気品と容貌を兼ね備えている少女は、芸能人でも見た事は無い。

間違いなく、本物の"御嬢様"だった。

年齢差は格段にあると言うのに、俺の心臓の鼓動は高鳴るばかり。

見惚れて、ではない。

この御姫様から飛び出た"御願い”に、だ。


「えーと・・・誘拐って言うのは、アレだ。
偽計・甘言、もしくは暴行脅迫によって連れ去る行為を言うんだよな」

「わあ、おにーちゃん博識。かっこいー」


 馬鹿にしているように聞こえるが、瞳の輝きは本物だった。

目を輝かせて、当たり前の知識をひけらかす俺を尊敬している。

こういう所は年相応なのだが、頼み事が年齢を裏切り続けている。


「――君を誘拐してくれと、赤の他人の俺に頼んでいるんだよな?」

「初めてなの。・・・だから、優しくしてね。アナタ」

「意味ありげな発言はやめなさい!」


 いかん、子供を相手に怒鳴ってどうする。

キキョウや葵など、常日頃アホ発言を繰り返す連中が居るお陰で脊髄反射で口を出してしまう。

寝起きに不法侵入、とんでも発言の繰り返しで自分でも混乱しているようだ。

落ち着こう。

真実を探求する科学者に必要なのは、知識を模索する冷静な思考だ。


「待て、待ってくれ・・・
本当に、今自分が言ったことの意味がわかってる?」

「勿論! キョウスケがわたしを攫ってイケない事をするの」

「シナリオが増えてる!? いやいや、そうじゃなく!
そもそも、君は誰なんだ?」

「アリス・ウォン・マリーネットよ。君って呼ばないでほしいなー。
もう、他人じゃないのに」

「思いっきり他人じゃないか!? 
今日会ったばかり、そして永遠にさようならする他人だ」

「えっー!? おに―ちゃんが死んじゃう!?」

「死しか二人を分けられないのかよ!?
しかも、何気に死ぬのが俺になってるし」


 ――く、話題が少しずつずれてる。

俺は内心で舌を巻いた。

知ってか知らないでか、会話が誘導されている。

俺の性格を初見で熟知して、自分のペースに持ち込んでいるようだ。

見た所清廉可憐な女の子にしか見えないのだが・・・


「――分かった。君の――アリスの正体は聞かない。
今なら、俺も見逃してやる。
この部屋から出て行ってくれ」

「? どうして?」


 心底不思議そうに聞く女の子。

俺がどうしてと聞きたい。


「お父さんとお母さんの居る所へ戻りなさい。
このホテルに泊まってるんだろ?」


 子供が気軽に遊びに来れるホテルじゃない。

入り口にはフロントがあり、始終警備員と係員が待機している。

手続きをしない限り、ホテルの中を歩き回れない。

宿泊費の高さは、安全度の高さ。

お客の信頼を守る事が、ホテルを成り立たせる前提でもある。

まして、この娘は俺の部屋に無断で入っている。

鍵をかけなかった俺の不手際だが、此処まで来るのに従業員の目にとまらない筈は無い。

このホテルの何処かに、アリスの保護者が居る。

少しキツく言うと、アリスは途端に沈んだ顔をする。


「――居ないよ・・・お父さんもお母さんも・・・」

「え・・・そ、それは――」


 ――もしかして、触れてはいけない部分だったか?

俺や葵と同じく、親の居ない家庭だろうか。

だとすれば、配慮の欠いた発言だったかも――


「だって、キョウスケがわたしを誘拐するんだから」


 ――オッケー、犯罪者に遠慮は無用。


生憎、俺は博愛主義者ではない。

子供は嫌いではないが、好きでもない。

漸く訪れた平和なひと時を破れてたまるものか。

俺はギリギリ自制心を発動させて、少女に笑みを浮かべる。


「駄目だって言ってるでしょう?
お兄ちゃんが怒らないうちに、早く部屋から出て行きなさい」


 対する無邪気な天使の回答は、


「べー」


 可愛らしい舌だった。

・・・。

俺は無言で立ち上がり、ベット横の台へ向かう。

台の上には小型ビジョン。

一階のフロントへ連絡出来るシステムになっている。

ルームサービスやホテルの案内も、このビジョンで頼める。

――そして、警備員の呼び出しも。

横目で少女を睨むが、分かっているのかいないのか、少女は笑みを深めるだけ。

俺は問答無用でカウンターへ繋いだ。


『フロントです。如何なされましたか、御客様』


 呼び出しに一回もかからない。

温和な声のホテルマンが、俺に丁寧な対応をする。

プライバシーの保護の為か、通常のビジョンとは違って音声のみだった。

俺は咳払いをして、


「703号室の者だけど、此処に――」


「助けて―!!」


 甲高い声に、凍りつく俺。

それが敗因だった。

横から来た小さな手のひらがビジョンを奪い、大きな声で叫んだ。

「助けてーー! わたし、攫われたの!」

「こ、こら――お!?」

「無理やり部屋に連れ込まれて、押し倒されたの!
服を引き千切られて、裸にされて・・・きゃー! いやー!?
も、もうやめてー!!」



 カチッ



 超意味深に、ビジョンを切る。

唖然呆然とする俺に、アリスは上目遣いに見つめて、


「どうするの、キョウスケ?」


 ――うわああああああっ。


どうやら、とんだバカンスになりそうだった。
















































<第五章 その3に続く>






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