Ground over 第四章 インペリアル・ラース その18 狩猟







 連打して押し寄せる衝撃に、舌を噛みそうになる。

急激な衝突の連続に船は傾き、船員や船長達が必死で舵取りをしている。

このままでは船底が破壊されるか、船は転覆するかのどちらかだろう。

船が沈んでしまえば、水中で八つ裂きにされるのは目に見えている。

圧倒的に不利なこの戦況。

今から、覆してみせる。


「――作戦開始!」


 号令を上げて、合図を送る。

俺が今回出来るのは作戦という名の船の舵を取るだけ。

進路を見据え、船に乗る人達が誰一人無事に航海出来るように。

心の奥底から沸き上げる感情の波を必死で抑える。

程なくして、力強い男の詠唱が耳に伝わってきた。


"――俊敏なる流れに我を乗せ 大空の彼方へ舞い上がらん――"


 大声を上げている訳でもないのに、その力強き声ははっきりと届く。

やや納得はいかないが、術を発動させるこの詠唱にはそれだけの神秘が眠っているのだろう。

竜族の誉れ高き存在。

己が絶対的価値を持つ力を具現化する。


『アレル・ストリ−ム!』


 今ここに、大空の息吹が舞い降りる。















 キラーフィッシュ。

暴虐なるその力は船上の俺達を恐怖に陥れ、カスミに深手を負わせた。

水の世界では圧倒的な存在感を誇る魚類。

そう――水の世界で、ならば。

デッキから派手に身を乗り出して、河の様子を確認する。

我ながら悠々と余裕で確認。

甲板から顔を出しても、襲撃される可能性はゼロだ。

水面近くを右往左往している巨大な魚影。

標的を見失って、水面下でシタバタしているのは痛快だった。

奴等もまさか夢にも思わないだろう。


船が――宙に浮かんでいるとは。


「さすが京介様です! 風の術で船を飛ばすなんて」

「本当に出来るかどうかはちょっと不安だったけどな」


 空飛ぶ船。

フェイトの強大な魔力と使用出来る属性が適合して、初めて為せる術である。

術の説明とフェイトの実力を口頭で確認し、思い切って戦略を組み立てた。

大勢の乗客を抱える船を風だけで浮かべられるか大いに不安だったが、出来る手立ては他になかった。

キキョウとフェイトに説明をして解説を求めたが、二人とも本当に驚いていた。

無茶ですよぉーと半泣きになるキキョウに、俺様に出来ない事はないとフェイトが強硬。

正直意地を張っているだけかと不安になったのだが、こうして目の当たりにしてあの男の実力を思い知った。


「京介様は本当に素晴らしい御方ですぅ。感動ですよぉー」


 余程興奮したのか、観測の任務を放棄してまでこっちへやって来た空飛ぶ虫。

俺にしてみれば、飛空する船よりお前の存在の方が摩訶不思議だ。

俺は首を振る。


「何を大げさな。まだ作戦は終わってない。
それにこの世界はどうか知らないけど、俺の世界での視点から言えば飛空なんて大した発想でもない」


 人が宇宙へ気軽に行ける可能性を持つ世界だ。

船を空へ飛ばすなんて、ゲーム好きの子供でも考えつく。

キキョウも同じく首を振った。


「御自分で御考えになって、きちんと実行されるところが素敵なんですよぉー。
誰だって出来る事では決してないはずですぅ」


 懸命に弁解して必死に俺を誉めるキキョウに、ほんの少し気持ちが和らぐ。

水面より数メートル以上離し、中空に停止している船。

前もって船長や船員に説明したのは、お客さんが混乱しないように。

作戦実行者の俺だって驚いているのだ、事情を知らない側からすればパニックの材料には十分すぎる。

俺は息を吐いた。

作戦の第一段階はこれで成功。

船の危機はひとまず去った――訳ではない。

確かにこのまま宙に浮かんでいれば、攻撃はされない。

風の術を制御すれば船を進める事だって出来る。

だが、陸まで辿り着けない。

フェイトの持つ竜族の力でも、一隻丸々抱えて向こう側まで空を走らせるのは無茶だ。

制御し続けるのだって限界はある。

今は空を飛んでいるので何とかなっているが、制御に必要なエナジーをいつまでも供給できない。

俺のバイクと同じく、ガソリンが切れれば終わりだ。

ものの見事に着水して攻撃再開、船は鎮圧されて終わりになる。

そう――この作戦はあくまで、敵の殲滅がメインなのだ。


「俺の事はいいから、あっちの準備は?」

「あ、そうでしたそうでした! 完璧ですぅー」


 連絡は既に聞いていたのか、慌ててコクコク頷くキキョウ。

愛らしさが溢れる笑顔を浮かべているが、ちょっと困った表情を隠しているのが分かる。

俺は内心嘆息して、現場へ向かった。















 第二作戦ははっきり言って準備は非常に楽だった。

必要なのは以下の通り。

錨。

丈夫な縄。

そして――餌。


「よーし、キラーフィッシュを誘き寄せるぞ」

「ちょっと待ってくれ、友よ」


 準備を全て整えてくれた力自慢の船員達に指揮を飛ばす俺に、背後から水を差す声が。

俺は表情を取り繕って、其れに視線を向ける。

浮かぶ船より下ろされた錨は、水面と浮遊する船の中間地点にぶら下がっている。

錆びの目立つ錨には荒縄がグルグル巻きにされている。

縛り付けているのは当然――


「今更ながらこんな事を言う我輩もどうかと思うのだが」

「うん」

「――これはひょっとすると"釣り"ではないのか?」


 その通り。

キラーフィッシュを倒すには、どうあれ一度水中から引き出さなければいけない。

フェイトの使用可能な術は風と炎。

水面下の敵には相性が悪く、甲板に誘い込めば船まで犠牲になる。

そこで考えたのが、この戦略。

船を中空へ浮かべ、適度な高度へ敵を引きずり出し、撃墜する。

キラーフィッシュのジャンプ力は既に計算済み。

錨に美味しそうな餌をぶら下げて、敵が水中から飛び出した瞬間――灼熱の炎で焼き尽くす。

"釣り"の概念上そのまま錨ごと串刺しにしてもいいが、その場合逃げられる可能性がある。

普通の釣りにしても、釣り針ごと銜えられたまま逃げられるパターンがあるのだ。

一度でも逃がせば、この罠には決してかからないだろう。

ゆえに何としても必殺で挑む。

肯定してやると、錨に縛り付けられたままの葵がこちらを見上げる。


「つまり、我輩は餌なのだな」

「そうだ、名誉ある仕事だぞ葵。お前にしか、出来ない、役割だ」

「何と――! 
やはり友は我輩の存在の重要性を理解してくれているのだな」

「勿論だ」


 お前ほど頑丈で、理解不能で、死にそうにない人材はいない。 

キラーフィッシュに齧られても痛いの一言ですむだろう。

俺が断言してやる。

胸の奥でそっと呟きつつ、快活な笑顔を向けてやる。

葵も納得した様子だが、ふと思い立ったかのように言う。


「友よ」

「なんだ」

「友の作戦ではキラーフィッシュが飛び出した所を、術で撃退するのだな」

「説明しただろ、さっき。
安心しろよ、お前に飛びかかるその瞬間を狙って倒す。
本気で餌にするつもりはない」


 それでもリスクは消えないけどな。
葵は重々しく頷く。


「うむ、船が間近にある状況で魔法を撃てば被害をこうむる。仕方なかろう。
しかしそうなると――」


 ? 何だ一体・・・

葵ははっきりと、それでいて不思議そうに聞いてくる。


「――間近に居る我輩は、大丈夫なのか?」

「・・・・・・」


 一同、無言。

船員達もはっとした顔をして、俺に解答を求める目を向ける。

そ、そういえば・・・・・・撃墜する瞬間、傍に居る葵も炎に・・・・・・

脳を必死に回転させて、俺は上擦った声を上げる。


「だ、大丈夫だ葵!
魔法が炸裂する時、お前を引っ張り上げるから!」

「なるほど。きちんと考えがあったのだな、友よ!」

「あ、当たり前だろう! あははははは・・・・・・」


 そんな話聞いてない、という顔を一様に向ける船員達。

頑張れ、頑張るんだ船の男達!

タイミングが異常に難しいが、術発動後の刹那に引っ張ってもらうしか道はない。

葵だから多分平気だ、うん。

標的が消えて混乱している奴の上に、錨の葵をぶら下げる。

獲物を挑発するのは、釣りの基本。

俺達は慎重に見極めて、針にかかるのを待つしかない。

上空から様子を見守るキキョウが、その瞬間をフェイトに伝えて術を発動させる。

チームワークが拙い俺達には辛い作戦だが、失敗は許されない。

フェイトに何もかもを任せるのは不満ではあるが、無力な俺に出来るのは信じるだけ。

信頼という無垢なる我侭をかざすのみだ。

自分を必死に説得しながら待つこと数分。



ザバァッ!!



突出する魚影。


今だっっ――!!!


『ジェノサイド・ブレス!』


 凶悪な破壊の炎が、水色に光る水面の上に赤い花を咲かせる。

勇敢なる――餌を巻き込んで。

 

















































<その18に続く>






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