Ground over 第四章 インペリアル・ラース その19 完了







気高き龍の息吹。

圧倒的な火力を有した灼熱の火炎が、焼き払ってしまった。

重油類で煽られる火とは価値が違う。

魔法と言う名の炎は存在に尊厳を持ち、見る者の胸を奮わせる。

戦場に立つ俺の頬に届く熱さは、痺れが走る程の心地良さを感じさせた。

フェイトが放った術。

俺の戦略に釣られた河の暴君は、垣間見せた姿を最後に消滅した。

炭も残さず、皮も骨も飲み込まれて焼失。


今此処に、壮絶な戦いは幕を閉じた。


「・・・はは・・・やった、か」


 炎は消える。

束の間の存在感を見せつけて、役目を終えた術は空気に溶ける。

滞空する船は平穏を取り戻し、健やかな風に揺れていた。

途端、俺は仰け反って甲板に倒れた。


「だらしのない奴だ」

「・・・・・・気が抜けたんだよ」


 戦いの終わりを誰よりも早く察して、今回の功労者がやって来る。

倒れた俺を見下ろすその顔に、得意満面の笑顔が浮かんでいた。

「ふふん、見たか愚民。
俺様の、高貴かつ偉大なる術の素晴らしさを! がははははははは!!」

「前から言おうと思ってたんだけど・・・・・・愚民って言う表現はちょっと変だぞ」

「やかましい、放っておけ!」


 この男がいなければ勝利はあり得なかったが、誉めるとトコトン頭に乗りそうなので。

とにかく、これで今度こそ脅威は去った。

周囲全面に嵐の気配も無く、水中に敵影も無い。

順風だった航海はめちゃくちゃになったが、最悪の結末は避けられた。

安堵する俺を、フェイトは何故か忌々しげに見ている。

ん?


「――ふん。あくまで、この栄光は俺様一人のものだ。
貴様の戦略は――そこそこではあったが」

「・・・・・・?」

「何でもない、ボロ雑巾のように寝ておれ」


 舌打ちして、フェイトは顔を背けて船内へ入っていく。

何だ? 何が言いたかったんだ?

余計な口出しはしなくても勝っていたとでも言いたかったのだろうか。

相変わらず、あいつの言う事は分からん。

葵に似た理解不能な思考の持ち主だ。

これ以上増殖されても困るので、この船から下りたら、とっととお別れしよう。



――ありがとう、な。



 ほんと、葵に似ている。

正面から感謝の意を示すのが、難しい。

素直に言っても鼻で笑われるだけだ。


「・・・大丈夫ですか、天城さん」


 天頂からの日光を遮って、氷室さんの美貌が俺の心を再度奮わせる。

最近気付いたのだが、氷室さんは感情を滅多に表に出さない。


その深き心は――その透明な瞳に浮かんでいる。


負傷の身を押して戦った俺を、心から案ずる視線。

上っ面の気持ちより、言葉無きその心が何よりも嬉しい。


「うん・・・・・・氷室さんもお疲れ様」

「・・・何も、していません」

「ううん、氷室さんはちゃんと手伝ってくれた。
俺に出来ない事を、やってくれたんだ」


 戦場における役割は確かになかったかもしれない。

だが、懸念していた船内の混乱や暴走を必死に食い止めてくれた。

船員達の手伝いでしかないかもしれないが、その意味は十分あった。

氷室さんは、その存在だけで人の心を潤す。

その清廉な心で、人の安息を促せられる。

俺の贔屓目かもしれないが、それでいいと思う。

大層な役割を担えないから、役立たずだと断ずるのでは仲間なんて口が裂けても言えない。

出来る事を、懸命にやればいいんだ。


「――俺だって、殆ど何も出来なかった。
指示を出しただけですよ」

「・・・違います」


 綺麗な黒髪が、さらさらと揺れる。


「天城さんは、御役目を果たしました。御立派です」


 ――目の、錯覚だろうか?

俺を覗き込む影に隠れた氷室さんの顔に――笑顔が浮かんでいるように見えるのは。

綺麗な微笑み。

疲れも怪我の痛みも瞬時に癒す、女神の祝福。

瞬きすれば消えてしまいそうな奇跡に、俺は微笑み返す。

誰よりも、氷室さんに認められたのが嬉しかった。


「・・・」

「・・・」

「京介様、京介様ぁ!」


 ・・・・・・。


氷室さんの頭上から滑空する声が、霞のような和やかな空気を破壊した。

一応念のため氷室さんを見つめるが、もうあの微笑みは消えている。

お前――空気、読め。

今度から貴様をお邪魔虫と呼んでやる。

俺は憎々しげに、慌てて飛んでくるお邪魔虫を睨む。


「何だよ。つまらん用事だったら、ただじゃおかないぞ」

「うわーん、恐い顔ですぅー。
あのあの・・・」


 お邪魔虫は的確にして、大胆な指摘をした。





「葵様は御無事なんですかぁ?」





 ――あ。









 こうして、戦いは終わった。

一時はどうなるかと思ったが、敵はその後現れなかった。

風の術を解除して、船は着水。

壊れた個所を船員が修復し、船は新しい街へと向かう。


今回の一件で痛感したこと。


英雄気取りのあの馬鹿は、火葬ではあの世へ旅立てないようだ。

 

















































<その19に続く>






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