Ground over 第四章 インペリアル・ラース その17 推進







 葵に比べれば、俺は常識人だと思っている。
普通に庶民として暮らし、将来は優秀な科学者として成果を出す。

そんな俺から生まれた発想に、何故か船長は口をあんぐり開ける。


「・・・・・・ほ、本気で言ってやがるのか?」

「俺の仲間――じゃないですが、一人術者がいます。
そいつの事は後で釈明しますけど、そいつに聞くと可能ではあると」


 操舵室で、俺は船長を説得しに来ている。

俺が立てた戦略。

提唱したのは俺であり、指揮を取るのも俺だ。

けれど、今回は最初から最後まで他人に頼りっきりになる。

不可能・可能かははっきり言って、他人任せなので分からない。

実行しなければ船は沈む。

危険度が低く、現状の危機を乗り越えられるのはこの戦略しかないと俺は判断した。

船と船員、大勢のお客さんの命がかかっている作戦。

船の主に最初に許可を取るのは当然。

船長は多分初めて見る顔だが――船長らしい責任感ある顔をする。


「難しい事たぁおいらには分からねえが・・・・・・マジでそんなのが出来るのか?」

「はい、突破口はこれしかありません。
船長――許可を下さい」


 俺は頭を下げる。

この船を救いたい――のではない。

船内に居る人達の命を、俺達を守ろうとしてくれた、あの勇気ある女剣士に報いてやりたい。

彼女の取った行動を無駄にはしたくない。

命懸けで俺を守ってくれたんだ、必ず応えなければならない。


「んー・・・・・・」


 船長は難しい顔をして腕を組む。

当たり前だ、俺が頼んでいるのはこの船の操縦権。

敵を倒すまでの間、俺達に船を任せてほしい。

その間何が起ころうとも――

作戦の内容は説明した上での頼み。

何の権限も無い、一般の客の立場を遥かに超えた願いだ。

無茶苦茶なのは承知している。

しかし、今はそんな事を言っていられる状況じゃない。

このまま手をこまねいていては、船が沈んで沢山の犠牲者を出してしまう。

しばしの沈黙。

目を瞑って必死で頭を垂れる俺に、船長は静かに言い放った。


「・・・・・・確かに、このまま黙って見ている訳にもいかねえ・・・・・・
分かった。あんたらに任せてみようじゃねえか!」

「ほ、本当ですか!? すいません、有難う御座います!」

「いいってことよ。
元々、あんたらばっかりに押し付けちまったおいらにも責任はある。
あんたの作戦とやらに――この船の命、預けてみようじゃねえの」


 ――嬉しかった。

自分の作戦を行える、からではない。

たまたま乗り合わせただけの俺達に、大切な船と乗員の安全を預けてくれる。

責任重大だが、それでも本当にありがたかった。


「ただ、おいらもじっと素直に待てる性分じゃねえ。
やばそうだったら、あんたが何を言おうと勝手にさせてもらうぜ」

「ええ、そうして下さい。
船長のその心構えが、俺達を何よりやる気にしてくれます」

「け、なかなか言いやがる」


 互いに浮かべる笑顔。

船長のいかつい笑みが、俺にまで感染してしまいそうだった。


「手助けも必要だろう。船員達にも言っておくぜ」

「助かります。今、俺の仲間が至急準備に取り掛かっています・・・」


 俺は船長と話し合って、大まかな段取りをうち合わせた。















 俺は作戦の総指揮。 

今回の作戦の要フェイトと氷室さん、葵には船首へ。

キキョウは上空で見回り。

船員達には今から実行する作戦開始へ向けて、お客さんへの説明と対処に向かってもらった。

はっきり言えば、準備にそんなに手間はかからない。

必要な道具を船員に用意してさえもらえれば、ひどく単純ですむ。

一番必要なのはこの世界の神秘、術なのだから。

――本当は神秘とか言いたくは無いけど。


「準備は出来たか、葵」

「うむ・・・しかし、友よ。今更ながらで申し訳ないのだが」

「何だよ」

「――ひょっとして、もしかすると、多分、恐らく・・・・・・我輩の役目、かなり危険なのではないか?」


 ちっ。


「・・・・・・。何を言ってるんだ、葵!
説明しただろ、お前が一番重要な役割なんだ」

「なるほど。友が心を置いている我輩だから出来る役目なんだな!」


 勝手に妄想を膨らませて、自己解釈してくれるので有難い。

俺は嘘は言っていない。

葵の役目はキラーフィッシュを倒す上で重要である。

危険度を考慮すれば、誰よりも勇気ある役割を帯びる事になるだろう。

そう――危険度を考慮すれば。


「しっかり頑張れ、葵。お前の為に丈夫な縄を用意しておいた」

「――縄と言うところが少し気になるのだが・・・・・・さすがだな、友よ。
最早準備は万端か!
ところで、我輩にも作戦の全貌を教えてほし――」

「船員さーん、こいつを指定の場所に括り付けて下さい。
海に落ちない程度で」

「と、友よぉぉぉぉっっっ!」


 ――さらば、我が親友。

心の中で涙を流しつつ、俺は晴れやかに手を振ってやった。

葵には役目だけを知らせて、戦略は教えていない。

言わずもがな、奴が一番危険な分担だからだ。

死んでも死なない便利な知り合い。

お世辞でも言ってその気にさせるのは可能だが、今回は急ぎなので割愛。

筋肉質のお兄さん達に抱えられている葵を尻目に、俺は空の偵察を呼んだ。


「よ、よろしいのですかぁ京介様。葵様がー」

「あいつは逞しいから大丈夫。船の様子は?」

「は、はぁ・・・・・・今はまだ何とか保てそうだと事ですぅ。
補強作業も終わったので、京介様の御指示を皆さんがお待ちしておりますぅ」


 急ピッチの作業だったが、無事終わったようだ。

船内の変化を敏感に感じ取ったのか、キラーフィッシュは今は大人しい。

が、奴は決して獲物を逃がしたりはしない。

倒さなければ、この船の安全はいつまで経っても保証できない。

俺は引き続きキキョウに偵察と連絡役を任せて、氷室さんを呼んだ。


「ごめんね、本当に。嫌な役割を押し付けてしまって」

「・・・御気になさらないで下さい。
大切な御仕事に励まれる方を、応援するのは当然です」


 鈴の音のような優しく澄んだ声で、氷室さんは快諾してくれる。

氷室さんの役目はあの竜神のサポート役。

手伝える事は何も無いが、氷室さんはその美しい存在だけで役立ってくれる。

何しろあの馬鹿、竜神のくせに氷室さんに惚れてしまったらしいのだ。

――逆に言えば、竜の心すら奪う氷室さんの美貌が罪とも言えるが。

とにかく、あの男には頑張ってもらわなければならない。

俺は断腸の思いで、氷室さんに御願いしておいた。

船内一丸となって整えた戦陣――


――船は静まり返り、ただ命令を待つのみとなった。


俺は船首に立ち、呼吸を整える。

いつになっても慣れないこの緊張感。

仲間の命を背負い、人々の明日を救う――

アニメやゲーム、小説や歴史で登場する英雄達は皆こんな気持ちを味わっているのだろうか?

科学者の俺には相容れない感情。

でも今は――しっかりと抱えて前を見る。


「――作戦開始!」


 船内に――暴虐なる風の力が宿る。


















































<その18に続く>






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