Ground over 第四章 インペリアル・ラース その14 口論







「いきなり落下するとは思わなかったぞ」

「無事生還とは、意外と逞しい男だな」

「ゼイ、ゼイ……き、貴様ら……ハア……フウ……そ、その見下したような目は何だ」


 突然出て来て、荒れ狂う河の中へまっさかさまにダイブした男。

水害の街で出逢った奴で、確かフェイトと名乗っていた。

流されるか食われるかすると思ったのだが、その辺はさすが人外と言うべきか。

必死の形相でキラーフィッシュから逃げ回り、濁流を必死で手で漕いで、甲板まで這い上がってきた。

俺としては感心しているんだけど。


「むしろ何しに出て来たんだ、あんた」

「友よ、聞いてやるな。彼が余りにも哀れではないか」

「そうか、ごめん。俺が悪かった」

「貴様らぁぁぁぁっ、俺様を侮辱する気か!!」


 さっきまで死に掛けていたのに、なかなか元気な男である。

もう少しつっついてやりたいが、遊んでいる暇は無い事に気付く。

全身ずぶ濡れになっている男に、俺はそもそもの疑問を口にする。


「あんたも乗ってたんだな、この船に」

「ふ、当然だ」


 ――何が当然なのかさっぱり分からないが、一応頷いておこう。


「さっき避難させた乗客の中にいなかったと思うんだけど、隠れていたのか?」

「何故俺様が逃走などと恥知らずな真似をせねばならんのだ!
生きて恥を晒すくらいなら、死んで花実を咲かせるのが我が人生」


 人間じゃないくせに。

怒りそうだから言わないでおく。


「じゃあ、どこにいたんだよ」

「……そ、それはだな」


 何故目を逸らす?

根本を尋ねると、フェイトは途端まごついた様子を見せる。


「…そ、そもそもあの人間共がいかんのだ!」

「な、何だよ急に!?」


 突然キレる竜の一族さん。

目を丸くする俺に、八つ当たり気味に怒りを吐き散らす。


「美しく高貴な俺様がこんなオンボロ船に乗ってやろうと言っているのに、だ!
あのくそ馬鹿共、身のほど知らずにもこう言ったんだぞ!

『お金を払ってください』と!」

「……いや、それ普通だろ?」

「何故俺様が人間のルールに従わねばならん!
むしろ奴等こそ、

『御願い致します。どうかお乗りになってください』

と平伏するのが当然ではないか!」


 ……俺はこの世界の常識とかは知らない。

本音を言えば、魔法や怪物が跋扈するこんな世界なんて認めたくも無い。

しかし、しかしだ。

それにしたって、最低限のルールくらい守るぞ。

葵も大概馬鹿だが、この男は葵とは別種で突き抜けている。


「ようするにお前、金が無かったんだな」

「――ふん。小金でゴチャゴチャ不平不満を並べるあの街の連中がチンケなのだ」


 まあ、港の面々も商売でやっているわけだから。

しかしそうなると――


「話は分かったが、どうやって船に乗ったのだ?」


 ――そういう事になるよな。

というか、こいつ俺の質問にも答えてないぞ。

不思議そうに尋ねる葵に、フェイトは押し黙ってしまう。

都合が悪くなると口を閉ざすな、こいつは。

船賃も払わず、乗客の中にもいなかった。

そうなると、当然残された答えは限られる。

俺は閃いたままに口に出す。


「――密航か」

「ぐ……」

「点検の目をかい潜って、荷物の中に隠れてたんだな。
思い返してみれば、挙動不審な樽があったような気がするぞ」


 慌しかったから気にしなかったが、変な樽があった。

ぶつかったりした時に変な悲鳴をが聞こえたのは、中にこいつがいたからだ。


「大胆不敵なのか小心者なのか、少し判断に困る奴だな」

「ふふふ、所詮人間に俺様の器ははかれん」

「そう言う意味で言っているんじゃない!」


 ただでさえ疲れているのに、疲労を増してきた。

と、そこへ――


「うおっ!?」

「うわっ!?」

「っち!?」


 急激に船が傾き、烈風に舞う木の葉のように翻弄される。

俺達は三種三様に悲鳴を上げて、甲板に叩き付けられた。

咄嗟に足腰を構える余裕も無い。

背中に響く鈍痛に顔を顰めて、俺は二人を見やった。


「おい、大丈夫か?」

「我輩は問題ない」

「俺様は不死身だ」


 何事も無かったように立ち上がる二人。

――少しでも心配した俺が馬鹿だった。

傷だらけの身体を背負って、俺も何とか立ち上がる。


「先程から小うるさく人間が喚いているようだが、何があったのだ。
察するに、恐れ多くも俺様を食おうとした魚が根本の原因のようだが」

「あれはお前が落ちたのが悪いのだと思うけど」


 仕方ないので、俺は事情を説明してやった。

人手が足りないのは事実であり、戦力不足もある。

人間に対処出来ないこの事態でも、もしかしたら――という若干の希望もあった。

懇切丁寧に話してやると、


「ふん、なるほど。それで貴様はそのような小汚い姿を晒している訳か」

「ほっとけ。俺なりに必死だったんだよ」


 樽の中に隠れていた奴に言われたくない。

俺だってべとべとしていて気持ち悪くて仕方が無いのだから。

フェイトは鼻を鳴らす。


「やはり所詮人間ということか。
あの程度のモンスター如きで右往左往する惨めな生き物よ」

「――言いたい放題だが、お前何とかできるのか?」


 一応縋ってみる。

ここで意地を張っても何のメリットも無い。

途端、フェイトはその言葉を待っていたとばかりに不敵に笑う。


「当たり前だ! 
俺様の手にかかればあのような雑魚、一瞬であの世に葬ってくれる」

「本当か!? じゃあ早速何とかしてくれ!」


 この船もそろそろやばい。

少しでも反撃しなければ、転覆してしまう。

必死で頼み込む俺に、フェイトは何故か嫌そうな顔をする。


「ふん、何故俺様が人間如きを助けなければならん」

「・・・・・・は?」


 何言ってるの、こいつ?


「雑魚は雑魚同士、勝手に戯れているがいい。俺様は知らん」


 用は済んだとばかりに、踵を返す身勝手男。

おいおいおい、そうはいくか!


「こらこらこら! いいのか!?
この船が沈んだら自動的にお前も死ぬんだぞ!」


 この船に乗っている限り、命運を共にしている。

避けるのは不可能だから、俺だってやりたくも無い戦いをやったんだ。

俺の主張にフェイトは小馬鹿にした顔をする。


「その時は俺様一人脱出するだけだ。幾らでも手段はある」


 手段がある――?

ここは河のど真ん中、逃げる場所なんてありはしない。

なのに、こいつは微塵も不安を見せない。

つまり――何があるのだ、こいつには。

俺の知らない有効的な手段が。

そうと決まれば、ますます逃がす訳にはいかない。

大丈夫。

俺はこいつに似た馬鹿とこれまで一緒にやってきた。

心理的な弱点は大体分かる。

俺は意識して、ハっと笑ってやった。


「なーるほど、一人逃げるんだ。
――怖いから」

「な――っ」


 奴が何か言う前に、俺は畳み掛けてやる。


「口ではあれこれ言っておいて、結局尻尾巻いて退散。
言い訳するしか脳の無い竜。
いやいや、ご立派ご立派」

「キ、キ、キ―――!」


 貴様と言いたいのだろうが、怒りで舌がもつれているのだろう。

俺は内心手応えありの感触に喝采を上げた。


「さあ、どうぞどうぞ。逃げてくださいな。
俺達は戦って栄光を勝ち取るから。あーあ、残念だな・・・・・・

ここで手柄を立てたら、密航だって許してくれるのかもしれないのに」

「――な、何だと?」

「だって、この船を救った英雄だぞ?
皆感謝感激雨あられ、竜の一族を褒め称え、あんたの勇姿に涙するだろうな。
その機会を棒に振って逃げるんだ。もったいない、もったいない。
このまま密航の罪を背負って逃げ続けてくれ」

「・・・・・・」


 腕を組んで必死で考え込むフェイト。

俺としてはもう答えがわかっているので、気楽に返事を待ってやる。

幸い、数秒で奴は結論を出した。


「ちっ、仕方の無い奴だ。不本意だが、手を貸してやらん事も無い」

「そうか! ありがとう、本当に助かる」

「せいぜい慈悲深い俺様に感謝することだな、がっはっはっはっは」


 馬鹿笑いするフェイトを目に、葵はこっそり俺にこんなコメントを残した。





「――彼の密航は我輩達しか知らないのだから、このまま去っても何の問題も無かったのではないのか?」

「シッ、黙ってろ」


 あー、馬鹿でよかった。


















































<その15に続く>






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