Ground over 第四章 インペリアル・ラース その15 幕間







 船内へ一時避難する。

俺達には話し合いが必要だった。

猶予は無いのは承知済み。

キラーフィッシュと戦う為にも、一度落ち着いて立て直しをする必要がある。

――加えて、ちょっと俺も休みたかった。

不慣れな戦いをした後に、新たな馬鹿の登場で疲労は限界に達している。

カスミの寝ている医務室に行くと、氷室さんやキキョウが出迎えてくれた。

――のはいいんだが、


「ふえーん、京介様ー、京介様ぁー!」

「だーかーら、俺は別に大丈夫だって!」

「……余命が危うい人は、皆そう言います……」

「怖い事を言わないでくれ、氷室さん!?」


 騒ぎ立てる妖精に、沈痛な眼差しを向ける同じ大学の学生さん。

船医さんに傷の手当てをしてもらったというのに。

俺はうんざりするが、心配してくれるのはありがたくもあった。


「カスミは大丈夫か?」

「……一度意識を取り戻したのですが、またお休みになりました」

「そう――」


 痛々しく包帯を巻いて眠りについているカスミ。

表情は穏やかで、寝息も立てて身体を休めていた。

顔色もいいみたいだし、もう大丈夫だろう。

話は聞いていたものの、自分の目で容態を確かめてようやく安心できた。

新しい町へついたら、病院へ担ぎ込んで入院――って、それは俺達の世界か。

医療技術や施設がどれほど発達しているのか、俺は把握も出来ていない。

病気・怪我になれば病院へ――そんな安心もないのがこの世界だ。

地平線が見えそうな大きな河の遊覧を楽しんでいたところへ、モンスターが襲い掛かってきたのだから。


「カスミ様、気に掛けておられましたぁ。
援護に行くと仰られて、必死になって止めたんですよぉー」


 一部始終を語るキキョウ。

そこまで心配される俺って一体……

第一無闇に突っ込むたがる葵と違って、俺は元々平和主義なんだ。

――こ、今回は人生最初で最後の試みだっただけだ。


「……天城さん」

「うん? どうしたの、氷室さん」

「……お魚さんの方は……」


 ――そうだった、無駄話している場合じゃない。

気が抜ける敵の呼称だが、氷室さんの指摘で医務室へ戻って来た第一目的を思い出した。

関係者以外立ち退いてもらって、俺は改めて全員に今の現状を語る。

カスミの怪我や俺の奮戦、協力関係を結んだ竜族。


「――状況も混乱してきたから、俺達は一旦此処へ退却してきたんだ。
もう一度現状整理したかったから」

「……貴方もお怪我を……」

「俺は大丈夫。心配してくれて有り難う、氷室さん」


 一応、俺も男である。

葵のように極端ではないが、憧れている女の子の前で見栄くらいは張りたい。

……本当は身体中痛いけど。


「お客さんや船長達の様子はどう?」

「……皆さん、不安になっておられるようです。
静かにしてはおられますが、何時までも続くようですと……」


 いずれは騒ぎ出すのは目に見えている、か。

お客さんの立場からすれば無理も無い。

明らかに船が襲撃されているのが分かっていて、落ち着けという方が無理だ。

むしろ今騒ぎ立てないのは、船員や船長の必死の努力のお陰だろう。


「キキョウ。
船長の話だと、逃げ切るのは無理なんだな?」

「……はいー、船長さんも皆さんも必死になっておられるのですがぁ……」


 前もって聞いていたことだ。

今更覆ったりはしないだろう。

あくまでも、可能性を追求しているだけに過ぎない。


「葵、お前何か他に武器とか持ってないか?」

「以前友に見せた荷物内容が全てだ。
後は我輩の勇気と努力、才能と頭脳といったところか」

「よーし。
いざとなったら、その才能が詰まったお前を餌にして逃げよう」

「その時は一蓮托生だ、友よ」


 ――思いっきり俺を道連れにしそうだ、こいつ。

地獄まで腐れ縁で付き合うのは真っ平なので、最悪重石でもつけて一人落とす事にする。

しかし、そうなると――


「……手立ては無さそうだな。やっぱりあんたが頼りになりそうだ」

「フフフフフ。やはり俺様が出張るしかないようだな、無知蒙昧な人間よ!」


 出入り口付近で腕を組んで黙っていたフェイトが、大威張りで話に加わってくる。

自分の注目どころをひそかに待ち望んでいたに違いない。

本当に頼りになるのか大いに不安だが、今のところ一番の戦力だ。


「……本当に何とかなりそうなのか?」

「ふん、あの程度の雑魚。
俺様の洗練された"術"で肉片に変えてくれるわ」

「"術"!? 使えるのか!?」

「……あの」


 期待が膨れ上がったところへ、おずおずと上着を引っ張られる感触。

興奮の熱を必死で冷まして振り返ると、氷室さんの瞳にわずかな好奇の光。

ま、まずい、この流れは……


「……"術"?」


 ――氷室さんのこの顔。

俺が知っていて当然とばかりに、当たり前のように聞いている。

ど、どうしよう――

大袈裟に驚いてはみせたのだが、術について俺は詳しく知らない。

簡単な成り立ちだけ案内所で聞き、外面だけ知っただけだ。

俺としては元の世界へ帰れさえすればよかったので、別に概要を知りたくもなかった。

フェイトに説明させてもいいのだが、この男の性格から考えて説明してくれるとは考えづら――


「女。貴様、トモエと言ったな」

「…? はい」

「トモエ……ふむ、良き名だ」

「……ありがとうございます」


 はあ?

話を脱線させて何を意味ありげに頷いているんだ、こいつ。

困惑する俺と氷室さんをフェイトは豪快に差し置いて、


「人間とは思えぬその美しさ――
フフ、超絶不変なる存在の俺様の嫁にふさわしい……」


 はあ……はあっ!?

おかしな四字熟語もそうだが、今の発言――ト、トランスレータの誤訳だよな?

そうだよな! そうだと言ってくれ!

しかし、現実はちっぽけな俺を未開の領域へ押し流していく。


「いいだろう! 
俺様と未来の后の行く手を阻むあの愚か者を即抹殺してくれよう!」


 オッケー、よーく分かった。

俺は履いていた靴を脱いで、フェイトの背後からフルスイングした。

スパーンっと小気味良い音が鳴る。


「のぐおっ!?」

「時間が無いのに、突然訳分からん寝言をほざくな!
早く術について説明しろ、説明!」


カスミが大怪我の身で心配する理由がちょっとだけ分かった。

まともな人材はいないのか、この船には!

――別の意味で、修羅場になりそうなこの状況。

出来得る限り独力で解決しようと、俺は固く決心した。


















































<その16に続く>






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