VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 7 -Confidential relation-
Action3 −灯火−
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艦内での業務において、マグノ海賊団クルー達は個人の能力や業種の希望を主にそれぞれの部署についている。
海賊と言う生業でも、ただ物資や兵装を己が欲望で奪えばそれでいいと言うものではない。
無闇に略奪を重ねても被害者から恨みを買い、追い詰められて行くだけのはみ出し者集団でしかなくなるからだ。
マグノ海賊団が今日まで栄え、その規模を拡大させていったのは、ひとえに内部構造の基盤作りに余念がなかったからと言えよう。
海賊団そのものを取り仕切るお頭に補佐を行う幹部達。
治安を取り締まるメジェール・タラーク軍にも対抗出来るドレッドチームの配備に、前線支援活動を行うスタッフ達。
クルー達が生きていく上で必要となる健やかな生活リズムを支えるジャンル別の仕事場。
その上で厳重なるルールを敷き、完璧なる仕事を行う為の日夜の努力を前提とした仕事ぶりが功を奏してきた。
マグノ海賊団の名はここ数年で母星を轟かせ、人望ある頭目と手腕を発揮するスペシャリスト達によって更に拡大していっている。
とはいえ、必ずしも全員が全員優秀なクルーばかりではない。
そもそも海賊発足の起因は国力の低下したメジェールの非情な切捨てにより、故郷から追い出された人達をマグノが率いたのだ。
マグノ海賊団は形態こそ組織と言う形は取っているが、経済活動を行う企業ではない。
明日の生活にも困る飢饉者達が生きる為に生業を立てた集団であるがゆえに個々の能力は不平等であり、優秀である者とない者に分かれる。
また才能という面でもその差は存在する。
ドレッドのパイロットに憧れている者に、ドレッド操縦者としての才能が必ず備わる訳ではない。
キッチンスタッフを目指す者が、繊細な料理をこしらえる事が出来るとは限らない。
パイロットを目指している者が、人を唸らせる料理を作れる才能を持っている事がある。
その逆もまたしかり。
極端な例では、海賊を成り立たせる為に不可欠な能力を何一つ持っていない者もいる。
働けない病人もいれば、非力な老人子供も大勢所属している。
そんな女性達を含めての大所帯において、当然最前線に出撃する者は選抜される。
仕事を着実に行う為の重要なポジションや、部下を先導する上司として抜擢されるのは特に厳しいと言っていいだろう。
マグノの補佐役である副長ブザム、レジシステム店長ガスコーニュ、ドレッドチームリーダーメイア。
この三名こそ選び抜かれたマグノ海賊団の要であり、与えられた権利と権限を思うがままに振るって才を発揮している。
では選ばれなかった者は切り捨てられるのかというと、そうではない。
企業のような利潤追求を求める方針とは違うマグノ独自のやり方がここにある。
自分の大切な部下達を愛するマグノは一人一人を希望する職場に積極的に就かせて、仕事を学ばせようという独自のスタイルがこれだ。
自分の好きな仕事だからこそ身が入り、やる気も気力も沸いて来る。
才能があるないは結局こなしてみなければ判らない事であり、努力をした末に結ばれる結果もあるのだ。
こうしたマグノの部下への姿勢が絶大な信頼と尊厳を得ているといっても過言ではない。
結果として子供から年配まで年齢層がバラバラな、才能の非違が出る者達が職場で働いている組織。
同じなのは性別のみであり、年齢・性格・体格・個性・心理が全く別の者達が働ける場所。
それがマグノ海賊団であり、融合戦艦ニル・ヴァーナの一員となっているのである。
孤独な苦難を超えてきたからこそ、仲間としての結び付きは深い。
強いチームワークこそが海賊業を成功させるネックなのだが、それゆえに表面的な繋がりでしか分かり合えていないのも事実だった。
なまじ強い信頼を寄せられると、個人的な時間を大切にしてしまう。
ましてマグノ海賊団は全員が全員国に見捨てられた過去を背負っている者達。
普段集団生活を日常的に必要とされるからこそ、自分一人の秘密事を持ってしまうのも当然だった。
仲間に強い思いやりを持っているマグノやガスコーニュにしても、部下全員の全てを把握している訳ではない。
触れようともしていない。
誰にも話せない過去を持っているのはマグノやガスコーニュにしても同じであり、自分だけの時間を持っているのは二人も同じだからだ。
クルー一人一人が持っている自分だけのフィールド。
頭目すら犯した事のない乙女達の聖域を、過去の全てを忘却の彼方に捨ててしまった男が侵入しようとしていた。
「ふむ・・・」
融合戦艦下方部に位置する元海賊母船側。
150名ものクル−達が日常過ごしている区画の中央部において、チンっと小さく電子音が鳴った。
夜の時間により照明が落とされた薄暗い通路内に、一筋の光が差し込んで左右に広がる。
長方形に広がった光に人影が落ちたと同時に、エレベーターから足音を立てて一人の男が出てきた。
ブリッジから直下して来たカイである。
カイは自分が乗ってきたエレベーターを振り返り、見つめながら呟いた。
「さすがにエレベーターは動いていたか。
電源落とされてたらどうしようかと思ったぜ」
カイ達三人の生活区域である元旧艦区から女性達の区域である元海賊母船側に降りるには、他に手段がない訳ではない。
ただ唯一のエレベーターが使えないとなると遠回りになり、かなりの労力を消費してしまうのだ。
誰もが寝静まっている夜中に起きて暇であったも、無駄なエネルギーを使う程カイは人生に倦んではいない。
やがてエレベーターは閉まって上昇していき、カイは一人通路内に残された。
「夜にここに来るのは初めてだな」
エレベーター前は左右に通路が広がっており、見渡す限り真っ暗である。
停電状態でもないので最低限の光量はあるので歩けない事もないが、通路がどこに通じているのか奥が全く見えない。
カイは一歩前に歩いて左右を覗き、困ったように頭を掻いた。
「え〜と、確かあそこってどの辺だったっけな・・・・
あ〜、黒髪か赤髪にでも聞いておけばよかった!」
ディータやバーネットを思い浮かべて、カイが悔しそうに言った。
元々カイはマグノ海賊団初のクルー達の生活空間に何度も入り込んだ男である。
一度目は暴走する船の対策に追われるマグノ達にバートやドゥエロを連れ去られて、冒険兼助けに向かった時。
二度目はいざこざを起こしてアマローネ達と喧嘩して、勢い任せに走った結果に辿り着いた時。
三度目はパイロットを辞めて見習として女性の職場全てを回った時。
思えば勢いで行動した結果に過ぎず、こうして落ち着いて尋ねに来たのは初めてかもしれない。
カイは少し感じ入る様子で佇んでいたが、考えが逸れた事に気がついて首を振る。
今はとにかく目的を果たさないといけない。
「せめて案内とかあればいいんだけど、普通んなもんないか」
壁に通路案内などを張っていれば親切ではあるが、普段生活しているクルー達には必要はない。
誰かが通りかかるのを期待して待ってみてもいいのだが、十中八九自分を見れば騒ぎ出すだろう。
こんな夜中に女の住んでいる所の中にいて、何をしに来たかと言われたら答えに困る。
寝顔を見に来ましたと言えばどういう反応をするのか考えて、カイは少し面白そうに笑った。
「ま、適当に歩くか。
くまちゃんもまだ仕事中だろうからいそがねえしな」
カイは鼻歌を歌いながら、腰に下げていた十手を引き抜く。
手に感じる頼もしい感触に表情を綻ばせながら、カイは無造作に十手を通路に投げた。
暗闇の中空に銀色の軌跡を描いて舞い上がり、十手は金属音を立てて通路に転がる。
カイは手をかざして上から見下ろした。
「左だな。その先にあると見た」
通路に落ちている十手の先端が示す先を満足そうに見て、カイは十手を拾って左に進路をとる。
ほとんど思いつきだけで行った結果であるが、カイは大してこだわってはいなかった。
まだまだ夜は長い。
好奇心と暇に任せてここまで来ただけなのだ、こうしてのんびり歩くのも悪くはなかった。
もっとも今ではカイには別の目的もあったのだが。
通路の中央を軽い足取りで歩いていくと景色は移り変わって、無機質な壁が続いて流れていった。
以前女性達の職場で働いていた時も歩いた筈なのだが、静かな夜にゆっくり歩くとまた雰囲気も違ってくる。
昼間は賑やかに仕事に励んでいたり、明るく会話を興じている女性達が通路を行き来していないのが一番の原因だろう。
カイは未知なる世界を冒険しているような気分になり、胸をうきうきさせて歩き続ける。
足を止めないまま通路を進んでいくカイだったが、少し経って通路は枝分かれしていた。
そのまま奥に真っ直ぐに繋がっている通路に、左に一方の通路が続いているのだ。
「う〜ん、どっちに行くべかな・・・」
常日頃歩き回る元旧艦区とは違って、どこがどう繋がっているのか分からない。
簡単に決めてもいいが、その場合もし間違えていたりすれば延々と訳の分からない区域を歩く羽目になりかねなかった。
カイは少し考えて、自分の勘を頼りにする事にした。
さっきのように十手で決めてもいいのだが、同じ手を二度も使うのはカイ自身が面白くなかったのだ。
「よし、男らしくまっすぐに進もう!」
自分なりに納得して、カイは余裕綽々で前へ前へと進んでいった。
通路は再び一本道になり、通路の中央をカイは堂々と歩いていく。
その間も女性の姿は一人も見えず、通路内には足音のみが力強く木霊していた。
誰に出会うか、どこに通じているのか。
歩けば歩くほど楽しくなってきて、カイはポケットに手を突っ込んだまま気楽なステップで進んでいった。
「・・・・・お?」
数分後、今度は右手に小さな光が差し込んでいるのが見える。
一瞬通路がまた分かれているのかと思ったカイだが、近づいてみると様子が違うのが見て取れた。
明らかにどこかの施設内へと通じており、どうやら誰かが中にいるようだ。
カイは徐に覗き込もうとして、ふとある事に気がついた。
「どうして電気もつけてないんだ?」
誰かがいるのなら、照明をつけてもおかしくはない。
なのに右手の施設内より漏れている光量は微弱で、数メートル後ろのカイの位置から見ても分かる程に薄暗い。
セルティックのように一人で深夜の仕事でもしているのだろうか?
それにしたって、証明の一つ位つけてもいいとは思うのだがどうだろう?
色々想像にふけるカイだが、行動力の高いカイはすぐにその考えを打ち消した。
「なかなか面白そうだ。意外な奴に会えるかもしれんし、行ってみるか」
誰もいないと思っていたブリッジでも、カイはセルティックと会えた。
なら、他にも誰かが仕事なりなんなりしてカイと同じく起きている者がいてもおかしくはない。
カイは慎重に歩いて、通路の曲がり角よりこっそり覗く。
先程幽霊と勘違いしてセルティックの印象を悪くしてしまったばかりである。
今度の今度こそ慎重に観察しないと、また別の誰かに騒がれてしまう可能性があった。
顔だけこっそりと右に覗かせて、カイは施設内を見渡してあっと声をあげた。
「・・・青髪!?」
「・・・・・ん?カ、カイ!?」
顔だけひょっこり中を見ているカイを、椅子に座ったままのメイアが目を真ん丸にして見つめた。
メイア=ギズホーン、艦内で労働時間の長さをランキングするとベスト三位には入る女性である。
午前中は日課のトレーニングと数学・物理等の必要とされる知識の勉強。
午後からはマグノ海賊団幹部会議にて故郷への帰参の目安について話し合い、その後は部下達とドレッドの合同演習。
夜は夜で部下達の仕事振りと能力の向上の把握、ドレッドチームを指揮する上での戦術とフォーメーションの立案。
その他にも担当した仕事のレポート作成や書類整理と、常に職務に励んでいる。
生真面目な体質とリーダーとしての責任感が根強いメイアだからこそだろう。
それゆえに部下達や上司からも信頼は厚い。
今夜も今夜で昼間の演習が終わった後に、カフェテラス「トラペザ」にてドレッドチームのフォーメーション改善に没頭していた。
余程熱心だったのか、入り口から覗き込んでいるカイを見た時はあやゆく冷静さをメイアは失いそうになる。
「何故お前がここにいる?こんな夜更けに」
メイアはテーブルの上の書類を片付けながら、正面のカイを見た。
夜中に起きているクルーは少ないので、メイアはよくカフェテリアでこうして仕事をする。
自室内にいるよりも広々としていて、空調もよく聞いているここはメイアにとって落ち着ける環境なのだ。
カイが突如乱入した事により、落ち着くどころではなくなったのは事実だが。
問われたカイは照れくさそうに頭を掻きながら、中へと入っていった。
「俺は散歩。暇だったんでね」
「散歩?ここはクル−達専用の区域だぞ。
お前が無遠慮に入っていい場所ではない」
はきはきと注意するメイアに、カイは苦笑しながら答えた。
「固い事言うなよ。お前が黙っててくれればオッケーじゃねえか」
「何故私が黙ってなければならない。
お前は一度許すと図に乗る男だからな。けじめはつけないと駄目だ」
「か〜、こんな深夜に仕事かよ。
つまんねえ奴だな」
「あっ!?こ、こら、勝手に書類を見るな!」
メイアの注意を無視してテーブルの上を見ているカイに、メイアは抗議して書類の束を手元に引き寄せる。
誰もいない暗く静かなカフェテリア内に、二人が顔をあわせている光景。
メイアは自分の声が思っていたよりも響いている事を悟って、嘆息して気持ちを落ち着かせた。
「油断も隙もない奴だな・・・
とにかく、早く監房に戻れ。他の誰かに見つかったらどうする」
「お?見つからなければ、黙っててくれるのか。
何だよ、いい所あるじゃねえか」
ベシベシと気軽に肩を叩くカイに、メイアは困惑を隠せないまま声を上げる。
「お前の存在はクルーを刺激するからだ!
余計な騒動はもう二度と起こされたくはない」
「おいおい、人をトラブルメーカーのように言うなっつうの」
「お前の場合、似たようなものだ」
「うわ、断言しやがった。やな奴」
「嫌な奴で結構だ。お前と関わるとろくな事が起きない」
「またまた、そんな事言って本当は嬉しいくせに」
「な、何を馬鹿な事を言っている!」
「まあまあ、とりあえず座って話そうぜ」
「私の話を聞いていたのか、お前は!」
朗らかに話を進めるカイに大声を上げるメイアだが、また自分の声が響いている事を知って口をつぐんだ。
カイはそんなメイアに遠慮なしに対面に座る。
これ以上何を言っても無駄だと判断したメイアは、呆れた表情のままで自分も座りなおした。
そのまま目の前のカイを無視するように書類を広げ直すメイアに、カイは頬杖をついたまま見つめる。
両者無言でその場の沈黙を守り、書類に書き込むペンの音だけがコツコツと明瞭な音を立てた。
「・・・それってさ・・・」
「・・・・なんだ?」
相手にしないつもりでいたが、静かに話し掛けられるとメイアはつい返答してしまう。
己の性分を初めて呪ったメイアだった。
「敵と味方の座標ポイントを書いているんだよな?」
何気なしに見ていたカイだったが、興味が出てきたのかじっとメイアの手元を見ている。
メイアは怪訝な顔をしながらも律儀に答えた。
「そうだ。敵が奇襲をかけて来た時を想定している」
実質上のフォーメーションの基本は既に想定はされている。
毎日のようにメイアが今行っている立案とは、常に状況・場所・敵味方戦力を変則的に予想したチーム編成だった。
何時如何なる敵が襲って来た時も対処出来るようにする。
犠牲を出さずして勝利するには、こうした勉強も必要なのだとメイアは考えていた。
「んな事いちいち考えるのか。臨機応変に対処すればいいじゃねーか」
「そうはいかん。対処出来なければどうするんだ。
私の命令一つで他のパイロット達の命数を左右する場合があるんだぞ」
メイアの仕事への変わらない姿勢に、カイは表情を緩める。
「もうちょっと楽に考えればいいのに。
大体こんな夜中まで頑張って仕事して楽しいのか?」
「以前にも言ったが、私には責任がある。
疎かには出来ない」
きっぱりと言うメイアだったが、直後に気を緩めたような表情をする。
カイが気づいて眉を上げるが、その前にメイアが口を開いていた。
「と言うものの、過程があるから結果が生まれるとは限らない。
お前を見て最近はそう思うようになった」
「過程?俺がなんだって?」
メイアは気づいていないのかと言わんばかりに、ふっと唇を笑みづくる。
「この前の戦いの詳細をお頭から聞かせてもらった。
正直行き当たりばったりの理論も何もない無茶苦茶な作戦だと呆れたが、一方でこうも思った。
私ではこんな考え方は出来ない、とな」
「青髪・・・・・」
「結果として、お前は戦いに勝利し皆を守ってくれた。
お前は知らないだろうが、皆はお前に感謝していたんだぞ」
「そ、そうなのか!?あいつら、そんな事一言も言わなかったのに」
ジュラやバーネットとはその後戦勝気分で盛り上がったのだが、他のパイロット達とは話せずままだった。
パーティーの時は食事や酒も入って、誰がどうとか関係なく楽しく騒いだので仲良くするとかどうとかは関係はなかった。
戦い後も交友関係は元々ないので、カイは話も出来てはいない。
意外な事実に驚くカイの顔を、メイアは静かに見つめる。
「・・・・・りがとう・・・・」
「ん?今何か言わなかったか?」
「いや、お、お前の気のせいだろう」
カイが顔を上げた時にはメイアは普段の無表情に戻り、再び仕事に取り掛かっていた。
カイは首を傾げつつもそのまま黙って座っていると、ふと書類の隅に置かれている物に気づく。
「青髪、何それ?」
カイが指差しているのは、ブラックコーヒーが入れられている紙コップだった。
メイアは不思議そうな表情をして答えた。
「ただのコーヒーだが、それがどうした?」
「コーヒー?そんなもん、どこで入れたんだ」
テーブル越しに真剣に尋ねるカイに、困惑の色を深めつつメイアは答えた。
「どこ?お前はここをどこだと思っている」
「いや、女が飯食う場所とは知っているけど、コーヒーをどうやって入れたんだ?
今機械類って停止しているはずだろう」
カイがキッチンシステムについて知っているのは、キッチンスタッフ見習として働いた時である。
その時もキッチン類や女の料理について詳しく教えてもらったのみで、カフェテラスに関しては殆ど知らないと言ってよかった。
そんなカイの熱心さに根本的な事を知らないのだと気づいたメイアは、トラベザのカウンターについて説明した。
基本的に消灯時間後はシステムの殆どは停止して、調理類は撤去される。
だが夜中に喉が渇いたり、深夜の作業を勤めるクルー達のために、ドリンク類だけは自動的に供給出来るようにされているのだ。
メイアに説明を受けたカイは喜び勇んで、カウンターへと駆け寄った。
「料理がないのは不満だけど、今日の所は飲み物だけでいいだろう」
「?どういう意味だ?」
背後からの怪訝な声に、カイはあっと口を抑えて力なく笑う。
「はっは、何でもない何でもない。
青髪、コーヒーとかどうやって入れるのかも教えてくれよ」
「それはかまわないが・・・・お前には使えないぞ」
「?何でだよ。俺はこう見えても機械には強い男だぞ」
システムを使用出来ないのだと馬鹿にされたと思ったカイは、口を尖らせてメイアに抗議する。
対して、メイアは投げやりな感じで返答した。
「そうではなく、お前には使用権限がない」
「・・・・へ?」
ピタリと身体を固まらせたカイに、メイアは追い討ちをかける。
「自分の立場を忘れるな。お前は捕虜だ。
カフェテラスを有効利用する権限などない」
「ぐ・・・な、ならこっそり・・・」
「無駄だ。使用するにはクルー専用のIDカードがいる」
「何い!?」
カイが慌てて振り返ると、テーブル椅子に座ったままのメイアが利き腕を振っていた。
白く繊細なその指先には一枚のカードが握られている。
「おーーーのーーれーーーー!あのばばあ!!
この前の戦いじゃ大活躍した俺にこんな差別しやがって!!
文句いってやる!!」
感情に任せてカフェテリアから飛び出そうとしたカイを、メイアは慌てて止める。
「待て!どこに行く気だ!」
「決まってるだろう!
人様が困っている時にのんびり寝てやがるあのばばあを叩き起こしにいくんだよ!」
「叩き起こしっ・・・・!?
カイ、お前はもう少し落ち着いて行動を・・・カイ!?」
「ふははははははっ!平和な安眠を悪夢に変えてやるぜ、ばばあ!!」
メイアが静止する間もなく、カイはカフェテリアを走り去っていった。
メイアは呆然とカイを見送っていたが、
「あの様子では止めても無駄だな。
お頭の部屋がどこかも知らないのにどうするつもりだ、あの男?
まあ、あいつにいい薬になるか・・・・・・」
深く嘆息して、メイアは着席して自分の仕事に戻った。
マグノ海賊団クルー一人一人のフィールド。
頭目すら犯した事のない乙女達の聖域は絶対であり、本人のみしか許されない憩いの空間でもある。
ゆえに――
ウゥーーーン!!ウゥーーーーン!!ウゥーーーーーーーン!!!
敵襲もなく平和だったニル・ヴァーナを後に大いに騒がせる事になる珍事件発生の合図が今、非常警報として艦内全域に鳴り響いた。
<続く>
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