VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 6 -Promise-
Action10 −約束−
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表示される脈拍グラフの数値が二桁を切っている。
脳波・心拍数は共に微弱の一途を辿っており、人間が生命活動を維持できるギリギリを迎えていた。
寝かされているメイアの呼吸は数時間前の荒々しさは消えて、穏やかでに小さい。
ほんの数分前の停止した状態に比べれば回復はしているが、あくまで一時凌ぎに過ぎない。
その一時凌ぎにしても、ドゥエロとパイウェイの努力があってこそなのだ。
医療室は機械音のみの重い雰囲気が漂っており、ドゥエロ達の表情は暗い。
ドゥエロも、パイウェイも、それこそ限界の限界までメイアの回復に専念した。
持てる知識の全てを、出来る全ての努力を、今までの二人の間の男女の垣根を超えてまで協力して頑張った。
仲間達の心配の種を除去出来るように、自分達の思いが成就するように、メイアが持ち直す事を願ってやまなかった。
数時間にも及ぶ手術と延命処置、その結果は残酷な瞬間を迎えようとしている。
二人とも納得はしていない。
それでも医療的見解から、今まで立ち会った者としての判断から、結論は出ていた。
もう自分たちではメイアを助ける事は出来ない、と。
メイアの全身は集中的に医療機器との連結をされており、悪い言い方をすれば機械によって生かされているという事になる。
もしも医療機器を停止させれば、即座にメイアは死亡するだろう。
治療を受けている本人もまた、死を望んでいるのだから――
「ドクター、ごめん!遅くなっちゃった!!」
二人が陰鬱に顔を俯かせていたその時、医療室の扉が開いて一人の女性が飛び込んでくる。
患者にしては元気のいい、医者にしては場違いの汚れた作業服を着て中へ入ってきたのはパルフェだった。
「・・・・パルフェか」
声には張りがなく、冷静で厳としている普段の態度が微塵も感じられないドゥエロ。
ドゥエロのいつもとは違う様子に、パルフェは眼鏡の奥の瞳に疑問の色を浮かべる。
するとドンっと激しい勢いで胸元に衝撃を受けて、パルフェは目を白黒させて下を覗き込んだ。
「パルフェ〜、パルフェ・・・・」
「・・・・パイ・・・」
抱きついたまましきりに泣きじゃくるパイウェイの様子に、パルフェは大まかに状況を把握する。
繊細にパイウェイのナース帽子越しに頭を撫でてそっと彼女を引き離し、診療台のメイアの元へと向かった。
パルフェの目に映るメイア。
全身に血に染まった包帯が巻かれ、それでも穏やかに眠り続けるメイアの姿に目元が熱くなるのを感じた。
医療知識は皆無に等しいパルフェだったが、メイアが危機的状況に瀕しているのがわかった。
「とにかく、まずメイアの容態を説明して。私も出来る限りの事はするから」
「ああ・・・・すまない。私の力が及ばないばかりに、君にまで迷惑をかけてしまった」
自嘲気味に謝罪するドゥエロに、パルフェは小さく首を振った。
「ドクターが悪いんじゃないよ。メイアは私達の仲間だもん。
助けるのは当然だよ」
「分かった。かいつまんで説明すると・・・・」
ドゥエロは論理的にメイアの容態を説明し、脳内に突き刺さっているペークシスについて自らの見識をデータと共に詳細を明かす。
パルフェは真剣な顔で聞き入って、時折質問を入れる。
二人は質疑応答を重ねて、やや矢継ぎ早に相互了解を終えた。
もう何をするにしても手遅れに近く、時間がないのだ。
せめて出来る事を精一杯行い、メイアの復活を祈るしかない。
パルフェはスキャンデータで表示されたペークシスの破片を見つめ、機関部から持ち出した機械類を取り出す。
通信回線で急遽助っ人を要請された時、大まかに説明は受けていた。
ドゥエロの説明でパルフェはペークシスを専門に取り扱うエンジニアの自分を請われていると知り、手持ちの装置を持ち出したのである。
パルフェがメイアを救うために持ってきたのは二つ。
ペークシス抑制フィールドを発生するシートにコード付のパルス発生装置。
複雑なメカニズムで構成される二つの装置はドゥエロとパイウェイが見つめる中で、メイアに取り付けられた。
シートをまずメイアを悪化させている原因となっている頭部に装着。
頭部を覆う形で固定し、コードを繋げてパルス発生装置を手元に置いて準備は完了となる。
パルフェは装置始動前の点検を行いながら、作業の手順を説明する。
「二人ともよく聞いて。今から脳内で活動しているペークシスの破片を停止させる。
ペークシスが停止したら、すぐにドクターとパイウェイが破片を除去してほしいの」
脳内で反発しているペークシスは通常のやり方では取り除けない。
ペークシスが未知的な物質である上、頭部の中で激しい活動を繰り広げる破片にメスを入れれば脳そのものが損傷するからだ。
人間の脳は極めてデリケートである。
たった一薙ぎの傷を残しても、肉体的・精神的に後遺症が残ってしまう。
パルフェが考案したメイアの治療策とは、そんなペークシスの活動を停止させて無害な物質に変えてしまう事だった。
ただの破片になれば、ドゥエロでも有機的な処置が行えて破片を除去できる事は可能だろう。
エンジニアとしてパルフェを招き入れたドゥエロの判断は正しかったと言える。
「でも・・・・・・・・・・」
もしも、メイアが危篤でなかったのなら――
「このやり方じゃ、メイアを助けるのは無理と思う。
ううん、助けられる可能性はゼロに近いわ」
パルフェの沈んだ声に、パイウェイは目を見開いた。
幼いながらに一生懸命考えつつ理解したパルフェの説明が、有効な手立てのように聞こえたからだ。
「どうして!?この方法だったらメイアを助けられるよ、絶対!
破片さえどうにかできたら、メイアは助かるんでしょう!
ね、ドクター」
パイウェイの肯定を求める声に、それでもドゥエロは否定の意を示した。
パルフェが考案したメイアの救助には肝心な要素が抜けているのを悟ったからだ。
「パルフェのやり方なら、メイアを助ける事は可能かもしれない。
だがそれはあくまでメイアにその処置を施せる事ができたら、の話だ。
今のメイアに難解な手術を乗り越える体力も気力もない」
「そんな・・・・・・!?」
脳内のペークシスに機械的な処理を施して、活動を停止させる。
言うのは非常に簡単だが、実質行われた例は歴史的にないと断言できるだろう。
パルフェは打開策を述べたが、あくまで実験もした事のない机上の空論に過ぎない。
本当にペークシスの活動が止まるのか、処置を施す事で副作用が起こらないかは全く予想が出来ないのだ。
それに、肝心のメイアにはもう生きようとする強い力は微塵もない。
時間が経ち、ペークシスの活動で記憶の混乱が引き起こされて、辛い過去を反芻するメイアは生きる希望を失ったのだ。
父親が社会的に抹殺され、母親が人災的な事故で自ら不遇の死を遂げて、弾圧に弾圧を重ねられて見捨てられたメイア。
一人孤独に生きていく事に、一人戦い続けていく事に疲れ果ててしまっている。
メイアの心象世界が見えないドゥエロ達でも、メイアが苦しんでいる事ははっきりと分かる。
その上で今まで以上の負担をかける事は、完全なる死を促す事に他ならない。
万事休す。
そんな単語がドゥエロやパルフェの脳裏を駆け巡り、パイウェイの純粋な心を深く抉った。
「もう・・・・どうにもならないの・・・・?」
パイウェイは知らず知らずの内に悲観的な声を出してしまっていた。
「もう・・・・メイアを助ける事は出来ないの!!」
誰かに聞いている訳ではなく、誰かに聞いて欲しい問い。
少女の悲痛な叫びにドゥエロは唇を噛み締めて、パルフェは両手で顔を覆った。
もし誰かが泣いていいと言えば、即嗚咽が漏れるだろう。
医療知識を持っても、懸命なる介護があっても、科学的な知識を有していても、たった一人の女性を助ける事が出来ない。
たった一人の苦しむ心を救う事は出来ない。
三人共に眠り続けるメイアを見守る事しか出来ず、見つめる事でしかメイアに出来る事はない。
「これは、もう・・・・・・・・・・」
絶望の名に相応しい空気が漂い始め、ついにドゥエロが諦めの言葉を口にし始める。
ついにその時が訪れてしまう。
一体の鳥型が放った四方アームからのビームが強固なシールドを貫通し、母船に大ダメージを与えたのだ。
船内は今までにない規模の振動が訪れ、ビームは船のアーム部分に被弾する。
「シールド、一部消失!?左舷アームに被弾しました!」
悲鳴交じりのベルヴェデールの報告に、ブリッジ内にいた全ての者達が顔を青ざめた。
敵側がとうとう船の安全を唯一保証していたシールドを破ったのである。
「アーム被弾により、バランスが保てなくなっています!艦が傾き始きます!!」
補足するようにアマローネが戦況を述べて、声を震わせる。
船が傾きつつあるという事は、船を立て直している補正率が悪くなっていると言う事に繋がる。
このまま敵が攻撃すれば船がバランスを崩して、宇宙の航海も満足に行えなくなる事を意味する。
そうなれば、もう逃げる事も出来なくなる。
完全に八方ふさがりになった事を証明するように、オペレーターのエズラが恐怖に顔を震わせて独白するように述べる。
「第六から第九までの動力が閉鎖!これでは船は最高速度を保てません!!」
エズラの報告に、ブザムは力任せに自分のコンソールを叩きつけた。
このまま戦い続けるにはクルー達は疲弊し過ぎており、精神的に追い込まれている。
このまま篭城を続けるにはシールド力尽きており、現状ではもう一時間ももたない。
このまま逃げるには動力が不足しており、船の激しい損傷もあって逃げ切るのは無理だ。
戦う事も、守る事も、逃げる事も出来ない。
全てが封じられてしまい、ブザムは苦渋に顔を歪ませた。
自分の出来る全てが功を成せず、とうとう全滅の憂き目にあっているのだ。
「・・・・申し訳ありません、お頭・・・・・・・」
たった一言、噛み締めてブザムは視線を落としたまま自分の力不足を恥じた。
上に立つ者として心境を誰よりも理解できるマグノは首を振ってか細い声で答える。
「・・・・自分を責める事はないよ・・・・・・・
これは誰の責任もないさね・・・・・・・・・・・・」
マグノは深い溜息をついた。
人間、いつかは死ぬ。それは分かっている。
自分が先短い事も承知しており、クルー達のためなら自分の命を落としても本望とまで思っている。
しかし、今の状況では自分はおろか自分の大切なクルー全員の命が終わってしまう。
諦めたくはない、助けたい、救いたい。
気持ちは誰よりも強く、誰よりも切に願っている。
マグノは破壊僧であるとはいえ皆が助かるのなら、全力で祈りを捧げたい事も厭わないだろう。
「降伏も、命の猶予も与えてはくれそうにないね・・・・・・」
目の前の敵はただ自分達を破壊するためだけに、自分達から全てを奪うだけに攻撃を仕掛けている。
海賊団お頭として、もう出来る事は何もありそうになかった。
大丈夫という言葉にどれほどの説得力があるだろう。
勝てるという言葉にどれほどの力があるだろう。
自分が守ってやるという言葉にどれほどの安心感があるだろう――
「グス・・・・スン・・・・・」
「ちょ、ちょっとベル・・・・・」
目尻に涙を見せて身を震わせる相棒に、アマローネは何か励ましの言葉をかけようとするが何も言えない。
泣きたいのは自分も同じなのだ。
せめて出来る事は自分が泣かないように、これ以上悲しみを伝染させないようにするだけである。
じっと悲しみを堪えて身体を抱きしめるアマローネを見て、エズラもまた顔を俯かせた。
「副長さん、もうもたないっすよ!何とかしてください!」
ナビゲーション席で全身を傷だらけにしているバートが、苦痛からの泣き言を吐き散らした。
普段なら情けないと言う所だが、現状での痛手を何より理解しているブザムは何も口にはしない。
何も口にする事は出来なかった。
メイアが生死の境目を漂い、ドゥエロ達は絶望に喘いでいる。
パイロット達は前向きな気持ちを失い、船内のクルー達は不安と恐怖に身を震わせ、ブリッジクル−達は無力感に肩を落としている。
マグノは無駄だと心の何処かで分かっていながらも、何か励ましを口にしようとする。
口を開いて声を出そうとするが、マグノは何も言葉に出来ない事に愕然とした。
自分もまたクルー達と同じ心境なのだと気がついたのだ。
ブリッジに全滅を予感させる負の感情が満ち、他の部署からも次々とマグノに今後の事での不安や恐怖を言うクルーが後をたたない。
重々しさが船内を襲い、ついには押し潰そうとしていた。
その時――
『はあ〜・・・どいつもこいつもしけた面ばっかり並べやがって』
皆が顔を上げた。
苦痛も、諦めも、不安も、何もかもにそぐわない明るい元気のある声。
艦内全ての者が声の発生源を見つめると、どの通信モニターにも大アップで一人の男が映し出されている。
そこには、耐え難い現実にもまるで意に介していないようなカイの顔があった。
『たく、鬱陶しいんだよてめえら。おちおち悩んでもいられねえじゃねーか』
どこか不機嫌そうにカイは毒つく。
だが、それもまったく普段と変わらないカイの態度であった。
『いつも男は最低とか、男ってだらしないよね〜とか言っている癖に、いざとなったらこのザマかよ。
はっ、所詮女は女って事か。役立たずの一言だな』
あざけ笑うかのようなカイの辛辣な態度に、カチンと来たのかクルー内が不穏な気配が流れる。
だが、カイはまったく気にしない様子で続ける。
『デカイ口を叩く割には、いっつもやられてばっかり。
敵に襲われたらすぐにやられるし、追い込まれたら途端にへこむし、仲間のピンチにも何でも出来ないしな。
あーあー、やだやだ。女なんて口ばっかりの臆病者だな』
馬鹿にしたように鼻を鳴らして、カイは投げやりに首を振る。
カイが何を言いたいのかは分からない。
だが自分達を非難させている事に黙っていられるほど、彼女達は大人しくはなかった。
そんな雰囲気を察したのか、ブザムが全通信回線をオフにしようとする。
「カイ!
・・・すぐに回線を切れ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「?聞いているのか?」
再度呼びかけるが、アマローネやベルヴェデールは神妙な顔をして黙っている。
二人が命令違反したのはこれが初めてだった。
何か確信があった訳ではない。
ただ、カイがこうして艦内全域に呼びかけている事に意味があるのだと感じていたのだ。
何度も仲間を助けてくれたから、アマローネは思う。
約束を守ってくれたから、ベルヴェデールは思う。
カイは忌わしき男だが、決して無意味な行動はしないと信じていた。
放送は続く。
『特に、役立たず代表のそこのお前!お前だ、お前!
呑気にぐうすか寝ているそこのてめえだ!!』
寝ている、でクルー達はカイが誰に向かって叫んでいるのかが分かった。
この状況で寝ているクルー等一人しかいない。
『人がこんなに怪我してまで頑張ってやっているのに、何ぐっすり居眠りこいてやがる!!
さっさと起きやがれ、こら!!』
声が当然医務室内にまで届いている。
パルフェやパイウェイが呆然とする中で、ドゥエロは口元を緩めた。
カイが何をしようとしているのか、理解できたからだ。
『日頃は責任だの、自分は強いだの、大口叩いておいてそれかこら!
やっぱりてめえは口ばっかりの無能だったな。
何をそんなに死にたがっているのか知らねえけどよ、お前がここで死んだら俺が一生馬鹿にするからな。
どっかの誰かさんは責任を放り出して逃げた卑怯者だ、てな』
メイアは瞳を閉じたまま何も語らない。
ドゥエロは回線をコントロールして、カイにモニター越しにメイアを見えるようにする。
友人の考慮に感謝しながら、カイは今まで大声出して張り上げていたのを引き締める。
いよいよ、ここからが本題だった。
『誰もが皆、それぞれに背負っているもんがある。
辛い事や悲しい事なんぞ誰にでも持っているし、持ってない奴なんぞいねえ。
少なくとも、ここにはな。
だから、お前だって海賊になったんだろう?』
初めて話し合った時、初めてレジの仕事をした時に聞いた海賊発祥の由来。
それは決して明るい陽気な発端ではなかった。
『確かに今のこいつらは駄目駄目だし、情けねえ顔ばっかりしてやがるよ。
だけど、それでも必死こいて頑張っているじゃねーか!
やばい状況の中を、命の危険に晒されながらも、仲間は何とか生き残ろうと懸命なんだぞ!
金髪だってそうだ』
ジュラはレジ内ではっと顔を上げる。
指摘された事に戸惑いを感じて、ジュラはカイの顔を見つめた。
『しってんのか?お前がだらしなく寝ている間にな、金髪がお前の代わりに戦っているんだぜ。
リーダーの代わりとして、責任しょって先頭に立ってる。
こいつがまあ、だらしなくてな。
指揮はろくに出来ないわ、仲間のピンチに責任放り出そうとするわ、人のせいにするわで、リーダーとしては本当もう最悪だ』
周りの誰もが言わなかった事を、あっさりとカイは口にした。
指摘されてジュラが唇を噛み締め、傍らにいたバーネットは怒り心頭にカイを睨んだ。
カイは一旦呼吸を置いて、噛み締めるように言った。
『でもな、お前よりはよっぽど偉いぞこいつは』
「え・・・・・・・?」
カイの言葉に、ジュラは呆然とした顔をする。
『リーダーの代わりってのは辛いよな。
部下の責任もあるし、期待だって背負わされる。
でもな、お前みたいに逃げなかったぞ金髪は。
最後の最後まで悩んで苦しんで、それでも皆を助けようと頑張ったんだ。
俺は金髪が今度の対策を話しているのを聞いた時、俺は思ったよ。
ああ、こいつ偉いなって。一生懸命頑張っているんだなって、見直したよ』
今だかつて、カイがジュラを褒めた事は一度足りともなかった。
ぶつかり合った事は幾度としてあるが、ジュラを基本的にカイは好かなかったからだ。
『それに比べて、お前は自分が恥ずかしいとは思わないのか。
一生懸命頑張っている周りの連中に申し訳ないとは思わないのか。
何のために皆汗水流して努力しているんだと思ってんだ!
お前が帰って来るって、皆信じているからじゃねーか!!』
その言葉に、船内にいる皆がカイを驚いた表情で見つめた。
ようやく気づいたのだ。
カイが自分達の思いを汲んで、メイアに呼びかけている事に――
『仲間だけじゃねーぞ。お前を生んでくれた・・・・オーマやファーマだっけ?
そいつらの、親の気持ちだって裏切る事になるんだぞ!』
カイが怒号した時、事情を知る者は一様に身を固める。
メイアにはもう両親はいない。
カイの言っている事はきわめて的外れな指摘でしかない。
『・・・・お袋さんが以前こう言ってたよ・・・・・・・』
カイは以前のエズラとの会話を反芻する。
『私はあの人にたくさんの幸せをもらったの。
嬉しい事も悲しい事もあったけど・・・・あの人が出会えて、私は心の底から嬉しかったと思うわ。
この子はね、そんな私とあの人の幸せの結晶なの』
『幸せの・・・結晶?』
『そうよ。
この子がいつか生まれたら、今度は私がたくさんの幸せをあげたいの。
だから、どんなに苦しくても私はちっとも平気よ』
『・・・お前も同じなんじゃねーのか?』
カイは痛切に、眠ったままのメイアに問い掛けた。
『お前はな、ファーマとオーマの幸せの結晶として生まれたんじゃないのか?
お前が死ぬってことはな、二人の幸せを壊す事になるんだぞ!』
メイアの過去をカイは知らない。
だからこそ、言える事がある。
『それにファーマやオーマは、お前には幸せになってほしいんだよ。
てめえ、自分が幸せだって言えるか?
胸張って堂々と、自分はここで死んで満足だって言えるのか!
断言してやる。絶対お前は幸せなんかじゃない』
カイはメイアを睨み付けた。
『だって、お前はいつも笑ってない。いつだってむっつりして黙り込んでやがる。
傍目から見てもな、お前が妙に肩張って生きているのが分かるんだよ!
そんなザマで死んだらな、ファーマやオーマだって悲しむぞ。
お前はそれでいいのかよ!!』
クルー達も、マグノ達も、もう何も言わなかった。
カイの言葉を、メイアの様子を、ただじっと見つめていた。
カイは言い切って、荒げた呼吸を整えて静かに言葉をつむぐ。
『・・・・・まあ、そうはいってもお前の人生はお前のもんだ。
仲間がどう思うと、両親がどう思うと、お前の人生には口出しはできない。
お前の苦しみや悲しみは誰にも分からないし、理解だって出来ない』
冷たいようだが、他人は結局他人である。
他人に深入りする事は出来ないし、他人の人生を他人が変える事は出来ない。
メイアはそう思っていたからこそ、自分だけの強さを目指した。
カイはそう思っていたからこそ、メイアへの干渉はしなかった。
だからこそ、二人は見つめ合う事はなかった。
『お前があまりにも生きているのが辛くて、どうしても死にたいって言うのなら・・・・・・』
そう――
『その時は・・・・・・・』
これまでは――
『メイア』
初めて呼ぶ名前。
『俺が宇宙一のヒーローになって、お前を幸せにしてやる』
ファーストコンタクト―
『お前が苦しいのなら、俺が取り除いてやる』
初めての気持ち――
『お前が嫌だというなら、俺が言わせないようにしてやる』
初めての歩み寄り――
『お前が辛いのなら、俺が楽しくしてやる』
初めての思いやり――
『お前の帰る場所は誰にも奪わせない』
初めての心遣い――
『お前の仲間は一人も死なせない』
初めてのお節介――
『お前の全てを、俺が守る』
初めての一歩――
『だから、帰って来い。メイア』
初めての想い――
『皆も、お前を待っている』
初めての感情――
『俺も命懸けで頑張る。だから、お前も命懸けで頑張れ』
初めての――
『約束だ』
心からの微笑みに――
「・・・・・・・・・・・」
メイアはただ一筋の涙を流した――
<Action11に続く>
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