VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 6 -Promise-
Action7 −瀕死−
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両者共に無言であった。
自分の果たすべき役割を熟知して、後で後悔しない様に使命感に殉ずる者の目。
十一歳の少女であるパイウェイも、まだまだかけだしの医者であるドゥエロも持てる力・知識を総動員して治療に取り掛かっている。
パイウェイは戦場で負傷したパイロット達の看護に、本日一番の重傷患者メイアの全体的な傷の手当てを。
ドゥエロは昏睡状態に陥っているメイアの総合的な治療の目処を立てるために頭部の診察を。
二人は弱音も吐かずに黙々と仕事をこなして、時が流れていくのも忘れて没頭した。
やがてパイロット達の治療が終わりようやく一息を吐いたパイウェイに、ドゥエロからの呼び出しがかかる。
何か回復の見込みがついたのかと期待半分不安半分の表情で、パイウェイは診察室の診療台に向かった。
「来たか。負傷者の治療は順調か?」
「わたしの方はほぼ終わったよ。
・・・怪我は何とか・・・・」
「?何か問題でもあるのか?」
顔色を悪くして小さかった声を途切れさせるパイウェイに、ドゥエロは怪訝な顔をして尋ねる。
パイウェイは言ってもいいのかどうか悩んでいる様子だったが、やがて思い切ったように口を開いた。
「・・・みんな、すごく不安そうにしてた。
メイアの命が危ないっていうのもあるけど、敵がすごく強いみたいで・・・・
怪我人もどんどん増えているの・・・・・・」
今までパイウェイが海賊として生業に励んでいた頃は、これほどの苦境に立たされる事はなかったのだろう。
何しろタラーク軍すら翻弄する程の戦力を有したマグノ海賊団である。
故郷の星であるメジェールも頭を悩ませる程なのだ、今までは本当に順調に過ごせていた筈だ。
平和や幸せは、自分は安全なのだという環境と心身的な保全の保証から生まれる事が多い。
今までどんな敵も時には力づくでも倒してきた自分達。
過去の誇れる栄光も、今となっては脅威の敵からの猛襲に次々と味方達がやられている。
大人でさえ不安と恐怖に襲われている現況に、多感な年頃のパイウェイが心を痛めるのも無理はなかった。
小さな身体を更に縮ませて呟くパイウェイに、ドゥエロは何も励ましてやる事は出来ない。
自分が大丈夫だと言ったところでどれほどの説得力があるだろう?
敵は必ず倒せるという言葉にどれだけの安心感が生まれるだろう?
怪我人や病院を救える可能性を持つ医者。
人間の身体に大きく携わる権限を持つドゥエロだが、少女の不安を拭えるにはあまりに前線を知らなさすぎた。
本当に戦いの場に出て、敵の強さを知って、死が身近になる程の苦難に覆われて、尚諦めずに道を切り開く。
それだけの強さとハングリーさが己が身に宿して、初めて励ましが励ましとなりえるのだ。
根本的な解決法を見出さない限り、勝機がないのは紛れもない真実なのだから。
ドゥエロは瞳を閉じて、ややあって頭を振った。
自分は医者なのだ、医者として目の前の助手に光明が見えるように示唆しなければいけない。
ドクターとして出来る事をするのだと誓ったのだから。
「パイウェイ、これを見てくれ」
「え・・・?」
パイウェイが顔を上げると、治療台の右側に位置する診察ボードにライトが照らされる。
メイアの頭部のスキャンデータと診察機器による医療的診断結果。
ドゥエロが指し示す先にはメイアの脳が詳細に映し出されており、パイウェイも熱心に見つめた。
「メイアが負傷した肩口と頭部。
傷口からスキャンを行った結果、脳内に破片が幾つか突き刺さっている事が分かった」
「破片!?どれ?」
「ここの部分だ。よく見てくれ」
ドゥエロが指でピンポイントした箇所に目を凝らして見ると、煌く小さな破片が数箇所に渡って刺さっているのがパイウェイも分かった。
スキャンデータからでも判る位に光り輝いている正体不明の破片に、パイウェイは焦ったように説明を求める。
「これ、何よドクター?」
「ペークシスの破片だ。メイアのドレッドと敵が衝突してメイアが重傷を負った。
その時に恐らく破損した機体が飛び散っていたのだろう。傷口から侵入したのだと考えられる。
だが、問題なのは破片が刺さっている事ではない。破片そのものにある」
「ど、どういう事?」
ドゥエロが手元の診療機器を操作すると、脳内の様子が拡大化される。
突き刺さった破片がより詳細的に見えるようになり、ドゥエロが鋭い目付きを保ったまま説明を行った。
「このペークシスの破片が独自の反発行動を行っている。
破片そのものがメイアの脳細胞に微妙な侵食をしていると言ってもいい」
「そ、それって・・・・ひょっとして危険なの?」
ドゥエロの医学的な説明の意味は理解できないが、ドゥエロの深刻な表情から何となくだがパイウェイにも察する事が出来た。
メイアはこの破片が原因で今、命の危険に晒されている。
固唾を飲んで返答を待つ看護婦に、ドゥエロはよりわかり易い言葉でこう結論付けた。
「記憶中枢が破片により混乱している。
メイアの怪我が命に関わる程の重体である以上、今後治療を行うには本人の精神力が左右する。
記憶の混乱の中で、彼女の精神がどこまでもつか・・・・」
「ちょ、ちょっと!?それじゃあメイアが死んじゃうかもしれないじゃない。
この破片のせいでメイアが危ないのなら、ドクターが破片を取り除いてくれればいいんでしょう!」
「・・・・・・・・・」
難しい表情で黙り込むドゥエロに、パイウェイは目元を震わせる。
他のパイロット達が暗い表情でいる中を何とか目を逸らさずに健気に手当てをしたパイウェイ。
だが、彼女とて不安にならない訳はない。
沈痛な表情でいる自分の仲間達を見て、泣き出したい気持ちになっているのはパイウェイとて同じなのだ。
そして、その大切な仲間であるメイアの命が消えようとしている。
パイウェイはドゥエロが男である事も、憎き敵である事も忘れて、ドゥエロにしがみ付いた。
「お願い!メイアを助けて、ドクター!お願い・・・・・」
「パイウェイ・・・・」
ドゥエロの白衣に滲む涙の痕跡をそのままに、パイウェイは声を震わせて言った。
「いやだよ・・・・メイアが死んじゃうなんていやだよ!!
えぐ・・・うう・・・・・」
ドゥエロは自分よりも数十センチは低い少女の頭を撫でて、諭すように言った。
「パイウェイ、落ち着いて聞いてくれ」
「・・・・・・・」
ただ静かにしゃくり上げているパイウェイに、ドゥエロはそのまま言葉を続ける。
「例えばガラスの破片だったら、あるいは他の素材でもいい。
無機物であるのなら、君の言うとおり破片を除去する事はたやすい。
だがこれはペークシスの破片であり、反発行動すら行っている。
下手に破片を弄くろうとすれば、メイアの脳内への侵食がより一層激しさを増す危険性がある」
メイアを助けたいという気持ちはドゥエロにもある。
だが人間の脳はきわめてデリケートであり、医者であっても下手に進入する事は出来ない。
ましてや相手はまだまだ謎が多く残っているペークシスなのだ。
ドゥエロの説明を聞き入って、パイウェイはまだしがみ付いたまま呟いた。
「それじゃあメイアにはもうわたし達は何も出来ないの・・・?」
「本人の気力に賭けてみるしかない・・・・」
患者の命を助けるには処置を施さなければいけないというのに、患者に任せるしかないという矛盾。
自分で何とか出来るのであるならば、メイアとてとうの昔に回復しているはずだ。
無責任にも聞こえるドゥエロの言葉だが、不思議とパイウェイにはそうは聞こえなかった。
医療現場において今が一番頼りにしている相手であるせいかも知れない。
男・女という性別的な価値観を超えて、二人は現状を打開すべく悩みぬいた。
どうしても、諦めたくはなかったから。
パイウェイは未熟な頭を必死で働かせて考え込み、途端はっとしたように顔をあげた。
「ドクター!ドクター!」
「どうした?」
先程の嘆いている様子はどこへやら、何やら興奮している自分の助手に目を見開くドゥエロ。
パイウェイは疑問符を浮かべるドゥエロに勢い込んで尋ねた。
「ようするに、ペークシスを何とか出来ればいいんだよね?」
「あ、ああ、そうだ。
だが、それをどうするか・・・・・・!?」
その時、ドェエロにも妙案が浮かんだ。
はっとしたようにパイウェイを見つめると、パイウェイは分かっている様に笑顔で頷いた。
ドゥエロもまた、口元を緩ませて言う。
「君はいい助手だ。・・・すぐに取り掛かろう!
私から彼女に連絡を取る。君は準備を!」
「うん!」
元気のいい返事と共に、パイウェイは途端に走り回って準備を行う。
頼もしい助手にドゥエロは改めて微笑み、そして医療室にある通信回線を開いた。
「こちら、医療室。すぐにパルフェを呼び出してくれ!」
人間の治療を行うのが医者の領分ならば、ペークシスの管理を行うのはエンジニアの領分。
未知的な領域ならば、専門家に尋ねればいい。
パイウェイとドェエロの出した答えに事態は変化を見せようとしていたが、
「うくっ、あ、は・・・・・・」
呼吸器をあてられていても、最新設備の医療機器をもっていても、診療台に寝かされているメイアの苦しみを和らげる事もなかった。
それは数日前の事。
二度と再会する事のない永遠の別れが訪れる前の、母と娘の最後の諍いであった。
善意に満ちていた計画の影に潜んでいた悪意により、虐げられた母娘。
家族からも、国民からも、誰からも慕われていて頼りにされていた民衆の英雄が没落した。
闇夜にこっそり人民の前から姿を消したメイアの父に代わって、メジェールの人々は罪のない母親シェリーと娘メイアに憎悪を向けた。
非難はもはや当たり前、罵詈雑言を浴びせるのは常識となった狂った価値観が国中に蔓延する。
歪んだ情報を信じる民衆はこぞって毎日のように悪意を向けたのだ。
母娘の諍いのきっかけはそんな些細にして、容赦ない陰湿な行為から発生した。
メイアの家の近所に住んでいる人間が、メイアの部屋に小石を投げたのだ。
所詮小石とは言え、子供でも力一杯投げればガラスは割れる。
部屋で閉じこもっていたメイアが急いで窓の外を見るが、もう誰もいない。
このような嫌がらせはほとんど連日のように続いている。
メイアの父に、母星への移住に、期待を寄せていた民衆が裏切られて怒るのはまだいい。
父に怒りを向けるのは甚だ遺憾であったとしても、誤解を招くのはある意味で無理もない事であった。
問題なのは、騒ぎに乗じて悪戯半分にメイアと母親を虐げる面々がいる事である。
彼女達は母娘に特別な憎しみや悪意を抱いているのではない。
周りから虐げられている母娘を劣悪に罰する事は正当な行為であり、自分よりも弱い人間を見下す事を当然と思う性根が潜んでいるのだ。
誹謗・中傷、精神的な虐めは時に快感をも生み出してしまう。
弱き立場であり、圧倒的多数から悪だと断言される母娘の存在は彼女達にして見れば格好の的なのだ。
虐げても周りは決してその者達を罰する事はせず、むしろ当然の事だと受け止めてしまう。
虐げられた側の母娘の心の苦痛を案ずる事など以ての外であり、民衆は決して母娘に味方などしなかった。
メイアは窓ガラスを割られてよろよろと起き上がり、破片を片付けようとする。
一つ一つ慎重に手にとって片付けようとするが、視界がぼやけて行くのはどうしようもなかった。
友人に、大人に、見知らぬ人に責められ続けて、メイアは心が張り裂けそうだった。
重く頬を伝う熱い感触に気づいた時には、メイアは破片をその場に捨てて泣きじゃくった。
悔しかった、どうしようもなく悔しかった・・・・・
『どうして・・・?どうして私にこんな事をするの・・・・?』
答えのない問いに悲しみを覚えつつ、メイアは耐え難い精神的な苦痛を味わう。
誰からも愛されていた自分。
父に、母に、友人に、大人に、国に恵まれていた自分。
向けられていた笑顔は怒りに変わり、好意は悪意に変わった。
あれほど仲の良かった友達は一人としてメイアの傍に残ってはいない。
冷たい部屋の中で一人泣いていたメイアの背に、様子を見にきた母親が不憫げに声を投げかけた。
『メイア、オーマを憎んじゃ駄目。オーマは立派な人よ』
事態の成り行きから矢面に立たされた原因となった父親に対して、母親は弁護するように優しく過去の父親像を反芻した。
『不器用だけど・・・・呆れる位単純だけど・・・・嘘のない正直な人。
困っている人を見るとほっておけなくて・・・・それでいつも損をして・・・・・
でもね、母さんはそんなオーマが大好きになったの。だからあなたが生まれたのよ』
父親と母親が出会い、愛を育み、そしてメイアが生まれた。
メイアの家には今でも父親の写真や過去の栄光の日々の象徴であるスターの功績が残っている。
去っていった今でも、母親シェリーは父親を愛していた。
だからこそ、今の辛い現実を生きていけるのだ。
『あなたにもいつか分かる・・・あなたに大事な誰かが出来た時に・・・・』
存在の貴重さを言葉にする母親だったが、メイアはその言葉を受け止める事が出来るほど余裕はなかった。
大切な人間がいる、いない。
この差は母親が理解出来る程浅くはなく、拠り所だった人間の現実を見てしまったメイアには届かなかった。
『そんな者はいらない・・・・・
自分の所為で他の誰かにこんな辛い思いをさせるなら・・・・』
あまりに哀しい程に、メイアは優しかった。
自分の抱える悲しみを大切だと思う人間に背負わせたくはないという気持ちがあるのだ。
肩を震わせて、嗚咽を噛み殺してメイアはただ俯いていた。
そんなメイアに、母親は父親と巡り合って掴んだ幸福への糸口を話す。
『メイア、人を好きになるのは素敵な事よ。
大事な人がいるから強くなれるの・・・・』
静かに諭そうとする母に、娘は断固として言い放った。
『違う!そんなものがあるから弱くなるんだ!!』
そして最後の一言、メイアは母親に対して言った。
言ってしまった・・・・・・・・
『まだ分からないの!!誰のせいでこんな思いをしているのよ!!』
メイアの慟哭に黙り込む母親。
そのまま泣き続けるメイアに、もうそれ以上の言葉を向ける事はできなかった。
メイアは感情的ではあるが嘘も言っていなければ、言いかがりをつけている訳でもない。
例え周囲の誤解でも、社会が招いてしまった必要悪でも、メイアが虐げられている原因はまぎれもない父親なのだ。
母親が心から愛している女性であり、心から大切だといえる存在。
大切な人がいるから強くなれる、大切な人がいるから傷つく。
どちらが嘘でどちらが真かではない。
一方的な偽りでもなければ、強制的な真実でもない。
是非を問うには、母親は貫ける強さがなかった。
悲しみにくれる娘に対して、励ましの言葉も出なかった。
母親はそのまま踵を返し、肩を落としたまま自分の今の表情を見せないようにして一言だけ言った。
『ごめんね・・・・あなたを巻き込んでしまって・・・・』
その言葉に我に帰って振り返ったその時には、母親の姿はもうなかった。
メイアもまた、その時に初めて気がついたのだ。
自分と同じ悲しみを、いやそれ以上の辛さを母親は背負っていた事に。
そして、自分の言葉がより一層母親を傷つけて悲しませた事に――
十四歳の精神的に未熟なメイアは、結局母親にその場で謝る事はできなかった。
何の悪気もない母に対して済まないと思う気持ちと同じく、心の何処かで思っていたのかもしれない。
いつか謝ろうと、いつか自分の心の弱さを母にうち明けようと――
だが、母と娘は二度と気持ちが通じ合える事はなかった。
暴徒化した人民による火災の発生。
父が前面に立って指示した開発研究の成果が全て焼失し、脱出した一部の者以外の生きる人間達の生命をも消失させた。
そして、母も・・・・・
浮かぶ哀しい過去を振り返り、同じく死に行こうとしているメイアは母の気持ちを理解できた気がした。
死ぬという事、それは苦痛であるとイコール安らぎであるという事だ。
何も考えず、何も悩まず、何も悔やむ事はない。
メイアは暗い己の世界において、沈殿していた母への後悔の念を吐露する。
『あんな事を言うつもりじゃなかった・・・・・』
『いつか謝りたかった・・・・・』
『でも、もう伝えられない・・・・何を言っても・・・・もう・・・・・・』
『届かない・・・・・・・・・・・・・』
思いが弾け、過去は進み続ける。
もうメイアは流れるままであった――
『ねえ、ほら、あの娘よ。地表事故で生き残った・・・・』
『ああ、あのタレント気取りだった・・・』
船団国家として形成するメジェールの惑星外都市の一画。
華やかな服装をしている女性二人が、歩道の隅を歩いている一人のみすぼらしい格好をした女性を指してひそひそ話している。
高い水準を誇る科学技術によって一定の気温が保たれている筈なのに、厚手のコートにサングラスをつけているその女性。
女性は、メイアであった。
開発地域の事故から脱出したメイアはその後国の保護下により、最低限の生活保護をうけていた。
今までの幸せで暖かい生活とは打って変わっての、生活基準の低い毎日。
毎日の食事にも満足にあり付けない環境であったが、メイアは大仰な格好をしているのは理由がある。
開発区域で起きた事故よりメイアは母を失ったが、世間は結局同情も何もしなかった。
むしろ父親や母親が背負っていた犯罪者の汚名は、娘であるメイアにそっくりそのまま向けられたのだ。
素顔のままで、普段着のままで外を歩けば非難や罵倒は当たり前。
悪ければ難癖をつけられたり、石まで飛んでくる始末で、メイアは人目を隠す姿をしなければ外を歩く事も出来ないのだ。
だが、メイアはかつてアイドルとしてもて囃された程の容姿の持ち主。
姿を表向き隠そうとしても、どうしても目だってしまうのである。
例えばこの二人のように。
中傷と侮蔑な内容を口に出す二人の話し声は、陰口にしては大きい声であった。
二人は、メイアに聞こえるように言っているのである。
他人を嘲け笑い、メイアがどう思おうが知った事ではない。
メイアは犯罪者の娘なのだから、大勢の人間の期待を裏切った卑劣極まりない女なのだから。
周りから聞こえてくる自分を笑う声に、メイアは慌てて走り去った。
そのまま国から与えられた薄汚い自室に戻り、メイアはコートを脱いでベットに横たわる。
簡素な下着姿になり、メイアは埃で薄く黄ばんだシーツに顔を沈める。
耳を閉じても、眠りに就こうとしても、奥底から声が聞こえてくる。
先程の二人の自分への言葉。
愛情の欠片もない、同情も憐憫もない、まるでゴミでも見るような自分への瞳。
自分が全ての元凶だと言わんばかりの蔑みの言葉。
もう、メイアには味方は誰もいなかった。
周りはすべて自分の敵、国民の安全と平和が第一の国も犯罪者であるという汚名を着せたままだ。
誰も助けてはくれない、誰も救ってはこれない。
誰も・・・誰も・・・・誰も・・・・
『なんで・・・・なんで私だけこんな思いしなきゃなんないの!』
理不尽な現実に、社会に、人間に絶望して、メイアは悲痛の声を上げて闇雲に手を振り回した。
ベットの傍に置かれていたナイトテーブルがメイアに払われて、上に置かれていた物が転がる。
クリマスプレゼントに父親からもらったオルゴール、母から強引に譲られた髪飾りが音を立てて床に散らばった。
事故時、最後の最後に母親から委ねられた思い出の品であり、両親の形見でもあった。
生活環境が変わっても、メイアが手放さなかった二品である。
メイアは自分が落とした物が何であるかにも気づかずに、ただ泣き続けた。
悲しい、苦しい、辛い。
飛び交う負の感情は留まる事を知らず、メイアの中で荒れ狂っていく。
そんなメイアをまるで慰めるように、優しい旋律がメイアの耳に届いた。
『この素晴らしき世界』、夢と希望にあふれる曲調。
メイアがそっと目を向けると床に落ちたオルゴールの蓋が開いており、中にしまっていた物が転がっている。
土が入っている試験管。
開発に携わった父と母の成果の末が、蓋をされた状態で床に転がっている。
メイアはそれを見て、ますます思い知ってしまう。
母も父も、優しかった人達はいないのだと。
自分は孤独なのだと、誰も何もしてくれずただ自分の敵であり続けるのだと。
そして、
自分は一人なのだと・・・・・・
『もう生きていたくない・・・・・・・・・・』
昏睡状態を支える医療機器のセンサーが反応する。
ドゥエロが珍しく表情を豹変させて、慌ててメイアの心身具合を確かめる。
センサー表示画面に記されているのはたった一言“異常発生”
逸早くメイアの状態をチェックして、ドゥエロはメイアに何が起きたか大まかに判断がついた。
メイアの精神が、死を望んでいる――
「頑張れ!生きるんだ!!」
ありきたりな言葉でしか励ませない自分に、これほど歯痒く感じた事はない。
自分の記憶に苦しんでいるメイアに、陳腐な励ましは何の効力もないのだ。
ドゥエロは苦い表情のまま、何度も何度もエールを送る。
「メイア、頑張って!生きて!!」
延命措置を懸命に行いながら、パイウェイも必死で呼びかけた。
ドゥエロは本人の精神力次第であるといった。
つまり、メイアの生きようとする気持ちが衰えば衰える程死に近づいていく。
ようやく蘇生の可能性が出て来たところなのだ。
二人はそれこそ何振りかまわずに苦しむメイアに呼びかけ続ける。
だが――
モウ・・・・・
・・・・・・・シニタイ・・・・・・・・
呼吸は・・・・・・停止した・・・・・・・・・
<Action8に続く>
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