ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 22 "Singing voice of a spirit"
Action21 -阿万-
「……は?」
――カイはようやく、我に返った。
真っ暗闇。明かり一つもない、穴蔵。光は一切差さず、出口はない。穴の底、地底。狭く暗く苦しい穴の底に、カイ・ピュアウインドが立たされている。
自分の状況が、全く理解できなかった。何故こうなってしまったのか、まるで分からない。地の底に放り出されて茫然自失、首を傾げるばかり。
我に返れたのは、闇が浸透してからだった。
「此処が"精霊の祠"、なのか……?」
何故疑問形なのかと言えば、誰も教えてくれないからだと言い切れる状態。意味不明としか言いようがなかった。
不時着した惑星で、精霊について聞かされた自分。地球の天敵という精霊の存在を知り、交流を求めたのはカイであった。
地球人には一切教えなかった貴重な伝統を、長は快く教えてくれた。精霊との対話を行う場所、それが精霊の祠なのだと――
長の側近であるタタンカに連れられて――カイは、この暗闇へとやって来た。
「変に下るから妙だと思っていたんだが……普通、怪我人をこんなところへ放り込むか!?」
放り出す、という表現をカイは用いなかった。案内してくれたタタンカは確かに、怪我人のカイを穴の底へ無理やり突き落としたりはしなかった。
それどころか精霊の祠へ入る準備だと薬を飲ませてくれて、体力まで回復。この穴蔵もわざわざ丁寧に下ろしてくれたのだ。
その点は丁重だと言えなくはないのだが、結局そのまま放置されたら怒りたくもなる。何がなんだか、まるで分からなかった。
ただ戸惑いこそあっても、怒りまで湧いてこない。
「……悪意があって此処へ閉じ込めたわけじゃねえよな、幾らなんでも」
口にこそ出した疑問だが、実のところカイは彼らを疑ってはいなかった。
彼らには誠意があり、礼節がある。歴史永き伝統を受け継いでいる彼らは、人間性に年輪が深く刻まれている。
そもそも悪意があるのであれば、怪我の手当などする必要はない。怪我したカイを、ここへ放り込めば済む話だったのだ。
薬まで飲ませて案内までしてくれたのなら、彼らを疑う余地はなかった――のだが。
「……まさか登れというのか、この上へ」
穴の底は深く、そして狭い。カイ達が一年近く住んでいたニル・ヴァーナの監房よりも狭く、一畳分程度の広さしかない。
このまま此処にいたら数日持たず、発狂するだろう。何しろ光まで差していないのだ、完全なる暗闇である。
ただし、逃げ場そのものはある。カイの目の前に立ち塞がるのは壁ではなく、崖。直立不動ではなく、急面ではあるが登れるようにはなっている。
崖はゴツゴツしていて、手足を載せる凹凸も各所に見受けられる。カイは屈強な男ではないが、一応登れそうではあった。
「怪我人に何をやらせるつもりなんだ、あいつらは」
ただし健常の場合、である。カイは大気圏から不時着した怪我人で、手足にダメージを背負っている。
健康的な状態なら急な崖であっても登れそうではあるが、手足が傷付いた状態では登り切るのにも大変な困難となるだろう。
そして崖というのは登れば登るほど、落ちた場合の負傷度合は大きい。さらに悪いことに、崖はかなりの高さを誇っていた。
見上げても天井が見えない崖、頂上から落ちれば確実に落下死する高さだった。
「精霊と話すのに何の関係がある――と言いたいが、何かの試練ということなのか」
彼らの意図は計り知れないが、何となくカイには察する点はあった。この状況、つまりは極限化における戦い。
精霊という存在は、あいにくとカイは認識した覚えはなかった。地球側もそうだったからこそ、対話する手段を彼らに強要した。
もしも通常の状態で確認できないのであれば、極限化でこそ認識できるのかもしれない。カイも、極限での戦いを何度か経験している。
あの時の感覚は、通常時とは全く異なる。生きるか死ぬかの戦いでは、五感の感じ方が全く違った。
「分からなくはないんだが……俺に、そんな感覚が掴めるのかな」
――カイの不安とは、皮肉なことに経験そのものであった。
一度も極限化に置かれたことがないのであれば、この試練は理解できる。初めて極限の状態を晒されたら、五感が覚醒する。覚醒した五感が、精霊を認識するのかもしれない。
ただし、カイは違う。カイはもう既に、極限の戦いを何度も行っている。何度も何度も追い詰められて、五感も冴え渡っているのだ。
つまりは――
「既に『精霊と会っていないと変』だということになるんだぞ、畜生め。こんなので、会えるかぁぁぁぁぁぁ!」
"……"
"……"
――風も吹かない空間で、何故か溜息のようなものが漏れた。
<to be continued>
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