ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 21 "I hope your day is special"
Action27 -華霊-
"メイア"
名を呼びかけられて、メイア・ギズボーンはすぐに目覚めた。失われた意識の間で、彼女は目覚めてしまった――夢を、見ているのだと。
声は、優しかった。声が、愛しかった。声に、慈しまれていた。誰よりも優しく、誰よりも温かい。だからこそ、彼女は気付いてしまったのだ。
これほど優しい世界は、夢の中でしかありえない。
"メイア、オーマはね……メイアが嫌いだから、叱ったんじゃないの"
覚えている。まだ現実を何も知らない子供時代、イタズラをしてひどく叱られた。とても悲しくて、とても悔しくて、とても苦しくて、泣き喚いてしまった。
家の片隅で泣き震えていたメイアを、声の主――ファーマは、励ましてくれた。気遣ってくれた。それが嬉しくて、それがとても申し訳なくて――
やはり、泣くしかなかった。
"貴女に、分かってほしかったのよ"
――ああ、そうなのだろう……だから、あの男は自分を殴ったのだ。
夢を見ているのに、メイアはどこまでも現実を見据えている。背後から殴られて気絶した自分、意識を失っているのであれば暴行を加えたのはあの男だ。
随分と長く仲違いをしていた時期もあったが、今ではそれなりに彼のことを理解している。決して嫌っているから、自分を殴ったのではない。
自分の意志であろうとも、自ら死のうとする自分に――分かって欲しかったのだ。
"この星が緑の大地に変わるまで、私達は生きていないかもしれない"
オーマの雄大で、力強い声が聞こえてくる。当時メイアの父は船団国家メジェールの行く末を案じ、惑星のテラフォーミング事業に精を出していた。
子供の頃は分からなかったが、当時のオーマはきっと分かっていたのだろう。自分の夢が叶うのは途方もなく困難で、生きている間に達成するのはまず不可能だ。
年月を経た今の自分だから、よく分かる。無理かもしれない、無駄かもしれない。分かっている、分かってはいても――
たとえ無駄だと分かっていても、やらなければならなかった。
"でも、決して諦めないぞ――我々の未来を受け継ぐ、お前達のためにも"
そうだ、だからこそ私は諦めたくなかった。カイならばきっと地球を打倒してくれる、仲間達を必ず守り通して故郷へ送り届けてくれる。
カルーナは皆に愛された子供、あの子ならば健やかに成長するだろう。自分のように曲がらず、挫けず、どんな困難にも負けない強い子になってくれる。
彼らが成し遂げてくれるのであれば、思い残すことはない。未練はあるが、無念ではない。自分に成し遂げられずとも、彼らならやってくれる。
こんな自分でも、そう信じられる人が出来たんだ。
"お母さん達はね、お母さんのお母さん達にいっぱい愛してもらった"
……そうだ、自分もあの人達に――父に、母に、愛されていた。
愛されていたからこそ、愛していたからこそ、自分は愛を知っている。愛を信じているからこそ、残された人達に自分の全てを託せる。
誰にも愛されていないのであれば、誰かに託すことなんて出来やしない。自分の行動そのものが、愛されていた証拠だった。
愛を知っているから、愛する誰かに任せられた。
"だから貴女が生まれた時、オーマと誓ったわ。今まで愛した貰った分を全部、貴女にあげようって"
愛された喜びを知るからこそ、愛される喜びを知ってほしい。自分はその為に、カルーアに希望を託したのだ。
何故愛されていないと、思い込んでしまったのか。そう思い込んだ自分を見て、カイは躊躇なく殴り倒した。ああ、そうだろうな。
愛を知らないなんて、愛されていないなんて――これ以上無いほど、許せないことだ。
"メイア、忘れるな――"
"――どんなに遠く離れていても、私達はずっと貴女を見守っている"
ああ、もう忘れない。
自分には、愛を思い知らせてくれる人がいる。
自分には、愛する事ができる子供が居る。
救われない夢であった。父はその後数々の事故や不幸により消息を絶ち、未来を失った。
報われない愛であった。国に見捨てられて故郷を追い出され、母はそのまま離別して死んでしまった。
メイアは、愛を失ったのではない。愛を、信じられなくなったのだ。失ってしまったからこそ信じられず、愛されていたことを忘れてしまった。
カイは、メイアの過去を知らない。彼が知っているのは、今だ。多くの仲間達に愛されていながら、愛されていないと思い込んでいる今のメイアだ。
思い知らされたからこそ、思い出せた。この夢は過去ではない、記憶だ。愛を思い出せたからこそ、優しい記憶で溢れかえった。
愛してくれた人達のためにも、自分は生きなければならない。最後まで諦めずに、戦わなければならない。
「――だからといって、不意打ちで気絶させる事はないだろう。思う存分生きて、思い知らせてやる」
本当に優しい夢であったが、彼女は一度も振り返らなかった。夢を見ずとも、記憶はある。父と母の愛は、自分が受け継いでいる。
やるべき事が、やっと出来た。故郷へ帰ったら、父を探そう。故郷へ戻ったら、母を悼もう。報われることはないだろうが、決して無駄ではない。
そして両親の後を継いで――故郷を緑の星へと、愛に溢れる大地へと変えよう。
メイア・ギズボーンはそうして、目を覚ました。
＜to be continued＞
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