ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 21 "I hope your day is special"






Action13 -剽軽-








 ニル・ヴァーナ艦内が騒がしくなってきた最中、医務室でも赤ん坊の泣き声で大いに騒がしくなって来ていた。医務室に残されたカイやメイアが、大慌てで対応している。

母親であるエズラの相談を受けていたカイ達こそが、誰かに相談したかった。二人して赤ん坊を育てた経験など、ありはしない。敵を倒す方法しか知らない。

仲間であろうと安易には頼れない性格のメイアと、現状メイアが仲間に頼られると困るカイ。双方の嫌な利害が一致してしまい、状況は悪化していた。


仕方がないので試しにメイアがカルーアを抱っこしてみるが、赤ちゃんは泣き止めない。


「ほらほら、どうした。何がそんなに好まないんだ?」

「本当に、何に困っているのか話してくれれば一番楽なんだけどな」

「何を達観しているんだ、カイ。お前も手伝ってくれ」


「そうだな、とりあえずお前の抱っこの仕方に問題があるかもしれない。確かお袋さんはこうやって――」


 メイアと交代してカイが抱き上げてみると、ひとまずカルーアは泣き止んでくれた。好き嫌いではない証拠に、カイが相手でもカルーアは笑顔を見せない。

とはいえカイが抱いたら泣き止んだ事実には、メイアとしても腑に落ちない気分だった。抱き上げ方はあまり変わらないのに、何が違うというのだろうか。

ぎこちなさは、カイも同じだ。恐る恐るという感じで、カルーアを貴重品のように取り扱っている。抱いているというより、運んでいるイメージに近しい。


一応泣き止んでくれたが、状況はあまり改善されていない。


「どうするのだ、我々だけでは手に負えないぞ」

「お袋さんも一人、そう思い悩んでいたんだろうな」

「……うっ、それもそうだ」


 体験学習とはよく言ったものだ。親身になって相談に乗っていても、実際に体験してみなければ他人事の延長でしかないのかもしれない。

育児が大変だというのは誰でもイメージできるが、実際どう大変なのかそれこそやってみなければ分からない。今こうして、実感している。

そういった意味でも、エズラの代わりに育児を引き受けた事は有意義ではある。もっともこの経験をどう活かすべきなのか、皆目検討もつかないのだが。


思い悩むメイアの心境を理解してか、カイは不思議そうに聞いてみる。


「お前だっていずれは自分の子供を持つことになるんだ、いい経験じゃないか」

「……私が、自分の子を……?」

「何で訝しげに俺を見るんだよ。タラークはクローン生成だけど、メジェールは女が自分の腹を痛めて出産するんだろう」

「う、うむ……だがファーマとなるか、オーマとなるか、双方の合意が必要だ」

「母と父という事か。何だかややこしいな、同じ女同士なのに」

「人それぞれ、価値観が異なる。一概には決められないさ」


 メイアは、考えた事がなかった。自分が父となる事も――我が子を自分で産む、母親となる事も。想像したこともなかった。

十代で結婚することは、メジェールにとって珍しくはない。ただ船団国家の過酷な環境下に置かれているメジェールでは、子供に関しては推奨されていないのが実情だ。

テラフォーミング技術が開発半ばである以上人口の急激な増加は社会問題となり、メイア達のように故郷を追放された難民も多い。人口の増加は、メジェールでは悪とされている。


それらを抜きにしても、メイアは自分の子供について思いを巡らす事はなかった。孤高の強さを求める彼女にとって、今の自分はまだ未成熟だと心の何処かで思い込んでいるのかもしれない。


「この前話を聞いたガスコーニュにしてもそうだけど、お前ら海賊達の家庭環境ってのはどいつもこいつも複雑そうだな」

「好奇心が強いお前にしては、仲間達の過去については触れようとはしないのだな」

「俺だって人に聞かせられる、上等な過去を持っていないからな。まっ、別に不幸でもなかったんだが」

「記憶喪失とは聞き及んでいるが?」


「――この前の母艦戦で大怪我した時、一応思い出せた。ただ、結局大した過去でもなかった。思い出せても感慨はないな」


 地球で重用されていた人物の代役として大量製作されたクローンの一体、出来が良くなかったので辺境に廃棄処分された存在。捨て子のようなものである。

失われた記憶を宝物のように思っていたのに、宝箱を開けてみればガラクタだけだった。落胆は大いにしたが、絶望する事でもない。

そう思えるのは育ての親の存在、同郷の男二人、宇宙で出逢った女の仲間達。今がそう悪いものではないのならば、灰色の過去であろうと終わった話であった。


赤ん坊を不器用に抱きながら話すカイを見つめ、メイアは視線を落とした。


「私には……一応、父と母はいた。子供の頃は、それなりに幸せだったと思う」


 ――過去形である事も、言いづらそうにしている事も、カイは触れなかった。幸福に満ちた人生を過ごしているのであれば、海賊なんて職業はまず選ばない。

そもそも故郷を追い出されている時点で、察しがつくというものだ。自分から出て行った自分とは違うのだと、カイ自身分かっている。


「前にもちょっと言ったかもしれないが、俺には育ての親がいた。死に別れた訳でもなく、今も多分場末の酒場で一人元気に生きているだろうよ」

「親が生きているのであれば、それは幸せな事だ」

「どうだろうな、生活が大変だったから苦労の方が多かったよ。一人で生きていけない分、殴られたりしながら働いていたからな」

「海賊である今も差し引いても、親と別れた後は私もそれなりに荒れた生き方を過ごしていたよ」


 自分の過去について、急所には触れずに打ち明ける二人。不幸の方が多いのに、思い出はそれでも蓄積されている。美化されればいいのだが、本人の生真面目さが許さない。

早く大人になりたいと思ったのは、子供の頃が辛かったからだろう。大人になれば幸せになれる、自分で生きていけるのだと夢を見ていた。

そして今こうして巣立った後でも、まだ藻掻いている。ならば何時、思い描いていた未来へ辿り着けるのだろうか――?


今もまだ、きちんと心から笑えていないというのに。


「俺達はさ」

「ああ」


「この子には幸せになってほしいと思っているのに、自分の幸せは真剣に考えていないよな」


「……確かにそうだな」

「だからきっと、この子も俺達に笑顔を見せないんだな」


 カイもメイアも、少なくとも今自分が不幸だとは思っていない。少しでも良い未来を目指して、今を懸命に戦っている。目的も、理想も、確かにある。

だがそこには、幸福と呼べるものまであるのだろうか。今後も多く苦労するのだと覚悟を決めるのはいい事ではあるが、前向きとはいえない。


剽軽にもなれないカイ達にあやされても、カルーアは笑えないのだ。























<to be continued>







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