ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 20 "My Home Is Your Home"
Action31 −酵母−
母艦システムの初期化。刈り取りの主力である母艦の運用システムは、地球の科学力の粋を極めた技術品であった。一つの世界が精密かつ広大に構築されている。
それほどのシステムであっても、消去とあれば一瞬であった。データを構築するには膨大な手間が費やされると言うのに、消去するにはほんの一瞬。
パルフェは初期化を死と表現しているが、医者であるドゥエロも同じように評している。だからこそ、人の命を扱う医者が機関士の作業に立ち合った。
名残惜しくも哀しいが、パルフェは躊躇わなかった――システムデリート、そのスイッチを自ら押した。
「――大丈夫か?」
「何だかしんみりしちゃってるけど、平気だよ。そもそもこの子は、あたし達を刈り取る目的で作られた悪い子なんだから」
「親の責任とも言えるだろう、その表現では」
「うん、だからしんみりしちゃったの」
ドゥエロとパルフェ、医者と機関士の間に誰も割り込んでいない。システム初期化の許可を出したブザムも、後方で初期化作業を見守るのみであった。
母艦システムの初期化に感傷は持ち合わせていないが、心を痛めるパルフェの気持ちくらいは慮ってやれる。だから、口を挟まない。
システム屋に近しいレジのガスコーニュやバーネットもパルフェ達の様子をそれとなく伺いながら、必要な機材の準備を行っている。
システムの初期化と言っても、全て完膚なきまでに消し去るのではない。母艦運用の根幹となるシステムの土台を残した上で、更地にするのだ。
当然今後新しく構築するシステムは完全なる新規ではなく、今まで運用されていたシステムを参考にした運用となる。
言わば新しく更新されたシステム、微妙な表現だとパルフェ本人も苦笑する運用スタイル。人智を超えた技術力を持つソラが居なければ、膨大なテストに追われていただろう。
新システム構築に必要な筈の過程をかっ飛ばして行えるソラと、かっ飛ばす許可を出せるパルフェの連携があってこそだろう。
「システムの初期化、完了致しました。後日進捗書類と構築結果をデータ化して、提出致します」
「検証内容は後で確認させて貰うとして、ひとまずはこれで――」
「はい、この母艦は正式に我々の物となりました。カイの作戦はこれで完了ですね」
ミスティが持ち込んだウイルスで沈黙していたシステムが、この世から消え去った。残されたのは真っ白になったシステムの土台のみである。
残された基盤に何を植えて、どのような世界を構築するのか、パルフェの手腕にかかっている。悪辣な刈り取りシステムは今、消去されたのだ。
パルフェは感傷に浸っているが、過酷な作戦に参戦したバーネット達は安堵の息を吐いた。一時は生死を彷徨ったが、ようや母艦を確保できたのだ。
地球の主力であるこの母艦を略奪できた事は、戦略的価値においても非常に大きい。
「母艦に保管されている大量の無人兵器や、無人兵器製造工場関連はどうなっている?」
「刈り取りシステムが消去された以上、無人兵器の全ては戦術的目標が失われた状態ですね。
システムを再起動させれば動き出すでしょうけど、人間を敵として定められなくなります。敵が誰か分からないので、沈黙したままでしょう」
「なるほどな、標的が分からない以上暴走も行えないか。まさに、無垢な赤ん坊なのだな」
立ち会えなかったが、最近出産に取り組んだドゥエロとしては苦笑せざるを得ない表現であった。言い出したブザムも、肩を落としている。
自意識のない赤ん坊は泣き出す事さえあっても、むやみに暴れたりしない。世界が認識出来ないので、何をすればいいのか分からないからだ。
さまざまな種類と機能を持つ無人兵器であっても同じ、むしろ兵器だからこそ人間よりも勝手が利かなくなる。
医者であるドゥエロは機関士のパルフェと感性が近いために、自然と疑問が浮かび上がった。
「ふむ、そうなると無人兵器達を含めたこの母艦の新しき誕生に立ち会えた訳か」
「よかったね、ドクター。カルーアの出産に立ち会えなくて、随分悔やんでいたものね」
「ふふ、機会を与えてくれた君には感謝しないといけないな。しかしそうなると、この子達の親は誰になるのかな?」
「うーん、今回の場合だと……新システムの構築を行うソラちゃんかな」
「ノー、私はマスターの従者です。私の全ては、マスターに捧げております」
ソラは機関クルーの見習いとしてパルフェの補佐を務め、パルフェの推薦と抜擢により今後母艦のシステム運用を任される事となった。
そういった意味で新システムの親と呼べるかもしれないが、彼女はあくまでカイの力となるべくこの母艦のシステム運用を行っているのである。
あり得ない話だがカイがこの母艦の破棄を命じれば、ソラは躊躇なく母艦のシステムを破壊するだろう。価値観の第一に、カイが据えられているのだ。
自分の価値観を自覚しているソラは、親には成り得ないと即座に拒否した。その忠信ぶりには、バーネットも目を丸くするしかない。
「前から聞きたかったけどアンタ、何でそんなにあいつに従っているの?」
「私はマスターより名前を与えられて、この世界に存在しております。私に名を与えて下さったマスターこそ、恐れ多くはございますが私の親とも言えます」
「立体映像だもんね、アンタ……こいつと同じく、システムに近しいのかな」
「マスターの許可無く、私の正体は明かせません」
「……あいつも案外適当だから、知らなさそうだもんね」
システムが具現化された存在、バーネットの表現は案外的を射ているかもしれないとドゥエロは内心洞察する。
彼には既にソラやユメの正体には薄々気付いている、近い立場にいるパルフェも恐らく確信すら持っているだろう。それでいて、何も追求しない。
他人の事情には口を出さない主義もあるが、何より下手な追求を行えば彼女達は消えてしまう危険性があったからだ。
正体不明の存在は不気味ではあるが、多大な信頼を勝ち得ているカイの庇護者とあれば安心も感じている。
「親というのならそれこそ、パルフェが相応しいだろう。アンタがしっかり教育してやればいいじゃないか」
「うーん、あたしがファーマというイメージじゃないんですけどね……そういうガスコさんはどうです?」
「アタシ!? ハード面はそれなりに知っているけど、ソフト面は全然駄目だよ。あんたの分野じゃないか」
「ガスコさんもそろそろ子供を持ってもいいと思うんですけどね、あたしは」
「あんたに言われたくないよ、この機械好き」
どちらも似たようなものだと、言い争う二人を前にブザムは溜息を吐いた。そういう自分もまた、子育てには疎いという自覚もあるのだが。
新システム運用と構築は無論パルフェが行うつもりでいるし、システムを支える機材類は今後もガスコーニュがメンテナンスを行うつもりだ。
だがシステムという名の子育てとあれば、どうしても忌避してしまう。そもそもどうやればいいのか、分からないのだ。
多くの部下を育てた彼女達も、子供を育てた経験まではなかった。
「いいじゃないの、ガスコさん。これを機に、一度子育てを経験してみるというのは」
「あんたまで何を言い出すんだい、バーネット」
「あらかじめ決めておかないとソラが構築することになるので、自然とカイが色々口を出してきそうだから」
「あー、あの子の場合ありえるね……」
「……うわっ、母艦が好き勝手に暴れ回るのを想像しちゃった」
バーネットのどこか楽しそうな表情での指摘に、パルフェやガスコーニュが頭痛がする思いで嘆息する。何しろ、ソラやユメという前例がある。
ソラは基本的に素直でいい子なのだが、ユメは無邪気で好き放題に暴れ回る天真爛漫な子。あんなイタズラ好きになったら、大変どころの騒ぎじゃない。
ブザムも面白がるように口元を緩めるまま、何も言おうとしない。ガスコーニュは根負けしたように、咥えていた長楊枝を揺らした。
「そうだね……まずは、ポーカーのルールでも教えてやるかね」
「……子供が遊ぶには、若干難易度が高くないかな?」
「幾ら何でも人間の赤ん坊と混同してどうするんだよ。一度コンピューター対戦してしたかったんだ、たっぷり教え込んでやるよ」
――このガスコーニュの単なる暇潰しが、母艦の新システムに大きな影響を与える事となる。
<to be continued>
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