ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 20 "My Home Is Your Home"
Action16 −極楽−
カイとミスティ、両者引き分けという事で決着は未定。停戦条約が結ばれて、男女暖簾分けされている温泉施設はそのまま共同利用となった。
温泉クルーのツバサやシャーリーは元々そのつもりだったので、異存はない。むしろ今更男と女、どちらか専用にされる方が困る。
商売人が願うのは商売繁盛であって、道楽気分で始めた施設ではないのだ。より多くの人達が利用する事に不平不満などある筈がなかった。
こうして融合戦艦ニル・ヴァーナの新名物、天然温泉施設が正式開店となった。
「ヒャッホー!」
天然温泉施設の女性の湯、ほんのり湯気が立つ岩風呂で女の子の黄色い声が響き渡る。歓声と同時に、湯船に大きな波柱が上がった。
湯煙が乱れて、温泉の湯飛沫が豪快に宙を舞う。お湯が周囲に飛び散って、少女は頭から温泉に飛び込む形となった。
少女はご満悦だが、周囲で静かに温泉に浸かっていた者としてはマナー違反に憤然となる。
ブリッジクルーのお姉さん役であるアマローネは、特にそうしたマナーには厳しかった。
「コラ、気をつけなさいよ!」
「ごめん、ごめん」
温泉施設開設に誰よりも早く休暇を取って入りに来たのは、ブリッジクルー三人娘。情報収集能力に長けた女の子達である。
工事の状況を分析して開店時期を把握し、勤怠調節を行って副長に休暇申請を事前に行う。職務以外でも見事な仕事振りを発揮する三人であった。
セルティックもさすがに温泉に入る際は、着ぐるみを脱いでいる。毎日仕事をするメンバーだけには、素の自分を見せていた。
ベルヴェデールも見事なスタイルの肢体を、湯船に浸からせてくつろいでいた。
「改めて見ると、不思議な色をした温泉だよね」
「パルフェの話では、ペークシスの成分が溶けているそうだよ」
元々水道管破裂事故に伴い、各所で行っていた工事による連鎖が起きて噴出した温泉である。水質検査には入念に気を使っている。
温泉の成分がお湯に溶けているのは、ペークシス・プラグマの結晶がお湯に溶けていた事は確定済み。パルフェも首を捻っている。
結晶鉱物がお湯に溶けるケースも珍しいが、ペークシスが温泉の成分になるというのも妙な話。今も分析自体は進められていた。
もっとも温泉利用者には、温泉の成分元への興味はさほどない。気持ち良ければそれでいい、そんなものである。
情報収集能力に長けるセルティックも、深く調べたりもしなかった。
「あたし達も、変身とかしたりして」
「変身しなければいけないのは、あんたのこことかでしょう」
「きゃー、やめて〜!?」
未発達の胸をベルヴェデールに触られて、セルティックは悲鳴を上げて暴れまわる。立派な温泉郷も女性陣にかかればこんなものだった。
アマローネもマナーの悪さから止めようとしているが、遊びの範疇なのは理解している。微笑ましくやんわり注意するのみだった。
そこへガラッと扉が開けて、マグノ海賊団一のプロポーションを誇るジュラが仁王立ちする。
「ちょっとあんた達、ジュラを差し置いて温泉を独り占めしようなんて許さないわよ!」
「――あっ、女性代表に選ばれなかったジュラだ」
「そこは言わないであげて、本人が一番気にしているから」
ジュラに隠れて目立たないが、雌豹のような抜群のスタイルを持つバーネットがセルティックの指摘に苦笑いして返答する。
実のところ、天然温泉施設が誕生して一番喜んでいたのはジュラであった。サブリーダーというポジションでなければクルー志望していただろう。
バーネットもパイロットを辞めてレジ入りしたが、自分の生き方を模索している最中である。この温泉クルーには手伝いという形で参加していた。
女性代表がミスティであること自体に、異存は無い。ミスティの気概や行動力は母艦戦でよく分かっている。ただそうはいっても割り切れないのだ。
だからせめて一番乗りしたかったのだが、こうして先を越されてしまったのである――が。
「ほらほら、ミスティ! 一緒に温泉に入ろうよ、ね!」
「……あんた、つい先日のぼせて気絶したあたしを温泉に誘うなんていい度胸しているわね。しばらくお湯は見たくもなかったのに。
大体ちびっこいのもナースだったら、患者が困ってるんだから止めなさいよ!」
「ドクターが問題ないといってるんだから、大丈夫だケロよ。温泉に入って疲れを取れば元気になるよ!」
「温泉に浸かり過ぎて眩暈まで起こしているのよ、あたし!?」
扉の前で仁王立ちしている困ったお客さんを、後から入って来た女の子達が突き飛ばしてしまう。ジュラはあえなく轟沈した。
連れられて入ってきたのは三人、ディータとパイウェイに、今話題のミスティ。本人は湯煙を吸っただけで酔いそうな顔をしていた。
彼女は温泉対決後蘇生処置を受けて、医務室へ運ばれた。カイと仲良くベットを並べる羽目となり、男女対決は決着となった。
双方ノックダウンの原因は、湯当たり。水温が上昇する温泉に一時間以上浸かっていたのだ、のぼせて当然である。
元々温泉に深い思い入れもない彼女はしばらく温泉には入りたくなかったのが、ディータが見舞いに訪れた事が運の尽きだった。
母艦戦での協力戦線後すっかり仲良くなったディータは、ミスティとしては友人のつもりだったのに親友として大はしゃぎ。
心配して見舞いに来てくれたのは本人なりに嬉しかったが、温泉に誘う空気の読めなさにバッサリ一刀両断。
――したのだが、医務室には同じ友人のパイウェイが居る。こうして両脇を固められたミスティは、半ば無理やり連れて来られた。
女の子達としては、女性代表を務めてくれたミスティに大歓声。就活イベントと温泉イベントの立役者に、拍手喝采だった。
「本当にお疲れ様、ミスティ。よく頑張ってくれたわね、ありがとう」
「あはは、どうも。結局、勝てませんでしたけど」
「負けなかったんだから上等よ。あいつ、根性だけはあるから」
「根性しかないとも言うよね」
「……あんた、今だにカイには厳しいわよね。セル」
海賊入りもしていないミスティはマグノ海賊団との交流はまだまだと言えるが、知名度だけは抜群にある。人気も高いといっていい。
異星人として本人は恐縮しているのだが、ブリッジクルー三人組に暖かく歓迎されて照れくさいながらに喜んでいた。
温泉とは文字通り丸裸になって、お互いを分かり合う場とも言える。華やかに盛り上がって身体も心も、人間関係も温めていた。
そして中には、熱く燃え上がる人も居る。突き飛ばされたジュラは陽炎すら漂わせて、立ち上がって指を突きつける。
「ミスティ、ジュラと勝負しなさい!」
「勝負、あたしとですか?」
「そうよ。このままやられっぱなしじゃ済ませないわ!」
「いや、意味が全く分かりませんから」
「女性代表の座をかけて、ジュラと勝負しなさいと言っているのよ!」
「えええっ、い、今更!?」
理不尽というより、言いがかりにも程がある難癖である。だが、人間というのは時に理不尽で利己的になってしまう。
ジュラの言い分は万人に理解出来ないが、関係者にはそれとなく分かってしまう。分かるというだけで、納得には程遠いのだが。
共通して言えるのは、また始まったという諦観に似た思いだけ。ミスティに同情票ばかり集まる展開だった。
ミスティは圧倒的徒労により、実に重い溜息を吐いた。
「それで、勝負というのは?」
「決まってるじゃない、温泉対決よ!」
「嫌です」
「勝負から逃げるつもり!?」
「湯当たり起こして気絶した人間に、そんな勝負吹っかけないで下さい!」
ミスティに何の利もなく、微塵もやる気が起きない勝負である。買っても負けても待っているのは、のぼせた自分という結末のみ。
実に正当な理由で断るミスティだが、ジュラは納得がいかず引き下がらない。暴論に、正論は時に無力である。
さりとてこのまま勝負すれば、下手すれば死んでしまう。どうしたものかと頭を悩ませて――
のんきに応援している、自分の自称親友を見つめる。
「分かりました、勝負しましょう」
「いい覚悟ね、ジュラが勝ったら女性代表はジュラよ」
「いいですよ。その代わり、勝負するのはあたしの"親友"のディータです。この子に勝てば、女性代表の座はあげます」
「えええええっ!? ディータが勝負するの!?」
「あんたなら勝てるわ。あたしは信じてる、頑張って!」
「ミスティ……うん、ディータ頑張る!」
――これは見事な茶番だと、その場にいた全員が呆れ返った。盛り上がっているのは本人達のみ、周囲は白けていた。
そのままジュラとディータは睨み合い、温泉に飛び込んだ。審判はパイウェイ、観客はなし。本人だけは熱く戦い合っている。
燃え上がる熱湯対決から離れて、女性陣はその場から撤退。設けられた休憩室で、冷たいジュースを飲んでのんびり憩う。
「……悪い人じゃなさそうだけど、あの人と友達なのは色々大変ですね」
「……あんたも色々苦労しているみたいね」
ミスティとバーネット、不思議かつ実に共感出来る二人はこの場を持って、正式な友達同士となった。
厄介な友達を持つ者同士苦労を分かち合い、暇を見ては一緒に温泉に入って愚痴を言い合って労を労ったという。
人間関係とは、いつ何時構築できるか分からないものだった。
<to be continued>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けると、とても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.