ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 20 "My Home Is Your Home"
Action15 −生殖−
『――皆さん、長らくお待たせいたしました。我々は今日、一つの節目を迎えるのです。
今でも我らが故郷メジェールと、男達の星タラークでは戦争が行われています。互いの意思疎通は出来ず、互いの価値を尊重せず、ただシンプルに主張し合う。
男は蛮族であると、女は鬼族であると――我こそが人間であると、己が価値を証明している。
しかしながら優劣は決まらず、相手を罵倒するばかり。何時しか争うことが目的となり、倒す事が至高となっている。ならば我々は何故戦い続けなければならないのか。
大人達が、国が決めてくれないのであれば――我々で、決めよう。私達で、決しよう。そんな男と女が今宵、立ち上がったのです!
我々で見届けようではありませんか。男と女、カイ・ピュアウインドとミスティ・コーンウェル――どちらが、上なのか!!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
イベントチーフの、第一声。厳かに、それでいてバラエティックに、祭りの華を咲かせる大宣告。生中継の視聴率は当然100%、仕事など知ったことかと投げ捨てる。
各部署で、各生活区で、各施設で、各クルーがこぞって画面を注視して歓声を上げる。観客に男女なんて関係ない。男と女は今、舞台の上に居るのだから。
舞台は、天然温泉施設――本日、開業である。
『これはまた、立派な施設を作り上げたもんだな。これくらい出来るのであれば、監房をもっと作り変えて欲しかった』
『ふふん、あたしも改修を手伝ったのよ。今日、あんたと決着をつける為に!』
元監房だった場所の入り口には、見事な暖簾が飾られている。誰が描いたのか分からないが、立派としか言いようがない門構えであった。
元々狭かった入り口は壊されて広げられており、男と女の暖簾分けまでされている。団体客が訪れても対応出来る心配りまでされていた。
暖簾の前で二人並んで立つ姿を全面に映し出した上で、イベントチーフはマイクを向ける。
『今日の決戦を前に、二人の心境を聞かせてください』
『大した事は何もない。男の方が強いという当たり前の結論に辿り着くだけだ』
『おおっと、余裕の勝利発言です! 女性代表のミスティさん、反論は?』
『今はありません。後で泣いて謝るのは、この人ですから』
マイクパフォーマンスの完璧ぶりにクルー達は沸いたが、大人達は苦笑いである。マイク慣れしている子供達というのは、どうにも生意気に見えてしまうものだ。
今回決戦という形でのイベントだが、新設された天然温泉の宣伝も兼ねている。その為、内装の案内はチーフ自らが務める。
イベントだと分かっているのか、チーフのツバサとサブチーフのシャーリーは、なんと地球の和服姿だった。割烹着に近いが、子供に合った立派な服装である。
『来たな、テメエら。アタシの焚いた温泉にその貧弱な身体で耐えられるかな!』
『だ、駄目だよ、ツバサちゃん、ちゃんと宣伝しないと!? あのあの、とても気持ちが良い温泉なので、皆さん来て下さいねー!』
べらんめえ口調のチーフと、メモを片手に必死なアピールのサブチーフ。絶妙なコンビぶりに、この人事采配ぶりを皆が感心する。仲良くやれているとホッとさせられた。
この天然温泉施設の中は基本的に履物で行動、竹錠で施錠される下駄箱に自分の靴を収める。この礼儀を守らなければ、鬼チーフが叩き出す。
中央には番台があり、シャーリーが座っている。このフロントから彼女が受付をして、脱衣所へとご案内するのだ。
ツバサとシャーリー、二人の知識を元にした天然温泉の受付である。
『すごい、ちゃんと地球にあった過去の温泉施設を参考にしている』
『タラークの共同風呂だって、これほど立派じゃなかったぞ。趣向を凝らし過ぎだろう、こいつら』
所詮は子供だと侮っていた人達も、この受付を見て自分の認識を改めただろう。誰がどう見ても文句のつけようが無い、立派な看板模様であった。
脱衣所の手前から、男湯と女湯に分かれている。左が男湯で右が女湯、きちんと区分けされていて中まで当然覗けない。
カイやミスティは、お互いをジロリと睨み付ける。
『この暖簾分けも今日限りだからな』
『当然よ。男に入らせる温泉は無いわ』
そもそも発端はこの温泉施設の所有権である。一応その辺りを忘れないように、対決ポイントまでイベントチーフは万全に用意している。抜かりは無かった。
男女対決を考えて、外からのぞき見しにくい側に女湯を配置。まあ元々男三人に女を覗く趣味は無いのだが、安心感を演出した配慮であった。
さて、肝心の対決方法は――
『心の強さを競う勝負、熱湯対決よ!』
ようするに、我慢大会である。
天然温泉は元々温度の高いお湯だが、従業員以外は立ち入り禁止の燃料室が屋外と連絡していて調節する。
今回の大掃除で出た廃材を燃料として、火種や点火の補助などに用いる。後片付けまで想定したイベント内容に、大掃除を指揮したメイアでさえ感嘆の声を上げてしまう。
ボイラーで燃料を燃焼させて得た熱を水に伝え、温水に換える熱交換装置を持った熱源機器まで準備していた。
勝負方法は実に簡単、根を上げた方が敗北だ。
『さあ二人共、着替えて浴室へ行ってください!』
浴室は浴槽と洗い場に大きく分かれている。天然温泉施設という事で予算との兼ね合いもして、シャワーやサウナ室まで設けられた。
好みに合わせて水風呂や打たせ湯、座風呂やジェット風呂まで用意している。今回の勝負は露天風呂を演出した岩風呂で戦う。
無論宇宙船で露天なんてすれば宇宙に放り出されるので、あくまで演出である。岩風呂は、露天の雰囲気にぴったりだった。
脱衣所に入った二人は程なくして、姿を現した。
『おお、御覧下さい! 今回の勝負のために用意した勝負衣装、湯着を着た二人の艶姿です!!』
『艶姿とか言うな、恥ずかしいだろう!?』
『こ、これも勝つ為、勝つ為なのよ……!』
地球式の風呂に馴染みの無い者のために、湯着も用意されている。男性用、女性用、どちらにも言えるのは肌の露出が多い点だ。
カイは戦闘訓練にこそあまり熱心ではないが、体力勝負ではあるので身体を動かしている。男らしいとまでは言わないにせよ、貧相ではない。
ミスティもまだ育ち盛りでジュラ達大人の女性には負けるが、思春期特有の瑞々しい肌の美しさがある。羞恥もあって朱に染まる彼女は綺麗だった。
各方面から賞賛いただいた二人はいよいよ、湯気の立つ岩風呂の前に立つ。
『では、参りましょう――男女決闘イベント、スタート!!』
宣誓など必要ない。卑怯な真似をすれば相手の品位を笑うだけ、男と女のどちらが上かシンプルに決めるだけだ。
岩で囲まれたくぼみを湯船にした温泉に、意を決して二人は飛び込む。勝負開始、タラークとメジェールの決戦の火蓋が切られたのである。
我慢対決は地味ではあるが、心の強さを決める勝負。辛抱強さが問われるがゆえに、各陣営も緊張を強いられる。
ちなみに温泉の温度は秘密としている――分からないのもまた不安を煽り、二人の心を揺らすのだ。
『ぐぬぬぬ、ツバサの奴、手加減無しで焚きやがったな……!』
『うぐぐぐ、これ終わったら、エステで思いっきり焼かれた肌を癒してやる……!』
観客にも温度は教えていないが、勝負している二人が温度計である。顔まで真っ赤にして震える両者を見れば、どれほどの高温か想像が付いた。
十秒、二十秒、一分、十分――地味に、そして残酷に、時が刻まれていく。長風呂は女子に有利だが、熱湯は男子に有利。環境に差は無い。
だが、その環境に変動が出ればどうなのか!
『ツ、ツバサ、あいつ温度を上げてないか……!?』
『い、一瞬で茹で上がらないように、絶妙な滝加減をしているが、余計に腹立つわ……!』
そのままのんびり温泉を楽しませないぜ、と温泉クルーにあるまじき残虐さで、ツバサは嬉々として燃料室で温泉を焚いている。
シャーリーは恐る恐る制止に入っているが、イベントクルーとしてはオッケーである。心の強さを競うのだ、のんびりされてはたまらない。
こうして二人は温泉につかりながら、汗をかくという理不尽にも程がある我慢比べに入った。
『そ、そろそろ、降参してもいいんだぜ、ミスティさんよ……!』
『あ、あんたこそ、とっくに限界でしょう、カイちゃん……!』
『……』
『……』
『おおっと、すごいぞ二人共。一時間が経過、実に馬鹿な根性だー!』
『――あいつを、湯船に叩き込みたい』
『――同感だわ』
熱湯に一時間以上、ツバサの絶妙な湯加減とはいえ、男女以前に人間としての限界が訪れる。二人の壮絶さに、観客まで泣きそうになっている。
意識が朦朧とする二人、何で戦うのか既に分からなくなっている。この勝負に仮に負けても、仲が悪くなる訳ではない。
それでも――戦う理由が、あるとすれば。
『……お前、どうしてそんなに必死で戦うんだ』
『……決まってるでしょう、許せないからよ』
『……』
『……』
『……あんたこそ、何でそんなに頑張って戦うのよ』
『……決まってるだろう、許せないからだ』
男が、女が、では無い。男と女、全く違う存在。自分ではないからこそ、自分に無いものがある。違う存在だから競う、違う考えだから納得できない。
どれほど仲良くなろうと、譲れない一線がある。分かり合えない価値観がある。人間、それほど簡単に変えられない。
――だからこそ、許せない。だからこそ、戦う。
タラークとメジェール、二つの星が強制した価値観が無ければ、両星は分かり合えていただろうか? 決して、そうとは限らないのだ。
許せないのは、許そうとしている自分の甘え。戦う事を止めれば、馴れ合いになってしまう。決して、忘れない。決して、忘れるな。
俺達は、私達は、男と女――生殖器の違う、生き物なのだ。
『両者、ノックダウン! 勝負は、引き分け――ま、それが私達らしいか』
ミスティとカイ、二人は湯船の中で目を回していた。危ない状態なのだが、皆は笑って拍手している。
二人は――お互いの手を握り合って、我慢していた。譲れないものがあっても、お互いを求めていたのだ。
許し合うことは無いが、分かり合う為に戦う――それが逞しき、彼らの生き様だった。
<to be continued>
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