ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 20 "My Home Is Your Home"
Action10 −満喫−
元監房で沸き出した温泉は湯脈ではなく、ペークシス・プラグマが溶け出して生成された、言わば人工的な温泉である。
大規模な修繕工事をすれば止まるのだが、この時ばかりは男女問わず全員一致で開放する事となった。融合戦艦ニル・ヴァーナの新しい娯楽施設の誕生である。
その分元監房が完全に沈んでしまい、男達の部屋が無くなってしまった事には同情が寄せられた。母艦という仮住まいが出来た事は、不幸中の幸いだったかもしれない。
さて、その娯楽施設――新設というのであれば、当然所有権が争われる。この船には男と女という、二種類の人間がいるのだから。
双方の代表者はカイ・ピュアウインドとミスティ・コーンウェル、壮絶な話し合いの末に温泉勝負へと発展してしまう。男女の対立に、決着を着ける時が来たのだ。
勝負とあればイベント、イベントであればイベントクルー、イベントクルーが関わればお祭り騒ぎとなる。
「わたしに任せてよ、ミスティ!」
「お願いします、ミカさん。あたし、勝ちたいんです!」
「いいわよ、そのプロ根性。イベントであれど勝負事、徹底的にやりなさい!」
「ラジャー!」
「審判を公平にしてもらえるのか、不安になってきた」
ガッツリ手を組む二人組に、カイは溜め息を吐いた。温泉勝負と決まって、カイとミスティは早速イベントクルーへ事前に挨拶へ来たのだ。
真剣勝負であっても、男と女の代表で挑むのだから、個々の対決としてはいけない。ましてイベントであれば、イベントクルーに頼むのが筋というものだ。
イベントクルーと聞くと軽薄な職業に聞こえるが、マグノ海賊団員の心を癒やす崇高な役割を与えられた重要な仕事である。
まして一年にも及ぶ宇宙の長旅であれば、彼女達のような存在は必須といえる。ないがしろには断じて出来ない。
複雑な人間関係を通じて、カイやミスティもその辺りの道理が分かってきていた。
「勝負とあれば公平よ。例えミスティが負けることになっても、わたし達はカイの勝利を全面的に祝福させてもらうわ!」
「おお、頼もしい言葉じゃねえか」
「温泉取られた罰として、ミスティは熱湯風呂の刑にするけどね」
「新しいイベントになってる!?」
「抜け目がないな、この人」
惑星滞在や刈り取りとの戦闘中はイベントを開催する余裕も時間もないが、今は長期滞在中。イベントを開催するチャンスである。
束の間の休息の一時を楽しんでもらうべく、イベントクルー総員大盛り上がりであった。温泉が沸いたとあれば、尚更だろう。
カイとミスティの口喧嘩は常日頃見られるが、ガチンコの対決とあれば決着の意味もあって熱くもある。
特にカイは地球母艦打倒の立役者、ミスティはマグノ海賊団の子供とも言えるカルーア出産に立ちあった女性として持て囃されている。
この戦いは人気者同士の決闘ということでも、盛り上がっているのだ。
「チーフさんにも承認を貰えたし、早速勝負と行くわよ!」
「望むところだ!」
「ちょいちょいお待ちなさい、あんた達」
だが一番持ち上がっているのは、当事者の二人である。火花を散らして意気揚々と対決の場に向かおうとしている。
やる気満々の二人の背中に、熱くはなっているがイベント事には厳しいイベントクルーチーフのミカ・オーセンティックが声をかける。
「温泉は確かに今も湧き出ているけど、熱湯のまま噴き出しているだけよ。飛び込んだら火傷して死ぬから」
「げっ!?」
「うっ!?」
当人達は熱く盛り上がっているが、温泉はもっと熱く噴き出している。今はパルフェの水質検査で温泉だと発覚したばかりでしかない。
皆宝の山の発掘のように大はしゃぎしているが、そもそも温泉が沸いた原因は同時多発事故である。事故とは当然、喜ぶべきことではない。
水道管が破裂している元監房はお湯で埋まっている状態で、その中で勝負などしたら茹で上がって一巻の終わりである。
温泉に入るより前に、二人は豪快に水を差された。
「男湯か女湯か勝負で決める前に、まず温泉施設を作らないと駄目よ」
「ちっ、手間がかかるが仕方ないか」
「あたしだって女の子だし、肌を焼くのは嫌だわ。仕方ないわね」
二人の睨み合いに、ミカは苦笑いする。何度も言うがこれは水道管の事故である。今頃大掃除を宣言したメイアが烈火のごとく怒っているだろう。
現場を調査して、事故を修繕し、施設を作る。長期滞在中でなければ出来なかった事だ。心に余裕もできていい事ではある。
なのでまずは男女決戦よりも前に、軽く事前イベントを行おう――!
「そ・こ・で、まずはオーディションといきましょう!」
「オーディション……?」
「選抜を目的とした試験のことよ」
過去の記憶が無いカイに、ミスティが耳打ちする。詳しい過去はお互い話していないが、この程度はもうツーカーで行える仲だった。
だったら仲良くすればいいのだが、その辺は感情も絡んで難しい話のようだ。この二人の関係は、マグノ海賊団の間でも微笑ましい観察対象だった。
ともあれ、新しいイベントがチーフによって決起される。
「新しい施設、温泉。施設が設立されれば、当然責任者が必要になる。施設の運営にはスタッフも欠かせないわ。
その新しい施設の人員を、マグノ海賊団全クルーに大々的に公募するのよ!」
「今余っている人員って、むしろ少なくないか?」
ソラやユメのような異分子、シャーリーやツバサのような他惑星の新参者を除けば、大体全員に役割は既に決まっている。
そもそも宇宙船の運用ともなれば、総員持ち場で活動が鉄則である。余った人員など乗せたりはしない。遊ばせる余裕なんてないからだ。
カイのもっともな疑問に、ミカは楽しげに人差し指を左右に振る。
「ふっふっふ、この公募は言わば就職イベントよ!」
「就職だと……?」
「そう、日頃自分の今の職場や立場に不満がある人達だっていっぱいいるはず、そうした人達のための救済イベント。
新しい部署でニコニコ楽しく頑張ってみませんか? この部署はアットホームな職場、実力次第で報酬はうなぎのぼりの成果制を導入しております!
こういう売り文句をにこやかに言ってやれば、応募者が殺到するわ。もっとも、採用人数は限られているけどね、ふふふふふ」
「各部署から裏切り者が続出しそうだな、おい!?」
「うわ、大人のいやな椅子取りゲームになりそう……」
サバイバルイベント開幕――就職イベント、"温泉"クルー決定戦。
<to be continued>
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