ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 20 "My Home Is Your Home"
Action8 −撰時−
ニル・ヴァーナ各所で起きた、水道管事故。この事故が話題になった当初、乗員達には笑い話でしかなかった。各所で起きた要因が一気に噴出した場所が監房、男達の部屋だからだ。
笑い話と言っても、誹謗中傷の類ではない。日々果敢で仲間思いな男達はマグノ海賊団の仲間である事に疑いようがない、ただあの男達は頼りになるがドジも多くする。
加えて幸運に恵まれているが、悪運にも愛されている。ありえない事故が起きてはてんてこ舞いとなり、苦難の旅で疲弊する女性達の心を暖かく和ませてくれる。
事故の話を聞いて、女性達が早速男達を励ましがてら笑いにかかった。
「――セルティックからの通信、何だって?」
「『貴方の部屋は水没しました、あしからず』、とクマの着包みポーズで華麗に馬鹿しくさりやがったよ!」
「はっはっは、きっと着包みの中の素顔はイイ笑顔だったんだろうな」
「そういうテメエこそいの一番に通信来てたじゃねえか、誰だよ」
「ふふん、パイウェイだよ。困ってるなら部屋の床くらいはかしてあげる、だってさ。優しいねー」
「思いっきり冷たい床を提供されてるじゃねえか!」
「私はパルフェからだ。我々の部屋に溢れ出したお湯の水質検査を、今行ってくれているようだ」
「ついでに彼女の部屋も提供してくれるってんだろう。お前ら、仲が良いもんな」
とんだ被害に遭った男達だが、彼らは今現場から離れて略奪した母艦内に陣取っている。元々あの監房は工事中で、しばらく母艦内で生活する事にしていたのだ。
母艦内は無駄に広く、空調施設も機能しているが、人間用の環境ではない。機能重視の無機質な空間ばかりで、カイ達も適当に手荷物を整理していたところだった。
同じく部屋無しのミスティは取材とばかりに、カメラを抱えて飛び出している。問題はないが念の為、ガスコーニュが同行している。
そうして少しずつ片付けている最中、ニル・ヴァーナ側より事故の連絡が届いたのである。まだまだ通信は届く。
『すまない、カイ。私が大掃除を先導したばかりに、不要な事故を起こしてしまった』
「ブザムから話は概ね聞いたよ。あの馬鹿共のせいなんだろう、お前が気にする事じゃない。水道管は直りそうなのか?」
『水道管自体の修繕はすぐに行えるが、噴出した液体の水質検査次第では、あの部屋を除染しなければならなくなる』
「ペークシス・プラグマからの排出物も大量に混じったんだったか」
ペークシス・プラグマそのものに、カイはさほどの抵抗はない。未知なる物質なだけに畏怖こそあるが、あの奇跡の物質にはよく助けられている。
自分の機体SP蛮型には蒼と紅の結晶を積み込み、病の星ではテラ・フォーミングを行い、バート・ガルサスの意志に応えてニル・ヴァーナを再誕させた。
自分達がこうして生き延びられているのも、あの結晶の力があってこそだ。今更、人間に害があるとは考えにくい。
ただ一方で、敵にも同じペークシス・プラグマが使用されているのも事実。紅の光、あの攻撃は人間の精神にまで悪影響を及ぼした。
『防護服を装備した上で、現在検査を行っている。完了次第本人から連絡が入る予定だ、今しばらく待ってほしい』
「分かった。こっちは今のところ急いでないし、丁寧な作業をお願いするよ」
『無論だ。今度こそ不手際を起こさないように、私が徹底的に監督する。では、失礼する』
「――彼女、相当怒っていたね」
「我が事のように怒ってくれる彼女に好感は持てるが、ピョロ達には少し同情する」
バートやドゥエロのひそひそ話に、カイは苦笑いする。ピョロもそうだが、同じ部署に所属するユメが泣きながら逃げているのが予想出来るからだ。
人間を殺すと軽く言い切る冷酷な少女だが、エズラの赤ちゃんが誕生してから人間の命を尊重するようになった。赤子が育つに連れて、彼女もまた感情が豊かになっている。
感情に幅が出れば、他人の感情にも敏感になる。大人の怒りに、子供は無条件に逃げてしまうものだ。
自他共に厳しいメイアは、大人の象徴そのものだ。ユメも大層、苦手意識が働いているだろう。
『聞いたわよ、あんた達。とうとう本格的に家なき子になっちゃったわね。故郷を追い出されたジュラ達の気持ちが、少しは分かったんじゃない?』
「不慮の事故とはいえ、故郷から強制ワープさせられた時点で思い知っているよ!」
「そういえば僕達、このまま帰っても軍に居場所とか無さそうだよね」
「彼女達と行動を共にしている時点で、今更だろう。私としては実に良き経験だった、君達という無二の友も得られた」
『な、何だかいい話になっちゃってるわね……』
気持ちとしてはお見舞いなのだが、ついついからかってしまうジュラとバーネット。しんみりした空気は、彼女達には似つかわしくないのだろう。
男三人も不遇を囲ってばかりだったが、苦労こそあっても別段苦にはしていない。おかしな物言いだが、苦労した経験もまた彼らには良い思い出となっているのだ。
落ち込んでいないと分かって、ジュラ達もホッとした顔をする。励ます必要がなければ、友達としてからかうだけだ。
『ジュラの部屋でよければ提供してあげるわよ、カイ。その代わり、ジュラと子作りしてもらうけど』
「子作りってお前、結局故郷へ帰ったら家庭に入るつもりなのか?」
『――そっか、エズラさんのように子供を育てるという選択肢があるわね』
『ちょっとジュラ。本気で、海賊をやめるつもりなの?』
カイも大した考えもなく聞き返しただけなのだが、思いの外真剣にジュラは考えこんでしまった。ここに居る面々は、ジュラが将来について悩んでいるのは知っている。
故郷へ帰って刈り取りを阻止できれば、ジュラはマグノ海賊団を辞めるつもりだった。この決断は既に決めていて、もう翻すつもりはないようだ。
カイ達を通じて男を知った以上、タラークを攻撃する事は出来ない。バート達の生き方を知った以上、海賊家業に始終する事は出来ない。
既にリーダーであるメイアにも相談したからこそ、メイアもまたディータという新しいリーダーを育てているのだ。
『ねえ、カイ。ジュラが家庭に入ったら、子供の父親になってくれる?』
「今現在家もない男に何聞いてるんだ、お前は」
『ふふ、そうよね。まっ、考えておいて』
『やれやれ……カイ、私も後で相談に乗ってよ。アタシも先のこと色々考えて、今悩んでるんだ』
「じゃあ、ついでに一泊させてくれ」
『あはは、了解。いつでも遊びに来て』
励まされるどころか、逆に励ます形になってジュラ達の通信は切れた。家を失ったカイ達と同じレベルで、彼女達も自分達の居場所について悩んでいるようだ。
子供だの、家庭だの、二人して重い決断を求めているが、バートもドゥエロも茶化したりはしない。男と女という関係も含めて、少年少女には未来の選択肢がある。
家がないという意味では、この子達も同様といえる。
『申し訳ありません、マスター。私のミスでマスターや御友人の部屋を奪ってしまいました。どうぞ、罰をお与え下さい』
『うえーん、いっぱい叱られたよ、ますたぁー』
「――この二人が落ち込むなんて珍しいよね」
「神の如き摩訶不思議な存在ではあるが、人並みに失敗もするようだ。興味深い」
ソラとユメ、二人の存在は今でも謎ではあるが既に受け入れられつつある。日々人間らしくなっていく彼女達は、子供のように愛され始めているのだ。
人と関われば、人と近しくなる。マグノ海賊団が恐れていたのは未知なる存在であり、映像であっても人の心を持った女の子ではない。
ましてしょんぼりした顔を見れば、男であっても心をくすぐられてしまう。自分の部屋を破壊されたカイでも、責め立てる気にはなれなかった。
「俺から言わなくても、青髪やバアさん達が叱ってくれそうだからもういいよ。どうせ、大掃除する予定だったみたいだからな。
ソラもユメも、ツバサ達のお姉さん役なんだ。立派なところを見せてやってくれ」
「そうそう、シャーリーだって君達二人を慕ってるんだ。あの子を悪い子にしないでくれよ」
『承知致しました、マスター。彼女達の模範となるべく、研鑽してまいります』
『ふふふ、任せてよ。あの子達はユメの部下なんだから、しっかりきょーいくしてあげるわ!』
「――これも一種の子育てか。なるほど、育児教育というのも勉強になりそうだ。私も教鞭を揮ってみるか」
「先生役ね――ドゥエロって、人間教育は苦手そうだな……」
「何を失礼な――と言いたいけど、カイの言いたい事は僕も何となく分かる……」
家を失ったばかりだというのに、男達は逞しい。家を失っても、居場所はある。居場所は、自分達で作り上げた。その自負が、彼らを強く支えているのだろう。
同調するかのように、女性陣からの通信は絶えない。どの娘も明るく、そして優しい。気遣っていながらも憐れまず、背中を叩いてやっていた。
温かくも幸せな時間を過ごしている内に、水質検査完了の時間となった。
水質検査担当であるパルフェが、まず真っ先に被害者であるカイ達に伝えてくれる。
『検査の結果、出たよ。このお湯は何と、温泉です』
「……は?」
『うんうん、分かる。理解できないのはよく分かる。でも本当に、温泉だよ。
君達の部屋に――温泉が、湧いたの』
カイ、バート、ドゥエロ、全員揃って顔を見合わせる。今までありえない事ばかり起きているが、今回のは極めつけにバカバカしい。
机の引き出しを開けたら未来へ通じている、床を開けたら異次元に繋がっている。子供達のお伽話でしかありえない、空想。身近なファンタジー、遠き絵空事。
自分達の部屋から、温泉が沸き出した――新しい奇跡の1ページが、描かれた。
<to be continued>
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