ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 20 "My Home Is Your Home"






Action3 −見積−








 マグノ海賊団には、仕事人間が多い。日々激務な上に命懸け、それでいて賞賛を浴びず人目を忍ぶ毎日。そんな日夜を過ごしていれば、自然と日常を疎かにしてしまう。

特に彼女達は故郷より追い出されて、スペースデブリの中の隠れアジトで生活を営んでいる。日常を彩る余裕なんて無く、自分の部屋も寝泊まりするだけの空間となる。

クリーニングクルー、イベントクルー、エステクルーは日常改善の為に設立された部署ではあるが、彼女達とて海賊。遊び呆ける訳にもいかず、まだまだ改善の余地があった。


久し振りの休暇、長期停泊が決定したその日――彼女達はようやく、我が身を振り返った。


「……なるほど、確かに酷いな」

「でしょ、でしょ!? ずっと放ったらかしはあんまりだと思います!」


 融合戦艦ニル・ヴァーナ、旧イカヅチの監房。かつてタラークの軍艦であり、男達の住んでいた生活空間を前にしてメイアとディータが話し込んでいた。

彼女達が覗きこんでいるのはカイやバート、ドゥエロの部屋だった場所。母艦戦闘時に無人兵器侵入で陥落した部屋の中を、ありのまま見渡している。

彼女には珍しく力説する様子で、メイアを相手に握り拳を作る。


「宇宙人さん達やミスティが今朝、ニル・ヴァーナを出て行ったんです。住む部屋がなくて追い出されるなんて酷いですよ!」

「何やら誤解がありそうだが……まあ確かに、我々の職務怠慢も原因ではあるな」


 捕虜だった頃なら自分達で直せと放置するのだが、彼らは既に立派な仲間。そもそも無人兵器の侵入を許す羽目になったのも、他でもない男達を追い出したからである。

あの時カイは母艦戦闘で行方不明にまでなり、バートは被弾、ドゥエロは瓦礫に巻き込まれて負傷。全員揃って散々な目にあったのだ。

自分の不甲斐なさを自覚した女性陣は部屋の修繕を申し出て、その間の女性フロアの居住も許可したのだが――


日々の激務に流されて、許可したまま放置していたのである。


「しかし、ディータ。見ての通り、何もしていないのではない。修繕工事が長引いているのは認めるが、間もなく修繕は完了すると報告を受けている」

「でも整備の人の話だと、水道管の事故で工事は長引くと聞いてます」

「……いつの間に、整備クルーと交流を深めたんだ?」


 ディータをドレッドチームリーダーの候補生として鍛えているメイアだが、どうやら彼女の予想を超えてリーダーとしての資格に目覚めつつあるらしい。

人の上に立つ者は、人の下に置く者を蔑ろにしてはいけない。パイロットにとって、整備班との交流は必要不可欠だ。彼らのサポートがあって、パイロットは務まる。

どうやらディータは毎日の訓練に重ねて、整備班との交流も深めて連携を取っているらしい。人見知りだった少女が、いつの間にか巣立ちつつある。

実に喜ばしいのだが、うかうかしているとすぐに追い越されてしまう。メイアは喜びつつも、自分を戒めた。


「それで宇宙人さん達をディータのお部屋に誘ったんですけど、迷惑になるからいいと断られてしまいまして」

「お前の部屋だと、四人も連れ込むのは難しいだろう。その言葉通り、彼らも迷惑を掛けたくなかったんだ」

「ディータはちっとも気にしませんよ。むしろ毎日楽しくて、ウキウキしちゃいます」

「……なるほど、そういう意味でも気を使ったのか」


 ディータはリーダーとして勉強中の身、自分達が部屋に居座っては邪魔になると考えたに違いない。彼らの人間らしい気遣いに、自然と微笑が滲んだ。

遊びに行く程度なら問題ないだろうが、流石に居候するとなると大変だ。男三人に女一人、仲良しメンバーが揃っては集中なんて出来ない。

特にミスティとは最近親密に交流しているらしいのだ、友達が傍にいたらまず遊んでしまうだろう。ディータのためにならないのは、分かりきっていた。

そんな彼らの心遣いを分かってはいるのだろうが、ディータは落ち込んでいる。


「部屋がないから、宇宙人さん達が出て行ってしまったんです。これはきっと、リーダーの責任です」

「自分の責任だと言いたいのだろうが、私も責められている気分だな」

「お願いします。早く、この部屋を直してあげて下さい!」

「整備班にも頼み込んだのだろう?」

「はい。でもリーダーからも一喝してあげて下さい!」

「私を何だと――ああ、言わなくていい」


 経緯はどうあれ、確かに工事が長引いているのはよろしくない。サボってはいないのだろうが、遅れているのは間違いなくクルー側に原因がある。尻くらい叩くべきだ。

それにしても男達の住居とはいえ、仮にも日夜住む部屋の修繕まで遅れているのは問題だ。もしかすると、艦内のあちこちに綻びが出ているのかもしれない。

そう考えて、ふと自分が育てているリーダー候補を見やる。


「ディータ。この部屋の他に、何か問題がありそうな場所はあったか」

「えーと……何でもいいですか?」

「気付いた所があるのなら、言ってみればいい」


「はい。エレベーターがたまに止まるそうです」


 目を見張った。男と女の区画を行き来する上で、エレベータの機動は必要不可欠だ。何しろメインブリッジは、男側の船に設置されているのだから。

理由は恐らく、あのウイルス騒動の余波だろう。あの時全艦停止して、エレベーターが止まったのだ。その後急稼働して、エレベーターにも多大な負荷がかかった。

恐らくその時部品が傷付いたか、システムにバグが出たのだろう。一刻も早く直さなければ、まずい。

メイアは厳しい顔で、ディータに追求する。


「何故そんな重大な欠陥を、今まで放置していた!」

「怪談ではないかと、女の子達の間で噂になってましたよ。リーダー、知らなかったんですか?」

「むっ……」


 知らなかった、では済まされないのだが、事実としてメイアは知らなかった。だいぶ改善はされつつあるが、彼女の人間関係は非常に狭い。

同僚達と日々交流する機会も殆ど無く、一人で仕事をして一人静かに生活している。噂なんてのは、耳を立てなければなかなか届かない。

報告する義務を怠ったのは問題だが、噂にまでなっている問題に気付かなかったのも酷い。メイアは眉をしかめた。


「あとはユメちゃんとロボットさんがカルーアちゃん用の通路を作るとかで、非常用出口の突貫工事をしてました」

「何をしているんだ、あいつらは!? 何故、止めなかった!」

「ずーと、使ってない通路なんですよ。非常用出口の前にダンボールがいっぱい積んでましたし」

「ぐっ……そういえば男側の倉庫を整理していなかったか」


 半年前まではほぼ別居状態だったのだ、男達の区画を見定めてはいない。カイ達と行動するようになって調査はしたが、使いそうな区画だけだ。

倉庫なんて二の次であり、元軍艦だった部屋の数々は手付かずで残されている。いつかやろう、そう思っていたが、思っているだけで終わってしまっている。

何しろそれから半年間、ミスティの来訪に始まって色々な騒動があったのだ。船の中を掃除する暇なんてない。

ユメとピョロの行動は褒められないが、整理整頓しているのに責められもしない。


「それと敵のロボットさんの侵入で壁は幾つか壊れたんですけど、隣同士だった部署が仲良くなってそのまんまにしている所があります」

「まさに、ご近所付き合いだな……もしかすると職場だけではなく、住居区も?」

「天井が壊れて、上と下の部屋が繋がっている所もありますよ!」

「……もういい、よく分かった」


 人間には適応能力というものがあるが、全くダメな方向に適応してしまっている。女性達の怠慢ぶりに、メイアはこめかみを引き攣らせる。

カイ達の部屋どころの問題ではない。このニル・ヴァーナ全体が、ガタついている。仮にも敵に壊されたというのに、そのままにしているなんて言語道断だ。

酷い、酷すぎる。気付かなかった自分にも、果てしない嫌悪を感じた。多分この分だと、自分の部署であるドレッドチームにも問題が後回しになっているに違いない。


メイアは、決心した。


「ディータ、やるぞ」

「はい、この部屋を直しましょう!」

「この部屋だけじゃない、全部だ」

「ぜ、全部……?」


「ニル・ヴァーナを、一斉点検する」

「ええええええええっ!?」


 融合戦艦ニル・ヴァーナの全長は、三キロ。横だけではなく縦にも長く、それでいてとてつもなく広い。現在十五名以上のクルーが居るが、空き部屋は大量にある。

何しろ元は海賊船とイカヅチと呼ばれる最新鋭の戦艦が合体した船なのだ、広大にして深遠。母艦とは比較にならないが、それでも大きい。


その全てを一世点検となれば――想像するだけで、立ちくらみがする。


「あ、あの……やめた方が」

「やれといったのはお前だ」

「い、いえ、ディータは宇宙人さんのお部屋さえ直ればそれで――」

「自分の生活さえ良ければいいという考え方が、今の悲惨な状況なのだ。全部、改善する!」

「無理無理、無理ですよ〜〜〜!!」

「母艦を破壊するより簡単な任務だ、来い。まずは人出を集める。いやもう、全員集めよう」

「リ、リーダーがなんか燃えてる!?」


 こうしてある種母艦を破壊するより困難な任務が、後に鬼とまで呼ばれたリーダー発案の下で開催されようとしていた。

後で経緯を知ったクルー全員からディータが怒られる事になった、大掃除の始まりである。

























<to be continued>







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