ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 19 "Potentially Fatal Situation"
Action2 −苦悩−
「……ヴァンドレッド・メイア、デリ機――反応、消失」
ニル・ヴァーナのメインブリッジにて報告される、端的かつ決定的な結果。覆しようがない、現実が訪れる。今この瞬間どれほど最善な行動をとっても、この最悪は変えられない。
呆然とするしかない。それほどまでに、突然起きてしまった不幸な事故。覚悟も何もなく、待ち構える時間もありはしなかった。ダイレクトに心を切り裂かれる、不幸が起きてしまった。
このような事態でも動けるのは、一度でも同じ不幸を乗り越えた人間のみだろう。
「エズラっ!」
「!? カイちゃん、ガスコさん、応答して下さい! カイちゃん、ガスコさんっ!!」
副長ブザムの叱咤に等しい呼び声を聞いて、オペレーターのエズラは我に返って通信を繋ぐ。応答がなくても執拗に、何度も何度も通信を繋ぐべく呼びかけ続けた。
一方外部モニターを凝視するマグノは、唸り声を上げるのみ。敵への怒りや部下を失った悲しみその他、様々な感情が溢れ出ては必死の思いで心に蓋をしている。
海賊団を統べるお頭が真っ先に悲鳴や怒号を上げては、部下達の混乱を招くだけ。上に立つ者として当然の心構えは持っているが、悲劇というものは何度味わっても慣れないものだ。
皺が刻まれた手を握り締めながらも、毅然とした態度で己が片腕を呼ぶ。
「B.C、お前さんはどう見る?」
「――最悪も考えられますが……作戦会議の場で、カイが懸念していた状況が起こり得た可能性も捨て切れません」
副長及びお頭の両名が、外部モニターに映し出された地球母艦に視線を向ける。巨大な母艦に比べれば小さいが、確実に装甲に大穴が開いていた。
突撃を敢行していたヴァンドレッド・メイアと、人型兵器偽ニルヴァーナに投げ飛ばされたデリ機の激突。両機が派手にぶつかり合った衝撃で、頑丈な装甲に穴が開いたのだ。
誰がどう見えても、両機は爆砕して消滅している。生存を望むのは、希望的感想でしかないだろう。望み薄という他はない。
二人共それは分かっているのだが――簡単には、諦めが付かなかった。
「万が一カイ達が生存しているのであれば、衝突した勢いのまま母艦の内部へ突入しているでしょう。
母艦の内部は分厚い装甲で覆われている為、通信はおろか機体反応をキャッチ出来ない事も考えられます」
「あの坊やの悪運の強さは筋金入りだからね……」
二人が悲観しつつも達観出来ない理由に、カイ・ピュアウインドの存在がある。個人を特別視しているというより、これまでの戦歴が彼のしぶとさを如実に物語っているのだ。
戦闘の度に危機的状況に陥っては、ギリギリで命を拾うしぶとさ。先の母艦戦では遠距離兵器による自爆まで決行したのに、ペークシスに助けられて生還したのである。
この世界に神が居るのかどうかは不明だが、少なくともあの少年は何らかの力に守られている。女神の幸運か、悪魔の悪運か――いずれにしても、死体でも見ない限り死んだとは思えないのだ。
こういう事態は正直、二人にとっては頭が痛かった。悲しむか、怒るべきなのに、どう反応すればいいのか分からない。
「ただ仮に生存していても、無傷とはいかないでしょう。どちらも、回避は非常に困難だった。
正面での激突はかろうじて避けられたとしても、あの地球の装甲に穴が空くほどの破壊力です。両機共に、損傷は著しいのではないかと思われます」
「母艦内に、空気があることを祈るしかないね……いずれにしても、まずは反応を確認してみておくれ」
「了解しました」
ブザムはエズラの元へ駆け寄り、引き続き経過を観察する。エズラが涙を堪えて必死で呼びかけるのを見て、マグノは胸を痛めた。
生きていて欲しいと思うし、生きているのではないかと思ってはいる。けれど、生きていない可能性も高いのだ。思い込んではいけないが、思い悩んでしまう。
上司達の葛藤を他所に、部下達は小声で密談している。
(実際のところ、どう思う?)
(絶対生きているわよ、間違いない。殺したって生きているような奴よ、あいつ)
(うんうん、生きてるに決まってる。きっとケロッとした顔してるよ)
ヴェルベデール、アマローネ、セルティック。メインブリッジの三人娘が、顔を寄せ合っている。任務放棄に等しいが、外部の状況はほぼ膠着化してしまっている。
三人の意見は一致しているが、マグノやブザムのような悲観的な希望ではない。現実逃避に近い確信、そうであって欲しいという気持ちを込めた言霊であった。
口にしていないと、悲観的な気持ちが出てしまう。彼女達は優秀なブリッジクルーだからこそ、今の状況がどれほど絶望的か分かってしまうのだ。
まだ死んだと確定していないので、慰め合う真似はしたくない。となれば、こうやって生存を前提としたお喋りに興じるしかない。
(あれでも死なないってどんな奴なのよ、あいつは)
(さっき観測してみたけど、見事にデリ機まで庇おうとしていたからね。仲間を守る為なら、何でもやっちゃうのよ)
(面の皮が厚いからね。色々頑丈に出来ているんだよ)
色々酷い言い方だが、生きているからこその陰口である。いっそ本人に届けと言わんばかりに、悪しきざまに口にしている。
これで本当に生きていて平気な顔をして帰ってくれば、それ見たことかと笑ってやるのだ。生きていてよかったと、安心してやらない。喜んでもやらない。
生きていて、当然なのだ。それぐらいじゃないと、困る。それでこそ――わたし達の、カイなのだから。
「探しましょう、何が何でも」
「アタシが探すから、あんたは敵と味方の状況観測に集中して」
「じゃあ、わたしは母艦内部へのアクセスを試みてみる」
そして、彼女達は本来の業務へ戻る。同僚と話して少しでも気分を楽にさせて、後は仕事に集中する。生きていると信じられるのなら、出来る行動もある。
あらゆる希望的要素を排除して、悲劇が唯一残されてしまったのなら悲しみと共に受け入れよう。それまでは絶対に、諦めない。諦めてやらない。
一度死んでおいて、生き返ったような奴なのだ。常識でなんて考えられない、考えてたまるか。
彼の数少ない親友も同じく、憤っていた。
「あの馬鹿、何回死ねば気が済むんだよ!」
操舵席の中で激しく怒りながら、自分の滑稽さに妙な笑いがこぼれ出た。次に死ぬのは自分だと、怖がる気持ちが全く浮かんでこない。
状況的に見れば、カイ達はほぼ間違いなく死んでいる。地球母艦の第一目標がヴァンドレッドの殲滅だとすれば、次はこのニル・ヴァーナ本艦を狙うだろう。
カイが死ねば、次に殺されるのは自分――明白な事実。そして母艦と偽ニルヴァーナ両方を敵に回したら、自分は確実に殺されるだろう。
士官学校候補生でなくても、この程度の想像くらいつけられる。次は我が身であるというのに、自分の死がイメージできないでいる。
何故ならそれ以上に、自分の愛する親友が死んだとは思えないからだ。
「カイの奴……何が俺に任せておけ、だよ。あっさりやられているじゃないか!
あいつって昔からそういうところがあるんだよな、すごい作戦は考え付くんだけど上手くいった試しがないんだ。
大抵尻拭いは僕か、ドゥエロ君に回ってくるんだよ。こんちくしょうめ!」
実際、今もっとも勇ましく戦っているのがバートである。作戦は今も継続中であり、無人兵器が次から次へと襲いかかってきている。
彼らはプログラミングされた機械であり、人間の感情を一切考慮しない。仲間が死んで悲しむゆとりも、与えてはくれないのだ。
絶望的な結果を目の当たりにして、ドレッドチームも動揺している。何よりヴァンドレッド・メイアとデリ機が爆砕して、主戦力が居なくなってしまったのだ。
戦線を維持するには、ホーミング・レーザーとペークシス・アームを持つニル・ヴァーナが戦うしかない。
「絶対に生きているに、決まってる。お前が立てた作戦なんだ、僕が信じて支えてやるから生きて頑張れよ。
まだ作戦は、これからなんだからな!!」
悲しみを乗り越えるのではなく、悲しみそのものを怒りで打破して戦う。死ぬのに怯えている暇など、自分にはありはしない。
カイがバートを戦場に残したのは、仲間を託したからだ。彼が最前線で敵を倒す、その間に彼の大事な仲間を守るのが自分の仕事だった。
作戦を維持するということは、作戦により死者を出さないことだ。自分の死よりも、仲間の死を恐れて今は戦い続ける。
彼がそうして戦いに向かう中、彼女が代わりに悲しみを背負っていた。
「カイちゃん、応答して! ガスコさん!?」
エズラが必死で呼びかけるが、応答は何もない。声も聞こえず、機体反応も消えたまま。彼女のコンソールは明白に、仲間の死を告げていた。
緊急停止したエレベーター内で、我が子を拾い上げてくれたカイ。生まれたばかりの子供を、おっかなびっくり可愛がるピョロ。
自分にとっても、子供のカルーアにとっても、カイやピョロは特別な存在だった。仲間という言葉さえ生温い、恩人なのである。
自分の子供を宝物のように愛してくれた彼らが、何故死ななければならないのか。エズラにとっては、受け入れ難い悲劇であった。
彼らがどうしてこんな危険な闘いに出向いたのか、よく知っている。自分や自分の子供を、守るためだ。
カルーアが元気に、健やかに生きてくれるのを望んで、彼らは命を懸けてくれている。その気持ちがたまらなく嬉しかった、こんな形で踏みにじられていいものじゃない。
理不尽を許せないという気持ちが、彼女に声をかけ続けさせた。
「応答して下さい――応答して!」
「――もう、いいよ」
マグノの静止に、エズラはようやく気付いた。堪えていた涙が、いつのまにか溢れて出てしまっていることに。
自分が泣きながら、声を震わせて仲間を呼んでいる。それは何を意味するのか、よく分かっている。
オペレーターという自分の職務が、教えてくれる。
「もう、いいんだ」
反応がないから、死んだのではない。死んでしまったから、反応がないのだ――
彼らの反応は今も、途絶えたままだった。
<to be continued>
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