ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 18 "Death"
Action12 −分別−
――その悲劇が起きたのは、悲劇的な状況下にあった任務中であった。軍人としての本分にあらゆる意味で矛盾する任務――民を守るべく、民を殺さなければならなかった。
状況としては、非常にシンプルである。メジェールは船団国家、船を母体として国が成立している。船には収容数が定められていて、乗員が増えれば当然満員になってしまう。
女性だけの国家であれど、高度に発達した医療技術により子供を生むのは可能。人口が増えていけば、収容限界を超えてしまうのは自明の理だった。
何の手立ても打っていなかった訳ではない。メジェール人全員の希望であった、惑星のテラフォーミング。研究が進められてはいたのだが、完成には至らなかった。
なまじ希望があるだけに、余計に性質が悪かった。いっそ諦めてしまえば、かつて地球が行ったように新天地を目指す選択も取れたかもしれない。可能性があれば、追求せざるを得ない。
メジェール国家は、非情な決断をした。次に全てを救うべく、今だけは救わない。民を守るべき国が、民を捨てる決断を選んだのである。
居住区のあるユニットの閉鎖――その任務にガヴィが責任者となり、部下のガスコーニュが詰め寄った。
『私には、納得できません! 此処は、我々の故郷なんですよ!?』
ユニットが閉鎖される当日、軍が用意した脱出シャトルに住民が乗り込んでいる。彼らは国に捨てられた者達、脱出する用意はあっても難民としてこの先扱われる。
当たり前だが、国の取った行動に反対する住民は多数いた。抵抗運動と称して、閉鎖されたユニットに居座ろうとしている集団もいる。
ガヴィ達の任務は、全住民の速やかな脱出。全住民の、速やかな、脱出である。抵抗する集団の意思を組むつもりは、全くない。かといって、放置するのも命令違反である。
ガヴィは国の意向に沿うべく、命令を出した。抵抗集団に銃を突きつけて、無理やり脱出シャトルに乗せようとしたのである。武力の行使も辞さない、非情なやり方。
上官の命令には絶対であっても、ガスコーニュは到底納得できなかった。何とかして命令撤回を求めたが、ガヴィは聞き入れない。
『これは命令だ、ラインガウ少尉。一部の犠牲で大勢が救われる、論理的な判断だ』
『でもっ……!』
ガヴィの言っていることは、ガスコーニュとて理解は出来る。抵抗集団がそのまま居座っても、国は絶対撤回しない。犬死にするだけである。
彼らだけが死ぬならばともかく、彼らの取る行動に賛同する人間が出れば犠牲者が増える一方である。ユニットの閉鎖は始まっているのだ、早く脱出させなければならない。
その理屈は理解できるが、納得が出来なかった。このユニットは、ガスコーニュとガヴィにとっても故郷であったからだ。故郷の人間はなるべく、穏便に救いたかった。
納得ができない、区切りが付かない――見方によっては、中途半端にも見える気持ち。その逡巡が、事態を悪化させた。
『強制退去に反発した一部の者が、隔壁の一部を破壊しました!』
『何だとっ!?』
爆発音と共に報告される、部下からの非常事態。煮え切らない人間が起こした暴走、力ずくで相手を振り向かせようとする子供じみたやり方。
まだ全住民の脱出が終わっていない。閉鎖されつつあるユニットの隔壁が壊れてしまえば、住民は宇宙空間に放り出されるだけである。
抵抗集団が起こしたテロまがいの行動にガスコーニュは唖然とし、ガヴィはすぐさま行動に出た。
閉鎖されるユニットであっても、セキュリティシステムはまだ稼働している。隔壁が破壊された場合、緊急のシャッターが降りて破損箇所を防ぐ仕組みである。
通常すぐシャッターが降りるので問題はないのだが、今この時だけは違った。全住民が避難中の状態、破壊された隔壁のすぐ側にも大勢人が並んでいたのだ。
破壊された隔壁には大穴が空いて、住民が放り出されようとしている。ガヴィは部下を引き連れて、すぐに救出行動に出た。
宇宙に放り出されようとしている住民の中には子供もいて、ガヴィは率先して救助に乗り出す。遅れて事態を把握したガスコーニュも、ガヴィの元へ駆け寄った。
率先したガヴィと、遅れて駆けつけたガスコーニュ――その差はごく僅かであり、そして永遠の差となった。
『中佐!?』
『くっ……!』
駆けつけたガスコーニュにガヴィが子供を引き渡したその瞬間、二人の間にシャッターが降りたのである。まさに、一瞬の差であった。
慌ててガスコーニュがシャッターを叩くが、びくともしない。シャッターと一口に言っても、隔壁の代わりとなる厚さを誇っている。人の手では、砕けない。
すぐに、ガスコーニュはセキュリティの解除を求める。このままでは、シャッターの外にいるガヴィがそのまま宇宙空間に放り出されてしまう。
『よせっ!』
『で、でも……!』
『もう、間に合わない』
冷静にして冷徹、彼女の判断力は自身の生死に関しても含まれていた。姉の言うことは常に正しい、尊敬していた彼女の言うことだからこそ悲しくも納得させられた。
もしセキュリティを今すぐ解除したら万が一にも助かるかもしれないが、他に逃げ遅れた大勢の人間が犠牲となるだろう。ガスコーニュはこの時、ようやく知ったのだ。
判断というものは常に、責任が求められる。自分自身が犠牲の一人であろうと、覆してはならないのだと――
『――此処は、私達の故郷だ。だからこそ自分の手で、と思った』
『!?』
姉の言葉に、妹は全てに納得させられた。非情に見えて、当然であった。強い"覚悟"を決めていたからだ。自分のような、弱々しい"気持ち"とは全く違う。
覚悟があったからこそ、非情な決断を取れた。一人でも多くの人を救うべく、少しの犠牲を容認する。その決断に、罪悪感を感じないはずなどなかった。
それでも、迷ってはいけなかったのだ。迷えばこうして、不要な犠牲を出してしまう。次の行動を遅くし、挙句の果てに抵抗集団のように馬鹿な行動にでてしまう。
緊急事態――人の命がかかった状況下において、"気持ち"など気の迷いでしかない。
『いつも、厳しくあたってすまなかった』
『! ね、姉さん……』
『後のことは、頼んだぞ――"ガスコ"』
そして最後の見せられた、本当の気持ち。姉は変わってなど、いなかった。変わらなければいけなかったのだ、守るべき人達のために。そして、大切な妹を育てるために。
気持ちを強く持った上で、覚悟を決める。それでこそ、決断できる。行動にも、移れる。多くの人達を、守ることが出来る。
ガスコーニュの目から、涙がこぼれ落ちた。今になって、納得できた。納得するのを優先した結果――
『姉さぁぁぁぁぁぁぁぁんーーーーーーーーー!!!』
理解ある姉を、喪ってしまった。
『数十センチの距離だった、あの一瞬が永遠の別れを生んだ。自分が冷静でいれば――自分さえ、毅然としていたら』
「……」
『あんたの迷いは、よく分かる。けれどね、迷っている内は覚悟なんて固められない。気持ちが揺れれば、心も不安定になっちまう。
この作戦の成否を握っているのは、あんただ。指揮官はどんな事態になろうと、腰を据えてかからなければならない。一か八かなんて、以ての外さ』
「っ……そう、だな……その、通りだ……」
『馬鹿だね、何泣いてるんだい! しっかりしなよ。今日の舞台の主役は、あんたなんだからさ』
「あ、あんただって、泣きそうな面してるじゃねえか――馬鹿野郎……!」
ガスコーニュ・ラインガウの過去、起きてしまった悲劇。カイはその全てを胸の内に収め、気持ちだけを涙と共に流した。大きな悲しみと、少しの感謝を込めて。
正しいか、正しくないか、そんなものはどうでもいい。たとえ事態を打開できる可能性があっても、偽ニル・ヴァーナに突撃すること事態が論外なのだ。
何かあってからでは、遅いのだ。何かあるかもしれないのなら、行動になど出るべきではない。突撃思考のどこが、冷静な判断の結果なのだ。
かかっているのは、自分の命ではない。相棒のメイア、そして自分の作戦に参加する人間全員の命がかかっている。
自分の行動を成否でしか決断できない自分を、カイは今こそ強く恥じた。一兵卒ではもう駄目なのだ。自分はもう、一人ではない。
守るべき者がいる人間の覚悟とは――護り抜く、決意である。
<END>
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