ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 17 "The rule of a battlefield"






Action31 −明快−







 ――そもそもの話。リズは最初から、自分にいい感情を持っていなかった。ラバットとの関係を除いても、カイはリズに疎まれていたように思えた。嫌いという感情さえ、煩わしげに。

ドゥエロやバート、メイア達、そしてミスティより助言や意見を聞いて、カイはあの時彼女が自分をどう見ていたのか分かった気がした。


無関心である。


路傍の石同然、注視しなければ目にも見えない。見えたら見えたで、邪魔に感じて蹴飛ばしたくなる。その程度にしか思われていない、存在すら認識されない無価値なガキンチョ。

出逢った頃のマグノ海賊団との関係とも、違う。彼女達は、ハッキリと自分を嫌っていた。嫌悪していたから、自分を排除しようとした。殺そうとまでされた。

リズは違う。カイに、興味そのものがなかった。子供だから、ではない。本当に、どうでもよかった。生きていても、死んでいても、どっちでもいい。邪魔になれば殺す、それくらいだ。

そんな存在に、大切なものを奪われようとしている。その事実こそが、彼女の底知れぬ怨恨に繋がっているのだろう。ようやく、カイは悟れた。


無視されていた――気付いたその瞬間、血管が音を立ててキレた。


「お前を、再交渉の席に立たせる。もし再交渉にも失敗したら、私が引き継ぐ。それでいいんだな?」

「再交渉を、俺に一任してもらえるのなら」


 中継基地ミッションとの、再交渉。交渉に出向く前に集合して、最後の確認を取る。ブザムの最終通告に、カイは怯みもせずに首肯する。

失敗すれば、仕事は引き継ぐ――責任を負う必要もない、という意味ではない。ビジネスの世界で、自分の仕事をこなせなかった人間に次の機会は与えられない。

大事な仕事を任せられない人間として、軽視されるだけ。若輩者とはいえ、カイも宇宙に出て世間の荒波に揉まれている。道理を理解した上で、承諾した。

マグノは同席はしないが、大事な交渉とあって場に顔は出している。


「勝算はありそうなのかい?」


 カイが素直に相手の要求を飲むとは、マグノとて考えていない。だからといって、何度も感情的に責め立てるような馬鹿な人間ではない事も分かっている。

その点においては信用しているが、それはあくまで人間性。純粋に仕事という面において、しかも交渉事という点では未知数であるとマグノは見ていた。

ブザムも、カイを評価して再交渉の場を与えたのではない。仕事においては、あくまでもシビアに見ていた。だからこそ、念を押して問いかける。

二人の厳しい指摘に、カイも普段の茶目っ気は見せずに説明する。


「商談するのは時間の無駄だと思っている。明らかに、相手は俺個人が気に入らずに要求しているからな。交渉の窓口が俺である限り、相手は態度を改めないだろう」

「ならば、どうする?」


「接待する」


 同行者のミスティに、カイは目配せをした。カメラをぶら下げた新米記者はメモを片手に、呆れたように嘆息する。通じあっている二人に、ブザムとマグノは顔を見合わせた。

再交渉という名の戦い、元よりこの戦いはカイだけのもの。カイが行わなければならない戦いであり、マグノ海賊団は最初から部外者でしかなかった。

何が何でも成功させなければならない。部外者に出てこられるなんて論外だ。まして奪い合い、武器を持ち出して戦争するなんて無粋というしかない。


この戦いは人間同士、個人の喧嘩でしかないのだから。















 再交渉は変わらず中継基地ミッションで、行われる。ボスのリズと側近のパッチ、カイとミスティ。ブザムは責任者、ラバットは立会人として交渉の場に参席している。

カイが交渉の窓口だと分かり、リズは口元を歪めた。歓迎はしているが、獲物を前にした肉食獣の喜びを見せている。執拗に嬲るつもりでいるようだ。

今回は再交渉、両者共に要求は口にしている。どちらも飲めない交渉、決裂を前提に此度の交渉の場を設けられている。極めて難しい交渉であった。


リズは対決姿勢を崩そうともせず、両手を組んで迎え撃つ。


「こっちの要求は既に伝えているよ。妥協はしないし、弁償以外に受け入れるつもりもない。あんたが承諾すればいいだけの話だ」

「分かった、弁償しよう」


 ――挑発、のつもりだった。無茶苦茶な要求なのは最初から承知の上、相手が怒り出すのを待ち構える姿勢。困り、怒り、喚き散らすその有り様を、馬鹿にしてやるつもりだった。

リズのその思惑は、いきなり挫かれた。カイは当然のように受け入れ、弁償するとハッキリ口にした。ハッタリではない。交渉の場で口に出せば、嘘でも本当になってしまう。

とはいえ、相手は子供。その意味を知らないのかもしれないと、リズは怪訝な顔で釘を差した。


「本気かい……? 後で文句言われても返さないよ」

「弁償しろと言ったくせに、弁償すると言ったら困るのはどういう事なんだ。取引は中止にした方がいいか」


 リズの頬に朱が差した。羞恥よりも怒りがこみ上げてくる。リズが先ほどやろうとした事を、逆にカイがやってきたのだ。

相手をわざと怒らせて、ペースを崩す。相手の愚かな言い分をあげつらって、小馬鹿にして怒りを煽る。カイはリズの出方を完全に悟った上で、切り返してきたのだ。

こんな小僧に馬鹿にされて、大人しくしているリズではない。ここは交渉の場、相手のどんな言い分も攻撃材料に変えられる。

額に血管を浮き出して、リズが詰め寄ってくる。


「弁償するということは、お前のミスを認めるって事だね。じゃあ、このあたしに土下座でもしてもらおうか」

「誠意を見せろと?」

「当然じゃないか。悪いことをしたら謝る、不快な思いをさせた相手に許しを請う。これ全て、誠意だよ」


 リズが囀り、パッチが嘲笑う。相手が下手に出てきたのであれば、下げる頭を踏みつけるまでのこと。とことん絞り尽くし、コケにするつもりらしい。

ミッション側の対応を見て、カイは肩を落とす。女性陣やミスティの言う通り、この助成は明らかに自分に私怨を抱いている。これでハッキリした。

何をどうしようと譲る気もなく、仲良くなるつもりもない。喧嘩別れも終わっても逃さず、悪評を振りまいてまで足を引っ張る魂胆だった。


これで、ハッキリした。


「そう思って、まずはお土産を持って来た」

「これは……酒かい?」

「悪いね、交渉の場に持ち込んで」


 高級ワイン一本、酒屋で育った少年がキッチンクルーに頼んで貰い受けた高級酒。分かる人間には分かる、酒造の一品であった。

この中継基地にも酒の揃ったバーがあるが、常に物資が不足しているミッションでは酒は宝石に匹敵する。酒が好きなリズには、高級酒は喉から手が出るほど欲しいものだった。

だからといって、溜飲を下げるほど彼女の私怨は安くはない。


「ガキのくせに、酒は分かるようだね」

「酒屋育ちのパイロットなんでね、違いくらいは分かるさ。気に入ってもらえたようだな」

「これはこれで受け取っておくよ。後はお前の機体を差し出せばいいだけだ、酒屋の坊や」


 後ろで聞いていたブザムは、眉を顰める。カイはこの交渉を、接待と言った。なるほど、確かに相手を担ぎ上げている。だが、それが何だというのだろう。

やり方がまずいというより、この接待の意図がよく分からない。ブザムは接待そのものを、否定してはいない。少なくとも、今だけは交渉のペースはカイが握りつつある。

怒り心頭、私怨に満ち満ちていたリズが対応に困っている。最初は噛みつかんばかりに迫っていたのに、今は出鼻を挫かれて対面を保つのに精一杯だった。


ここまではいい。だがこのままでは、単に奪われるだけだ。


「一つ聞きたいんだが、そもそも何であの機体を求める」

「うるさいね、お前は黙って差し出せばいいのさ」

「この基地の重要施設と戦闘機一つじゃ割にあわないだろう、普通なら。なのに、嬉々として奪い取ろうとしている。そんなに価値があるのか?」

「優しいからね、アタシは。お前の大事なもので勘弁してやろうってのさ」


 カイも、そしてミスティも、聞き逃さなかった。ヴァンドレッドを真っ先に狙ってきたのは、『カイの』機体だと思っているから。利益よりも、私怨に重きを置いている。

無論、単純に機体を狙っているのではない。ヴァンドレッドは地球に対抗できる兵器、強力な無人兵器をも倒し得る戦力を有している。その点も確かに、魅力的だ。

だが、リズは真っ先に言うべきだったその利点を口にしなかった。あくまでも、カイから取り上げるつもりでいる。カイから取り上げられれば、それで満足なのだ。


この瞬間――踏ん切りが、ついた。今のこの女はもう、ミッションのボスではない。


「話は、よく分かった」

「だったら早く――」

「俺から奪い取るのは、機体でいいのか?」


 カイのあからさまな口ぶりにリズは怪訝な顔を、ラバットは目を見開いた。したたかな男が、カイの思わしげな言い方に嫌な予感を感じたのだ。

何か企んでいるのは、最初から分かっていた。この再交渉の場に何の手札も持たず、勝負に挑むほど愚かではない。ただ、札の中身が見えず不気味だった。


注目されし少年の手札が、開かれた。


「……さっきから何が言いたいんだい。そろそろハッキリしなよ」

「あんたが本当に欲しいのは――俺の一番大事なもの、だろう」

「――!?」


「知っての通り、俺はタラークの男だ。あの星の人間が何を大事にしているのか、分かるよな?」


 この交渉の場に立っているのは皆、選ばれた者達ばかり。愚鈍なものなど、一人とていない。主語を口にせずとも、主題とされるものは察せられる。

だが、事の本質を正確に察したのはリズ一人だっただろう。他の者達は理解はしたが、納得にまで至らず混乱しきっていた。

リズは泡を食って、カイに詰め寄る――が、ミスティに制される。


「落ち着いて下さい」

「こ、これが落ち着いていられるか! こいつ、自分が何を言っているのか分かっているのかい!?」

「やっぱり、ボスさんは分かっていらっしゃる」


 他の者達は、会話についていけていない。それは当然である。しごく当たり前、何しろ価値観が違うのだから。

この会話を、この取引を理解できるのは、価値を知っている者達だけなのだ。

ミスティはそっと、リズの耳元に口を寄せる。


(ボスさん――貴女、あの男の人ラバットが好きなんでしょう)

(なっ!?)

(あたしは、ジャーナリストです。その手の嗅覚には自信があるんですよ、ふふふ。このカメラにも、バッチリ写ってますよ。
隙あらば彼を盗み見ている、乙女の写真を)

(お前……!?)


 リズには、とぼけることが出来ない。白を切るのがあまりにも遅すぎた。本当に何も思っていないのなら、そもそもカイが何を言っているのか分かるはずがないからだ。

思いを自覚しているからこそ会話の中身が分かり、目を白黒させている。ミスティの指摘も、戯言だと受け流せない。

カイが始終下手に出ていたのは素の反応を引き出す為だったのだと、ようやくリズは悟った。


(取引しましょう)

(いい度胸じゃないか……アタシを脅そうなんて!)

(取引は単純です。このカメラのネガと引き換えに、カイより貰い受ける機体を譲って下さい)

(何だって!?)

(貴女の面目は、保たれるでしょう。マグノ海賊団やカイとの取引はひとまず成立、貴女の大事な秘密も守られる。
ちなみに、このカメラを奪い取っても無駄ですよ。ネガは船に保管してありますから)


 ――もし。もしもリズがミッションのボスであったのならば、こんな取引は成立しない。基地や基地にいる住民の利益を得るためならば、自分の秘密なんてどうでもいいはずだ。

だからこそ、カイは重ねて試したのだ。何度も問うた。妥協する素振りも見せた。なのに、彼女は執拗にカイを嬲ろうとした。私怨を優先してしまった。


ゆえに、馬鹿馬鹿しい取引が成立してしまう。


「改めて、謝罪するよ。本当に申し訳なかった。何とか勘弁してもらえないだろうか?」

「……うぐぐぐぐ……」


 これにて、単純明快な決着となった。





























<to be continued>







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