ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 17 "The rule of a battlefield"






Action11 −妨害−







 少女は、嘘が嫌いだった。嘘つきな大人が、大嫌いだった。嘘つきばかりの世界を、心の底から憎んでいた。

優しい母親も、気高い父親も、最初からいない。理不尽に翻弄され続けて、自我を持った時には既に追い詰められていた。

生きているとは言い難く、死ぬ事だけは拒否して。いつか絶対この地獄から抜け出すのだと、現実味のない希望に縋って何とか生きていた。


少女は、自由な空を焦がれていた――


「おい、お前」

「痛っ!? いちいち蹴るな!」


 地下闘技場の、観客席。一世一代の大勝負が開始された途端思わぬ横槍が入って、カイは顔を顰めて下を向く。

飢餓に狂った瞳を向ける、小さな女の子。愛想が欠けた表情で、睨みつけるようにカイを見上げている。

フンと鼻を鳴らして、少女は少年をせせら笑う。


「あの女の人、このままだと負けるぞ」

「勝負は始まってみないと分からんだろう。お前ん所のボスも確かに強そうだが、こっちは本家本元の海賊様だぞ」

「アタシが負けると言ってるんだから、負けるんだよ!」

「何なんだ、その言い掛かりは!?」


 うんざりだった。確かに少女は誰に対してもぶっきらぼうだが、自分には特に強い憤りをぶつけてくるのだ。

何故ここまで怒りを向けられるのか、カイは全然分からなかった。刈り取りという目的のある無人兵器の方が、まだ分かりやすい。

子育ては大変だとバートに苦言していたエズラの言葉が、身に染みる思いだった。

自分の言葉を理解しようとしないカイに、少女は更に苛立った顔をする。


「此処に余所者が来るのは滅多にないけど、闘技場が造られてああいう戦いは何度もやっている。あの女は、一度も負けた事がない。
あの女より強い男とかも居たけど、勝てなかった。だから、あの女がボスになって好き放題している」

「実力が上の奴にも勝っている……? それって――何かイカサマでもしているのか!?」


 少女を連れて、観客席の隅にカイは移動する、メイア達は両雄の激突に気を取られていて、カイ達の方は気にも止めていない。

無理やり連れてこられる形になったが、少女は抵抗の一つもしなかった。不機嫌な顔を崩さず、黙って言いなりになっている。

観客達は久しぶりの殺し合いに熱狂し、少年と少女など見向きもしない。二人の会話は、大歓声にかき消された。


「教えろ、あの女は一体どんな罠を仕掛けている?」

「……」

「言えよ。万が一にも負けられない戦いなんだ」

「何でアタシがお前に教えないといけないんだよ」


 溜息を吐いた。自分から言い出しておいて頑なな態度、予想通りだがウンザリしてしまう。子供とは、理不尽だった。

とはいえ、投げ出す訳にはいかない。八百長が本当に仕組まれているのならば、何としても防がなければならない。

ブザムならば看破している可能性もあるが、何かあってからでは遅いのだ。地球との戦いと同じ、安穏としていては殺されるだけ。

カイは、マグノ海賊団のやり方を見定めるのだと心に決めている。敵の罠で台無しにされるのでは、困る。


「分かった、質問を変えよう。そもそもどうして俺にこんな事を言い出したんだ?」

「……あの女のやり方がむかつく。実力で勝ってないくせに、偉そうに威張ってるんだ」

「それ、半分嘘だろう?」

「何だと!?」


 少女が熱り立つが、今度は真正面から受け止めた。カイには、少女の怒りが分かる気がした。

話を聞けば聞くほどに、少女は自分に似ている気がしている。最初は感覚でしかなかったが、今は確信に近い。

少女が感じている怒りには、身に覚えがあった。恐らく、自分がマグノ海賊団に感じている気持ちと同じ。


「実力がないから、怒っているんじゃない。自分にはない強さがあるのに、卑怯な手を使っているから怒っているんだろう」

「お前に、アタシの何が分かるんだ!」

「分かるさ。俺だって、お前と同じ気持ちだ」


 故郷を追い出された頃の昔ならばともかく、両国家が恐れる戦力を持ちながら奪い続けるマグノ海賊団。生き方を、改めようとしない。

今の彼女達は奪われる側ではなく奪う側、弱者ではなく紛れも無い強者。自分達で生きていける筈なのに、他者を狙っている。

半年間が経過した今でも、海賊のやり方は到底理解出来ない。彼女達の人となりを知ったからこそ、余計に怒り悲しんでいた。

強者ならば、生き方だって無数にあるはずなのに。


「連中の汚いやり口が、気に入らない。でもどうすればいいのか、分からない。だから、俺に言い出したんだ」

「……アタシは」

「手を組まないか、俺達」


 カイなりに考えて、申し出た発言。少女は不審な目を向けながらも、耳だけは傾けている。

少女に強い共感を覚えている。この子と自分は、同じ。ならば、対等である事を望むはずだ。見下されるのを、誰よりも我慢出来ない。

可憐な女の子であっても、お友達を望んでいるとは限らない。


「俺は仲間を助けたい。お前はあの女を止めたい。互いに、目的は同じの筈だ」

「そんな事を言って、アタシを都合のいいように使うつもりだろう。大人は、いつもそれだ」

「だったら、お前が俺を利用すればいい。器の見せ所だぜ、小娘」


 対等であることを望み、そして大人を超えたいと願っている。これまで機会がなかったからこそ、その欲求は強烈だ。

これまで待ち望んでいた、日常からの脱出。驕り高ぶる大人達に目に物を見せてやる、大チャンス。

カイは酒場の親父に、そして知り合いの軍人に頼み込んだ――少女もまた、あの頃の少年のように目を輝かせる。


「……面白いじゃねえか……アタシの凄さを、お前に見せてやる!」

「上等だ、お前のような小娘に負けるか」


 睨み合いながらも、お互いに子供のように憎たらしく笑っている。異世界人の子供達が今、手を組んだ。

一際、大きな歓声が上がる。地下闘技場の戦闘が加熱している。いよいよ、相手の喉元へと切り込んでいるのだ。


大人達の、醜い殺し合い――海賊と本場の戦士が、舞踏を待っている。


「アタシについて来い。どんな仕掛けがあるのか、教えてやるよ」

「分かった」


 大人達の戦いを尻目に、子供達が舞台裏で戦いに出向いた。















 攻防一体の、地上戦。剣と鞭が派手に火花を散らして、相手の命を奪うべく惜しげも無く技を披露していく。

両者の間合いは変幻自在だが、得意とする距離は異なる。リズは近距離、ブザムは中距離における戦闘が独壇場となる。

リズに切り込まれればブザムは距離を取り、鞭を振るう。ブザムに距離を離されれば、隙を伺ってリズが果敢に切り込んでいく。


「ふっ!」

「はぁっ!!」


 地下闘技場が、女性の血と汗で濡れていく。観客からの熱狂が舞台を熱くし、死闘を激化していった。

両者は戦いのプロ、一進一退の攻防を繰り広げる。技量はほぼ互角、戦術は自分の持つ武器により異なる。

距離の差に焦れたリズはナイフを投げれば、ブザムは驚愕も見せずに鞭で見事に捌いていく。あろうことか、先鞭に巻いて投げ返していた。

ブザムの鞭の技量に逆に驚かされながらも、リズは投げ返されたナイフを躱す。ナイフは、闘技場に突き刺さった。

ナイフを捌く事により大振りになった鞭を掻い潜り、リズがビームサーベルを一閃。ブザムは一歩下がって、蹴りを入れた。

無論、その程度の反撃を食らうリズではない。余裕で回避して、再び対峙する。


「すごい……凄いです、副長さん! あんなに強かったなんて!!」

「副長の鞭には、男達も随分泣かされたものだ」


 興奮して写真を撮りまくるミスティに、メイアは珍しく笑って解説を入れる。確かに、被写体としては申し分ない。

女同士の殺し合いはマグノ海賊団にとって珍しくはないが、これほど技量の高い戦闘を見るのは久しぶりだった。


今頃メジェールのアジトで待つ、マグノ海賊団古参メンバーに匹敵する実力者。メイアは、リズをそう評価する。


闘技場ではリズがナイフによる投擲術を駆使して、ブザムを追い詰めている。両者の間に、距離の差による強さの開きはなくなっていた。

ブザムはナイフを華麗に捌いているが、その分攻撃に出られずにいる。ナイフが掠めた頬に、血が流れた。


「フフフ……なかなか、楽しませてくれるじゃないか」


 リズから侮りの色が消えている。ブザムは、余裕を持って戦える相手ではない。隠し武器のナイフまで使ってしまった。

メジェールの田舎者だと嗤っていたのだが、こうまで接戦されると焦れてしまう。自分は、格上でなければならないのに。


――海賊であるブザムにとって、彼女の心境はお見通しであった。


「お望みならば、もう少し手加減しましょうか?」

「っ、舐めるんじゃないよ……!」


 激高したリズはビームサーベルの出力を最大にして、大振りに振りかぶった。初めて見せた大技、ブザムが待ち望んでいた好機。

鞭で相手を戦闘不能に追い込むのは、至難。技量に差のない相手ならば、尚の事。ゆえに、相手の心理を利用して隙を作り出した。

上段に振りかぶった相手に対して、ブザムは足元を狙う。剣士にとって足元を狙われるのは痛い、すくい上げられてしまう。

剣を取り落として転んだリズに対し、ブザムは鞭を敢えて捨てて真正面からぶつかって行く。大胆な行動に、リズは対処出来ない。

素早く懐に潜り込んで、態勢を崩したリズに膝蹴り。顎を割られて、リズは血を吐いて倒れた。


(ぐっ……な、何をしているんだい、パッチ!!)


 リズは、焦っていた。緊急避難、追い詰められた時に発動する究極の必勝法が発動しない。その焦りが、立ち直りを鈍らせる。

そのまま馬乗りになったブザムは手加減せずに、リズに拳を見舞う。容赦など、微塵もするつもりはなかった。

ブザムは、リズを過小評価しない。完璧に打ちのめしておかなければ、手痛い反撃を食らう。

半ば一方的な展開になりつつあるが、リズの目に諦めはない。血だらけになろうと、彼女は王者。誇りは捨てない。

勝機がある限り、彼女は決して諦めない――それこそが、彼女の不幸であった。


(ぐうう……パッチ、早く、早くスイッチを入れなよ!!)


 戦いは、続く。無人兵器は、倒せばいい。だが今回の相手は人間、確たる線引きは存在しない。

降参すれば済む話だが、リズには勝機がある。罠を仕掛けている。だから、諦めない。諦められない――止められない。

女ボスのピンチは、闘技場を熱狂させていく。脳を熱く狂わせて、興奮だけを高まらせていく。

それが怒りに変わった時どうなるのか、この場に居る誰にも、分からない。


反則による、戦闘の終焉を――略奪を拒否していた少年が、奪ってしまったのだから。















<to be continued>







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