ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 17 "The rule of a battlefield"






Action8 −死合−







 マグノ海賊団交渉班、彼らが案内されたのは客室――などではない。とはいえ、彼らはミッション側にとって賓客であった。

スキンヘッドの男に案内された先は広大な空間、来場客に対して眩いスポットライトが惜しみなく浴びせられる。

周囲には彼らを歓迎する群衆が、盛大なる歓声を上げた。よくぞ来たと、お前達を待っていたと、歓喜の雄叫びを轟かせる。

スポットライトに眩んだ目を擦りながら、カイは自分達が案内された地獄の名を呟いた。


(……闘技場?)


 中継基地ミッション内部に建造された地下闘技場、極めて粗悪に建造された円形の舞台に立たされていた。

基礎工事を一体どれほど省略したのか、着席だけが取り柄の雑多な観客席と舞台を区切るのは単なる金網のみ。

恐らくミッションに住み着いた彼らが娯楽目的で造り出しただろう、設計すら満足に考慮されていない模造舞台。


決して広いとも言えない空間――闘技場たらしめているのは、床や壁に染み付いた血と汗のみ。


染み付いた戦いの痕跡だけが生々しく、罵声を浴びせる観客達よりもカイに戦慄を与えた。

この手の娯楽にはカイも覚えがある。彼の生まれ育ったタラークの貧民街でも、似たような催しが繰り広げられていたのだ。


(まさか宇宙に出てまで、こんなものを拝まされるとは思わなかったな……まっ、何処に行っても人間似たようなものか。
日々生きるだけが精一杯の生活でお手軽に楽しめるのは、弱い者イジメしかねえからな)


 カイがこの場所を"闘技場"だとすぐ認識出来たのは、いみじくも此処が故郷に似た場所であったからだ。

老朽化した施設類、荒廃した空間、埃や泥で汚れた日常、痩せ細った人達。場所が似ていれば、求める娯楽も似通ってくる。

見世物にされそうになっているが、彼らを不快に思うのと同時に哀れにも感じた。他人を虐めた所で、満たされる訳でもなかろうに。

気晴らしを求めたところで、所詮は一時しのぎ。己の生きていく世界を根本的に変えなければ、明日も今日と同じ日になるだけだ。


「……っ」

「どうした、ガキ。まさかビビっているのか?」

「バッカじゃねえの。こんなの、何てことねえし」

「それじゃあ、さっさと手を離せよ。強く握り締めるな」

「う、うるさいな!? 死ね、お前なんて死んでしまえ!」


 ――彼らに比べれば、この少女の方がまだ見込みはあるか。幼い声で粋がる女の子に、カイは過去の自分を強く省みてしまう。

自分がもし成長したのだとしても、自分だけの力によるものだとは思わない。自分が変われたのは、自分以外の誰かに出逢えたからだ。


震えた手で握り締める、少女。戦いの場に放り出されても周囲の誰かに助けを求めないのは、彼らを仲間だと思っていないからだろう。


貧民街で愚痴を言うだけの連中をカイが嫌ったように、少女もまたミッション内部で鬱屈としている彼らを拒絶している。

変わりたいという気持ちだけが、少女をこの場に留まらせている。カイは、応援してやりたかった。


「此処の責任者は誰だ? リーダーと、話がしたい」

(ふふ……流石だな、ブザムは。全く、場に飲まれていない)


 濁り漂う熱気と殺意を浴びせられても、冷やかな微笑を崩さない。同じはぐれ者であっても、貧民と海賊では格が違うらしい。

生意気な少女も、連れ合いの海賊達には不平不満一つ言わない。ブザムを見つめるその瞳には、尊敬に等しい光が輝いていた。

男としては情けないのだが、その堂々たる姿勢は見習うべきものがあった。



「――随分と、威勢のいいお客人じゃないか」



 その一言で、闘技場を埋め尽くしていた歓声がピタリと止んだ。群衆を統率する一声に、カイは緊張を見せる。

貧民街で生きてきたからよく分かる。訓練された軍人よりも、無法者の方が遥かに統率は難しい。命令なんて、絶対に聞かない。

日々の生活にも苦しむ人間は、自分勝手なものが多い。他者を気にかける余裕などないからだ。

まして――それが女の声ともなれば、その驚きも格別である。


「こりゃ楽しみ甲斐がありそうだね……フフフ……」


 地下闘技場の、VIP席。王座に位置する場所に、女性が一人座っている。真っ赤なレオタードを来た、美女。

見惚れる美貌の持ち主だが、色気すら感じる流し目にナイフのような鋭さがある。洗練された美と、強さで魅了する肢体。


彼女こそこのミッションのボスであると、言葉よりもその威厳が告げていた。


「貴方が、ここの指導者か」

「そんな大層なものじゃない、が――ここでアタシに逆らう根性のある奴はいないね。そうだろう、パッチ」

「そりゃあもう、ここで"リズ"姉さんに逆らっては命がありませんや」


 彼女の傍に控えるのは、先程のスキンヘッドの男。どうやら彼は、彼女の側近であるらしい。追従も実に上手い。

尊大な彼女の言い分に抗議の一つもない。むしろそうだと言わんばかりに、観客全員が大声で彼女の名を叫ぶ。

己の配下の歓声に気を良くして、彼女は側近の男パッチに目を向ける。


「それでパッチ、こちらさん達は?」

「へえ、それが――」


「我々は、メジェールの者だ」


 男の紹介を遮り、ブザムが一歩前に出る。リズとブザムの立ち位置に上下はあるが、立場に差はないと告げるかのように。

だが機先を制したかに見えたブザムの名乗りに、リズはあからさまに侮蔑の目を向ける。


「フン、"磁気嵐"の向こうからのお客さんかい……口の聞き方を、知らないわけだ」

(! ブザムの懸念が、的中した!?)


 今の一言で、カイは悟る。敵は明らかに、メジェールを知っている。そして、自分達の知らない情報も。

ブザムが交渉事で一番心配していた事が、的中してしまったらしい。交渉は早くも難航しそうな気配であった。

カイよりもその心配をしているのは、長年海賊をやってきた者達である。


「磁気嵐……?」

「向こうさんは、アタシらの事を御存知らしい。こりゃあ、ナメられるのも無理ないか」


 パルフェにガスコーニュが、頷き合う。悪い事態ではあるが、想定されていた状況でもある。

情報量に差があると交渉に不利なのはまぎれもない事実だが、必ず搾り取られると決まった訳ではない。

百戦錬磨のブザムは、その事実をよく理解している。だからこそ、ミスティを同席させている。


ミスティが傍らに控えるのを確認し、ブザムが交渉を行う。


「我々は多くを望んでいるわけではない。不足している物資の補給と、しばしの休息をお願いしたいだけだ。
そのかわり、我々は技術提供をさせていただく」

「ふふ、こっちは別に困っちゃいないよ」


 直球の申し出を、足蹴にされてしまう。明らかに侮られている証拠、自分達が有利なのだと確信している。

技術の提供も、彼らには魅力に映らないらしい――と、考えるのは早計である。

ミスティが即座に耳打ちし、ブザムが小さく頷く。あくまでも口添えするように、ミスティは元気のいい声を上げる。


「貴方達の大事な"仮宿"も、随分と痛んできているようですけど?」

「――あんたらに頼むほどのものでもないさ」


 挑発を入れたミスティの指摘に、リズが鼻を鳴らす。彼女の表情に変化があったのを、ブザムも見逃さなかった。

冥王星生まれのミスティは、地球の技術に詳しい。中継基地ミッションの事も幾つか、故郷に居た頃に耳にしている。

ミッション内部の施設は確かに地球独自の技術が使われているが、修理や改善作業はタラーク・メジェールの技術でも可能である。


そしてミッションは元々植民船の休息ポイントであり――日々の生活には不向きであることを、ミスティは指摘。


まさに"仮宿"、けれど彼らにとっては大事な生活の場。ゆえに、老朽化は死活問題でもある。

その事実を見通している事を告げられては、ミッションのボスであれど侮りは改めてしまう。


無碍に却下するのは止めて、リズは高らかに告げる。


「此処で足りていないのは、娯楽くらいなものさ」

「……仰る意味が、よく分からないが?」


「欲しいものは、力ずくで奪え。それがここのルールさ!!」


 この展開はブザムではなく、カイが一番懸念していたこと。一番起きてほしくないことが、起きてしまった。

欲しいのならば、奪え――略奪が、肯定されてしまった。





























<to be continued>







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