ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 16 "Sleeping Beauty"
Action25 −快晴−
出立が、決まった。惑星のテラフォーミングは無事成功し、地球の刈り取りも一掃。無人兵器は残らず破壊され、平和が戻った。
医療物資は今後の旅に必要な分を除いて提供される事になり、パルフェの手で病院施設にもメジェールの最新技術が組み込まれた。
ドゥエロ率いる救命チームも撤収、多くの患者を救った彼らは惑星の人々より惜しまぬ感謝を受けた。
ペークシス・プラグマの力で浄化された星、大気層や地表面にも結晶が降り注いで幻想的な光を放っている。
生命の光、病原菌に蝕まれて汚染された大地にも、近い将来豊かな緑が生まれるだろう。この星は、生まれ変わろうとしている。
紆余曲折はあったが、彼らは見事に成し遂げた。神ならざる者達が、救済に等しい奇跡をもたらしたのだ。
けれど――彼らは、満足していない。
「よう、青年。何を一人で空見上げて黄昏てやがるんだ」
「……一人にしておいてくれ」
「残念、もう一人連れて来ている」
「やはり此処に来ていたか、バート」
山のように聳える聖堂の天辺、死者を見送る聖なる建物の屋上に男達三人が許可を得て登っていた。
数え切れない死者を出したこの惑星では聖堂はある種の不吉を纏っているが、邪気が払われた今となっては単なる建物となっている。
本来聖堂の屋根に上るなど言語道断だが、惑星に多大な貢献をした三人とあって快く許可を貰えていた。
聖堂の上からは、隔離施設が見えている。
「女たちが珍しく心配していたぞ。飛び降り自殺でもしそうだと騒いでた」
「心配する面々の中に、彼も含まれている。戦闘後だというのに、率先して此処へ来たのだ」
「お前だって、撤収作業ほったらかして此処へ来たんだろうが!」
「心配性だね、君達は……はは」
聖堂の屋根まで、階段では繋がっていない。わざわざ自力で登らなければ、此処へは来れないのだ。
この惑星で一番高い建物、腕力は必須としても度胸も必要となる。好き好んでよじ登れる高さではない。
だからこそ、他の面々も彼を心配していたのだ。
「よいしょっと、手摺もないのかよ此処。滑り落ちたら終わりだな」
「……何で隣に座るんだよ。離れてくれ、気持ち悪い」
「馬鹿野郎、落ちそうになったら誰に掴まればいいんだよ」
「ぼ、僕を道連れにするつもりか!?」
「なるほど、なかなかいいアイデアだ」
「ドゥエロ君まで反対側に座ってるし!?」
男三人、聖堂の屋根の上に座って空を見上げる。寂しい限りの光景だが、屋根の上から見えるのは絶景だった。
雪のように舞い降りる結晶がキラキラ輝いて、惑星全体を仄かな光に染め上げている。静謐な光景に、心まで清められる。
見つめる三人の心は、静かだった。健やかなる喜びも、大いなる悲しみも、希望も、絶望も、何も感じていない。
全てをやり終えた後に残る、重い徒労感だけだった。
「ニル・ヴァーナから酒、持って来た。飲まないか?」
「お前……こんな所で酔っ払ったら、地獄まで転げ落ちるぞ」
「私は、いただこう」
「ド、ドゥエロ君!? 君がこいつを注意しなくてどうするんだ!」
「ふふ……今、私は酒が飲みたい気分なんだ」
「……しょうがない、ドゥエロ君が飲むのなら付き合うか」
銘柄も何もない、安酒。酔うだけが目的の飲酒は舌に苦味を走らせ、胸の奥に凝縮した熱さを生み出す。
最初は渋々口にしていたバートも、何を思ったのか次第にペースが上がって、ただ飲み続けていく。
お世辞にも酒が強いとは言えない彼だが、少しも酔えずただ飲み続ける。飲まなければ、やってられなかった。
無理に勧めたカイもあまり楽しそうではなく、付き合い酒に身を任せていた。
「くそっ……どいつもこいつも、生きるのを諦めやがって」
カイの口から溢れ出た愚痴が何を意味するのか、分からない二人ではない。友達なのだから、彼の悔しさまで理解できる。
彼が何を憤っているのか、当事者には痛いほど分かる。どうしようもないのだと、諦めるのは彼には酷だった。
「俺、この星に残ろうかな……」
「アホ」
「根本的な解決にはならないぞ」
「分かってますよーだ、くそったれ」
カイが救いたかったのは、この惑星だけではない。星に生きる全ての人達を、助けてあげたかった。
ペークシス・プラグマを使ったテラフォーミングは、確かに惑星の浄化に成功している。生態系は蘇り、光を浴びた人達も改善された。
しかし、無限の力を秘めたペークシスの光も人々の心に巣食う絶望まで晴らせなかった。
無理もない話だ。地球そのものは健在である限り、次の刈り取りが来る可能性だってある。カイ達が居なくなれば、元の木阿弥だ。
カイ達も救命活動は行えるが、永住は出来ない。救いをもたらしても、救い続けることは出来ない。永遠に守れないのだ。
悲劇なのは、この惑星の住民が善人揃いである事。カイ達に未来永劫の奇跡を求めず、笑って遠慮してくれた。
地球を倒さない限り、刈り取りを阻止しない限り、この星の不幸は終わらない――
「――私とて、この星に残りたい気持ちはある」
「患者の事が心配か?」
「ペークシスで身体は浄化されても、その後の経過まで予測できない。結局、テラフォーミングは実験の成果でしかない。
経過が分からぬ以上安心は出来ないし、患者をそのままにするのも心苦しい。それに」
「ドゥエロ君?」
「……いや、何でもない。戯言だ」
ドゥエロはコップを傾けて、酒を喉に流し込む。何を飲み込んだのか、分かっていて二人は何も聞かない。
救えなかった患者がいる、一人でも死なせた時点でドゥエロにとっては満点ではない。これから先も、悩み続けてしまうだろう。
医者を務めるのであれば、患者を死なせてしまう事も覚悟しなければならない。その覚悟も出来ないのなら、医者は止めるべきだ。
ドゥエロは当の昔に、覚悟を固めている。この惑星で救命活動を続けて、改めて医者の意義も見出した。
ゆえに、ドゥエロは苦しむ。患者を死なせて固まる覚悟に、尊さなどありはしない。
「俺達より心配なのは、むしろお前だろう。この先、大丈夫か?」
「悩みこんでしまうのは、分かる。一人で抱えず、我々に相談して欲しい」
「……」
バートは内心、苦笑いする。何て意地悪な友人たちだろう、自分達から弱音を吐いておいて相談しやすい空気を作った。
高い屋根にわざわざ登ってきたり、酒を担いできたり、愚痴話をしたり、あれこれを手を焼いてくれた。
二人の不器用だが温かい心遣いが見に染みて、バートはついつい泣きそうになってしまう。
どうして、こんな事になったのか――
「シャーリー……」
この場には居ない、少女の名前。聖堂の屋根の上は、彼女にとって憧れの頂きであった。
隔離施設にある病室の窓から見える景色、少女にとってはそれだけが外の世界。此処は、楽園だったのだ。
「お前は、よくやったよ」
「よせよ――僕が、何したって言うんだ!」
「バート……」
一生懸命やっても、報われなかった。成功しても、満足いける結果にはならなかった。人は、簡単には変わらない。
最高の結果を出しても、幸せになれるとは限らない。ベストを尽くしたつもりでも、零れ落ちてしまうものはある。
神になるのを止めた時点で、バート・ガルサスはただの人となった。奇跡を望まなかった結末が、此処にある。
シャーリーは――
「おにーちゃーん、どこー?」
「呼んでいるぞ、パパ」
「身寄りのない彼女にとって、君は大事な家族だ。今度、危ない真似は控える事だな」
「うおおおおお〜〜〜、僕は、僕はこれで本当に正しかったのでしょうか、神様!!」
――バート・ガルサスが保護責任者となり、タラークへ連れていく事となった。
人は、簡単には変わらない。変わるには、変えていくには、長い時間がどうしても必要となる。
カイは、この星の人達を守れなかった。ドゥエロは、この星の人達を救えなかった。
だから――彼らの友人であるバート・ガルサスが、シャーリーを守リ救っていく決心を固めた。
いずれこの星の空が綺麗に晴れるその時に、また此処へ来ようと決めたのだ。
カイも、ドゥエロも、そんな彼が友である事を心から誇らしく思えた。
救いは、ここに。少女は今、病院の外で元気に笑っている。
<LastAction −兄妹−>
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