ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 16 "Sleeping Beauty"
Action22 −太陽−
これは、救いのない物語。神様は一切出演者に温情を与えず、惨たらしい運命だけを突きつけて舞台を見守るのみ。
与えられた悲劇は無慈悲なまでに広がっていき、人々に恐怖と絶望を植えつけていく。決して救われず、救いようもない。
運命を与えるのが、神様。そして運命を選ぶのが、人間である。
「……どうなの?」
「一応は、安定している」
「一応って、どういう意味!?」
「完治したとは言えない、という意味だ」
隔離病棟の患者であるシャーリーが、発作を起こした。パイウェイは応急処置後、すぐにドゥエロを呼んだ。
この星で救命活動を続けて、パイウェイのナーススキルは格段に磨き上げられた。状態が安定しているのは、彼女の処置のおかげだった。
ドゥエロとしては褒めてあげたいところだが、患者が苦しみに喘いでいるのでは称賛も無意味だった。
「延命は出来ても、彼女の身体は生まれながらに蝕まれている」
「蝕まれている臓器が原因なら、移植は出来ないの? 安定している今なら、思い切って――」
「君もナースなら、患者の今の容態が分かっているはずだ。理解してくれ」
「……っ」
十代前半とは思えない医療スキルの高さが、逆にパイウェイを苦しめていた。仮初の希望を見ることを、知識が否定してしまう。
臓器移植は当然健康な臓器が不可欠だが、何より清潔な施設が必要となる。この惑星に、汚染されていない区域が存在しない。
隔離施設は比較的汚染度は低いだが、そもそもこの惑星は医療技術が進歩していない。手術は極めて危険だった。
何より、シャーリー本人が生まれながらに汚染されてしまっている。臓器を移植しても、また汚されてしまうだろう。
「シャーリーは……バートの話を喜んで聞いてくれた。願い事が叶うと、今でも信じているの。
パイにとっても大事な友達、絶対に命を繋いであげたい。
広い世界を、見せてあげたいの」
救われない世界の中で、救いを求めるのは愚かなのかもしれない。けれど、諦めたくはない。
希望が残されていないのであれば、新しく生み出してみせる。バートはそう言って、空へと駆け上がっていった。
バートなら、必ずやり遂げてくれるだろう。それまで、この消えそうな生命の灯火を守るのが自分の仕事だ。
それが出来て初めて、この惑星で死なせてしまった沢山の人達への償いとなる。
「バートにはああ言ったが……君も、立派になった。私の助手が君で、本当に良かった」
「ドクターが頑張ってるから、パイも頑張れるんだよ。諦めないで」
「ああ、そうだな」
患者を死なせてしまったのは、ドゥエロも同じだ。自分の無力をこれほど痛感した日はない。
タラークではエリートと持て囃されても、患者の一人も救えない。追いつかない技術、足りない知識、自分は力不足だった。
シャーリーはパイウェイと、バートが必ず救うだろう。自分も尽力するが、彼女の事は彼らの仕事だ。
ならば、自分は? この惑星における、力不足な自分に今出来る事とは――?
「!? ドクター、救命コール!」
「――彼女を頼めるか、パイウェイ」
「もちろん!」
ひとまず容態が安定したシャーリーをパイウェイに預け、ドゥエロは一般病棟へと駆け出す。患者は増える一方だ。
救命コールは緊急時に鳴らされるサインで、ドゥエロが必要とされる。一分一秒の遅れが、生死を分ける。
はたして診察室へと到着した時、苦しげに顔を歪める女性が運ばれていた。
「此処へ来る途中で倒れていたんだ、話しかけても答えがない」
「治療台へ運んでくれ!」
患者を連れて来たのはガスコーニュ、彼女自身も険しい顔をしている。ドゥエロは医療機器を取り出して、診断を始める。
運ばれてきた患者は二十代の女性、素人目にも分かる症状で苦しんでいる。ドゥエロの診断も、早かった。
彼女は、お腹が膨らんでいた。
「妊娠している。出産も近そうだ」
「……どこを行っても病人だらけだよ」
「……病人ではない者を探すほうが難しい」
ガスコーニュの目は、隔離病棟へと向けられている。彼女の部下となったバーネット、彼女も今苦しんでいる。
治る見込みは、まるで無い。託せる人間は、空へと上がって行った。歯痒いが、信じる他はなかった。
ガスコーニュも同じ心境だろう。励ましの言葉さえも無意味、ドゥエロは現実を語るのみ。
「私の推論が正しければ、出産時汚染を免れれば――感染は、防げる」
「となると……やっぱり、必要なのは環境だね」
「ああ」
タイムリミットが近い人間が、増えるばかり。時の刻みはとても残酷で、止まるどころか少しも遅くならない。
バーネットにシャーリー、そしてこの女性。ドゥエロは額を抑える。これこそ自分に与えられた罪と、罰なのだろう。
出産には一度、失敗している。立ち会えないどころか、対処も出来なかった時点で自分の失敗だった。
医者としては致命的、ドゥエロはそう考えている。だからこそ、彼はあれから猛勉強した。マグノが呆れるほどに。
今度は上手くいく自信はあった。でも、環境が許してくれない。出産に成功しても、赤ん坊は汚染されてしまう。
ドゥエロは熟考し、パルフェに連絡を取った。
『ベット一台分のスペース?』
「隔離施設では不十分だ。必要最低限のペークシス・プラグマを使用して、この星の環境に触れさせないスペースを作って欲しい」
そもそも実験が失敗しているのは、惑星全体を浄化しようとしているからだ。星一つ分となると、大量のペークシスが必要となる。
その為ヴァンドレッド・ジュラと"ヴァンドレッド"、ニル・ヴァーナのリンクを通じたペークシスの力を使おうとした。
実験こそ失敗に終わったが、数多くの実験で成果は出ている。手持ちのペークシスの破片を使えば、スペースくらいは作れる。
しかし、それには――
『出来ない事は、ないよ。ただ実験で使い過ぎたせいで、ペークシスの破片はもう殆ど残っていない。
今手元の分を消費すると、実験は完全に断念しなければならなくなる』
「……それはつまり」
『確実に救える命と、救えないかもしれない多くの命。どちらかを、選ばなければならないわ』
ドゥエロどころか、聞いていたガスコーニュも息を飲んだ。理想と現実、どちらかを決断するべき時が来た。
これまで見せつけられた多くの現実、救えなかったという事実。人命の軽さと、現実の重さを否が応にも知らされてしまった。
どちらが正しいのか、言うまでもない。どっちも正しく、どちらも間違えている。
「私は――」
本当に救えないのは、ドゥエロ・マクファイル。彼は、愚直だった。自分で選ぼうとした。誰かに任せようとしない。
実験の責任者はパルフェ、彼女に決定権はあっても委ねたりはしない。重く苦しい決断でも、自分で選択する。
これまでは、迷わなかっただろう。けれど、今は迷ってしまう。罪の重さに頭の働きが鈍くなり、罰の苦しみが胸を苛む。
そしてその迷いこそが、この場における何よりの正解だった。
『――!!』
空を切り裂く大いなる光、音を断絶する神音、神の如き力が大地を揺さぶり、天を揺るがした。
ドゥエロが窓際へと駆け寄り、空を見上げる。天空には――眩い光が、輝いていた。
天からの啓示、ではない。神様に喧嘩を売った、人間の反逆の狼煙であった。
「先程の件、忘れてくれ。君は、実験に集中して欲しい」
『……ドクター、それでいいのね?』
「私はどこまでも、愚かだったらしい。これほど単純なことを、忘れるとは」
神様なんて、信じられない。けれど、友達ならば――親友ならば、信じられる。仲間ならば、頼れる。
仲間を信じる事を止めてしまえば、何を信じらればいいのか。現実なんて、これほどクソッタレであるというのに。
今自分に求められているのは、選択ではない。時間稼ぎ――現状維持だ。
「答えを出すのは君達に任せよう。カイ、それにバート」
ガスコーニュに補佐を頼み込み、ドゥエロは患者と向き合う。産気づいている女性の治療、今こそ勉強が役に立つ。
出産を待ち望んでいる赤ん坊を、宥めなければならない。困難ではあるが、やり甲斐はある。
奇跡を起こすよりも、よほど簡単だ。
「私は、医者だ。患者を、絶対に死なせたりはしない!!」
運命に反逆する者、運命を受け入れる者、運命を知り立ち向かう者。そのどれもが、舞台の上で勝手に踊り狂う。
脚本など馬鹿馬鹿しいと放り出して、自分で演じ始めた。観客の命を背負って、自分達の望む結末に向かって。
我儘極まりない、役者達――彼らのような者を、人間という。
<to be continued>
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