ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 16 "Sleeping Beauty"






Action19 −活劇−







 ミスティ・コーンウェルは冥王星出身、タラーク・メジェールの者達とは違い、生まれた時から地球の脅威に晒されてきた。

地球が汚染されていくにつれて、深まりゆく狂気。やがて臓器の刈り取りという凶行に及び、明確な悪となった。

子供から見ても分かる悪に立ち向かう正義はいなかった。両親も、他の大人達も善人ではあったが、力はなかった。

悪をカッコよく倒せる正義の味方はどれほど待っても現れず、やがて何処にも居ないのだと気付いてしまった。

お父さんやお母さんに聞いても、困った顔をされるだけ。大人達には悲しそうな顔をされて、終わりだった。


ミスティという少女が非凡だったのは、諦めなかった事にある。彼女はメッセンジャーに志願した。


地球という強大な悪を倒せる者を探し出し、助けを呼ぶ声を伝えるべく時代を超えた。白馬の王子様を夢見るだけの女の子ではない。

生まれ持ったヒロイン気質、勇ましいお姫様は眠りから覚めて、ヒーローに憧れる少年に出逢った。少女は、嬉しかった。


そして、許せなかった。


「この星の人達は、今も皆苦しんでいる。生きていてもどうしようもなくて、死ぬのは怖いからもがいているの。
身体だけじゃない。心までゆっくりと死んでいっているのよ」

「……」


 カイに叩きつけた、人々の助けを求める声。ミスティが連日連夜駆けずり回って、現地の人々を突撃取材したのだ。

希望なんて何処にもない。どうすることも出来ずに、人々は泣いて助けを呼んでいる。

一切の脚色も入れず、ミスティはありのままの声をカイに聞かせた。


「このままじゃ、あの星は滅んでしまう。お願いだから、助けてあげてよ」

「……俺だってそうしたかった。でも……出来なかったんだ!」


 カイ・ピュアウインドは諦めたのではない。諦めるしかなかった。本当の本当に、どうしようもなかったのだ。

失敗に失敗を重ねて、それでも最後は上手くいくのだと頑なに信じて――最後まで、失敗してしまった。

何が悪かったのか、自分達に原因があるとか思えない。助ける側に問題があるのならば、一体どうすればいいのか?

カイが手を抜いたのではない事くらい、ミスティは分かっている。


「だったら、敵が来ているのに戦わない理由は何?」

「それは――」

「分かっているの、あんた? それって見捨てるという事だよ。この星の人達だけじゃない、地球に狙われている人達全員!
どうせ刈り取られるのなら、助けても意味がないと言っているのと同じなんだよ!?」


 諦めるという事は、妥協するという事だ。どうしても無理だと思ったら、切り捨てるという事だ。

一度でも見捨てれば、もう取り返しはつかない。同じ困難にぶつかれば、同じように諦めるだろう。

大抵の子供は、そうして大人になっていく。人生に折り合いをつけて、慎ましく生きていく。


決して悪いことではない。ただ、確実に――見捨てられた人は、死ぬ。


「あたし、あんたの事は大嫌いだけど……エズラさんと、赤ちゃんを助けてくれたのは嬉しかった」

「……うん」

「一緒に戦おうといってくれて、心強かった。あんたが母艦を倒した話を聞いた時は、悔しいけど興奮した。
もしかしたら、あんたなら――そう思っていた。けど、それはあたしの勝手な思い込みだったみたいね」


 彼女の沈んだ声を聞くのは、堪らなかった。これ以上悲しませたくない一心で、カイは本心を語る。


「戦うのを諦めた訳じゃない。本当にどうすればいいのか、分からないんだ……

自分の何が悪いのか、どうすれば皆を救えるのか。考えても、考えても、分からない」


 怒鳴りそうになるが、ミスティは額を抑えて冷静になるべく努める。これ以上は、埒があかない。

実験が失敗した理由なんて、ミスティには分からない。ただ問題がカイにあるのだとしたら、理由は分かる気がする。


ミスティが許せないのは、まさにその点だから。


「考えるのを、やめなさい」

「えっ……?」

「ウジウジするのをやめなさいと、言っているの。悩んだって仕方が無いわよ、分からないんだから」

「何の解決にもならないだろう、それじゃ!?」

「うるさいわよ!!」


 ダンッ、と床を踏み鳴らす。いい加減、キレてしまった。もうこれ以上、カイのこんな姿を見たくない。

自分の中に在った憧れを、これ以上汚されるのは我慢ならなかった。何より、この少年が故郷の大人達のようになるのが許せなかった。

信じられそうだったから、裏切られるのが怖かった。


「何だかんだ言っているけど、結局失敗するのにビビってるだけじゃない!」

「ビ、ビビってるだと!?」

「何回やっても失敗したから、これ以上やっても無理だとやめたんでしょう! こんな所で座って、失敗した理由を考えたんでしょう!
上手い言い訳考えたって、成功なんてしないのよ。あんたはそういうダメな奴なのよ!!」


 同年代の女の子に馬鹿にされて、カイは怒りを露わにする。十代の少年らしい、負けん気。久しぶりに感じた、純粋な怒り。

賢しい大人達に囲まれて、忘れそうになっていた思春期の心。大人になる事ばかり考えて、子供らしさを忘れてしまった。

英雄に憧れていたのに、神様になる方法を考えてしまっていた。


「考えても分からないんでしょう? だったら、考えるだけ無駄よ。

あのね――人を助けるのに理由がいるのは、神様だけなんだよ」

「神様こそ、理由も必要とせず助けてくれるんじゃないのか?」

「神様は、救う人を選んでいる。だから、どれだけ祈っても救われない人もいる。

あんたは、神様じゃない――海賊なんて悪い人達まで助けようとする物好きはきっと、この世であんたくらいなものよ。

考えるのも大事だと思うけどさ、ご大層に悩んでいないでまずは手を差し伸べてみなさいよ。
掴んでくれるかどうかなんて、その後の事でしょう?」


 まばたきする。人を救う行為を何でもないことのように言われて、カイは戸惑ってしまった。

実験一回目は、"ヴァンドレッド"を起動する事が出来た。あの時、どうやって人を救おうか考えていただろうか?

困っている人がいて、助けを呼ぶ声が聞こえてくる。ならば、相棒に乗って駆り出せばいい。他に、何も考えてはいない。


「あんたは一人じゃない、仲間がいる。自分に出来ないのならば、素直に助けを求めればいい。
その代わり仲間が困っていた時は、積極的にあんたが助けてあげなさい。

……エレベーターに閉じ込められた時、二人でそうやって頑張ったじゃない」


 思い出したのか、ミスティは怒った顔をしながらも羞恥に頬を染める。そんな少女の表情が、本当に可愛く見えた。

バートにジュラ、二人も深く沈んでいた。陰鬱な顔をして、上陸していった彼らを励ます事さえも出来なかった。

思えば誰もが皆自分のせいだと責めて、自分の事ばかり考えていた気がする――



"失敗した原因が分からないのなら、ウジウジ悩むだけ損だよ。失敗を恐れず、何回でも挑戦しな。
ビビッてやる気まで失ったら本末転倒だよ"

"そうはいうけど、この惑星全員の命がかかってるんだぞ。お気楽には出来ないよ"

"……人類だの何だのさ、難しく考える事はないんじゃないのかい?

あの子は、お前らの友達なんだろう? だったら、友達の為に頑張ればいいじゃないか。
人類を救うなんて目的よりも、そっちのほうがよほど素敵だよ"



「――ははは……」

「あ、あんた、泣いてるの!? べ、別に、泣かせるつもりなんて――ああ、もう!」

「違う、違う。女ってのは、本当に強いと思ってな」


 最初から、答えは出ていた。ガスコーニュに相談したあの時、ちゃんと諭されていたのだ。

ガスコーニュとミスティ、同じ事を二度言われなければ目が覚めないなんてどうかしている。

結局、理由を求めていただけなのだ――全ての人々を救うに足る、理由を。



"なんか今のカイ、昔のメイアみたいな顔をしてるピョロ"

"青髪の……?"

"思い詰めてしまって、自分を傷つけてしまう。カイはそんなメイアを嫌って、色々言ってたはずだピョロ"



 泣かれて焦るミスティを、見やる。自分に似た、少女。なるほど、強く怒鳴られるわけだ。

責任感が強くて、一人で勝手に悩んで抱え込むメイアを、カイはいつも腹が立っていた。衝突しては、怒鳴り合っていた。

むかつかれて当然だ。自分だって、むかついたのだから。


「分かった、もう一度――ううん、何度でも挑戦してみせる」

「……もうクヨクヨしたりしない?」

「ああ、必ず成功させてみせるさ。あいつらと、一緒に!」


 立ち上がる。結局悩んでも、理由は分からなかった。こんなザマでは、また失敗してしまうだろう。

先程と違うのは、失敗しても諦めない事。そして今度は誰かを救うべく、誰かの力を借りる事。

バートやジュラが悩んでいるのならば――自分が、助ける。そして、助けてもらう。


「分かった。じゃあ、協力してあげる」

「何を……?」

「蛮型だっけ? あんたの機体に載せなさい、あたしも一緒に行くわよ」

「ええっ!? どんな意味があるんだよ、それに!」

「あんたにハッパかけておいて、自分は何もしないなんて嫌よ。あたしにだって、出来る事はある。
取材に応じてくれた人達を、何が何でも助けたい。その為なら、何だってやってみせるわ!」


 開いた口が塞がらない。マグノ海賊団とは違った意味で、この子は恐るべき少女だった。

そんな彼女が側に居る事が、今のカイには何よりも心強かった。





























<to be continued>







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