ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 16 "Sleeping Beauty"
Action18 −献身−
――やつれていた。元気が無いなんてものじゃない。薬で何とか生かされている状態だった。
数日前まで元気溌剌だった親友に見る影もない。改めて、この星を脅かす病の恐ろしさを思い知らされる。
肺を汚染されたバーネットは正常に呼吸が出来ず、呼吸器をつけている。酸素と栄養の不足で、顔色も悪い。
汚染が全身に広がりつつあるのか、身体も満足に動かせないようだ。隔離病棟で寝たきりのまま、天上を見上げていた。
幸か不幸か意識は保っており、見舞いに訪れたジュラにも気付いた。
「ゴホ……ジュ、ァ……」
「無理に喋らなくていいわ」
震える手で呼吸器を外そうとするバーネットを、ジュラは優しく寝かしつける。無理はさせたくはなかった。
見舞いの品も何も無いが、友達が来てくれただけでも嬉しかったのだろう。ジュラの顔を見て、バーネットの表情も少し和らいだ。
逆にバーネットの衰弱ぶりを見たジュラは、顔を曇らせる。何日か入院していただけで、別人のようにやせ細っていた。
何とかしてあげたいという思いが溢れでて来るが、すぐに諦めに変わる。あらゆる手を尽くしたが、上手くいかなかった。
「……?」
仕事はどうしたの? バーネットの視線による問いかけに、すぐにジュラは察する。友達だから、すぐに分かる。
一番聞かれたくない、そして優先して言わなければならない事。隔離病棟で寝込んでいるバーネットは、外の状況が分からない。
――自分の容態も。これから訪れる、己の運命も。
「きゅ、休憩よ、休憩。皆、ジュラに頼り過ぎなのよ。いい加減、嫌になっちゃうわ!」
「……」
困った顔で笑うバーネットを見て、ジュラの胸が締めつけられる。親友に、嘘をついてしまった。
優しい嘘、優しいだけの嘘。嘘をついても何も変わらないし、何も変えられない。その場を凌ぐだけ。
事実を話そうと思っていたのに、死の影が濃い本人を見ると真実が引っ込んでしまった。自分の言葉に、自分が愕然とする。
「ジュラは今、この星のテラフォーミングを行う重要な実験に参加しているの。すごいでしょう?
上手くいけばこの星は生まれ変わるし、空気も水も丸ごとキレイになる。皆もきっと喜ぶわ!」
嘘をついた罪悪感を、偽りの希望で塗り潰す。在り得たかもしれない未来、起こり得ない現実。全てはもう、過去の不始末。
言えば言うほどバーネットは喜び、ジュラは悲しむ。本人も分かっているのに、ジュラの口は止まらなかった。
死を待つばかりの親友を、何とかして元気づけてやりたかった。元気づける材料を一つでも多く求めていた。
百万の嘘を並べれば本当になると、信じたかった。
「バーネットの病気も、すぐに治るわ。カイとバートとジュラが力を合わせたら、出来ない事なんて何も無いのよ!
す、少し時間はかかっているけど、必ず上手くいく。もう少しの間だけ、頑張って」
「……」
バーネットは小さく頷いた。安心した顔、信頼している表情。ジュラの嘘は確かに、病人を束の間元気づけられた。
望んでいた結果であるはずなのに、自己嫌悪のあまり気が狂いそうだった。自分自身の言葉を、唾棄したくなる。
元気には出来ても、健康には出来ない。病は気からと言っても、汚染された肺は突然綺麗にはならない。
「大丈夫、大丈夫だからね……ゆっくり休んで、早く元気になって」
言葉が尽きてくる。嘘をついている自覚がある以上、力もこもらない。微笑みだけは保って、懸命に励ました。
真実があまりにも残酷なのだ、一切の希望がない。死刑宣告と同じ、病人を言葉で斬りつける行為。
どうして自分から話そうとしたのだろう? 何故ドクターに任せようとしなかったのか? 今更、悔やんでしまう。
取り留めのない後悔と罪悪感が波のように寄せては返し、掻き毟りたくなる。素直に泣ければどれほど楽か。
告知しなければならない。でも、傷つけたくはない。義理と人情の狭間で苦しめられていた。
(何でもいい……誰でもいいから、この子を助けて!)
『ジュラ、帰還命令が出た』
「! 何かあったの!?」
『敵が来た。メイアとディータが先に出撃している。早く戻った方がいい』
「分かったわ!」
敵が来たというのに、思わずホッとしてしまう。先延ばしに出来たことを、内心喜んでしまった。
ほんの少しでいい、時間が欲しい。心の整理をつけて、覚悟を固められれば、きっと本人に言えるはずだ。
ドクターには念の為口止めしておけばいい。あくまで自分の口から伝えたい、この気持ちだけは変わらない。
そうと決まれば、と勢い込んでジュラは立ち上がる。敵を倒すのに、何の躊躇もない。
急ぎ、出ていこうとするジュラの背に――
「……気を、つけて……」
――誰よりも大切な友達が、声をかけてくれた。
足を止めて、振り返る。バーネットは、呼吸器を外していた。息も絶え絶えになりながら、笑って見送ってくれている。
安心させられる、微笑み。安心できる、笑顔。安心させようとしている――温かな、表情。
友達を安心させようと懸命になっている、顔。
「……バーネッ、ト……?」
「……」
バーネットは、気付いていた。ジュラの嘘を、最初から分かっていたのだ。友達、なのだから。
気遣っていたのではなく、気遣われていた。元気にしようと思っていたのに、元気づけられていた。
全てを知りながら――死ぬと分かっていながら、友達の為に笑っていた。
(……何よ……一体何なのよ、私は!!)
泣き叫びたくなった。己の愚かさに、吐き気までしてくる。弱り切った友人に救われて、恥ずかしかった。
友達を助けてあげようとして、失敗。助けようとしない仲間を、叱責。奇跡が起こらない事を、世界の理不尽だと押し付けた。
実験の失敗を、カイやバートだけのせいだとは思わない。自分にも、原因があったのだろう。
――どうして、自分だけの責任だとは思わなかったのか?
(ごめんなさい、バーネット……ごめんなさい……)
仲間がいれば何でもできる、ペークシスがあれば奇跡が起こせる、友達がいれば幸せになれる。そして、自分自身は何もしない。
自分と、他の要素がくっついて初めて事が為せる。言い換えれば、自分独りでは何も出来ないと認めているのと同じ。
だから、他人に頼ってしまう。だから――
自分で何かしようとすれば、簡単に怯えてしまう。
メイア・ギズボーンやカイ・ピュアウインドとは真逆の、欠点。自分独りで事を成そうとせず、他者に委ねてしまう。
サブリーダー根性が染み付いてしまい、矢面に立つと怯む。その心が、如実に現れてしまっている。
ペークシス・プラグマは、神様ではない。頼ってばかりいる人間を、いつも助けたりはしない。
「バーネット、安心して。ジュラが必ずバーネットを――ううん、皆を助けるわ!」
己の過ちを悔やみながらも、ジュラは自信満々の笑みを浮かべた。己を誇示するのは、大の得意技であった。
彼女は嘘を撤回しなかった。バーネットが頑張って嘘をついてくれたのに、自分だけが撤回する訳にはいかない。
ジュラはあくまで、明るい未来を語る。
「バーネットはゆっくり休んでいていいわよ。代わりに、男共をこき使ってやるから」
「……」
うんうん、とバーネットは頷く。嘘だと丸わかりでも、彼女は喜んで騙される。
何故ならば、
「ジュラに出来ない事なんて、ないんだから!」
太陽は、自分で輝くことが出来るのだから。
嘘を実現するべく飛び出して行ったジュラを見送って、バーネットは安心したように目を閉じた。
太陽の光を浴びて、月もまた白く光り出す。
<to be continued>
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