ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 16 "Sleeping Beauty"






Action7 −延命−







 テラフォーミングの本質は惑星の環境を人の手で変化させ、人の住める星へと生まれ変わらせる事になる。

テラフォーミングの研究そのものは植民船時代より行われていて、タラーク・メジェールの環境修復への利用も考えられている。

ただ宇宙へと飛び出した現実の科学技術でも、テラフォーミングに関する研究はなかなか成果を出せていない。


世界中の研究者が、今も熱心に取り組んでいる。そして、海賊に所属する機関士も。



「……駄目だ……」



 壮大な計画書を片手に、テラフォーミング対象の星へと上陸した機関チーム。彼女達は早速惑星の調査を開始した。

地表及び大気の分析は既にメインブリッジクルーの三人娘が行なっていたが、パルフェなりに調べたい事があった。

人の住める惑星に作り変えるためには、リアルタイムの情報が必要となる。地球により改悪されたこの星では、特に精密なデータが必要だ。

何より大事なのは、汚染区域の特定。星の大気を検知した瞬間、分析図が警告の赤で染まった。


「やっぱり、根本的にテラフォーミングしないと」


 分かってはいた事だが、惑星の大気圏及び地表はほぼ危険域となっている。とても、人の住める環境ではない。

この惑星には今も多くの人が住んでいるが、国として成り立つ人口率ではない。生活環境の改善など、夢のまた夢だろう。

彼らには、宇宙船がない。惑星からの脱出は、許されない。病原菌による支配を受けて、彼らは日々命を磨耗しているだけだ。


夢も希望も――明日も見えない、人生。誇りと自由を勝ち得た海賊には、我慢ならないことだ。


パルフェは海賊家業そのものに、それほどの思い入れはない。自分の持てる技術を生かし、自分の望むやり方で生きている。

他人に強制されるような生など御免だ。まして、技術を悪用して人の生を支配するなど許せなかった。


機械が示した最悪の結果が、むしろパルフェのやる気を大いに促進させた。


「カイ、そっちはどう?」

『星の大気圏は押さえたぞ』


 パルフェは通信機を取り出して、自分のチームメンバーに状況確認する。テラフォーミングを行う、重要な役割を持つ人物だ。

惑星の軌道上にヴァンドレッド・ジュラが搭載する小型ポット六基を設置し、惑星全体をペークシスエネルギーで包みこむ。

規模の大きい作業だが、ヴァンドレッド・ジュラならば可能。かつて惑星を圧縮して恒星化させた実績を持っている。


「OK。何回か実験してみるからそのままでよろしく」

『解った』


 ペークシス・プラグマ、物質改良を発生させる結晶体のエネルギーを直接散布する。その為には、惑星を結晶化する必要がある。

結晶体を地表面に散布させれば、汚染された大地は浄化される。空気密度の濃い大気圏にも、同様の実験を行う。

大気が洗浄されれば雲が出来て雨も降り、気象が発生して自然も形を取り戻していく。正常な環境が生まれるのである。


無論本来の流れに従えば、気が遠くなるような年月が必要となる。促進させるには、ペークシスが二つ分必要だ。


蒼と、紅のペークシス・プラグマ。地球に存在する、もう一つのオリジナルペークシス。

地球が行った惑星の汚染を、地球のペークシス・プラグマを用いて浄化する。パルフェならではの、意趣返しだった。


『ねえねえ、ますたぁー。地球にあるペークシス・プラグマも必要なの?』

『ああ、ニル・ヴァーナのペークシスだけでは足りないからな』

『ふ〜ん……そうなんだ。ますたぁーは必要としてるんだ、えへへ』


『何か嬉しそうだな……? 元々無人兵器に搭載されていたペークシスの破片を分捕った奴だからな。
前は上手く行ったけど、今回は上手く起動するかどうかは分からないぞ』


『だいじょーぶ! ぜったい、上手くいくよ。だってー、ユメがいるもん』

『そうか、お前が応援してくれるなら上手くいくよな』

『うんうん、ユメがますたぁーをいっぱい応援してあげる!』


 何処から話を聞きつけてきたのか、ニル・ヴァーナのナビゲートクルーとなったユメも話に割り込んできた。

直接本作戦に加担するつもりはなく、仕事を行うカイ個人の応援に駆けつけたらしい。可愛いチアリーダーだった。

パルフェも思わず苦笑いだが、作戦の邪魔をしないのであればとやかく言うつもりはなかった。


彼女の仕事は成果主義、堅苦しいのは苦手であった。成果を出せるのであれば、問題はない。


「バート、そっちは大丈夫? 実験を始めるわよ」

『だ、だだだ、大丈夫に決まってる! い、一発で決めてみせるよ、ハァハァ……』


「――や、やる気なのは分かるけど、意気込みすぎてるよ。あんた……」


 成果云々を言うのであれば、むしろこっちのコンビの方が問題だった。バート・ガルサスとソラ、ニル・ヴァーナのコンビ。

ペークシス・プラグマの結晶体を惑星全体に広げるには、ペークシス・プラグマ自身の力が必要となる。

結晶体を生み出す原理が分からない以上、ペークシス自身に結晶体を生み出してもらわなければならない。対話が必要なのだ。


本作戦は、ペークシス・プラグマに意思があることを前提としている。ニル・ヴァーナのリンクを通じて、バートが行う。


ペークシス・プラグマは、触れた者の心に反応する。リンクを行うバートの想いが弱ければ、ペークシスには届かない。

この惑星を救いたいと思う、強い気持ち。バートは己の心に問いかけて、奮起していた。


『困っている人が大勢いるんだ。僕が頑張らないといけないんだ!』

『それが貴方の本心であればよいのですけれど』

『な、何だよ、ソラちゃん! 僕を疑っているのか!?』

『人の使命とは、時として本人の意志とは無関係に備わります。王として生まれた者が、王である事を望むとは限らない』

『僕はもう、昔の僕とは違う! 人を救いたいと、思っている!』

『ですので、それが貴方の本心であればよいと言っています』

『ぐうう……』


 パルフェは不安だった。バートの気概は認めているし、いざとなれば自分の命を盾にして仲間を守る男なのも分かっている。

バートは確かに出逢った頃と比べて、劇的に変わった。女の方から見ても、本当にいい男になったと思う。


ただ、今のバートは無理に聖人君主になろうとしている。博愛主義である事を、自らに課している。


良い人間になろうとする心意気は買うが、自分を無理に型にはめても崩れてしまうだけだ。

ソラの問いかけは決して厳しくない。ゆえに、バート自身が重く受け止めてしまって逆効果になってしまっている。


彼らしくあればいいと思うのだが、パルフェ本人も正解は分からない。結局、実験するしかない。


「バート、あくまでもまずは実験だからね。失敗してもいいんだよ」

『駄目だ、そんなの!? この星の人達の未来がかかってるんだ!』

「実験というのは失敗ありきであって……データを積み重ねていくのが大事なの」

『僕達が手を拱いている間に、人が死んでいっているんだぞ! 休んでいる暇はないんだ!!』


「……こりゃ、長引きそうだわ……」


 頭を抱えたくなった。バートの気持ちは分かるし、今の発言は立派だ。彼らしくないと、断言できるほどに。

ペークシス・プラグマが人の想いに触れて反応するのならば、今の彼の心に果たして応えてくれるだろうか?


気持ちは本物、想いは強い。けれど、本心であるかどうかは――怪しいところだ。


この星の人達を救いたいとは、本当に思っているだろう。ただ、やはり彼らしくはない。

悩んでしまうが、答えは出せそうに無かった。何かが違うと思うのだが、その何かが上手く言葉に出来ない。

分析できない人の心というのは、本当に厄介だった。機械の方がずっと分かりやすい。


どうしたものかと、頭を痛めているパルフェに――通信が、入る。


『パルフェ、ちょっといいかな?』

「パイ? どうしたの、急に」


 おずおずと通信画面に出てきたのは、ナースのパイウェイ・ウンダーベルグ。妙に、疲れた顔をしている。

彼女も何か辛い気持ちを抱えているようだった。人の気持ちに触れたからこそ分かる、他人の痛み。

思い遣りの言葉が浮かばないパルフェはせめて、優しい笑みを向けて聞いてあげる事にした。


『あのね、カイとバートが今大事な仕事だと聞いたのだけど、時間ないかな?』

「あー、二人は今ちょっと手が離せないかも――何かあったの?」



『パイの新しい患者さんに、お友達を紹介したいの』



 大勢の赤の他人よりも、たった一人の大切な人――

男女の関係よりも遥かに深く、そしてかけがえのない出逢いが訪れる。





























<to be continued>







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