ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 16 "Sleeping Beauty"
Action1 −病巣−
『――この星に来て、既に3日が経過している。
この星は人だけでなく、生きとし生けるもの全てが病に侵されている。
星には明らかに人為的な手が加えられており、地球による生体実験惑星ではないかと推測する。
我々は厳重なる防疫措置で感染を免れているが、この星に生を受けた人々は生まれながらにして、大気、土壌、水質の害に侵され――
場当たり的な治療では気休め程度にしかならない。
医者として、一人の人間として。
地球の行いに、憤りを禁じえない。
医療日誌、ドゥエロ・マクファイル記録』
カイ達とマグノ海賊団、そしてミスティを加えた一行は、一つの星に辿り着いていた。この惑星に、正式な名前は存在しない。
水の星アンパトスとの和解に、メラナスとの同盟。強大な地球の企みを打破するには、異星との協力が不可欠。
マグノ海賊団はこの惑星へのコンタクトを試みる。砂の惑星で罠を仕掛けられた経験もあり、交流には最大限の緊張を持って。
幸いにも、この星には人が住んでいた。不幸にも、この星には――病が、蔓延していた。
タラーク・メジェールから来たお客様に対する惑星からの態度は、歓迎でも警戒でもない。哀れなまでの、救難信号。
助けを請われ、救いを求められて、海賊達はただ困惑する。義賊であっても、彼女達は救助隊ではない。
病を治すには、当然医療品が必要となる。医者も、看護婦も、そして救助活動員も必要だ。
異星との交流は望んでいたが、見返りもない一方的な救助ともなれば、話が変わってくる。
『困ったね……こっちも大勢の人間を載せているんだ。助けてやりたいけど、全員という訳にはいかないね』
『物資の提供にも限界があります。この先、人類が生存する惑星に辿り着ける保証もありません』
マグノ海賊団頭目マグノと、副長ブザム。クルー全員の命を預かる彼女達は、惑星からのSOSに決断出来ずにいた。
彼らの住む星がメジェール、もしくは海賊のアジトに近ければ話は別だった。快い返答も出来ただろう。
今の彼女達は旅の途中、目指すべき故郷はまだまだ遠い。指針はあるが、計画通りに進める旅路ではないのだ。
地球からの妨害や、刈り取り兵器の襲撃もまだまだ続くだろう。物資は必要以上に求められる。
『ドクター、お前さんの見解を聞かせておくれ。彼らの病は治りそうなのかい?』
『タラークで学んだ知識とメジェールの医療技術を活用すれば、病に苦しむ人達の症状を和らげる事は出来ます。
直接診断は行えていませんので確かな事は言えませんが、防疫措置を施せば我々に感染する事もないでしょう』
『現状の改善は可能であると?』
『はい、アンパトスやメラナスで提供を受けた医療品も使用出来ます。滞在期間中、彼らの星でも多くを学ぶ事が出来ました。
私の助手のパイウェイもこの半年間で多くを学び、力となってくれるでしょう』
カイ・ピュアウインドはパイロットとして強くなり、バート・ガルサスは操舵手としてニル・ヴァーナとのリンクを可能とした。
修羅場を乗り越えて、人間として大きな成長を遂げた二人。誇り高き友人達と肩を並べるべく、ドゥエロもまた努力を積み重ねた。
これまで、ドゥエロ・マクファイルという男は努力をした事がない。彼は努力すら必要としない、天才だった。
タラーク第3世代トップエリートであり、将来は国の中枢を担う男として期待されていた。努力などせずとも、彼は全てを可能とした。
若き世代の頂点に立っていた男が魅せられた、凡人達の努力。何も出来ないからこそ、必死で何もかもをやろうとする。
カイもバートも傷つきながらも、結果を出した。ドゥエロは結果に辿り着いた、彼らの懸命なる過程に惹かれたのだ。
彼らを友人として認めたその時から、ドゥエロは積極的に他人に頭を下げて教えを乞うた。
時間があれば医学の勉強をし、機会があれば技術を学び、患者が出れば最善の治療が行ってきたのだ。
アンパトスやメラナスでの滞在でも皆がバカンスを楽しんでいる間、ドゥエロは勉強と実地に取り組み続けた。
半年間の積み重ねが、病に苦しむ星の改善を可能としたのである。
『ただ患者の治療を行う事は出来ますが、病に対する予防は極めて困難です』
『防疫措置は行えるのだろう? 健常者に接種するのは難しいのか』
『この星の劣悪な環境では、予防接種を行っても別の病にかかる可能性が大きいのです。
惑星にも病院はあるそうですが、メジェールに――いや、アンパトスやメラナスと比較しても、設備も医療品も十分ではありません』
『なるほど、この惑星そのものの改善が必要となるのか……』
ドゥエロの現実的な説明を受けて、マグノやブザムも難しい顔をする。この惑星の現状は、他人事ではなかった。
自然環境の改善、つまりは惑星へのテラフォーミング。この事業は、故郷の悲願でもあった。
軍事国家タラークに、船団国家メジェール。いずれの星も人の住む環境としては適さず、大規模な環境整備を今も続けている。
祖先の星地球にあった、美しい自然など微塵も存在しない。荒廃した大地を耕して、彼らは生活環境を広げてきたのだ。
故郷でもまだ半ばの、自然環境の改善。自分達で行える限度を、超えている。
『出来ないから止めるのか、出来る事をするのか――故郷にいた頃には、この辺の線引きには悩まなかったんだがね……
アタシも歳を取ったもんだよ。思い切った決断が出来ずにいる』
『この問題を目先の事として捉えるのか、今後の事を考えて一手を打つのか――
徒労に終わる事も考慮すれば、手を引く事も懸命ではあるでしょう』
海賊として取るべき選択は決まっている。世の中の良識など、故郷に捨てられた彼女達には無縁のものだ。
非常だと罵られても、彼女達は生き延びなければならない。犠牲を強いて、これまで生きてきたのだから。
彼女達を悩ませているのは、メッセンジャーより送られた過去からの切なる願い。
犠牲を強いる決断をした地球を否とし、人間として誇り高く生きる道を指し示した彼らに応えると誓ったのだ。
そのメッセージは、努力を選んだ医者の心にも刻まれている。
『お頭、副長――お願いします。私に、彼らの治療をさせて下さい』
『……それは医者としての頼み事かい?』
『医者となる事を選んだ私自身の望みであり、使命と考えています。
お頭、私は貴女に生命の大切さを教えられた。新しい生命の息吹を感じ取る喜びを、与えて下さったのです。
この星に生きる人々に今必要なのは、生命の価値を知ってもらう事ではないでしょうか?』
この星では、病により生命が容易く失われていく。死が常に身近にあると、生きる努力もしなくなるだろう。
寿命が短ければ尚更だ。どれほど頑張っても死んでしまうのならば、生きていく事に何の意味があるのか?
疲弊した人々が、藁にも縋る思いで助けを求めている。医者として、見過ごせるはずがない。
『この惑星の腐敗には、地球による実験が絡んでいると私は考えます。
惑星の改善は難しいかもしれませんが、患者を検査し、大地を調査し、環境を分析する事で、得られるものも大きい筈です。
少なくとも、地球の企みを一手挫く事にはなるでしょう』
『物資の提供に見合うものは得られそうだね……ただ、時間は多く費やせない。
アタシらも急ぐ身だ、ドクターもそれは分かっているね?』
『! では、お頭――』
『やれやれ……海賊が人助けするなんて世も末だよ』
珍しく表情を明るくするドゥエロに、マグノも苦笑いする。その表情を見て、ブザムも得心がいった。
マグノは恐らく、最初から救助を決めていたのだろう。ドゥエロの心情と、彼の冷静な見解を聞きたかったのだ。
救助チームのリーダーと、するために――女性クルーを率いる、男性リーダー。彼の資質を見極めたのだ。
感情と理性、ドゥエロはその2つを両立出来る稀有な若者。両立させている要素は、二人の友人。
今後男と女が共に生きていく道を模索するのならば、彼のような人材が必要となる。
『私とパイウェイ以外にも、多くの人員が必要となります。志願者を募りたいのですが、よろしいですか?』
『B.Cも手伝ってあげな。惑星には、アタシが話をつけておくよ』
『分かりました』
病――目には見えない、強大な敵。
新しい生命が誕生する傍らで、古き生命が死んでいく。自然の摂理だが、この惑星では摂理そのものが歪んでいる。
兵器を倒す事とはまるで異なる、困難な戦いが始まろうとしていた。
<to be continued>
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