ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action7 −箱庭−
――十分前。
「――どうだ?」
「プロテクトがかかっているピョロ。『メッセージ』を読むには、何らかのパスワードが必要」
「悪質なウイルストラップに加えて、データにプロテクトまでかかっているのか……用心深いな。
だが、これで確信出来た。このカプセルを送った何者かは、刈り取りの事を確実に知っている。
刈り取りを企てている者達が、地球人である事も。無人兵器に奪われた場合にも想定して、カプセルは作られている」
機関室長パルフェと専属エンジニアのアイの解析により、カプセルの中身が『映像データ』である事が確認出来た。
砂の惑星に仕掛けられたトラップの例もある。これまで数多く痛い目に遭った教訓を生かし、拙速な開封は避けて徹底した調査分析。
ナビゲータロボであるピョロの機能を使い、本人をニル・ヴァーナのコンソールに接続してブザムが作業を行っている。
その結果コンピューターウイルスによるトラップと、映像データへのプロテクトが確認された。ここまではいい。
「パスワードを間違えればどうなる?」
「ウイルスが発動するピョロ。チャンスは一度きり」
「念入りだな……相手が高度な情報分析機能を持つ無人兵器であれば、私でもそうするが」
これまで幾度となく無人兵器と戦った経験から、彼らには学習機能がある事が分かっている。同じ戦術が、通じない。
戦闘経験を積み重ねて強くなるのは、人間だけではない。無人兵器もまた戦闘セータを分析して、次に役立てている。
その高度な機能を考慮すれば、彼らの手に渡った場合に備えて念入りになるのも無理はない。
面倒この上ないが、無人兵器の悪辣さを身に染みているので納得は出来た。
「このカプセルが『メッセージ』だとすれば、彼女が『メッセンジャー』なのだろう。パスワードは、ミスティが知っている」
「ミスティとカプセル――二つが揃わなければ、メッセージが聞けない仕組みピョロね」
「そろそろ彼女も目を覚ました頃だろう。長期に渡る冷凍睡眠による疲労は、まだ完全に回復はしていまい。
諸事情は後で聞くとして、パスワードは教えてもらわねばなるまい」
地球人は臓器の刈り取りという、狂気の沙汰を犯している。少女を送った者達は恐らく、敵の目的も知っている。
だからこそメッセージが入ったカプセルと、パスワードを知るミスティとの二つに分けてポットに入れた。
無慈悲な無人兵器ならば少女を容赦なく刈り取り、パスワードが分からなくなってしまいウイルスが発動してしまうという訳だ。
一人の少女の命運をかけた、メッセージ。地球人に絶対に知られたくない内容、重要度は恐ろしく高い。
「そうなると、ウイルスの中身も予想がつくピョロね」
「無人兵器は高度なシステムで運用されている。となればシステムダウン、動力源の停止だろうな。
ペークシス・プラグマは、極めて不安定な動力源だ。停止しても、予備の動力で再稼働するようにしているが――」
タラークの軍船イカヅチとメジェールの海賊船が融合した時、ペークシス・プラグマは暴走した。
その後も不安定な状態は続き、地球母艦戦では停止寸前にまで至った。乗員は常に肝を冷やしている。
パルフェも全力は尽くしているが、不明な点がまだまだ多い。その為、システムダウン時における予備動力を開発した。
ペークシス・プラグマの予備――それはペークシス・プラグマ。敵から奪った、紅いペークシス・プラグマの破片を再構築したもの。
通常敵から奪った動力など危険過ぎて使用出来ないが、試験的に運用はされている。カイの新型ヴァンガード、"ヴァンドレッド"だ。
蒼と紅、二つのペークシス・プラグマの破片を積んだ蛮型。出力は驚くほど安定して、機体は実戦に耐える事が出来た。
紅いペークシスが安定している理由は今でも不明で、パルフェに質問責めにされてパイロットのカイも首を傾げるしかなかった。
ちなみに、その時彼の隣で――ユメがニコニコ顔だったという。
「心もとないピョロね、パルフェも出来れば使いたくないと言ってたピョロ」
「そうならないように、カプセルは慎重に扱わなければならない。ピョロ、私は医務室へ行ってミスティと話してくる。
お前は絶対に、この場を離れたりしないようにしろ。すぐに戻る」
「えっ!? ピョロも一緒に行くピョロよ!」
「駄目だ。一度接続を切るとウイルスに探知されないように、パスワード入力画面までアクセスするのに何時間もかかる。
後はパスワードを入力すれば、メッセージを確認出来る。少しの間の辛抱だ」
接続を切るのは容易いが、再接続には時間がかかる。カプセルの中身は最重要、扱いは極めて丁重でなければならない。
重要度が分かっているからこそ、ピョロも口では文句を言うが渋々従う。一つ頷いて、ブザムは席を立った。
刈り取りの目的は判明したが、刈り取りを行う理由は分かっていない。このメッセージを聞けば、分かるかもしれない。
祖先の星に何があったのか、多くの植民船を出立させた地球が何故子孫の臓器を狙うのか――その訳が、知りたかった。
海賊が略奪を行うのに、理由は要らない。けれど、マグノ海賊団は殺戮集団ではない。人々を守る、義賊だ。
略奪という行為は、決して褒められたものではない。カイに言われずとも、分かっている。
物資の略奪は肯定し、臓器の略奪は否定する。それは矛盾ではない。超えてはならない、正気と狂気のラインなのだ。
自分の祖先を戦うのに、今でも抵抗はある。理由が分からず、一方的に暴力に晒されては怒りよりも困惑してしまう。
地球の目的を知り、動機が分かれば――敵が祖先であろうと、クルー達も心新たに戦う事が出来る。
『号外、号外!』
医務室へ行こうとした所へ、医務室で勤務しているナースが艦内全域に通信を送ってくる。退室しかけたブザムが足を止めた。
リアルタイムでの通信映像、よほどの緊急なのか本人も必死の顔をしている。接続中のピョロも目を向けた。
『エズラの赤ちゃんが産まれそうなの!』
「ええっ、もうすぐ産まれるピョロか!?」
ピョロは懸命に生きるカイ達を見て、人間というものに興味を持っていた。生命という神秘に魅せられていると、いっていい。
新しい生命の誕生、エズラの赤ちゃんには特に注目していて、父親のように出産を心待ちにしていた。
ブザムも自分の部下の出産とあって、喜ばしい気分になっている。彼女も人間だ、生命の誕生を祝福する心を持っている。
ロボットと人間に宿る心――久しぶりの喜ばしいニュースに喜ぶ感情が、致命的なエラーを犯してしまった。
「こうしちゃいられないピョロ!? 今すぐ医務室へ行くピョロよ!」
「! 待て、ピョロ!? お前は今任務中――っ!」
慎重に慎重を重ね、如何なるミスもトラップも見逃さなかった二人。徹底していた仕事を、最後の最後でミスってしまう。
予想外でも何でもないヒューマンエラー、仕事中だという事を忘れてしまった気の緩み。
身を乗り出したピョロが、コンソールに接続していた自身のケーブルを外してしまった――
システムダウン。
宇宙人でもない。刈り取りでもない――人間が、悪意を招いてしまった。
――そして、今に至る。
「くそっ、動かない! 完全に、閉じこめられたか」
「ちょっと、もう産まれそうなのよ!? 急いでエズラさんを運ばないといけないのに!」
「お前に言われなくても分かってる!」
エレベーターは安全装置の塊で、ちょっとした異常でも乗員の安全を考慮して停止する。たとえ、階から階へ移る途中でも。
そして途中に停止してしまうと、扉をこじ開けても壁に激突するだけ。上の非常口を出ても、万が一動き出せば潰される。
エレベーターが停電すると、動きが止まるだけではない。空調も切れてしまい、密閉空間ならではの息苦しさに襲われてしまう。
当然乗員は不快な気分に晒されて、緊張と不安から――仲の悪い人間に、八つ当たりしてしまう。
「アンタといると、本当に最悪。エズラさんに何かあったら、アンタのせいだからね!」
「そもそもお前を案内していたから、こうなったんだぞ! 別途の上で大人しく寝れりゃよかったのに」
「アンタだって止めなかったじゃない!」
「俺の責任にするなと言ってるんだ!」
ただそれも、両者が善人の場合なら長続きはしない。責任を相手に擦り付ける事への、自己嫌悪に襲われるからだ。
二人は大人ではないが、子供でもない。ミスティはメッセンジャーとして選ばれた人間、未熟でも覚悟を秘めている。
カイも半年間死線を潜り抜け、人間関係のトラブルに何度も巻き込まれ、解決してきた。言い争う無意味さを、よく知っている。
互いに責任感はあり、何より本調子ではない。カイは精密検査を終えたばかり、ミスティは冷凍睡眠から目覚めたばかりだ。
すぐに息切れして、敵意も萎える。
「……ねえ、あの娘は何処に行ったの?」
「……何か言いたそうだな」
「エレベーターが止まったのは、あの娘のせいじゃないの?」
「違う」
「どうしてそう言い切れるのよ。どうして何度呼びかけても、あの娘は姿を見せないのよ」
「……」
ミスティがユメを怪しむのは、人間とは思えないから。カイが即答出来ないのは、人間ではない事を知っているからだ。
ソラは明らかにニル・ヴァーナのシステムを、ペークシス・プラグマを制御出来ていた。完璧なる操作を行えている。
同質の存在であろうユメにも、同じ事は恐らく可能だろう。そしてユメは人間を軽視し、悪意も持っている。
突然の停電、システムダウン。エレベーターに乗った瞬間、都合良く電源が切られてしまった。まるで、見計らったように。
不本意だが、動機も想像出来てしまう。ミスティは、自分を散々罵倒した――ユメが怒って、仕返しに出た事も考えられる。
「ユメと言ったよね。あの子、そもそも何なのよ」
「……俺、いや俺達の仲間だ」
「そんな感じには見えなかったけど? あたしも女の子だから分かるの。あの子は、アンタしか見ていない」
「……」
「――さっきまではそう思ってたんだけど……エズラさんの事も、気にしていたのよね……」
仲間だから信頼出来る、そう言い切るにはカイはあまりにも裏切られすぎた。背中から撃たれた事だってある。
それでも信じる気持ちを失わないのは、裏切られるよりも裏切る方が辛いからだ。仲間を見捨てる事は、どうしても出来なかった。
カイは嘘を付いた。ユメはマグノ海賊団を、仲間とは思っていない。信頼関係なんてものは、存在しない。
でも、これから先は分からない。
「俺はユメを信じる。絶対に、あいつの仕業じゃない」
「そう思う根拠はあるの?」
「根拠なんてないから、まず自分から相手を信じてみるんだよ。歩み寄らなければ、仲良くなんてなれないさ」
ミスティは、息を呑む。そう語るカイは笑っていたが、とても辛く悲しそうに見えたから。
信じてみて、何度も裏切られた顔。酷い目に沢山遭っているのに、信じる事を止めない強さを持っている。
強いから、何も感じないのではない。強いから現実を受け止めてしまう、なのに信じるのを止めようとしない。
どんな風に生きれば、こんな顔が出来るのか――ミスティは、これ以上ユメを責める事は出来なかった。
「……分かったわよ。あたしも、あの子を信じてみる」
「悪いな」
「もういいから謝らないでよ、気持ち悪い。建設的に話しあいましょう」
「連絡を取りたいが、俺には権限がない。非常回線もセキュリティの内だから、繋げられないんだよな……」
何か起きた場合の非常回線だが、何かを起こすのが犯罪者である。非常事態が起きて真っ先に怪しまれるのが、不法侵入者だ。
その為に艦内に入る場合、お客様には最低限の権限が与えられる。ミスティは発行される前に、歩き回ってしまっていた。
カイは発行そのものを、自分で拒否してしまっている。二人は言わば、黙認された不法侵入者なのだ。
立場は極めて微妙であり、クルー達には歓迎されていても、システムには拒否されている。
「アンタの通信機はあるんだし、これで連絡取りましょうよ」
「それはまあいいんだけど、実はその通信機には問題がある」
「何よ?」
「旧型だから、バッテリーが続かない。長々と喋ると、途中で切れてしまう」
出産間近の病人を抱えた、籠城戦――戦場は自分達の船、ニル・ヴァーナ。
狭い箱庭の中での死闘が、始まろうとしていた。
<to be continued>
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