ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action6 −悪性−
マグノ海賊団に新設されたナビゲーションは、これから先の人間関係を見据えて設立された部署である。
水の星アンパトスとの友好関係、惑星メラナスとの軍事同盟――そして、男達三人との男女関係。
祖先の星地球が断行する刈り取りを独力で解決する事は困難だと悟り、マグノ海賊団は自分達以外の人間と手を結ぶ事を選んだ。
ナビゲーションクルーはニル・ヴァーナの案内役であり、新たな隣人達との対話を役目としている。極めて、重要な交渉役である。
――というブザムの額面通りの説明を真に受けて、己の役割を切望したピョロとユメが選ばれたのである。
『いっつもソラばっかりだもん。ユメだって、ますたぁーの役に立つんだから!』
「はいはい、ありがとう。医務室までの案内を頼めるかな、最短距離で」
『りょーかい! えっへん、ご案内しまーす』
空でも飛び上がりそうな軽い足取りで、ユメが先頭に立って歩いて行く。カイとミスティは、苦しむエズラの肩を抱いてついて行った。
ソラの推薦ではあるが、初めて仕事でカイの役に立てるとソラはご満悦だった。背伸びしている様子が、何とも微笑ましい。
性格も性質もまるで違う二人だが、主の為に尽くすという事ではソラもユメも同じ。主に喜んでもらう事が、生き甲斐だった。
立体映像ではあるが、ユメは赤いドレスではなく真新しい服を着ている。ナビゲーションクルーの制服のようだ。
「ね、ねえ、あの子、映像に見えるんだけど……本人が何処かのカメラの前にでもいるの?
コンピューターグラフィックにしては綺麗だし、プログラムにも見えないけど」
「……説明が難しいな……人の心を持った立体映像、とでも思っていてくれ」
「何よ、そのSF映画。そんなの、フィクションの中だけでしょう」
「俺には、お前の言っていることもよく分からん。つまり、そういう事だ。
宇宙に出れば、訳の分からない存在や謎が山ほどあるって事」
ソラやユメについて、マグノ海賊団にも何度も追求されている。マグノやブザム、ガスコーニュにはカイもなるべく正直に話している。
立体映像だけの存在、実体はないのに人間のように話し、表情を見せる。心があるかのように、己の意思を見せている。
タラークの軍事技術でも、メジェールの科学技術でも説明出来ない、未知の再現。それが、目の前にいる。
人は、己の理解出来ないものを恐怖する。その感情が嫌悪や拒絶とならないのは、彼女達が女の子だからだ。
この艦内の大多数が、女性。カイ達の存在も価値を上げているが、発言力は依然として強い。この船では、男より女が強い。
それに恐怖を生み出す未知は、宇宙の外に歴然と存在する。無人兵器、刈り取り――具体的な敵が、逆に彼女達を味方と印象付けている。
ソラは真面目で優秀なメカニック、ユメは悪戯好きの明るい案内役。男よりも、よほど速く好かれていた。
ソラは勿論の事、ユメもカイの迷惑になるような行為には出ない。少なくとも、カイの目が届く分には安全だった。
『ますたぁー、その人間のお腹の中にもう一人人間がいるんだよね?』
「ああ、間もなく生まれるらしい。だから急いで、医務室へ連れていかないといけない」
『……ちっちゃい、生命反応……握り潰せば、簡単に消えてしまいそうだね』
「ちょ、ちょっと!? 変な事言わないでよ!」
『フーンだ、人間って馬鹿だね。そんなに苦しいのなら、捨てちゃえばいいのに』
ミスティは眉を吊り上げるが、カイは特に顔色を変えず受け止める。馬鹿にしているのではなく不思議がっているだけだと分かるからだ。
女性の出産の苦しみは、男には永遠に理解出来ないだろう。タラークにはクローン技術がある、男同士でも人間を生み出す事は出来る。
決して苦しむ事もなく新しい人間を生み出せる技術があるのに、お腹を痛めてまで生み出す必然性がカイにも実はよく分からなかった。
技術力は、メジェールの方が高い。苦労しなくても、愛ある二人が子供を授かる事は出来る。
「ハァ、ハァ……ユメ、ちゃんは、好きな人はいる……っ……?」
「エズラさん、無理して喋らなくても!?」
『いるよ。ますたぁーがだーい好き!』
「その……好きな人の子供が、お腹の中にいるの……ユメちゃんは、捨てられる?」
『あっ――』
ハッとした顔でユメはカイを見つめ、泣きそうな顔をして何度も首を振る。子供の素直な表情に、エズラは汗を流しながらも微笑む。
大好きな人の子供だから、お腹を痛めてでも自分が産む。女性としての本能と、人間としての感情――どちらも決して、否定出来ない。
ユメは立体映像だけど、それでも女の子だった。
「ユメちゃん。人を好きになるというのは、素晴らしい事なの。出産はね、人を愛する行為の一つなのよ」
『大好きだから……子供が欲しくなるの?』
「そうよ、ユメちゃんにもきっといつか分かるわ。だって、こんなにいい子だ、も――」
「おふくろさん!? くそっ、急ぐぞ!」
燃え尽きる前の最後の気力だったのか、ユメに語るエズラの言葉はいつも以上に強く、気高かった。
ついに気を失ったエズラを、ユメは呆然と見つめている。理解出来ないという顔に、理解したいという感情が宿っている。
訳の分からない衝動が、立体映像である筈の少女の中を駆け巡った。敵愾心とは違う、憎悪に似た強い想い――
母になろうとする女性の強さに触れて、子供の感情が解き放たれようとしている。
『ますたぁー、ついてきて! ユメが案内する!!』
「ちょっと待て! 奥にあるエレベーターが、俺が使えない!」
『ユメが使えるようにしてあげる! そっちのお前も早く運べ!
その人間と子供を死なせたら――お前を、殺してやるっ!!』
「言われなくても運ぶわよ! アンタだって急ぎなさいよ、でないと許さないから!」
自分達を突き動かす衝動が何かと聞かれたら、多分誰も答えられないだろう。エズラの為に必死になって、動こうとしている自分。
優しさや善意、親切などといった理屈めいた気持ちではない。もっと本能的で、身体を動かすほどの強い力だった。
カイとミスティとユメ、男と女とそれ以外の何か、似てもいない存在なのに気持ちは通い合わせている。
一つ一つはとても小さいのに、三人が揃うと他人を助けられるほどに強くなれる――
『セキュリティ、全解除。ますたぁー、乗せられるよ!』
「よくやった、ユメ。エレベーターさえ使えれば、階下の医務室まですぐに辿り着ける」
「エズラさんを乗せるわ、そっちを持って。せーの!」
カイは男だが、気を失った身重の女性を負担をかけずに運ぶのは辛い。ミスティと力を合わせても、やっとの思いだった。
何しろほんの少しの衝撃でも、お腹の中の赤ん坊に害が出る可能性がある。出産経験の無さが、二人を慎重にさせた。
汗水流して丁寧にエズラを運び入れて、エレベーターの扉を閉める。無事に動き出して、初めて二人はホッとした顔をする。
エレベータの中では、立体映像は投影出来ない。エレベーターに設置された非常回線の画面に、少女の姿が映る。
『……ますたぁー、その人大丈夫かな……?』
「気になるのか?」
『べ、別に人間なんてどうでもいい! ユメはますたぁーがいればいいもん!』
ミスティがくすっと笑うと、ユメは顔を真っ赤にして睨みつける。好意というほど確かなものではないが、気にはなるらしい。
ユメのほんの少しの変化に、カイは改めておふくろと呼ぶ女性の凄さを自覚する。優しさとは、人を変えるほどに強い。
戦場で活躍するタイプではないが、こういう人がいるからこそメイア達も頑張れたのだろう。
自分の居場所を守ってくれる、存在――孤独な戦場において、確かな支えとなってくれる。
カイはエズラの手を握りしめて、思う。失いたくないという気持ち、誰かに奪われることの痛み。
地球も、海賊も、事情があるのかもしれない。けれどやはり、略奪は間違っている。誰にだって、大切なものはあるのだ。
これから生まれてくる無垢な存在はエズラだけではなく、皆にとっての宝物となるだろう。自分はこの子を、必ず守りぬく。
――そんな誓いは、いつも理不尽に踏み躙られてしまう。
エレベーターが、止まった。
「……? エレベーター、止まってないか?」
「えっ、もしかしてエレベーターの事故!? ちょっと、こんな時に!」
エレベーター内を照らしていた照明も、消える。電気が通っていない証拠だった。
ニル・ヴァーナのエレベーターは電力で動いている。電気の供給が止まってしまうと、例え階下に向かう途中でもエレベーターが停止する。
途中で停止してしまうと、エレベーターは牢獄と貸す。中に閉じ込められて、身動き一つ取れない。
通路に倒れる時より、酷い状況に陥る。助けなど、入りようがないからだ。
これがもし――もしも罠だったら、残酷極まりない。
「ユメ、何があった。おい、ユメ――ユメ、聞いているのか!?」
答えは、帰って来なかった。
<to be continued>
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