ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action3 −種子−
カイとミスティの不仲に関する噂は瞬く間に、ニル・ヴァーナ艦内全域に広がった。旧宇宙人と新宇宙人、この激突は話題を呼んだ。
故郷へ向けての辛く厳しい長旅は、些細なネタでも注目の的となる。カイもミスティも注目されている人物なので、尚更だ。
それが男と女ともなれば単なる喧嘩に留まらず、面白可笑しい憶測や邪推をしてしまう。
「あの子ったら、宇宙人さんの事あんなに悪く言うなんて酷いよ!」
「ディータが他人を悪く言うのも珍しいな」
「茶化さないでください! ディータ、真剣に怒ってるんです!」
休憩時間中のカフェテリアで、ディータとメイアが同じテーブル席に座って話をしている。
女の子に人気の甘いケーキをつつきながら、ディータは口を尖らせていた。余程、カイを悪く言われたのが許せなかったのだろう。
メイアもミスティの言い分には思うところはあるが、表立って非難する気にはなれなかった。
「いきなり目が覚めて、周りが知らない人間ばかりでは不安にもなるだろう。
カイにああも突っかかるのも、自分を守る一種の手段だ。そう言ってやるな」
「……」
「な、何だ……?」
「リーダー、あの子にお姉様と慕われて嬉しいんですか?」
「突然、何を言っている!?」
「あの子の事、ずっと庇ってました」
「わ、私はただ一般論をだな……」
メイアの歯切れの悪さは、カイに対する後ろめたさでもあった。出逢った当初は、ミスティのようにカイと激しい言い争いになった。
失敗を激しく責めて、成功しても賞賛もしない。存在そのものを疎ましく思い、共に戦う事にも強い抵抗があった。
自分ばかりを責めているのではない。カイにだって非はあった。恐らく、お互いに子供だったのだ。
今でも成長しているとは言えないかも知れないが、少なくともカイは仲間足り得る男となった。背中も安心して預けられる。
だからこそ、ミスティにもカイを知ってもらいたいと思う。彼女に、人を見る目がないと責めたくはない。
人と人が分かり合うには、時間がかかるのだ。その事を、ディータにも分かってもらいたかった。
「あの子起きるなり、宇宙人さんの事野蛮人だなんて言ったんですよ!」
「カイは確かに悪い人間ではないが……野蛮、というより短気な面は確かにある」
「あんなに悪口言われたら、宇宙人さんだって怒りますよ! ディータのようにポカっ、とはやらないですけど」
「……そう考えると、ディータも毎日叩かれてよく怒らないものだな……」
カイとディータ、二人の仲は実に不思議である。信頼関係は着実に築けているのに、人間関係に変化がない。
ディータがドジをして、カイが殴る。叱られて落ち込んでも、次の日には立ち直ってディータはカイを追い掛ける。
カイもディータを粗末に扱わず、口では文句を言いながらも相手をする。その繰り返しが日常となって、二人の関係を維持している。
多分五年、十年過ぎても、二人はこんな関係を続けていく気がする。
「リーダー、あの子を厳しく叱ってください!」
「どんな理由があって叱責するんだ。冷凍睡眠から目覚めたばかりで、艦内の規則も何も知らないのだぞ。
少しくらいは大目に見てや――不服そうだな」
「やっぱり庇ってます」
「……ディータ、私自身も突然好意を向けられて困惑しているんだぞ」
同姓に告白される事は、女の星メジェールでは珍しい事ではない。特にメイアは見目麗しき女性、プロポーズされた事さえもある。
だが本人には自覚がないだけに、直球で好意を告げられても好かれる理由を探してしまう。一目惚れという概念も、理解不能。
他人と距離を置いて生きていたメイアにとって、距離を置かずに詰めてくる人間への対処には困ってしまう。
「むぅ……」
「ピリピリしているな、とにかく少し落ち着け」
苦笑いを浮かべて、仏頂面のディータにコーヒーを入れてやる。部下の悩みに付き合うのも、上司の役割。
自分の休憩時間でこれ程長く他人と話した事はなかったと、メイアは今更のように気付いて息を吐く。
海賊となって変わったつもりでいたが――まだまだ人として未熟らしい。
一方話題の二人はと言うと、医務室のベットでしばし熟睡。同時に仲良く目が覚めて、同時に仲悪く口喧嘩をした。
お前が悪い、自分は悪くない。責任の擦り付け合いは泥沼となり、徒労に終わるだけの消耗戦と化した。
ドクターやナース、観客達も自分の職場に戻っている。この場に居るのは、時間を持て余している二人だけだった。
「とにかく、出ていってよ。わたし、もう少し寝るから」
「何年も寝ていたくせに、まだ寝るのかよ。これ以上脳味噌が腐ったらどうするんだ」
「あんたを永眠させてもいいのよ、この!」
「あらあら、両人共。喧嘩なんてしちゃ駄目よ」
枕を振り上げる少女に、十手を構える少年。暴力沙汰に発展しそうな子供達を止めたのは、母親となる女性だった。
メインブリッジオペレーターのエズラ、カイがおふくろさんと慕う大人である。彼女の前で、みっともない真似は出来ない。
カイが武器を下げれば、ミスティも対抗する必要はなくなる。エズラに諭されるように、二人は喧嘩をやめた。
素直に言う事を聞いた形となって、エズラも微笑みを深める。
「新しいお客さんね。初めまして、エズラ・ヴィエーユと言うの。貴女の名前を聞かせてくれる?」
「……ミスティ・コーンウェルです。その、よろしくお願いします」
年上の女性から丁寧に名前を聞かれて、ミスティも恐縮したように頭を下げる。
神経を尖らせていたのに、いつの間にか緊張が解けている。ミスティは大きく息を吐いて、表情を柔らかくした。
ただそれだけでビックリするほど可愛らしくなり、エズラもこの少女がとても良い子だと認識した。
「赤ちゃん、生まれるんですか」
「ええ、ドクターの診察だともう出産の時期に入っているそうよ」
「だったらいい加減、そろそろ仕事を休んだ方がいいんじゃないか? 身重なのに、毎日働いているんだろう」
「この前、大きな戦いがあったばかりでしょう。私一人に、ドクターを患わせる訳にはいかないわ。
大丈夫、今日は休暇だからミスティちゃんとお話しに来たの」
力強さとは程遠いが、エズラの笑顔を見ていると大丈夫だと思えてくるのが不思議だった。
赤ちゃんが生まれてくる大切な身体を押してまで、自分を心配してくれたエズラにミスティは胸を熱くする。
人の優しさに触れて、心の中にあった寂しさや不安が零れてきそうだった。
「……ミスティちゃん?」
「ご、ごめんなさい……欠伸です、欠伸。起きたばっかりだから」
震える瞼を無理に閉じて、ミスティは涙が流れそうになるのを必死で堪える。みっともなく泣きたくはなかった。
思春期の少女の精一杯の見栄は、エズラにも経験があるものだった。それゆえに、少女の悲しみが痛いほど伝わってくる。
それでも、エズラは大人だった。ただ単純に、慰め合うのではない。
「ミスティちゃん、よかったら一所に艦内をお散歩しない?」
「わ、わたしとですか……?」
「ええ、案内してあげる。カイちゃんと、一緒に」
「えっ、俺も!?」
こいつと一緒は嫌だ、両者は同時に視線を交える。しかし、明確に口にはしない。エズラがいるからだ。
エズラの気遣いは、純粋に嬉しい。まだ体力は戻っていないが、医務室で一人陰鬱に眠るよりも健全だ。
だが、カイと一緒に行動するのは生理的にも、心理的も――とにかく、何もかも嫌だ。カイもカイで、気持ちは同じである。
両者共に睨み合う事、一分。出した結論は、
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いしますエズラさん」
「しょうがねえな、付き合ってやるか」
まだ大人ではない二人の素直で、素直じゃない返答――
子供達の複雑な気持ちなんてお見通しなエズラは、困ったように笑うだけだった。
<to be continued>
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