ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」
Chapter 15 "Welcome new baby girl"
Action2 −客人−
長い時間の冷凍睡眠から目覚めた少女、ミスティ・コーンウェル。重い瞼が開くのと同時に、耳のピアスが光を放つ。
人の目を焼く強烈さはなく、注目をひく穏やかな光。仄かな光は形となり、丸みを帯びた人の顔となる。
立体映像――ソラやユメのような美の幻想はなく、可愛らしいグラフィックデザイン。映像のマスコットだった。
一同が驚く中マスコットはキュー、と愛らしい鳴き声を上げて、目覚めた少女の頬に擦り寄る。
触れられた感覚はないのだろうが、少女は目を細めてマスコット映像を優しく撫でる。
「大丈夫よ、"キュー"ちゃん――っ、さ、寒い……」
「冷凍冬眠の影響だ。今はゆっくり休む事だ」
ニル・ヴァーナの船医であるドゥエロが、少女に温かい毛布をかける。容態を知るからこそ、的確な配慮が行える。
紳士的とも言える気遣いに、少女は寒さに青褪めた顔を上げて、ドゥエロをマジマジと見つめる。
異性に見つめられたからといって動揺するような人間ではないが、少女の次の言葉にドゥエロは珍しく動揺を見せた。
「わおっ、いい男!」
「むっ……」
タラークではトップエリートだったドゥエロ、賞賛を受けるのは珍しくもないが、容姿を褒められたのは実は初めてだった。
男子社会は言うに及ばず、女性国家であるメジェール人が男を褒める事はありえない。
少女の黄色い歓声は彼の頭の中にある対人マニュアルには無く、彼らしくもなく言葉に詰まった。
友人の助け舟と言う訳でもないのだろうが、今度はお喋りなバートが少女に語りかける。
「ねえねえ、君は男と女が共存する環境で育ったんだってね?」
「? 何を訳の分かんない事を言ってるの、アンタ。バッカじゃないの!」
「……ば、馬鹿って……!?」
軽く一言尋ねただけで、百倍の悪口が返って来る始末。直球で罵声を浴びせられて、バートはガックリと肩を落とす。
むっと来たのは悪口を言われた本人ではなく、彼の友人であるカイだった。バートの後ろで聞いていて、眉を吊り上げる。
そんなカイの険悪な視線を感じ取ったのか、露骨に嫌そうな顔をしてカイを指差す。
「ねえ、あいつってさ――」
「――あいつ、というのはカイの事か?」
「カイっていうんだ……やな感じ」
「何だと、コラ!?」
自分が槍玉に挙げられたのだ、遠慮無く相手が出来る。落ち込むバートを後ろに下がらせて、カイが表に出る。
明らかな喧嘩腰だが、男に詰められれても少女は怯む様子も見せない。マスコットも険しい顔を見せて、威嚇の唸り声を上げた。
「わたし、第一印象とかで決めるタイプなの……むかつく奴とかって、すぐに分かるんだよね」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるわ!」
「何よ、女の子相手に暴力振るう気? あー、やだやだ。野蛮人はこれだから」
「――おいこら、離せ!? こいつ、ぶん殴る!」
「冷凍睡眠から目覚めたばかりで、色々戸惑っているんだ。大目に見てやれ」
手足を振り回すカイを背後から押さえて、メイアが嘆息する。近頃頼もしくなったと思えば、喧嘩っ早い所は相変わらずらしい。
確かに少女も口は悪いが、言いたい事を言う性質なのだろう。そういう意味では、カイと似た面が多い。
どうすれば二人が仲良くなれそうか考えていると、少女が熱い視線で自分を見つめている事に気付いた。
「あのあのあの、一目惚れとかって信じます!?」
「一目、惚れ……?」
「私、そういうのって信じる方なんです! お姉様はどうですか!?」
「い、いや、どうと聞かれても!?」
「そんな他人行儀にならないで、ミスティの傍に来て下さい! わたしの体を温めて――なーんて、きゃっ♪」
「近づくな、青髪。あいつ、真性の馬鹿だぞ。寝過ぎで脳味噌まで腐り切っているに違いない」
「何よ、アンタは関係ないでしょう!」
ぐぬぬぬぬ、と両者共に睨み合う。ディータが隣で羨ましそうにしているのが、ちょっとズレている。
何時の間にか両者の間に挟まれて、メイアが困り切った顔をする。何故自分の事で二人が揉めるのか、サッパリ理解出来ない。
とはいえ、当事者以外の人間には楽しい見世物以外の何物でもない。特に、トラブル大好きな子供には。
「バトルの予感……パイ、チェック」
ワクワクした顔で、パイウェイは一心不乱にメモを取る。周囲も観戦気分で、この激突を楽しんでいた。
男と女が争う――半年前までは日常茶飯事だったのだが、今では物珍しい光景となっている。
半年間の男女共存の結果、今度は男と女が争うのが珍しくなってしまっていた。
「――ねえ、あいつってお姉様の彼氏?」
「彼氏……? その単語の用法が、よく分からないのだが」
これもまた珍しく、頭脳明晰なドゥエロが分からないと白旗を揚げる。しかし、それも無理はなかった。
"彼氏"とは三人称の男性を指す単語であり、それ以上でもそれ以下でもない。ゆえに、メイアの"彼氏"と言われてもピンと来ない。
周囲も同じなのか、皆首を傾げてしまっている。その様子に、少女は怪訝な顔をする。
「何それ、マジで言ってるの……?
――キューちゃん、この子達絶対におかしいよね!?」
マスコット映像はうんうんと、素直に頷いた。キューキュー泣いている声が、主人に忠実で可愛らしい。
本人達には当然の認識でも、周囲にとってはそうはいかない。理不尽に頭が狂っていると言われて、黙ってられる性分ではない。
この中では特に、ジュラがそうだった。視線を鋭くして、指摘する。
「逆よ。私達から見れば、アンタも十分変だっていうの」
「……、わたし一体何処に辿り着いたの……?」
カイ達から見れば少女は立派な宇宙人だが、少女から見ればカイ達は未知なる生物に見える。
同じ人間で言葉も通じ合えるだけに話せる余地はあるが、価値観が全く異なるというのは不安を生む。
最初に優しくしてくれたドゥエロに、少女は思い切って疑問をぶつけた。
「我々は男と女が別々に暮らす環境で育ったのだ。
どちらが正しいとか言えないが……君が育った環境では、価値観が違う」
「……ふーん……」
価値観の違う者同士というのは、ドゥエロ達男とマグノ海賊団も同じだ。それだけに、少女の困惑もよく分かる。
ドゥエロが分かりやすく説明すると、ミスティも得心がいったのか素直に受け入れた。
長い眠りから覚めれば、全く知らない人間に囲まれている――少女はようやく、自分の心細い立場に気付いた。
一人ぼっちの寂しさと、不安。自分の心に素直であるがゆえに、顔にも出てしまう。ドゥエロが、休むように促そうとすると――
「何だ何だ、しょぼくれた顔をしやがって。余計に不細工に見えるぞ」
「お、女の子にブサイクなんて、普通言う!? 信じられない、アンタだって貧素な顔してるくせに!」
「へちゃむくれよりはマシだ! 顔色が悪いですよー、栄養ちゃんと取ってますかー?」
「うわっ、本当に腹立つわこいつ。汚らしい顔、見せないでよね!」
「うるせえ、冷凍人間!」
「暴力しか脳のない、野蛮人!」
湿っぽい空気もどこへやら、相手の欠点ばかりを非難する実に醜い言い争いを二人は始める。
見苦しいの一言だが、誰も止めたりしない。生真面目なメイアでさえも、割って入らず傍観を貫いている。
いい加減、長い付き合いだから分かる――カイなりの、不器用な思い遣りを。
孤独な少女を優しく励まさず、罵って覇気を無理やり出させる。本人も意識してやっているのではないのだろう。
だから、いつの間にか本気で口喧嘩となる。少年が本気だと分かるから、周囲も優しく見守ってしまう。
少女ミスティと少年カイ、二人の子供じみた喧嘩はいつまでも――いつまでも、続いた。
「どうだい、お客さんの様子は――おや……?」
「――ドクター、何故カイが一緒になって眠っているのだ?」
様子を見にやって来たマグノとブザムに、ドゥエロ・マクファイルは苦笑いを浮かべる。
「二人にとって――しばらくは、休息が一番の薬でしょう」
<to be continued>
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