ヴァンドレッド the second stage連載「Eternal Advance」




Chapter 14 "Bad morale dream"






Action14 −擬餌−






   仲間の負傷、戦艦の損傷、結晶体の異変――血を吐く思いでその全てを後回しにして、メイアは救命ポットを最優先した。

任務第一だった彼女の心境の変化、それがこの状況で思いがけず彼女を苦しめる。怜悧冷徹な判断を行う事に、心が切り裂かれそうになる。

強くなったのか、弱くなったのか。思い悩む事さえも後にして、彼女は愛機を駆り出した。


「お前達に、そのポットは渡さない!」


 紅い光にペークシス・アームを砕かれて、救命ポットは今も戦場を漂っている。メイアは一直線に回収へと向かう。

庇ってくれたバートの気持ちに報いる為、傷付いたニル・ヴァーナを逃がす為、変質するペークシス・プラグマを守る為。

救命ポットを回収して、戦場を離脱する。目的を果たせば、彼らの苦労は全て報われる。絶対に、無為にはしたくない。


その激情に、彼女は足元をすくわれてしまう。


「!? 邪魔を、するな!!」


 マグノ海賊団ドレッドチームのエースパイロット、メイアの強みは速さであり動きにある。

加速を生かした変幻自在の操縦は先読みを許さず、敵を翻弄する。高度な計算能力を持つ無人兵器でも追いつく事は出来ない。

だが、直線ならば話は別。どれほど速くても、猪のように突撃するだけの機体の補足は容易い。


軌道を先回りされた改良型キューブに取り付かれ、メイア機は動きが取れなくなってしまう。


メイア機は高速型のドレッド、無人兵器を振り払える力はない。レーザーでは払えず、ミサイルの類では巻き込まれる。

羽を掴まれては加速が出来ず、操縦も行えない。救命ポットが遠のいていき、メイアは歯噛みする。

改良型キューブならまだ追いつけるが、改良型ピロシキに回収されるとドレッドだけでは回収が困難となる。


となれば、マグノやブザムもカイ・ピュアウインドの出撃を命じなければならなくなる。


これほどの緊急事態だ、むしろ休暇を返上してカイが出撃するべきだ。ヴァンドレッドがあれば、状況の打開も難しくはない。

士気も高揚するだろう、仲間達も安心するだろう。ペークシス・プラグマの不調さえ、治ってしまうかもしれない。

だからこそ、自分達だけで何とかしなければならない。頼り切っていては、自分自身の足で立てなくなってしまう。


その思いは、メイア・ギズボーンだけではなかった。


『駄目〜〜〜! 絶対に、渡さないんだから!!』

「ディータ!?」


 メイアは目を剥いた。ジュラ機を庇って負傷したディータ機が、恐るべき勢いで突っ込んでくる。

新人パイロットであっても、ディータ機はペークシス・プラグマにより改良されたドレッド。その性能と火力は、目を見張るものがある。

救命ポットに群がる改良型キューブを粉々に打ち砕き、メイア機に取り付いた無人兵器を一蹴。


シールドを最大範囲で展開して、救命ポットを敵からガードする。


『どーんなもんだい、そう簡単に渡すもんですか! ね、リーダー!!』

「……喜ぶのは後だ」


 見事な戦いぶりは褒めてやりたいが、任務達成に至っていないのに喜ぶのは頂けない。ついでに、自分の愛機も多少傷付いた点も含めて。

パイロットとしての腕は着実に進歩しているが、狙いも操縦もまだまだ甘い。この戦いの後、厳しく鍛えてやろう。

そう考える自分の気持ちが浮ついている事に驚いてしまう。自分自身の強さのみ追い求めていたのに、他人が強くなった事を喜んでいる。

喜ぶのはまだ早い、自分自身に投げかけた言葉でもあった。


『敵が迫っている、すぐに離脱せよ』

「ラジャー!」


 通信画面の向こうからビシッと敬礼して、ディータは意気揚々とニル・ヴァーナへ向かっていく。

カイに頼らず任務を成し遂げた事が、嬉しいのだろう。部下の素直さに、メイアは小さく息を吐いた。

とはいえ、油断は出来ない。敵が健在であり限り、ニル・ヴァーナに帰艦するまでは気は抜けない。


案の定、


「ディータ!?」


敵が、ディータ機を狙って――


「私の、部下は――やらせない!」


――紅い光を、放った。



 狙い違わず紅い光は発射されて……ディータ機をカバーした、メイア機に突き刺さった。



「ぐああああああっっっ!」

『リーダー!?』


 それでも直撃を避けられたのは、神業に等しい。敵の攻撃を予測した上で軌道を読み、直撃寸前に回転して大破を免れた。

翼の片方は折れて、ドレッドの装甲は歪み、白亜の機体が紅蓮に染まる。二転三転するコックピットに揺さぶられ、メイアは血を流した。

衝撃を吸収するパイロットスーツが、彼女を救った。生身で浴びていたら、全身の骨が砕けていただろう。


血を吐き、血を流し、血に溢れても――彼女にはまだ、意識があった。


「がは、ぐぅぅ……こ、これ、は……」


 血に沈む彼女の視線の先にはあるのは、右手。血がへばり付いた手が操縦ポールに吸い付いて、離れない。

本来青白い光を放つポールが、真っ赤に染まっている。血、だけではない。その光までもが、真紅に輝いている。

その光が彼女の瞳を焼いたその時、メイアの脳裏に――悪夢が、広がった。


「……あの夜の、夢……まさか、現実、に――はぁ、はぁ……そんな……!」


 既視感。デジャヴ。自分が今現実に訪れた危機まで、過去での体験のように思い浮かぶ。

確固たる感覚として夢を見た光景、予知夢などのような曖昧なものではない。この鮮烈な痛みまで、昨晩味わったものだった。

あの夢は、途中で終わった。最悪までは、辿り着かなかった。ギリギリで、食い止められた。カイの声が、絶望から呼び覚ましてくれた。


そして、少年は今眠り――自分達だけが、起きている。


「……ぐっ……何が何でも、あいつを巻き込むつもりか……」


 紅い絶望が、嘲笑っている。子供のように、せせら笑っている。無邪気に、恋焦がれている。

薄汚い大人は、いらない。早く、ヒーローを呼べ。早く、早く、早く、早く……!!

全てが、予定調和。絶望の闇を切り裂くのは、希望の剣を掲げる英雄。そうして、物語はハッピーエンドとなる。


「……だが、わた、しの……わたし、たちの、勝ちだ……」


 絶望の淵で、少女は笑う。血に濡れた顔を歪めて、禍々しき光に勝利を宣言する。

自分が、自分達がどれほど傷付こうと、関係ない。こちらは最初から、戦うつもりなどないのだ。

今回の任務は人命救助、人を助ける事が仕事。そして、その任務は達成されている。


ディータが無傷であれば、そのままニル・ヴァーナへ帰艦すればいい。それで、救命ポットは安全に回収される。


その後自分は確実にトドメを刺されるだろうが、関係ない。どう足掻こうと、目的を達成できれば勝ちだ。

もうすぐ死ぬというのに、メイアは安堵で満たされた。自分の部下のおかげで勝てた、それがこの上なく嬉しい。

他人の成長を喜んで死ねるなんて、思ってもみなかった。メイアは血溜まりに沈んで、苦笑する。


(……母さん……母さんの気持ちが、やっと分かっ――)


 視界が、暗転する。死ぬ間際の光景、片隅に見えたモニターの映像を見て彼女は絶望する。

罵りや嘆き、悲しみや怒り、何もかも全てがグチャグチャになって、血に溶けていく。


――馬鹿……!


 あろう事か、ディータ・リーベライが反転してこちらへ向かってくる。その後続には、ジュラ機まで控えて。

まるでお姫様を救う王子のように、果敢に危険に飛び込んできた。任務を放り出して、仲間を救う為に。

何故――その声なき疑問に、ディータが果敢に吼えた。



「誰も、死なせない!!!」



 それは果たして、誰が言っていた言葉であろうか……?

悪夢よりも鮮明に思い出せる力ある言葉に、メイアの意識までが熱く燃え上がる。


絶望から顔を上げて、少女達が立ち向かう。













































<to be continued>







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