VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 13 "Road where we live"
Action26 −戦力−
長居は出来ないが、名残惜しい。惑星メラナスでの滞在は、彼らにそんな感情を抱かせた。
同盟を結んで共に命をかけて、同じ戦場で戦った人達。マグノ海賊団といえど赤の他人とは呼べない関係になっている。
過ごした日々は短いが、熱烈な歓迎を受けて、戦いに傷ついた身体と心を休める事が出来た。
彼らとの間に、男も女も関係なかった。
「世話になったな、艦長。いや、提督殿とお呼びした方がよろしいかな」
『やめてくれ。先の戦いにおける功績も、君の命懸けの行動によるものだ。
私は君が与えてくれた機会を生かしたに過ぎんよ』
「あんたに拾われなければ、宇宙の迷子になっていたんだ。恩返しだと思ってくれ」
ニル・ヴァーナを出て行ったカイ達を迎え入れてくれた人が、この艦長だった。
国境防衛の任についていたメラナス艦隊を率いる老将、増援部隊を引き連れて母艦討伐を成し遂げた功労者である。
彼の隊を身を張って敵から逃がしたのはカイだが、武功だとは思っていない。彼もまた、助けられたのだから。
『出来れば恩義に報いたかったが……本当に、もう出立するのかね。
せめて怪我が完全に治ってからにした方がいいと思うのだが』
「一ヶ月も寝込んでいたんだ。これ以上ぼやぼやしていたら、故郷がやばい。
――分析結果は、もう知っているだろう?」
『ああ――信じ難いが、事実なのだろうな。
地球が保有する戦力、母艦五隻。
我々が破壞した母艦を除き、残る四隻が――タラーク、メジェールに針路を向けた』
穏やかな時間を凍てつかせた、信じられない事実。急ぎ出立となった、最たる理由。
母艦を破壞された地球がついに、本気になった。
カイやマグノ海賊団を明確な敵と定め、出撃中だった母艦を全てタラークとメジェールに集中させたのだ。
破壞した無人兵器より地球の情報を取得し、ピョロが分析した結果である。
――ちなみに艦長は知らないが、ソラやユメもこの事実を肯定していた。間違いない、と。
『本当に、すまない。我々を助けたせいで、君たちの故郷が――』
「早いか遅いかの違いだ。どの道、タラークもメジェールも狙われていた。
完全に決着をつけるには、地球を倒すしかない」
目的こそ定かではないが、人間の臓器を刈り取る事自体正気の沙汰ではない。
加えて母艦より発せられた一方的な殺戮宣言、話し合いも無駄だった。
交渉とは対等であればこそ成り立つ。出来損ないと見下ろされている限り、何を言っても無意味だ。
戦う以外に生き残る道はない。どれほど強大であろうとも。
「それに見方を変えれば、敵のこの動きは好機でもある」
『どうしてだね? 戦力差は絶望的だぞ』
「無人兵器もあるから刈り取り自体は止められないだろうけど、一山幾らのガラクタ共なら対抗は出来る。
少なくとも俺にとっては、願ってもない展開だよ」
カイがどれほど壮大な理想を持とうと、一個人で出来る事は限られている。先の敗戦で全員が思い知った教訓だ。
宇宙は広く、人は多い。カイ一人では、全ては救えない。助けに行く事も出来ない。
その侵略者である地球が自分達に集中する。一網打尽にする、絶好のチャンスだった。
カイ達の勝率は現状では絶望的だが、その分他の惑星の人達の生存率は高まる。この事態を喜ばしいと感じるカイに、艦長は目を見張る。
母艦一隻でも惑星そのものを燃やさなければ、勝てなかった相手。そして、母艦はまだ四隻も控えている。
最悪全隻同時に相手しなければならないというのに、カイは怯えてもいない。
『他の惑星の危険は回避されたとしても、君達の故郷の危機は高まっている。何か策があるのかね?』
「具体的には、まだ何も。流石に、恒星になりかけの星をそう都合良くは見つけられないからな。
ただ、やろうとしている事はある」
『と、いうと……?』
「反地球同盟軍を作る。あんた達と手を結んだように、他の惑星の連中とも積極的に交流する。
人間の臓器の数からしても、タラークやメジェール、アンパトスやメラナスだけではないだろう。
地球は、俺達人類の敵だ。国交のない惑星でも、同盟を結べる余地はある」
『――なるほど、だから具体的ではないという事か』
「故郷への針路上にいるとは限らないからな」
卑劣な罠が敷かれていた砂の惑星のように、既に刈り取られて死滅している事もありえる。
口にこそ出さないが、非常な現実の可能性をカイは見据えていた。奪い尽くされていたあの星を思い出す度に、少年の心に怒りが沸いた。
地球の目的は定かではないが、何としても阻止しなければならない。
「……どうやら、決意は固いようだね。これ以上引き止めても無駄か。とはいえ、恩人を黙って見送る訳にもいかない」
「気持ちはありがたいが、俺達も自分の故郷を――」
「その手伝いをさせてくれ、我々に」
「――え……?」
「君達はメラナスを救ってくれた。ならば、今度は我々がタラーク・メジェールを救う番だ。
君の作ろうとしている反地球同盟軍に、我々も参入させてくれ。必ず、力になる」
老齢な軍将の瞳に熱い感情が宿っている。美しい肌の白さと反する、感情の炎。決意の現われだった。
艦長の申し出に、カイは目を丸くする。惑星メラナスからタラーク・メジェールまで、ニル・ヴァーナでも半年はかかる。
大艦隊を率いての進軍ともなれば、物資も人材も莫大に費やす必要があるだろう。決して楽な道のりではない。
「本来なら君達と共に出航して護衛を努めるべきなのだが、戦力を整えるのは時間もかかる。
急ぎの旅ともなれば、大群はむしろ足手纏いとなるだろう。ならばせめて、決戦の時に増援として参戦するつもりだ」
「お、おいおい! 母艦こそ倒したが、あんた達の星は相当な被害を出した筈だ。俺達の星を救う余裕なんてないだろう!?」
「祖国の者達も皆、一致団結している。積年の恨みを晴らす機会を与えてくれた君達に、我々は尊敬と感謝を持って助けたい。
ここで誓おう。必ず、間に合わせる。君達の故郷を救うために、はせ参じると」
……頭を下げるしかない。彼らの友情にこそ、カイは心から感謝をしていた。
逆の立場になった時、自分達は彼らのためにここまで出来るだろうか?
傷ついた故郷を置いて、遠い宇宙の星に危険を承知で船出する――とても無理だ。私情で出来る範囲を、遥かに超えている。
彼らメラナスの民は、星全体が一つの意志で団結している。カイ達を助ける、その意志にメラナスが統一されたのだ。
「……ありがとう、本当にありがとう……」
今までこれほど素直に、人に頭を下げたことはない。これほど敬意を持って、相手に感謝を告げた事はない。
熱い涙が零れ落ちる。メラナスの民全員が味方となった――何と、勇気付けられる朗報であろうか。
カイ・ピュアウインドは今こそ、志を新たにする。
――やらねばならない。今日この時を持って、マグノ海賊団と決着をつける。
メラナスという国そのものが一つとなっているのに、自分達は一体何をやっているのだろうか?
最初から、きちんと話し合っておくべきだった。いつまでも曖昧なままに置いていた為に、全員が苦しむ結果となった。
死傷者が出なかったのは、奇跡だ。今度間違えれば、確実に死人が出るだろう。
カイとマグノ海賊団、男と女――両者の関係に、今こそ確実な答えを出す。
『感謝なら、この娘に直接言ってあげてくれ。君と同じく怪我を押して、皆を説いて回っていたんだ。
私達の新しい友達のために、立ち上がろうと――』
「ま、まさか!?」
『……えへへ、元気にしてた?』
頭に包帯、顔にはガーゼ、手を三角巾でつっている少女。痛々しい身体なのに、顔は元気そのもの。
笑ってはいるが、照れ隠しな表情。通信画面の向こうから、カイに向けて小さく手を振っている。
セラン――生還が絶望的だった、女の子。自分のミスで負傷させた、友達。
地球母艦との戦闘は綱渡りではあったが、絶望には負けなかった。微かな希望が、命を繋いだ。
生きていてくれたのだと分かっただけで、カイは安堵に涙腺がまた緩みそうになった。
「起きていたのなら、連絡くらい寄こせよ……こっちが何度交信を求めても、面会謝絶とか言いやがるし」
『顔を怪我していたんだよ! あんな酷い顔、見せられないよ……これでも随分、治ったんだからね!』
カイが心の底から安堵しているのを見て、セランもまた泣きそうになっている。
どれほど心配をかけたか、どれほど安心してくれたか。カイの今の表情が、何よりも物語っている。
自分をこれ程思い遣ってくれる人が居る、ただそれだけでも嬉しい。遠い星の、大切な友人であれば尚更。
「そんなに元気なら、もう心配はいらないな。俺がいなくなっても、艦長に迷惑を掛けるなよ」
『残念でした。至って真面目なクルーだよ、あたしは』
「俺の機体に乗り込んできたくせに、何を言ってやがる!」
『あんな乱暴な操縦をするとは思ってなかったんだもん! 君ね、もう少し機体を大事にしないと駄目だよ』
メラナスとタラーク、その距離の差は時間にして半年間。交流を結ぶ手段も、連絡を取る道具もない。
気軽に会える環境でも、立場でもない。援軍の件を含めても、今後会う事は殆どないだろう。
絶望的とも言える、二人の距離間。ほんの少しだった、有効期間。痛みしか残らなかった、思い出。
その全てを今だけは忘れて、二人は笑い合う。簡単には会えないのだと分かっているから、素直な言葉を口にして。
お別れの挨拶も、再会の約束もしない。二人が互いに願う事は、同じだった。
いつまでも元気で、生きて欲しい――友達の幸せだけを願って、二人は言葉を交わす。
生きてさえいれば、きっと。そんな期待をするくらいはきっと、神様も許してくれる。
カイ・ピュアウインドと、セラン。二人は確かに、友達だった。
<to be continued>
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